【緊急支援】フィリピン 地震被害|避難者に迅速な支援を|ピースウィンズ・ジャパン

キャンプファイヤー 寄付型のバッヂ

9月30日夜にフィリピンのセブ島付近でマグニチュード6.9の地震が発生しました。地元当局によると、セブ島で子どもを含む少なくとも18人が死亡し、多数の負傷者が出ているとのことです。このフィリピンでの地震被害に対し、ピースウィンズは、被災地への出動を決定し、緊急支援を開始します。

現在の支援総額

175,000

17%

目標金額は1,000,000円

支援者数

32

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/10/01に募集を開始し、 32人の支援により 175,000円の資金を集め、 2025/11/29に募集を終了しました

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【緊急支援】フィリピン 地震被害|避難者に迅速な支援を|ピースウィンズ・ジャパン

現在の支援総額

175,000

17%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数32

このプロジェクトは、2025/10/01に募集を開始し、 32人の支援により 175,000円の資金を集め、 2025/11/29に募集を終了しました

9月30日夜にフィリピンのセブ島付近でマグニチュード6.9の地震が発生しました。地元当局によると、セブ島で子どもを含む少なくとも18人が死亡し、多数の負傷者が出ているとのことです。このフィリピンでの地震被害に対し、ピースウィンズは、被災地への出動を決定し、緊急支援を開始します。

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災害対策本部でヒアリングをしていると、セブ島北部の離島、ジビットニル島(Ginbitgil Island)に物資が不足しているとの情報があり一度、一緒に見に行ってくれないかという相談を受けました。情報を提供してくれたのは、オリバー医師。以前、フィリピンで発生した台風による災害時に医師として現場に入り、日本からやってきたピースウィンズのスタッフと出会ったといいます。そのときの縁が、今回の支援につながりました。まるで地響きのような地震がトラウマに島の港には水と食料は届けられ、被災者に配布する準備が進められていた島内はバイクで移動セブ島北部のメデリン(Medellin)の港から船に乗っておよそ15分。ジビットニル島には、667世帯が4つの地区に分かれて暮らしていましたが、9月30日に起きたマグニチュード6.9の地震とその後続く余震の恐怖から家のなかで生活することができず、これまで支援してきた集落同様、それぞれ家の前や空き地にテントやタープを張って生活していました。ジビットニル島内に6つの避難エリアが設けられ、被災者はテントで生活している島内で特に大きな課題となっていたのが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状で苦しむ人びとです。9月30日以降も日々小さな余震を繰り返しながらマグ二チュード5を超える地震も何度か発生。現地で活動するスタッフによると、「日本の揺れる地震とは感覚が違う」ようで、余震でも「ドンとまるで地響きのような地震」を体感したといいます。その恐怖が身体や頭から離れず、多くの被災者にとってトラウマになり、特に夜は怖くて眠ることができない人も多いそうです。島内の電気は、ジェネレーターでまかなわれていましたが、地区によって差があり、特に街灯のない地区では夜になるとほぼ灯りがなくなってしまうという避難場所もあります。暗い夜はより余震の恐怖心をあおることからも、用意していたソーラーライトを各避難エリアにそれぞれ必要な分を配付することになりました。片言の日本語で「アリガトウ」と声をかけられる現地で活動するスタッフによると、支援を届けた先々で「アリガトウ」と片言の日本語で声をかけられたといいます。ある避難場所では、テントのなかに灯りがともされたことで子どもたちは夜間でも走り回り、空飛ぶ捜索医療団のスタッフを見つけては追いかけてきて「アリガトー」と笑顔で叫んでくれたこともあったそうです。空飛ぶ捜索医療団の10月14日の活動報告は、こう結ばれています。「発災から2週間。住民の暖かさを感じるテント村に驚かされたと同時に、彼らの生きる強さに胸を打たれました。多くの方々からの協力の元で届けられた私たちの支援が、彼ら被災者の再び歩き出す力の一部になれているのなら、こんなに嬉しいことはありません。」(坂本看護師)カメラを向ければ笑顔で応えてくれたり、子どもたちはバスケットボールやバレーボールで遊んだり、駆け回って遊んでいます。それは被災地では「めずらしい光景」で、スタッフ全員がフィリピンの人たちのたくましさを感じたといいます。それでも……地元のメディアによると、余震は年内は続くことが予想され、安全のため、現状の外で暮らす避難生活は長期化することが見込まれています。トラウマで悩まされる人びとも多く、笑顔の裏ではいつ襲ってくるかわからない余震におびえながら日々の生活を送っています。空飛ぶ捜索医療団が届けた支援が、フィリピンで出会ったすべての被災者の恐怖を少しでもやわらげ、笑顔を守る灯になることを願っています。


