杉浦佳子選手をパラサイクリングのワールドカップに送り出し、頂点に立たせたい

パラリンピック金メダリスト杉浦佳子のパラサイクリングワールドカップカップへの挑戦 2024年度末で強化指定を外れた杉浦。 日本代表という立場をなくし、それでも再び世界の舞台でライバルたちと戦いたい。 2026年タイ、ベルギー、イタリアの全3戦で行われるW杯への出場を目指しています。

現在の支援総額

235,000

7%

目標金額は3,000,000円

支援者数

18

24時間以内に14人からの支援がありました

募集終了まで残り

16

杉浦佳子選手をパラサイクリングのワールドカップに送り出し、頂点に立たせたい

現在の支援総額

235,000

7%達成

あと 16

目標金額3,000,000

支援者数18

パラリンピック金メダリスト杉浦佳子のパラサイクリングワールドカップカップへの挑戦 2024年度末で強化指定を外れた杉浦。 日本代表という立場をなくし、それでも再び世界の舞台でライバルたちと戦いたい。 2026年タイ、ベルギー、イタリアの全3戦で行われるW杯への出場を目指しています。

自己紹介

東京2020、パリ2024のパラリンピック2大会にて合計3つの金メダルを獲得したパラサイクリスト杉浦佳子。
2022年当時、東京2020パラリンピックを終え2024に向かう杉浦の国内強化や国内レースへの参戦のために設立されたのが弊チーム「TEAM EMMA Cycling(チーム エマ サイクリング)」です。

チーム名のEMMAは絵馬から由来し、所属するメンバーが競技をするにあたって夢や願いを描く場としてチームが機能するようにとの思いを込めました。
杉浦選手の強化や国内レースを主軸としますが、他に健常の選手も所属し実業団でのロードレースからシクロクロス、トラックレースと多岐にわたる種目に参戦しています。

こちらに写真(チーム写真やご本人)


このプロジェクトで挑戦したいこと

杉浦選手を2026年パラサイクリングのワールドカップに送り出します。
杉浦は日本代表として2017年より何度もワールドカップのレースを戦ってきました。
パラサイクリングのワールドカップは毎シーズン3戦あるいは2戦で開催され、各大会は個人タイムトライアルと個人ロードレースで行われています。
杉浦は過去、2018年と2022年のワールドカップで総合リーダーにもなりました。

2026年は全3戦で構成され#1はチェンマイ(タイ)、#2ミッデケルゲ(ベルギー)、#3アブルッツオ(イタリア)で開催されます。

この全戦に出場しそれぞれのレースはもちろん、通算となる総合での勝利を目指して戦います。
これを日本代表としてではなく、TEAM EMMA Cyclingとして出場します。
これはパラサイクリストとして2017年にデビューした彼女にとって10年目という節目の大きなチャレンジです。



このスポーツを始めたきっかけや、チーム誕生のきっかけ

杉浦佳子は2016年までサイクリングやトライアスロンを趣味とする普通の女性でした。

それが2016年4月、伊豆で開催された自転車レースの最中に転倒し、クモ膜下出血、頭蓋骨・鎖骨・肋骨・肩甲骨骨折、三半規管損傷の大けがを負いました。

その結果は高次脳機能障害と診断され、当初は大好きだったスポーツはおろか仕事や日常生活も不可能であるとのことでした。

ですが積極的にリハビリに努め、徐々に日常を取り戻し、無理とまでいわれた自転車に乗れるようになります。そんな時に出会ったのがパラサイクリングでした。

怪我をした場所で開催された体験会に参加すると、その可能性を認められ日本代表チームへ。

2017年はじめての国際大会をロードタイムトライアル3位(WC3)、ロードレース3位(WC3)でデビューするとその年の世界選手権ではロードタイムトライアルで優勝し早速世界1位の称号を手にいれます。

