

沖縄の泡盛文化を、ずっと下から支えてきた酒甕(さかがめ)。
けれど今、その存在は急速に減っています。
パック酒や瓶への移行。
効率と利便性を重視した製造工程。
保管スペースの問題。
理由はいくつもあります。
実際、酒甕の注文は年々減り、 酒造所から「もう甕は要らない」と言われることも珍しくなくなりました。
私たち自身も、 「次はいつ注文が入るんだろう」 そんな会話を、工房で交わすことが増えています。

酒甕は、今や “なくても困らないもの” になりつつあります。
でも、それは単に器が変わるという話ではありません。
「時間をかけて育てること」
「世代を越えて引き継ぐこと」
「混ざり合いながら成熟していくこと」
そうした、目に見えにくい価値そのものが、 暮らしの中から静かに消えていくことでもあります。
派手な終わり方じゃありません。
ニュースにもなりません。
ただ、気づいたときには、もう戻れない。
それが、今まさに起きている現実です。


沖縄にとって泡盛は、ただのお酒ではありません。
祝いの席。
語り合う夜。
迎える場、送り出す場。
泡盛はいつも、人の真ん中にありました。
誰かが注ぎ、 誰かが受け取り、 自然と会話が始まる。
泡盛は、人と人の間をほどき、 同じ時間を過ごすための“きっかけ”だったのだと思います。
そして沖縄には、 泡盛を一度で完成させない文化があります。
それが「仕次ぎ」。
古酒に新しい泡盛を継ぎ足し、 少しずつ混ざり合いながら味を育てていく。

そこには、
祖父の時間。
親の時間。
自分の時間。
そして、まだ見ぬ次の世代の時間。
複数の人生が、ひとつの甕の中で、静かに重なっていきます。
仕次ぎとは、完成品を買うことではありません。
時間と関係性を引き受けることでした。
正解はありません。
同じ味にもなりません。
関わる人、置かれる場所、重ねる年月によって、 それぞれ違う育ち方をします。
その営みを、何十年、何百年と黙って支えてきたのが、酒甕でした。


はじめまして。
私たちは、沖縄・糸満で長年、泡盛用の酒甕を焼き続けてきた窯元「いちまん焼」です。
これまで、酒造会社の工場に直接甕を納め、 泡盛を受け止める器として、 表舞台に出ることなく現場を支えてきました。
会長は台湾出身で、 焼き物の基礎からデザインまでを学び、日本各地で修行を重ねた後、沖縄に来ました。

なぜ沖縄に定住したのかと聞くと、 会長はいつも奥さんを指して、
「これがいたから」と言います。
奥様のてるこさんは、 職人気質な会長に対して、
「それは素人には伝わらないよ」 「実際に使う人の気持ちを考えないと」
と、何度も率直に伝えてきた人です。
ぶつかることもありました。
意見が食い違うこともありました。
でも、 職人としてのこだわりと、 使われる場所への視点。
その両方があったからこそ、いちまん焼は続いてきたのだと思います。

会長のつくるシーサーや龍は、どれも優しい顔をしています。
それは狙って生まれた表情ではなく、 沖縄の空気の中で重ねてきた時間が、 自然と滲み出たものなのだと思っています。


酒甕は、象徴として美しいから残したいのではありません。
泡盛がつないできた 人、家族、場、祈り、時間。
それらすべてを、判断せず引き受け続けてきた存在だからです。
便利ではありません。
効率的でもありません。
重たいし、割れるし、場所も取ります。
それでも、 長く混ざり合い、育っていくための器。
今の時代だからこそ、 この“時間の器”をもう一度、暮らしの中に取り戻したい。
そんな思いから、このプロジェクトを立ち上げました。

このプロジェクトへの参加は「購入」ではありません。
あなたの支援は、
酒甕を迎えること。
仕次ぎを始めること。
時間を預かること。
そして、育てる側に立つことです。
甕と泡盛、仕次ぎの手引き、背景のストーリーを通して、
あなた自身の暮らしの中で、 “時間が重なっていく体験”が始まります。
今日注いだ泡盛が、 数年後、誰かとの大切な時間につながっているかもしれない。
あなたは支援者であり、 同時に、この文化の担い手です。


甕壺と仕次ぎの文化を残すことは、 過去を懐かしむためではありません。
待つこと。
育てること。
混ざり合うこと。
それらを、これからの社会に残していくこと。
沖縄で育まれてきた時間の感覚を、 次の世代へ手渡すこと。
このプロジェクトは、小さな挑戦です。
でも、確かに未来へつながる一歩だと信じています。
沖縄の時間を、未来へ。
どうか、あなたもこの物語に参加してください。





いちまん焼では、ひとつひとつの酒甕を最終、手仕事で仕上げていますが、その土づくりや焼成には、専用の機械設備が欠かせません。
しかし現在、工房で使っている機械の多くが老朽化しており、修理を繰り返しながら、なんとか稼働させている状態です。
例えば、粘土を均一に練り上げる「土練機」は、一台で100万円以上する設備です。
本来であれば、計画的に買い替えていくべきものですが、現状はその余裕がなく、「いつ止まってもおかしくない」状況のまま、使い続けています。
正直に言うと、とても恥ずかしい現実です。
けれど、もしこの設備が止まってしまえば、酒甕をつくり続けること自体ができなくなってしまいます。

今回いただいたご支援は、このような老朽化した設備の修繕・買い替え費用として活用し、工房の生産を止めることなく、酒甕づくりを未来へつないでいくために使わせていただきます。
また今後は、より多くの方に酒甕や泡盛の文化に触れていただけるよう、体験工房や工場見学の整備にも活用していきたいと考えています。
つくることに触れ、時間を育てる文化を体感できる場所へ。
その一歩として、今回のプロジェクトを位置づけています。


今回のプロジェクトでは、 同じ糸満の地で酒造りを続けてきた まさひろ酒造 様にご協力いただいています。
まさひろ酒造は、明治16年(1883年)創業。 琉球泡盛の伝統を大切に守りながら、 時代に合わせた酒造りにも挑戦し続けてこられた酒造です。
今回ご協力をお願いするにあたり、 まさひろ酒造様から、このようなお話を伺いました。
「泡盛は古くから、沖縄の人々の暮らしの中で 喜びや楽しみを分かち合い、 時には人々を励まし、 祭りや祝い事にも欠かせない存在として親しまれてきました。
これからも泡盛が、 人々の生活の風景にさりげなく溶け込み、 日々の時間に寄り添うお酒であり続けてほしいと願っています。」
この言葉を聞き、 私たちも改めて、
その時間を受け止める「器」をつくり続けていきたい
という想いが、 より一層強くなりました。
そして今回、まさひろ酒造様には私たちの想いに共感いただき、リターンとしてお届けする泡盛についても、ご協力を快くお引き受けいただいています。

下記のように、幅広いリターンをご用意しました。詳細はリターン一覧をご覧ください。




甕壺と仕次ぎの文化を残すことは、 過去を懐かしむためではありません。
待つこと。
育てること。
混ざり合うこと。
それらを、これからの社会に残していくこと。
沖縄で育まれてきた時間の感覚を、 次の世代へ手渡すこと。
このプロジェクトは、小さな挑戦です。
でも、確かに未来へつながる一歩だと信じています。
沖縄の時間を、未来へ。
どうか、あなたもこの物語に参加してください。
ご支援、よろしくお願いします。



