「もったいない」を世界に広めたマータイさんの生家が崩れかけています。
修復し、環境保護の聖地にするために支援をお願いします!
在りし日のワンガリ・マータイさん=2008年5月撮影
こんにちは。MOTTAINAIキャンペーン事務局と申します。
ワンガリ・マータイさんをご存じでしょうか。社会科や英語などの教科書・教材に出ていたこともあったので、ご存じの方も多いと思います。2004年12月に環境分野で初めて、アフリカ人女性としても初のノーベル平和賞を受賞したケニア人です。
受賞から2カ月後に毎日新聞社の招きで日本を訪れたマータイさんは「もったいない」という日本語に出会い、感銘を受け、翌月、米ニューヨークの国連本部で開かれた会議で「この言葉を環境を守る世界の合言葉にしよう」と提唱しました。その呼びかけに応じてできたのがMOTTAINAIキャンペーン事務局です。
マータイさんは5回にわたって、来日し、各地で多くの人たちと交流し、一緒に木を植え、環境保護の大切さを訴えました。明るい笑顔と人柄はどこに行っても大歓迎を受け、講演会には多くの人が詰めかけました。
2006年2月、千葉県松戸市で
2007年4月、秋田県美郷町で
2010年2月、兵庫県西宮市の関西学院大で
2007年4月、名古屋市千種区の東山動物園で
2010年2月に広島市を訪れた際には被爆者の証言に熱心に耳を傾け、終了後、涙を流しながら、「大変なことでしたね」と語りかけました。核兵器廃絶のための署名を集めている女子高生が用紙を差し出すと、「もちろん」と笑顔で答え、すぐに署名に応じました。
2010年2月、広島市の原爆資料館で被爆体験を聞いた後、涙を流すマータイさん
マータイさんが広島市の女子高生に求められて書いた核兵器廃絶の署名
旭日大綬章も受章
マータイさんの活動に対し、日本政府は09年、「環境保護に関する意識向上や日本の国際的地位の向上に貢献した」と評価し、旭日大綬章を授与しました。
2009年5月、ケニア・ナイロビの日本大使公邸で旭日大綬章を受け、笑顔を見せるマータイさん
東日本大震災の際には励ましのメッセージ
マータイさんが71歳の生涯を閉じたのは2011年9月25日。東日本大震災の約半年後でした。亡くなる3週間前にケニアの首都・ナイロビでインタビューに応じたマータイさんは日本を案じ、被災者の皆さんにこんな言葉を贈ってくれました。
「世界は皆さんとともにあります。皆さんは素晴らしい勇気と規律を持ったライジングサンの国民なのです。勇気を持ちましょう。世界中の人々が皆さんを支えているのです」
亡くなった時には、日本はもちろん、世界中から、その人柄と功績を偲び、別れを惜しむ声が上がりました。ケニア政府は国葬で見送り、国内各地で5000本の木が市民の手で植えられました。
2011年10月、千葉県流山市で
2011年10月、ナイロビで営まれたマータイさんの国葬
伝記や絵本の出版も相次ぐ
マータイさんが亡くなった後、日本では彼女が学校に訪れた日を「もったいないの日」と名付け、毎年、環境保護に取り組んでいる小学校もあります。伝記や絵本も相次いで出版されました。

今年2月には集英社が学習まんがを発行しました。本の帯では「その生き方がSDGs達成の道しるべ!!」と紹介されています。

グリーンベルト運動とMOTTAINAIキャンペーン
マータイさんは1940年、ケニアの中部、ニエリの農家に生まれました。6人兄弟で家は決して裕福ではなく、 女の子を学校に行かせることが当たり前ではなかった時代でしたが、 兄が両親を説得し、家族の支えもあって、学校に通えるようになりました。60年には政府留学生に選ばれ、米ピッツバーグ大学で修士号を取得。ドイツ留学を経て、71年には東アフリカの女性では初の博士号をナイロビ大学で取得しました。
ナイロビ大学の教授に就任後、開発の名の下で行われる環境破壊と、開発の恩恵から阻害される市民の姿を目の当たりにしたことをきっかけに、77年、「グリーンベルト運動」を立ち上げました。植林活動を通じて、女性の社会参加を促し、植林から得られる収入で女性の経済的な自立を図るのが狙いでした。81年にはケニア女性国民会議の議長に就任し、運動を各地に広めました。草の根からの活動はタンザニアやウガンダなど隣国にまで広がりました。
弾圧を受け、逮捕・投獄されたことも
