火に呑まれ、
大切な目に見えるものを失った日。
そこに残ったのは、「生きててよかった」
という氣だけでした。
松本という“丹田のまち”でゼロから立ち上がり、
令和の虎という舞台で、
その目には見えない“氣”を放ちました。
そして今──
丙午のはじまりと共に、
“氣の時代”の扉が静かに開きます。
はじめに
このページを開いて頂き、ありがとうございます。
長野県松本市を拠点に
“ふつう”と共に生活している草間亮太と申します。
まず最初に、ひとつだけ伝えたいことがあります。
「氣」という字を見て、ちょっと構えた人へ。
大丈夫です。
これはスピリチュアルでも宗教でもありません。
むしろ、いちばん“ふつう”で“自然”な話です。
これまでの歩みや背景、
そして「魂のインフラ」の全体像は、
第一弾のページに詳しくまとめています。
そしてここからは、
今回の挑戦の“核心”だけに触れていきます。
「令和の虎」に挑んだ理由
正直に言うと、
僕はテレビに出たい人間ではありません。
それでも
「令和の虎」に「令和の龍」として、
挑んだのは、
“氣の話”を、真正面から語る場として、
あそこほど相応しい場所が、なかったからです。
令和の虎という番組は、
ビジネスや数字の最前線の場です。
そこで僕は、
「氣」そのものを差し出しました。
人はなぜ応援するのか。
なぜお金が動くのか。
なぜ、心が揺さぶられるのか。
その根っこにあるものを、問いかけてみたかった。
これは、
お金の番組で行った「氣の実験」です。
このクラウドファンディングは、
その続きです。
令和の虎で起きたことは、
ゴールではありません。
ここからが、スタートです。
「氣は、届くのか。」
「言葉にすれば、伝わるのか。」
それを、
あなたと確かめたい。
無理に信じていただく必要はありません。
気になったなら、それで構いません。
ただ、ご自身の感覚だけは大切にしてもらえたら嬉しいです。
「気」と「氣」のちがい
私たちは日常の中で、
「気」という言葉を当たり前のように使っています。
気温、気分、空気。
すでに、
目に見えないものを感じながら生きています。
それらはすべて、
目には見えないけれど、
確かに、感じ取っているものです。
「氣」という字には「米」が含まれています。
これは、いのちや循環を象徴する文字です。
現代では簡略化された「気」が使われていますが、
「氣」という字には、
日本人が長い時間をかけて育んできた
感覚の記憶が残っています。
この違いを
理解してもらいたい訳ではありません。
ただ、一度だけ。
小さいようで、実は大きく異なる
「気」と「氣」のちがいを、
「頭」ではなく、「肚(はら)」で、
「感じて」みてほしいのです。
氣は、特別なものではありません
氣は知識ではなく、感覚です。
説明できなくても、
腑に落ちる瞬間があります。
湯船に入って、肩の力が抜けたとき。
誰かの一言で、空気がやわらいだとき。
部屋を片づけたら、気分がすっきりしたとき。
誰もが一度は
この感覚に触れています。
ただ、それを
「氣」だと教わらなかっただけ。
この本は、
ずっと、置き去りにされてきた氣に、
触れるための一冊です。
地域文化としての取り組み
本プロジェクトは、
松本という土地の文化や歴史を通して、
日本古来の「氣」という感覚を、
現代に伝えていく取り組みです。
本書では、
土地の背景と私自身の体験を重ねながら、
「氣」を特別なものではなく、
日本人にとって当たり前の感覚として
文化的に捉え直しています。
日本人と「氣」
あなたには先祖がいると思います。
氣もまた、それと同じくらい当たり前のものです。
氣は、特別なものでも、
昔の考え方でもありません。
我々日本人の暮らしの中に、
そして自然の中にも、
日々“ふつう”に流れています。
「氣」という字を見て
怪しいと感じるのは、
いつのまにか身についていた自然な感覚
なのかもしれません。
でも、それを少し外してみると、
気持ちが動き、
空気が変わり、
人とつながる。
その根っこにあるのが「氣」です。
そしてもうひとつ。
私たちの身近なところで、
“氣”の動きがそのまま姿を変えて現れているものがあります。
それが「お金」です。
金は「氣」のあとを追って動く
お金は、単独では動きません。
不安、希望、信頼、共鳴。
そうした内側の動きのあとを追うように、
お金は流れていきます。
つまり──
お金とは、“目的”ではなく、結果です。
今回のプロジェクトは、
その流れを静かに確かめるための、
小さな試みです。
日本の年始と「氣の循環」
お正月にお賽銭を入れたり、お年玉を渡したりするのは、
