【MOTTAINAI20周年】ワンガリ・マータイさんの生家修復プロジェクト

環境分野で初のノーベル平和賞を受賞し、「もったいない」という日本語を世界に広めた故ワンガリ・マータイさんの生家を修復し、彼女の功績を偲び、世界中から訪れる人たちが環境保護の大切さを再確認できる聖地にしたい

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環境分野で初のノーベル平和賞を受賞し、「もったいない」という日本語を世界に広めた故ワンガリ・マータイさんの生家を修復し、彼女の功績を偲び、世界中から訪れる人たちが環境保護の大切さを再確認できる聖地にしたい

ワンガリ・マータイさんの長女で環境保護活動家のワンジラさんが構想するサンクチュアリ(聖域)についてまとめた文章を紹介します。マータイさんの活動の原点となった生家周辺の情景も描いています。ワンガリ・マタイは、ケニア中央部の肥沃な高地にあるイヒテ村で育ちました。彼女の自伝『Unbowed』はこの農村風景の自然の美しさに囲まれた幼少期を生き生きと描いています。イヒテは先住民の森林、清流、豊かな生物多様性で特徴付けられた緑豊かな地域でした。土地は肥沃で、多様な作物を支え、地元のキクユ族コミュニティを支えていました。子供時代、ワンガリは家族とコミュニティから、キクユの伝統に根付いた自然への深い尊敬を学びました。彼女は清らかで泡立つ水の流れの近くで遊び、神聖な木、例えばイチジクの木を尊重するように教えられました。イチジクの木は「神の樹」とされ、切り倒したり薪にしたりしてはならないとされていました。環境は食料だけでなく、アイデンティティと精神的なつながりを提供していました。イヒテ自体は、ケニア山のふもとに位置する典型的な農村でした。豊かな原生林が広がり、多様な樹木、植物、野生生物が生息し、清らかな水の流れや小河川が人々と作物の命脈を支えていました。子供の頃、オタマジャクシに夢中になったことは、川の水がいかに清らかで新鮮だったかを示していました。彼女は肥沃な農地に囲まれて育ち、家族がトウモロコシや豆などの主食を栽培する風景や、特に外部のキッチンなど、伝統や物語が受け継がれるコミュニティの空間に囲まれていました。コミュニティと環境の密接な関係はワンガリの価値観と後の活動家としての姿勢を形作りました。彼女は、土地の健康がコミュニティの福祉と密接に結びついていることを直接目撃しました。イヒテでのこの理想的な育ちはワンガリに自然への生涯にわたる敬意と、環境保護へのコミットメントを植え付けました。彼女が後に目撃した森林伐採、土壌侵食、水不足などの変化は、彼女に深い影響を与え、グリーンベルト運動を設立するきっかけとなりました。この運動は、彼女の幼少期の風景を回復し、農村部の女性をEmpowerすることを目的としています。ワンガリ・マタイがノーベル平和賞を受賞してから20年が経ちました。この受賞は彼女の素晴らしい業績を称えるだけでなく、環境の健全性、民主主義、平和のつながりに関する重要な議論の扉を開きました。今年、彼女の遺志を特別な形で称えるため、彼女のビジョンに共感する3つの団体がこの画期的な成果を祝う一連のイベントを年間を通じて開催します。今年実現したい大きなアイデアの一つが、ワンガリのサンクチュアリです。私たちはこの空間をイヒテの丘陵地に位置する活気ある緑のオアシスとして想像しています。ここには、彼女の母親ワンジルゥが植えた雄大な古木がレジリエンスと希望の物語を囁きます。この聖なる土地はわずか2エーカーの広さながら、ワンガリの自然への深い愛を育み、フェミニズムと環境保護の強力な擁護者としての彼女の道を形作りました。この場所は、訪れる数多くの若者にも同じ影響を与えることでしょう。生涯を通じて、ワンガリは真の先駆者であり、2004年にノーベル平和賞を受賞した際、またしても歴史的な快挙を成し遂げました。彼女はアフリカ人女性として、そして環境活動家として初めてこの賞を受賞した人物です。ワンガリの受賞は、平和の捉え方における重要な転換点となりました。それは、真の平和は環境の健全性と良い統治なしには存在しないことを強調しました。この関連性が議論の的だった時代から、現在では普遍的に認められています。彼女は、環境の持続可能性と民主主義、平和を結びつけたグリーンベルト運動の卓越した活動により、この賞を受賞しました。私たちは、彼女が育った簡素な木と泥の二部屋の家を、温かく居心地の良い空間に改装し、ゲストが私の母が住んだまさにその家で一夜を過ごせるようにしたいと考えています。私たちは、祖母や叔母たちの物語に笑いながら、数え切れない時間を過ごした屋外キッチンを再現することを想像しています。ワンガリのサンクチュアリは、訪問者センターとして機能し、静かな避難所として、人々がリラックスし、温かい紅茶(ニエリは世界最高品質の紅茶を生産しています)や伝統的な粥を楽しみ、ワンガリと彼女の母親の精神にインスパイアされた自然の美しさを堪能できる場所となります。彼女の著書を読んだ人なら、イヒテが彼女の人格形成になぜ特別な意味を持つのか理解できるでしょう。ここは彼女の慎ましい始まりからインスピレーションを得られる空間となるでしょう。ワンガリの環境保護への情熱の多くは、ケニア山とアバーダレスのふもとの幼少期の経験に根ざしています。これらの山々は単なる背景ではなく、彼女の環境保護活動家としてのアイデンティティに不可欠な存在でした。私たちのビジョンは、ワンガリの遺産と地球を育むという彼女のコミットメントを称える瞑想の聖域を創造することです。興味深いことに、現在の状態でも、世界中のジャーナリストやファンがイヒテを訪れ、ワングアリの旅からインスピレーションを求めています。彼らはしばしば涙を浮かべながら歩き回り、草の上に座って静かな瞑想に浸り、彼女の精神とのつながりを求めています。私たちは、ワンガリの遺産に永続的な tribute を創り、次世代の若い女性と少女たちにインスピレーションを与えることを楽しみにしています。Wangariの聖域へようこそ。