植林が女性の地位向上や民主化運動にもつながっていったため、時の政権から弾圧を受け、逮捕・投獄されたこともありました。それでも屈することなく運動を続け、その政権が倒れた02年には国政選挙に当選し、03年、副環境相に任命されました。運動には延べ10万人を超える女性が参加し、植えられた木の数は3000万本を超えました。
そして、04年12月、環境分野で初、アフリカ人女性としても初めてのノーベル平和賞を受賞しました。
「MOTTAINAIを環境を守る世界の合言葉に」
受賞から2カ月後の05年2月、毎日新聞社の招へいで来日したマータイさんは編集局長とのインタビューで一つの日本語と出会います。「もったいない」という言葉でした。
環境3R+Respect=もったいない
Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)という環境活動の3Rをたった一言で表せるだけでなく、かけがえのない地球資源に対するRespect(尊敬の念)が込められている言葉、「もったいない」。
マータイさんはこの日本語を、環境を守る世界共通語「MOTTAINAI」として広めることを提唱し、05年3月、ニューヨークの国連本部で開かれた会議で「MOTTAINAIを環境を守る世界の合言葉にしましよう」と訴えました。
マータイさんが「MOTTAINAI」という言葉に出会ったインタビュー2005年2月14日、東京都千代田区の毎日新聞東京本社で
こうしてスタートしたMOTTAINAIキャンペーンは、賛同する企業・団体とともに環境に配慮した商品やサービスを展開し、売り上げの一部や個人からの寄付金をグリーンベルト運動に送り続けてきました。マータイさんが亡くなった後も遺志を引き継ぎ、賛同してくださる皆さんとともに、活動を継続しています。
主に個人の意識改革を求めて始まったキャンペーンはここ数年、変わりつつあります。規格に合わないという理由で廃棄されていた果実を使った飲料や端材を使ったおせちや革製品などの商品に「MOTTAINAI」を冠する企業が増えてきたのです。生産者や企業、消費者を結ぶキーワードとして「MOTTAINAI」が活用されるようになっています。
「MOTTAINAI」は単に節約を促す言葉ではなく、かけがえのない地球や命を重んじ、価値を見つめ直すことを求める言葉です。気候変動や戦争でこの地球が滅びることが最も「MOTTAINAI」ことだと、マータイさんは教えてくれました。

崩れかかっていたマータイさんの生家
私たちは昨年12月、マータイさんのノーベル平和賞受賞20周年式典に出席するためケニアを訪れ、長女・ワンジラさんの案内でマータイさんの生家に足を運びました。
首都ナイロビから車で3時間ほど、ケニア山の麓、ニエリ郊外のイヒテという村にその家はありました。小高い丘の上、木と土とトタン屋根で作られた小さな家に今は住む人もなく、木々に囲まれるように建っていました。土壁は崩れ、屋根の一部ははがれていました。マータイさんが幼少期を過ごし、大人になってからも時折、足を運んだというその家は今にも崩れ落ちそうに見えました。
マータイさんの生家=2025年12月撮影
マータイさんの母が植えたという大木が敷地を見下ろすように立っていました
この家のことを、マータイさんは自伝「UNBOWED へこたれない」(小学館刊)で次のように記しています。
「長方形をした泥造りの家で、ふたつの部屋があった。 ひとつは母と妹たちと私の部屋で、もうひとつは、みんなが集まって料理をしたり、おしゃべりをしたりする部屋だった。 その後、母と兄たちは、兄たちが住む小さな小屋を建てた。 その裏手には小さな植林地があり、私はいつもその中に入り込み、出てくるときは必ず小さな薪の束を背負っていた。 母や、村で見かけるほかの女性たちのまねをして、背中に薪を背負い、帰る道すがら歌を歌うのがお気に入りだった。 家に着くと、薪を下ろしてその上に座り、母たちがやっていたように、『やれやれ』と疲れたような振りをするのだった」
ワンジラさんに勧められ、中に入ると、マータイさんがノーベル平和賞を受賞した2004年とMOTTAINAIキャンペーンが始まった2005年のカレンダーが掛けられたままになっていました。破れた天井と屋根の隙間から差し込んだ光がそのカレンダーを照らしていました。
