注目のリターン
【はじめに】 突然の火事により失われた理容店
皆さま、はじめまして。大阪市旭区赤川で80年続いてきた理容店「SALON・SAKURA」の孫である岩﨑雅弥と申します。
現在は関西高等学校で教員をしながら、野球部のコーチも務めております。

今回、私がこのプロジェクトを立ち上げたのは、今年1月に突然の火災で全焼してしまった祖父の理容店SALON・SAKURAを再建するためです。
78歳になる祖父にとって、この再建は最後の挑戦となります。
長年地域に愛されてきた理容店を、もう一度地域の皆さまの元へ戻したいという思いで、このプロジェクトを始めました。
家事で全焼した理容院と自宅
爺ちゃんは現在78歳です。60歳のとき、こう言いました。
「これが最後の挑戦や。」
その言葉とともに、店舗を大きく改装しました。人生をかけた決断でした。
普通なら、ここで終わりを選んでも不思議ではありません。
それでも爺ちゃんは言いました。「もう一回、やりたい。まだ、やれる。」
年齢を理由に夢を諦めない姿。何歳になっても学び続ける姿。若い私たちに、背中を見せるかのように。
私は、そんな爺ちゃんの生き方に憧れています。
現在の爺ちゃんの様子
【突然の火災】 一夜にして失われた80年の爺ちゃんの思い出
2026年1月23日、突然の火災。その日は、いつもと変わらない一日になるはずでした。
近隣から出火した火は、風に乗って瞬く間に燃え広がりました。
「もらい火」でした。爺ちゃんも婆ちゃんも、何も悪いことはしていません。
ただ、いつも通りの日常を過ごしていただけです。
それでも、火は容赦なく襲いかかりました。
焼失したのは、SALON・SAKURAだけではありません。
隣接する2軒の住居も、すべて私たちの自宅でした。理容店を含め、計3軒が全焼。
80年かけて築いてきた家族の生活基盤が、一夜にしてすべて失われました。
全焼した屋内の様子
店も、住む場所も、理容道具も、家族の思い出も、何もかも——。
幸い人的被害はありませんでしたが、爺ちゃんと婆ちゃんは現在、仮住まいで暮らしています。
一生をかけて築き上げてきた場所が、目の前で消えていく無力感は、想像を超えるものだったと思います。
ニュースでの報道
火事当時の上空からの様子
【SALON・SAKURAとは】 髪を切るだけではない地域交流の場所
爺ちゃんがつくりたかった場所は、「髪を切る場所」ではありませんでした。
80年という長い歴史の中で、地域の方々の交流の場として、また子どもたちの遊び場として、“誰でも帰ってこれる場所”でした。
SALON・SAKURAに集まる子ども達
私の友達が店に来たときには、爺ちゃんは何も言わずに髪を切り、こう言います。
「元気か。最近どうや。」
店の裏では、みんなでバーベキューをしました。年齢も立場も関係なく、笑い声が響く場所。
店舗裏でのバーベキューの様子
悩みを抱えた人が、ふらっと立ち寄り、気づけば笑って帰っていく。理容店なのに、まるで地域の縁側のような存在でした。
爺ちゃんにとってSALON・SAKURAは、“商売”ではなく、“居場所”でした。
SALON・SAKURAでの様子
【再建への思い】このプロジェクトで実現したいこと
火災保険には加入していましたが、3軒分の被害に対して保険金だけでは再建費用が大きく不足しています。
また、祖父が78歳という年齢を考えると、住居よりもまずは理容店の再建に集中し、できるだけ早く再開することを優先したいと考えています。
失われたのは建物や道具だけではありません。80年かけて積み重ねてきた地域とのつながりや町の記憶も、場所がなくなることで薄れていってしまう恐れがあります。
だからこそ、"誰でも帰ってこれる場所"として、SALON・SAKURAを復活させたいのです。
【支援金の使い道】
いただいた支援金は、以下のように使わせていただく予定です。
■理容機材・設備:100万円
理容椅子、シャンプー台、ミラー、ドライヤーなど専門機材の購入費用です。特に理容椅子とシャンプー台は高額ですが、お客様の快適さを第一に考え、品質の良いものを選びたいと考えています。
■仮店舗準備:80万円
本格的な再建までの間、仮店舗として営業するための準備費用です。プレハブの設置や必要最低限の内装工事費用が含まれます。
■新店舗内装工事(一部):50万円
将来的な本格再建に向けた内装工事の一部費用です。
■什器・備品:19万円
タオル、消毒液、シャンプー剤などの消耗品や、待合室の椅子、雑誌などの備品購入費用です。
■CAMPFIRE手数料(17%):51万円
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合計:300万円
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【現在の準備状況】
現在、以下のような準備を進めています。
・罹災証明書の取得が完了
・保険会社との交渉および行政の支援制度について相談中
・仮店舗として使用できる物件の候補をいくつか選定
・必要な理容機材・設備の見積もりを取得
・商工会や地域関係者との協議を開始
・クラウドファンディングの企画と広報準備
爺ちゃんも毎日、再開に向けて前向きに動いています。長年の常連さんからは「早く再開してほしい」という声をたくさんいただいており、その声が祖父の大きな励みになっています。
一歩ずつではありますが、確実に前に進んでいます。
【SALON・SAKURA 再建スケジュール】
現在、以下のような再建スケジュールで動いております。
2026年2月:クラウドファンディング開始/広報強化
2026年3月末:クラウドファンディング終了/お礼・今後の流れ発信
2026年4月:旧店舗・住宅の解体/仮店舗準備
2026年5〜8月:新店舗の設計・建築、内装・設備決定、工事進行
2027年1〜3月:新店舗完成、グランドオープン
可能な限り早期の再開を目指していますが、仮店舗での営業も検討しています。
爺ちゃんの年齢を考えると、一日でも早く「お客様の髪を切る」という日常を取り戻すことが大切だと考えています。
現在の爺ちゃんと婆ちゃん
【リターンについて】
支援してくださった皆さまへの感謝の気持ちとして、SALON・SAKURAならではのリターンをご用意します。
💈1,000円:お礼のメッセージ
💈3,000円:お礼のメッセージ/直筆
💈5,000円:お礼のメッセージ/お礼動画
💈10,000円:お礼メッセージ/SAKURA FAMILY小プレート/支援者ネームプレート(店舗掲示)
💈30,000円:SAKURA FAMILY プレート中プレート(店舗掲示)/復活後のカット券提供(1回 )
💈50,000円:復活後のVIP券提供(1回 )/ 「SALON・SAKURA レジェンドボード」 大サイズプレート(店舗掲示)
💈100,000円:復活後のVIP券提供(2回)/「SALON・SAKURA レジェンドボード」 特大プレート(店舗掲示)
💈300,000円:「SALON・SAKURA レジェンドボード」最上位/復活後のVIP券提供(3回)/直筆感謝状
プロジェクト応援メッセージ
関西高等学校 校長/藤原佳市