「自分たちケニア人もこのプロジェクトに貢献したい」とMOTTAINAIキャンペーン事務局に連絡をくださったギタヒ・クニュガさん・山上遊さん夫妻が、ケニアの募金サイトにページをアップしました。とてもありがたい取り組みです。プロジェクトの内容文を翻訳し、紹介します。ワンガリ・マータイ氏の名を知らない人はいないでしょう。彼女の勇気、先見の明、そして人々と地球への揺るぎない愛は、ケニアを変革し、世界に希望を与えました。イヒテ・ニエリから世界の舞台へと、彼女の遺志は、尊厳、民主主義、そして環境のために闘う世代の道しるべとなり続けています。そして、今、その驚くべき旅が始まりました、イヒテ(ニエリ県)にある質素な生家は、老朽化が進んだ状態にあります。日本では、「MOTTAINAIキャンペーン」がワンガリ・マータイ財団と提携し、その修復に向けた募金活動を開始しました。 「MOTTAINAI」は単なる「無駄」だけでなく、大切なものを失う悲しみを表す、深い意味を持つ日本語です。マータイ教授はこの哲学を受け入れ、従来の3R(リデュース、リユース、リサイクル)に「リスペクト(尊重)」を加え、地球の保全、感謝、そして思いやりに根ざした世界的な運動を牽引しました。毎日新聞が主導するこのキャンペーンは、この重要な場所の再生を支援するため、ワンガリ・マータイ財団を後押ししています。私たちもまた、ケニアの人々が力を合わせ、この生きた歴史の一片を守ることができると信じています。ワンガリ・マータイ財団は、この土地を「ワンガリ・マータイ・サンクチュアリ」へと変貌させることを目指しています。そこは平和、内省、学び、そして行動の場となるでしょう。未来の世代が、自然、コミュニティ、勇気、そして希望と再びつながることができる聖域です。人と自然の調和という彼女の理解を形作った風景の中に佇むこの小さな家は、いつの日か、生きた記念碑の中心となるでしょう。