その後も競技に邁進しコロナ禍を経て東京2020、パリ2024とパラリンピック2大会連続のメダリスト、最年長メダリストとなりました。






これまでの歩み

杉浦の人生はパラサイクリストとなるきっかけとなったレースでの自転車事故以前から波乱万丈なものでした。

彼女は1970年静岡県掛川市(当時の大東町)の薬店の長女として生まれます。
幼少期の彼女はおぼろげに「将来は薬店を継ぐ」と思いながら勉学に励みます。
しかし、スポーツや運動は嫌いでこそないものの、今の彼女からは想像できないほど得意ではありませんでした。
小中高と人並み程度にスポーツや運動に触れてきたものの、大学進学とともに縁遠いものになります。

現役で薬科大学に合格し入学するものの、妊娠し退学。
薬剤師への道は断たれたかに思われましたが、出産後に再度大学入学を目指し合格、当時夢見た実家を継ぐという形ではありませんでしたが薬剤師として働き始めます。

彼女がスポーツと再び出会うのは仕事や育児が少し落ち着いたころ、ダイエットも兼ねたランニングでした。
29歳でフルマラソンを完走すると、30代ではトライアスロンにも挑戦し宮古島トライアスロンを完走した。

トライアスロンに熱中し40代ではアイアンマンレースの世界大会を目指してみようと思っていたところ、友人に誘われて出場した自転車レースで転倒し障害を負います。

事故直後は生死の境をさまようほどの状況で、命すら危ぶまれました。
一命はとりとめるものの、担当した医師より「自転車に乗ることはおろか、日常生活すらままならないでしょう。病院ではこれ以上の治療はできません。施設に移ってください」と言われ絶望しました。
しかし、転院先の病院での懸命なリハビリで奇跡の復活を遂げます。
自転車に乗れるようになり、薬剤師としての仕事にも復職しました。

その後、横浜でのトライアスロンに挑戦し完走。
友人の薦めでパラサイクリングの体験会に参加し、その可能性を認められ強化指定選手となります。
そこからは2017年に個人タイムトライアル、2018年にはロードレースと種目こそ違うものの2年連続で世界選手権に優勝し東京2020を目指します。

順調にパラリンピックを目指し階段を上っていく杉浦にコロナ禍という事件が起きます。
世界で活躍する一方で常に年齢という不安と戦ってきた彼女。
パフォーマンスが維持できるか?新しく現れる若いライバルたちに対抗できるのか?そんな気持ちと戦ってきた中でのパラリンピック1年延期は衝撃の出来事でした。
それでも「49歳と50歳の1年は誤差」そんなスタッフの一言に心救われ、奮起。
4種目出場したうち、個人タイムトライアルとロードレースの2種目で優勝しました。

東京2020でたどり着いた「最年少記録は二度と作れないけど、最年長記録はまたつくれる」という境地でパリを目指すことを決意。
特に、優勝どころかメダルにも手が届かなかったトラック種目でもメダル獲得を掲げ再出発した。
パラリンピック前年のトラック世界選手権では出場した2種目で優勝し、目標達成を圏内におさめ臨んだパリ2024。
渡航直前で持病の喘息が悪化、最終調整がままならずパリ入りし調子を戻すことができずにトラック種目でのメダルは獲得の夢は叶わなかった。
徐々に回復し喘息も落ち着き、なんとかロードレースでは優勝し金メダルを獲得した。

2024年度末、そこからの競技を考えたときに杉浦は「ロス2028頑張ります」とは言えないでいた。
年齢からくるフィジカルはもちろん、金メダルを一度獲ってしまった身として三度それを目指し期待されることのプレッシャーを考えるとポジティブになれないでいた。
ただ2026年に日本で開催されるパラリンピックのアジア版、アジアパラには一つの期待を持っていた。

「日頃応援していただいている皆さまに直に応援してもらいたい」

東京2020は基本無観客、パリは遠方でなかなか日本の方々に直に自身の戦う姿をみせてこれなかった。
日本でのアジアパラなら、皆に見てもらえるかもしれない。
それは一つの恩返しになるかもしれない。
アジアパラへの挑戦を決意したところで、パラサイクリング連盟より強化指定の解除が通達された。
パラスポーツの世界はパラリンピック至上主義的なところがあり、8年後のブリスベンに向けたチーム作りをする日本代表チームにとって少なくとも「ロスを目指す」「ロスで金メダルを獲る」と言えない杉浦はその構想から外れてしまった。