壁に掛けられていた2005年のカレンダー=2025年12月撮影
敷地のはずれからは、幼かったマータイさんも仰ぎ見ていたはずの美しい山並みが見えました
長女・ワンジラさん「マータイさんの功績を偲ぶ人たちが訪れる場所に」
ワンジラさんの話では、この家には今も時折、環境に関心を持つ人々が世界中から訪れているそうです。草の上に座って静かに瞑想に浸ったり、遠くの山々を見つめたりしながら、マータイさんの功績を偲び、その生涯に思いをはせる人の姿も珍しくないとのことでした。
日本ではマータイさんほどの偉人の家は行政が公費で修復し、記念館として整備するのが通例です。けれど、ケニアにはそうした事例はないようです。
ワンジラさんは建物も含めた敷地全体を整備し、マータイさんの功績を偲んで世界中から訪れる人たちにインスピレーションを与えられるサンクチュアリ(聖域)にしたいという夢を抱いていました。それには多額な費用と相当の年月がかかります。費用が集まる前にこの小さな家は崩れ落ちてしまいかねない状態でした。「まず、家の修復に着手するためにクラウドファンディングで支援を呼びかけてみましょうか」。そう提案すると、ワンジラさんは「そうしてもらえればありがたいです」と同意してくれました。
「もったいない」という言葉の重みと地球環境を守る大切さを私たちに再認識させ、世界に発信し続けたマータイさん。日本と日本人をこよなく愛したマータイさん。彼女の活動の原点ともいえる生家を修復し、レガシー(遺産)を未来に引き継ぐ拠点にするため、皆さんのご協力をお願いします。
マータイさんとワンジラさん=2005年2月、成田空港で
緑に囲まれたマータイさんの生家
生家の敷地
生家の裏側。水を貯めるタンクがありました
しっかりと根付き、育ち続けるグリーンベルト運動
マータイさんが亡くなってから約15年。グリーンベルト運動はどうなっているのか。
MOTTAINAIキャンペーン開始から20周年を機に私たちは現地の活動状況も視察してきました。
ナイロビから北東に車で約4時間、ケニア山の麓に目的地はありました。「マウントケニアプロジェクト」と名付けられた活動の対象地域・チュカです。ライフル銃を携行した森林官らの先導で着いた場所は強固なゲートで仕切られていました。「ここから先が森林保護地域です。違法伐採が後を絶たないので、電気柵が設置されています」と、グリーンベルト運動のドロシー・アセヨ事務局長が説明してくれました。
森林保護区の入り口に掛けられた電気柵の看板
森林官はライフル銃を携行していましたグリーンベルト運動はケニア森林局(KFS )とも連携し、この地域一帯32㌶の森の保全活動を続けています。私たちが訪れる2カ月前には以前に植えた3万5000本の樹木周辺の除草作業を行っていました。
MOTTAINNAIキャンペーンから送られた寄付金を活用し、グリーンベルト運動はこれまで400万本の植樹をしてきましたが、植えるだけでは木は育ちません。「競合する植物を除去し、栄養や日光、水分の競合負担を軽減させ、成長を促すことが不可欠です」。作業は9日間にわたり、延べ約600人の地域住民が臨時労働者として参加しました。
森林の保全活動に携わる地域住民たち作業後のミーティングでKFSとグリーンベルト運動事務局は植林地の継続的なモニタリングやアフターケアのためのボランティア配置、追加の植林地について合意しました。かつては政府から弾圧を受けたグリーンベルト運動ですが、今は行政当局とも確かな信頼関係を築き、地域住民とも協力し合いながら、森を守っていました。
鬱蒼とした森の中を20分ほど、進んだところで、森林官が地面を指さしました。「象のフンです。蘇った森に象が帰ってきた証しです」。そこからさらに10分ほどの場所で、事務局のスタッフが足を止め、一本の木を指さしました。MOTTAINAIキャンペーンからの資金提供を受け、この地で最初に植えた木でした。幹の太さは直径50㌢ほど、高さは10メートルを優に超えるでしょう。見上げると、その木は少し曲がりながら、空に向かって伸びていました。
マータイさんが蒔いた運動の種がしっかりと根付き、育ち続けていました。
MOTTAINAIキャンペーンから送られた資金で植えられた苗は大木になっていました
新たな取り組み「ワンガリ・マータイ ハッカソン」