フィリピン・セブ島沖を震源とするマグニチュード6.8の大規模な地震が発災してからおよそ2週間。大きな被害を受けたボゴ市にはさまざまな支援団体が入り、数多くの支援物資が集まっています。被災直後にみられた混乱は収まり、復旧・復興に向けた体制が整いつつあるようです。その一方で、十分に支援物資が行き届いていない、小さな集落も多くあります。空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”の緊急支援チームは、日本から10月1日にセブ島にわたり、現地での支援活動を行うにあたり必要な手続きや情報収集を行うためのネットワークを構築。その後、現地協力団体と連携しながら被災状況の確認とニーズ調査を行い、支援物資を配付する準備を進めてきました。支援の行き届かない小さな山村や漁村をめぐる空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”の緊急支援チームは、地元の災害対策本部や協力団体と協議しながら主に支援物資が行き届いていない地域をまわり、必要な支援を届ける役割を担いました。訪れたのは、フィリピンの行政区分上「Sitio(シティオ)」と呼ばれる、「Barangay(バランガイ=日本でいう村や町)」のなかでももっとも小規模な山村や漁村の集落。夜間になるとほとんど灯りはなく、真っ暗ななか野外での生活を余儀なくされていた小さな集落の人びとです。多くの家族が余震のおそれから野外で簡易的なテントやタープを張って生活していましたが、テントの強度は弱く、なかには破れたシートを使いまわしている家族もいます。長引く避難生活で疲労やストレスが蓄積されるなか、少しでもゆっくり休める居住空間が求められていました。こうした被災状況を受け、空飛ぶ捜索医療団のメンバーは拠点のセブ市内に戻ると、テントやタープに活用できるターポリン(耐久性・防水性に優れたビニール素材)やソーラーライトを手配。車一杯に物資を詰め込み、野宿で避難生活を続ける人びとに届けていきました。被災地にいる人びとが一体となって苦難を乗り越えようとしている物資を届けると被災者たちが自ら手際よくテントを補強したりタープを張ったりしていきます。ひとつのテントを複数の家族でシェアしたり、雨が降れば雨漏りしたり、テントやタープの外にあったものを急いでテント内にしまわなければならない状況でしたが、雨をしのげる空間が少しでも広がることで、こうしたストレスを少なからず解消できるといいます。また、素材があれば屋根だけでなく、壁もつくれることで雨と風もしのげるようになり、快適に寝ることができるようになったという声も聞かれました。ターポリンはロールで購入したことで現場でカッティング作業なども行わなければなりませんが、被災者も含め、全員で協力して準備を進めていきます。空飛ぶ捜索医療団のチームメンバーも配付するだけでなく、地元の人びととコミュニケーションをとりながら一緒にテントを補強したり、新しい居住空間をつくっていきました。フィリピン・セブ島の被災地では今、被災者も支援者も、被災地の現場にいる人びとが一体となって、この苦難を乗り越えようとしています。届けるのは物資だけではない被災者のなかには、地震のトラウマで夜、眠れないという心的外傷後ストレス症(PTSD)を訴える人もいます。被災者には、物資などの支援だけでなく、少しでもゆっくり休める住環境や、心の支えが必要です。現地支援チームは今、必要とされる物資を必要とする人びとに迅速に届けるとともに、被災者と言葉を交わし、ともに復興を願いながら“笑顔を届ける”支援活動を続けています。1日でも早く被災地の人たちが日常を取り戻せるように、皆様の温かいご支援をよろしくお願いいたします。


