
3月に入りました。
「ラストワンマイル」主催の後川 / りばです。
本日から3月。クラウドファンディング終了まで、あと10日となりました。
ここまで多くのご支援、応援のお言葉をいただき、
想像を超える形で背中を押していただいております。心より感謝申し上げます。

3月という月になると、どうしても故郷・宮古市で起こったあの日のことを思い出します。
三陸鉄道と、あの頃のこと
現在は盛岡市で音楽活動を中心に生活しておりますが、
かつて岩手県宮古市に戻った際、三陸鉄道株式会社で非正規職員として勤務していた時期がありました。
仙台での音楽活動が思うように進まず、宮古へ戻った際にご縁をいただいた職場でした。
広報業務を担当し、写真撮影やメディア対応など、未熟ながらも必死に取り組んでいた日々でした。
そこでようやく正規職員の話をいただいた矢先、東日本大震災が発生しました。
被災地で学んだこと
震災後の広報業務は、葛藤の多い時間だったように思います。
被災した故郷。
それでも早い段階で一部区間を運行再開した三陸鉄道。
全国から寄せられた支援やボランティアの方々の想い。
その一方で、善意と、現場で本当に必要とされる支援との間に、
少し距離を感じる場面もありました。
また、報道の在り方についても様々な形を目にし、情報の伝え方の難しさを痛感しました。
あの時期に学んだのは、
支援は“気持ち”だけでなく、“相手の立場に立つこと”が何より大切だということでした。
三陸鉄道を去ると決まった日
震災から半年ほどが経った頃、社長に呼び出されました。
運転士確保と人件費調整のため、契約終了の話でした。
正直に言えば、心身ともに張り詰めていた自分は、少しだけ肩の力が抜けた部分もありました。
それでも、言葉を交わすうちに涙が溢れました。
気がつけば社長も涙を流しており、二人で向き合って泣いたあの時間は、今も忘れられません。
そして今へ
その後、復興関連の業務に携わり、宮古市役所や復興庁との仕事を経て、盛岡へ。
「こちらで一緒にやらないか」と声をかけていただき、今の生活に至ります。
震災から多くの年月が経ちましたが、
あの時に学んだ「本当に必要とされることを届ける」という姿勢は、
今の音楽活動にも確実に繋がっています。
「ラストワンマイル」という名前には、
ただ作品を作るだけではなく、
必要としてくださる方のもとへ、きちんと届くところまで責任を持つ。
そんな想いを込めています。
残り10日。
最後まで、丁寧に、そして確実に進んでまいります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。