「自分たちもこのプロジェクトに何らかの形で貢献したい」と、MOTTAINAIキャンペーン事務局にメールを送ってくださったギタヒ・クニュガさんと妻の山上遊さんとのインタビューを紹介します。オンラインミーティングの前のメールでクニュガさんは次のように記していました。「ケニアと日本の協力はまさにマータイさんの遺志を継ぐことになりますし、両国の絆をより深めることにつながると信じています。ケニア人コミュニティへの周知や広報のアドバイスなど、僕にできることがあればいつでも言ってください。素晴らしいプロジェクトのために動いてくださって、本当にありがとうございます」Q:このプロジェクトはどうやって知ったのですか?クニュガさん:奥さんの遊さんが日本大使館のFacebookで流れていたのに気づいて、教えてもらいました。Q:プロジェクトを知った時、どう思われましたか?クニュガさん:マータイさんの家がこんなにボロボロになっているということが大きな驚きでした。できるだけ早く修復しなくてはいけないと感じました。山上さん:ちょっと嫌な言い方になりますが、なんで日本人がサポートして、ケニア人がサポートしないんだろうっていうふうに思いました。「本来、このプロジェクトはケニア人がやるべきだよね」と、夫にちょっと愚痴ってしまいました。 Q:マータイさんの長女・ワンジラさんは、敷地全体を整備して、マータイさんのレガシーを引き継ぐサンクチュアリにしようという構想をお持ちです。ただ、その中心となる家が崩れる寸前に思えたので、修復を優先した方がいいのではないかと考えたのがプロジェクトのきっかけです。それで日本で呼びかけてみることにしました。クニュガさんから連絡をいただいた時は本当にありがたいと思いました。クニュガさん:ワンジラさんが考えているサンクチュアリも素晴らしい構想だと思います。でもその実現にはある程度の時間がかかると思いますので、私もまずはできるだけ早く家を修復できるよう協力したいと思いました。山上さん:ケニアでこのプロジェクトのことを多くの人に知ってもらい、支援の輪を広げたいと思います。  クニュガさんは1999年に留学生として来日し、北九州市の高専を出た後、東京工業大学から大学院に進み、修了後に就職した証券会社を退職するまで約10年間、日本で暮らしました。帰国後、大学の研究室で働いていた時に、住宅設備会社「LIXIL」の社員として、途上国向けトイレの研究開発のために赴任していた山上さんと知り合い、結婚しました。現在は、ケニア西部、ビクトリア湖近くのキスムという町でラム酒の製造にチャレンジしています。本題からは逸れますが、その話もお聞きしました。Q:ラム酒の製造をしようと思った背景は?クニュガさん:ケニアの田舎では若者が働ける場所があまりなくて、多くがナイロビに出て行ってしまったり、スラムに住んでいたりとかしているので、田舎で何か事業ができないかと考えた時にラム酒造りを思い立ちました。私がラム酒を好きだっていうのもあるんですが、原料となるサトウキビがケニアでは沢山採れますし、いろいろなことを考えたり、調べたり、奥さんと話し合ったりした結果、キスムでのラム酒造りにたどり着きました。法律上の問題とか、いろいろなバリアがありましたが、あともう少しで販売できそうです。Q:将来の夢を聞かせてもらってもいいですか。クニュガさん:・・・・・。山上さん:彼はシャイで、あまり夢を語るのが好きじゃないんですよね。私にボソボソよく言っているのは、埋もれてしまっているケニアの酒文化を守りたいという話です。「ケニアに昔からあった伝統的なお酒がなくなるのは、もったいない」とよく言っています。彼が大学で勉強したのは培養、生物化学なので、そこで培ったことも活かせるので、ラム酒造りが成功したら、そのお金で研究所を作りたいとか、いろんな話はしています。Q:マータイさんはケニアではどんな存在ですか。クニュガさん:一言で言うのは難しいですが、ナイロビにあるカルラフォレストやウフルパークを独裁政権による開発の手から守ったことも大きな功績だと思います。私たちもナイロビに住んでいる時は行きましたが、とてもいい憩いの場所です。Q:MOTTAINAIキャンペーンのことはご存じでしたか。クニュガさん:MOTTAINAIキャンペーンは私が日本にいる時に始まったので知っていました。今回のプロジェクトを知ったのをきっかけに改めて自分で調べて、具体的な活動内容も知りました。「MOTTAINAI」という言葉はケニアで今、必要なのかもしれません。経済的に成長し、人口も増えて、世界からいろんな物が入ってくるようになって、多くが中所得者層に移行する中で、使い捨てがどんどん増えてきています。昔は服や靴は直して使い続けるのが当たり前だったのが、最近は簡単に安いものが入ってくるようになったから、中古の服とか靴とかを直せる人がなかなか見つからなくなっています。「MOTTAINAIキャンペーン」をケニアでも広められたらと思っています。