マータイさんのノーベル平和賞受賞20周年を記念し、グリーンベルト運動は新たな取り組みも始めていました。彼女のレガシー(遺産)を継承し、森林を守るために若い世代の参加を促す「ワンガリ・マータイ ハッカソン」の開催です。
ケニアは国土の約8割が乾燥・半乾燥地で、森林率は1割もありません。薪炭依存や農地転用、商業目的の違法伐採で毎年、約8万ヘクタールの森林が失われているそうです。その対策として、違法伐採をリアルタイムで検出するソリューションを提示してもらう試みでした。地域住民にメッセージアプリで情報を寄せてもらうシステムを開発し、入賞した大学生のジェームズ・ムワウラさんは「マータイさんのレガシーを引き継ぎ、このシステムをより多くの人に広めたい」と目を輝かせていました。
ハッカソンで入賞した大学生たちナイロビ市内にあるグリーンベルト運動の事務所を訪ねると、ニャグティ・チュゲ理事長はこんな言葉を贈ってくれました。「遠く離れた地から、マータイさん亡き後もずっと支援いただいていることに深く敬意を表します」
事務所の敷地には20年前にMOTTAINAIキャンペーンから贈られた日本車が止められていました。スタッフのジョブ・ムワンギさんは「この車はまだ現役です。毎日乗っています」と笑顔を見せてくれました。
日本から贈られた車慢性的な干ばつの影響もあって森林が減少する中、ケニア政府は22年、向こう10年で150億本の木を植える計画を打ち出しています。グリーンベルト運動が半世紀にわたって築き上げてきたネットワークや知見は今後、さらに大きな役割を果たすことになるはずです。
今もなお、色あせないマータイさんの影響力
マータイさんの影響力は今もなお色あせることなく輝いています。
昨年12月にナイロビで開かれたノーベル平和賞受賞20周年記念祝典には国内外から約300人が集まり、その功績や影響力の大きさを異口同音に讃えました。

祝典を主催したのは、グリーンベルト運動事務局と「ワンガリ・マータイファウンデーション」です。MOTTAINAIキャンペーン事務局宛てに届いた招待状には次のような言葉が記されていました。
「2004年にマータイさんがノーベル平和賞を受賞した時、歴史は刻まれました。 彼女はアフリカ人女性として初めて、環境保護活動家としても初めて、世界で最も権威ある栄誉を受けた人物となりました。 そのレガシーは今も世界中で人々を鼓舞し、行動を起こさせ続けています。 大胆で思いやりのあるリーダーシップが根深いシステムさえも変革しうることを思い知らせてくれています。 この式典を公正で持続可能な世界というビジョンを新世代につなげる会にしましょう」
祝典はレストランのガーデンで陽が落ちる前に始まりました。アフリカのデザイナーによるファッションショーやバンド演奏など、華やかな雰囲気でのスタートでした。会場にはマータイさんの等身大の写真が飾られ、記念写真を撮る人たちの列ができていました。各テーブルには「ワンガリ・マータイ・ローズ」と名付けられた淡い色合いのバラが飾られ、彩りを添えていました。
緑に囲まれた会場が漆黒の闇に包まれた時、ノーベル賞受賞時のマータイさんの力強い演説の動画が流れ、祝典が開始されました。挨拶に立ったワンジラさんは「彼女の声は時代を超えて今も切実で、生き生きとしています」と少し声を詰まらせながら、挨拶をしました。
出席者の中で、最初にスピーチの指名を受けたのはMOTTAINAIキャンペーン事務局でした。日本でのマータイさんの活動を映し出したスライドを使いながら、マータイさんと「もったいない」との出逢いや各地で大歓迎される様子、マータイさん亡き後も続くキャンペーンの取り組みについて、説明しました。
遠く離れた東洋の国でマータイさんの遺志が引き継がれ、広まっていることに感嘆の声が上がり、拍手が巻き起こりました。
祝典ではMOTTAINAIキャンペーンの取り組みを説明する機会も設けられました グリーンベルト運動の関係者や支援団体、マータイさんの古くからの友人、遺志を引き継ぐ環境活動家たちに続いて、駐ケニア日本大使館の松浦博司大使も登壇し、マータイさんと日本、「MOTTAINAI」との関わりについて話しました。約10分にわたるスピーチを松浦大使は次のように結びました。
「彼女の勇気が私たちの行動を鼓舞し、 彼女の知恵が私たちの決定の道標となり、 彼女の精神が私たち一人ひとりに、 より平和で、持続可能で、思いやりのある世界を創る力と、 そして責任があることを思い出させてくれますように」