本来「氣をめぐらせる」日本の美しい風習です。
お賽銭は、感謝の氣を天に返すこと。
お年玉は、新しい一年のいのちの氣を分け与えること。
どちらも、「ありがとう」から始まる循環の儀式です。
あなたが感じた“あたたかい氣”が、
また誰かの心をやさしく照らしていく。
それが、このプロジェクトの本当の願いです。
この本について
本書、『龍がおよぐ 丹田のまち 松本』は、
松本を紹介するための本ではありません。
これは、日本人が本来持っていた“氣”を思い出すための本です。
松本という町は、その氣へとつながる入口。
そしてその出口は──
いつも、あなたの内側にあります。
その“氣”という、当たり前にある自然の力を、
身体・土地・歴史・心のつながりから、
もう一度見つめ直した一冊です。
松本という“日本列島の丹田”を舞台に、
私自身の体験や氣づき、そしてAIとの対話を通して、
眠っていた感覚を言葉に整えました。
読むというより、“感じる”本です。
本書は、このクラウドファンディング限定でお届けします。
書店販売やネット流通は一切行いません。
この本は
こんな人にオススメします。
☑️ 外の世界に合わせすぎて、少し疲れていると感じている方
☑️ もっと自然体のままで、生きやすくなりたい方
☑️ 理屈よりも、腑に落ちる感覚を大切にしたい方
☑️ 最近、自分の内側で、何かにうすうす気づき始めている方
☑️ 内側が整うことで、外側の世界も変わると感じている方
☑️ ここまで、なんの気無しにスクロールしてしまった方
※本書は、何かを手に入れるための本ではありません。
すでにある内側の感覚を、思い出すための一冊です。
スクロールが止まらなかった
あなたへ
もし今、心と指先が動いてしまったなら、
それがもう“あなたの氣”が動き始めている証です。
氣は、特別な人のものではありません。
それは、あなたが笑うときに生まれ、
「ありがとう」と言うときに広がる。
そして、
“気”と“氣”のちがいを感じた瞬間、
あなたの人生の空気は、静かに変わり始めます。
あの日の気づき
令和の虎という舞台で、
僕は「氣に価値を置きましょう」と伝えました。
あの時間を通して、
「普通に生きること」こそが、
いちばん価値のあることだと気づきました。
だから今、僕は伝えたい。
氣とは、あなたの“普通”を取り戻す力です。
思い込みに覆われ、
頭が“普通”じゃなかった僕を、
目覚めさせてくれた『令和の虎』に、
心から感謝します。
あの場所があったから、
僕は本当の自分に還ることができました。
ご縁に感謝。すべてにありがとう。
最後に
かつてこの国には、
いのちを懸けて日本を守ろうとした人たちがいました。
家族を想い、故郷を想い、
まだ見ぬ未来の私たちを想って。
我々がこうして当たり前に笑い合えるのは、
誰かの“氣”がつないでくれたから。
その積み重ねの上に、いまの日本がある。
戦後八十年。
形は変わっても、
この国の魂はまだ息づいています。
だからこそ、
僕たちの世代でもう一度、氣を思い出したい。
争いではなく、感謝で。
奪うのではなく、つなぐことで。
それこそが大いなる和の魂。
祖先から受け取った“氣”を、
子どもたち、そして未来の誰かへ手渡すために。
父親として、
日本人として、
そして、自分として。
果たして生きたい。
僕は「氣」を信じてはいません。
ただ、感じています。
僕が唯一、信じているのは、
日本人の“底力”です。
1億人に、この氣がめぐりますように。
自然に感謝できる人が、増えますように。
日本がもう一度、ひとつになりますように。
そして、
人々がそれぞれの丹田へと還れますように。
ピンチはチャンス。
何度でも、“ゼロ”から始められる。
これが僕の、
「氣だまりショット」。
この国を、見えないところで支え続けてきた、
描く人。奏でる人。表す人。創る人。
教える人。癒す人。育てる人。
整える人。守る人。
そして──誰かを想う、すべての日本人へ。
あけましてありがとう。
あけましておかえりなさい。
あけましておめでとう。
その手、その声、その想いに宿る“氣”に、
心からの敬意を捧げます。
丙午のはじまり、
龍が目覚めた丹田の國にて。
追伸
この結果は、すべて自然に委ねた現象です。
すべてはこの宇宙の“ふつう”による循環です。
【免責事項】
本プロジェクトで扱う「氣」「丹田」などの概念は文化的・思想的なものであり、
特定の運勢・開運・効果効能を保証するものではありません。







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