本プロジェクトについて、ケニアから「自分たちも貢献したい」というメールが、MOTTAINAIキャンペーン公式サイト内にある問い合わせフォームに届きました。ギタヒ・クニュガさんと妻の山上遊さんです。その後、メールでやり取りした後、オンラインミーティングでインタビューをしました。まずは最初のメールを紹介し、次回の活動報告でインタビューの内容を紹介させていただきます。こんにちは。ギタヒ・クニュガと申します。ケニア出身で、1999年から10年間ほど、日本に留学していた経験があります。今は46才で、ケニアの田舎でラム酒を作っています。最近、ワンガリ・マータイの生家修復プロジェクトについて知りました。私の両親も彼女の生誕地であるニエリ地区の出身なので、私も何らかの形で貢献したいと思いました。Facebookでこの話をシェアしたところ、友人たちからクラウドファンディングに参加したいという声がありました。そこで、より多くの人が参加しやすいように、いくつかお願いがあります。   まず、このクラウドファンディングのページに取組み概要の英語翻訳があった方が友人に説明しやすいのですが、可能でしょうか?英語の文章は私自身で翻訳して、1~2日以内にお送りすることができます。   次に、PayPalと連携して、デビットカードやクレジットカードを使って海外からでも寄付できるようにしていただけないでしょうか。最後に、デビットカードやクレジットカードを持っていないケニア人も多くいますが、それでも寄付をしたいと考えています。ケニアには、多くの人が利用できるモバイル送金サービス「M-PESA」があります。ケニアで高い信頼を得ているワンガリ・マータイ財団やグリーンベルト運動と連携して、M-PESAを使って寄付を募り、このクラウドファンディングに参加することで、多くのケニア国民も貢献できるのではないでしょうか。   最後に、私はケニアのメディア関係者と繋がりがあります。もしよろしければ、記事を執筆し、この取り組みに関する情報をできるだけ多くのケニア人に広めるお手伝いをさせていただければと思います。   ワンガリ・マータイの家を修復し、彼女の記憶を後世に伝え、未来の世代のために保存していくことは、ケニアと日本の人々が協力する素晴らしい機会になると信じています。もしよければ、一度オンライン会議をしませんか。日本人である妻もこの取り組みに参加し、成功させたいと考えております。宜しくお願いします。  


2025年12月、MOTTAINAIキャンペーン事務局はマータイさんのノーベル平和賞受賞20周年記念式典に出席するため、ケニアを訪れた際、彼女の生家にも足を延ばしました。近くに住むマータイさんの甥と姪、長女・ワンジラさんの案内で中に入ると、炊事用の薪が置かれたままで、マータイさんがノーベル平和賞を受賞した2004年とMOTTAINAIキャンペーンが始まった2005年のカレンダーが残されていました。はがれたトタン屋根の隙間から差し込んだ光がそのカレンダーを照らしていました。今は住む人もないこの家は、じきに崩れてしまいそうな印象でした。プロジェクトの締め切りまで残り50日余り。皆さんのご協力をお願いします。


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