9月30日、フィリピン・セブ島沖を震源に発生したマグニチュード6.9の地震は、死者72人、行方不明者は559人にのぼり、およそ77,000人が避難する大きな被害をもたらしました。空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”は、10月1日に緊急支援チームを日本から派遣。現地協力団体と連携しながら被害状況の把握からニーズの調査を進めてきました。調査エリアを広げ周辺集落も訪問セブ市からボゴ市に向かう道中、あちこちで土砂崩れが確認されたリゾート地としても知られるセブ島は自然豊かな島で、各市を結ぶ道路は限られています。今回、もっとも被害が大きいといわれている北部のボゴ市は、フィリピン第二の都市といわれるセブ市からおよそ100kmほどの距離ですが、ふたつの市を結ぶ道は1~2本しかありません。そのため普段から渋滞が激しく、さらに今回の震災の影響で通常6、7時間で行けるところが時間帯によっては19時間もかかったという情報もあるなど、渋滞が支援活動にも大きく影響しています。タビュエランの市長と面会。被害状況とニーズのヒアリングを行うボゴ市内に立ち上げられた対策本部には、市街地の被災状況に関する情報は集められつつありましたが、その周辺地域の被災情報はほぼ皆無。そのため空飛ぶ捜索医療団のスタッフは支援の取りこぼしがないように、ボゴ市の中心部だけでなく調査エリアを広げ、できる限り周辺の集落も訪問して被災状況とニーズのヒアリングを続けました。タープを立てただけのスペースで雨をしのぎ生活する避難者(10月3日ダンバンタヤンの集落にて)ボゴ市内も含め、セブ島北部では広い範囲で停電と断水が発生。家が被災した家族は、避難所もしくは路上や空き地などにテントやタープを張り生活しています。しかし、テントやタープの数には限りがあるため、ひとつのテントを複数の世帯でシェアしたり、なんとか雨をしのげる程度にターポリンを張って暮らしている世帯も数多くいます。集落の子どもたちと笑顔でコミュニケーションをとる空飛ぶ捜索医療団の新谷看護師現地では、本震の後にもマグニチュード1~4程度の余震が断続的に続いている状況で、多くの被災者は今後の天候や二次災害をおそれています。医療や物資などのニーズよりも、目の前の現実と地震のトラウマから心理的な支援を求める声も多く聞かれました。被災者は何を求め、今必要な支援は何か。そのなかで自分たちは何ができ、支援するべきか。情報が不透明ななか、直接被災者の声を聴き、被災状況を自分たちの目で見てきたなかで浮かび上がってきたのが、過酷な生活環境の課題です。空飛ぶ捜索医療団は、北部被災地での現地調査からセブ市に戻ると、可能な範囲で物資調達に奔走。同時に今後、物資を避難者に1日でも早く届けるために、日本の本部メンバーとも密にコンタクトをとりながら現地協力団体と連携し、物資を届ける体制構築も整えていきました。取りこぼしのない支援をめざして、今自分たちができる支援を考え続け、必要な支援を必要な人びとに届けていきます。皆様の温かいご支援をよろしくお願いいたします。


9月30日、午後9時59分(日本時間午後10時59分)、フィリピン・セブ島沖を震源とするマグニチュード6.9の地震が発生。震源の深さは10kmと想定され、震度5強~震度6弱レベルの揺れがセブ島を襲いました。この地震でセブ島北部を中心に被害が拡大。政府は、10月1日の時点で72人が死亡、負傷者は294人にのぼり、2万人以上の人が避難する被害状況を報告。PHIVOLCS(フィリピン火山地震学研究所)によると本震後も余震は300回以上も記録し、今後も続くことが予想され注意を促しています。この事態を受け、ピースウィンズは緊急支援の実施を決定。10月1日に日本から看護師2名、調整員1名で編成された緊急支援チームが出動し、セブ市に現地入り。翌2日から被害状況の確認やニーズ調査などを開始しました。被害のもっとも大きいセブ北部のボゴ市へこの日、空飛ぶ捜索医療団の緊急支援チームが向かったのは、事前の情報収集からもっとも被害が大きいと言われたセブ州北部のボゴ市。道中、所々で落石や土砂崩れなど地震の爪痕や、「HELP」「食料や水がありません」などのメッセージを掲げる被災者の姿がみられました。支援物資などは市内に集中することが多いため、こうした山麓の人びとにも支援が届けられるか懸念されます。ボゴ市内に入ると多くの建物が激しく損壊し、被害状況が明らかになってきたといいます。一部地区では停電と断水も発生し、市役所は倒壊するなど市内は混乱している状況で、情報も錯綜。今後、さらに被害が拡大する可能性が予想されます。「建物に入るのが怖い」路上で生活する避難者活動初日は、フィリピン保健省を訪問するなど、関係各所から被害状況を確認する情報収集に奔走。ボゴ市周辺の町も被害は出ているとのことでしたが、詳細な情報はほとんどなかったため、この日は可能な限り被災地域に脚を運び、調査を行いました。ある地区では、地震による土砂崩れで家族を失い、教会でご遺体の前でお祈りを捧げる人びとや、地震発生時の恐怖から建物に入ることができず、外にマットレスを敷いて寝ている避難者が多く見られたといいます。今、被災者は何を思い、何を必要としているのか。これまでの災害支援、避難所支援の知見を活かして、一人でも多くの人を救うために、できる支援を行っていきます。皆様の温かいご支援をよろしくお願いいたします。


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