最後は司会者が各テーブルを回り、出席者それぞれの思いを話してもらいました。誰もがマータイさんの功績や影響力の大きさを讃え、彼女のレガシーを引き継いでいく決意を語りました。司会者が終宴を告げた時、それを待っていたかのようにポツポツと雨が落ちてきました。
オックスフォード英語辞典に収録された「MOTTAINAI」
帰国後、キャンペーン事務局に朗報が舞い込んできました。世界で使われているオックスフォード英語辞典に「もったいない(mottainai)」という言葉が収録されたというニュースです。「妖怪(yokai)」「先輩(senpai)」など、日本の漫画・アニメの世界的人気で広まった10の日本語とともに、改訂版に収録されたのです。「MOTTAINAIを世界の合言葉に」と提唱したマータイさんの思いが結実に向け、また一歩大きく前進した形です。活動開始20周年の「MOTTAINAIキャンペーン」にとっても、記念の年にふさわしい明るいニュースとなりました。
書店に並ぶオックスフォード英語辞典(簡易版)=ロンドンで2026年1月16日撮影
ワンジラさんの思い
私たちがケニアを訪問した後、マータイさんの長女・ワンジラさんが来日しました。MOTTAINAIキャンペーン20周年記念シンポジウムに出席するためです。
シンポジウムでは、キリンビールやローソンなどの企業が、従来は廃棄されていた原料を活用した商品に「MOTTAINAI」という言葉を付けて売り出す事例が紹介されました。環境活動家のワンジラさんは「日本の企業がMOTTAINAIの理念をビジネスに組み込み、食品ロス削減を実現していることに感動しました。世界に紹介し、広めていきたい」と強調しました。
シンポジウムで発言するワンジラさん=2025年12月、都内でシンポジウムの翌日、都内にある二つの施設にワンジラさんを案内しました。練馬区にある牧野記念庭園記念館と新宿区にある林芙美子記念館です。両館とも、その場所にあった偉人の邸宅を区が修復し整備した施設で、一般開放しています。ワンジラさんは2人の娘とともに興味深げに見学し、しきりに写真を撮っていました。
「イヒテの家も修復し、庭にはたくさんの木々を植え、 ベンチを置き、世界中から来た人たちが インスピレーションと安らぎを得られるようにしたい。 実現できたら、どんなに素晴らしいことか」
ワンジラさんは笑顔でそう話しました。

現在の準備状況
現地でワンジラさんが、生家修復のための業者選定や計画作成などの準備を進めています。
資金のめどがつき次第、修復に着手する予定です。
リターンについて
マイボトル、Tシャツなど、MOTTAINAIの文字が入ったライセンス商品やマータイさんの絵本をリターンとしてご用意しました。長女・ワンジラさんからの感謝のメッセージや活動レポートも用意します。
企業や団体様向けには、それぞれの取り組みを毎日新聞の記者が取材し、MOTTAINAIキャンペーンのHPで紹介するメニューも用意しました。
スケジュール
26年6月 クラウドファンディング終了
26年7月~ リターン発送
26年8月 支援金を送金
26年度中 生家の修復開始
27年度~ サンクチュアリの完成
資金の使い道
リターンの購入・発送費用などの経費を除いた全額をマータイさんの生家修復に使います。
最後に
このプロジェクトを通じて、ワンガリ・マータイさんの功績をより多くの人々に知ってもらい、彼女が遺したメッセージを次世代に伝えることができればと思っています。私たち日本人に「もったいない」という言葉の意味を再認識させ、世界に広める活動をしてくれたマータイさんの思いを後世に伝えるため、皆さまのご支援を心よりお待ちしております。どうぞよろしくお願いいたします。
<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。
<寄付金控除について>
支援金は「Wangari Maathai Foundation」へ送金しますが、寄付金控除の対象にはなりません。あらかじめ、ご理解くださいますようお願いいたします。




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