突然の目標の喪失と動き始めてしまっていた個人のスポンサーやサプライヤーという状況、2025年は国内実業団レースに本気で取り組もうと走る。
国内トップのレースを走り、26戦出場したうち10度の優勝。
年間総合2位とタイムトライアルでの年間チャンピオンとなった。

目指した年間総合は逃したものの、実業団レースで感じた不安やそこで得た自信は彼女をパラサイクリングの世界へ駆り立てた。

「世界のライバルたちと再び戦いたい」

パラサイクリスト杉浦佳子はその気持ちで2026年シーズンを戦う決意をした。







リターンについて
No 内容 金額
1 サンクスメール ¥3,000
2 サンクスはがき ¥5,000
3 公式SNSにお名前掲載 ¥5,000
4 宛名入りサイン色紙 ¥10,000
5 オンライン講演会参加券 ¥10,000
6 サイン入りフォトカードA ¥15,000
7 サイン入りフォトカードB ¥15,000
8 サイン入りフォトカードC ¥15,000
9 サイン入りフォトカードセット ¥40,000
10 レースレポート ¥20,000
11 個別相談会 ¥20,000
12 杉浦のトレーニングに参加 ¥50,000
13 杉浦選手とお茶会権利(関東圏、メダル付き) ¥70,000
14 杉浦選手とお茶会権利(関東圏外、メダル付き) ¥100,000
15 ワールドカップ使用ジャージ(サイン入り) ¥200,000
16 杉浦オンライン講演会権利 ¥300,000
17 杉浦講演会権利 ¥400,000


スケジュール

3月 パラサイクリング ワールドカップ 第2戦チェンマイ(タイ)
4月 パラサイクリング ワールドカップ 第2戦ミッデケルゲ(ベルギー)
5月 パラサイクリング ワールドカップ 第3戦アブルッツオ(イタリア)
5月 クラウドファンディング終了

2026年5月以降  リターン発送


資金の使い道

遠征費:約190万円
強化費:約50万円
リターン準備費用:約10万円
手数料(17%+税):約50万円


最後に

はじめまして杉浦佳子です。
このたび、2026年パラサイクリングのワールドカップに向けた活動資金調達のためクラウドファンディングに初挑戦させていただきます。
東京2020の時に私が発した「最年少記録は二度と作れないけど、最年長記録はまた作れる」それを体現し続けるため、今も走り続けています。

パラサイクリスト10年目の節目となる2026年、個人としてパラサイクリングのワールドカップに参戦します。
ワールドカップに参加する日本選手のほとんどは日本代表チームとして参加します。
逆にいえば日本代表以外で参戦する日本人はほとんどいません。
近年、昨年より代表入りした官野選手や健常のシクロクロスでも頑張る梶選手が個人として参戦していますが、まだまだ日本人パラサイクリストのパスウェイは強化指定入りからのスタートがほとんどです。

そこに一石を投じたい。

個人としてワールドカップに出場し、結果を出すことで後進に違う道筋もあることを身をもって伝えたいと考えております。
パラサイクリスト10年目の私、杉浦佳子に皆さまのお力をお貸しください。

よろしくお願いいたします。





<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 人件費

  • リターン仕入れ費

  • 遠征費(渡航費、宿泊費など) 強化費(合宿等トレーニングに関わる費用)

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

ヘルプページを見る

このプロジェクトの問題報告はこちらよりお問い合わせください

コメント

もっと見る

投稿するには ログイン が必要です。

プロジェクトオーナーの承認後に掲載されます。承認された内容を削除することはできません。


同じカテゴリーの人気プロジェクト

あなたにおすすめのプロジェクト

新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!

24時間以内に14人が支援しました