私は、岩崎先生の職場の上司であり、関西高等学校の校長を務めております。
日々の仕事の中で、岩崎先生が困難な状況から逃げず、真剣に物事と向き合う姿を見てきました。
祖父が守り続けてきた理容店を、もう一度立ち上げようとする決断には、「挑戦」という言葉では足りないほどの覚悟を感じています。
理容店は、ただ髪を切る場所ではなく、人が集い、想いが交わる「居場所」でした。
その灯りを再び灯そうとする岩崎先生の姿に、私は大きな希望を感じています。
この挑戦は、過去を取り戻すためではなく、未来をつくるためのものです。
この場所が再び、人々の笑顔が集まる「帰ってこれる場所」となることを、心から願っています。
岩崎先生の挑戦を、全力で応援します。
関西高校野球部 監督/江浦滋泰

このたび、関西高等学校硬式野球部コーチである岩崎先生のご実家が、もらい火による火災で全焼し、長年営まれてきた散髪屋も営業ができない状況となりました。
突然の出来事により、先生ご本人はもちろん、ご家族の皆さまが計り知れないご不安とご苦労の中におられることを思うと、胸が締め付けられる思いです。
岩崎先生は、日頃から本校野球部の指導において、生徒一人ひとりに真摯に向き合い、技術指導だけでなく、人としての在り方まで丁寧に教えてくださっています。
勝利のためだけでなく、「野球を通して人を育てる」という本校の理念を体現されている、かけがえのない指導者です。
そんな岩崎先生が、今、ご家族の生活基盤が失われるという大きな困難に直面されています。
私たち野球部として、そして学校として、少しでも岩崎先生とご家族を支えたいという思いから、今回のクラウドファンディングを応援しております。
皆さまからの温かいご支援は、岩崎先生ご一家が再び前を向き、生活を立て直していくための大きな力になります。
どうか本プロジェクトの趣旨にご賛同いただき、ご支援・ご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
東北楽天ゴールデンイーグルス/小郷裕哉

学生の頃、雅弥の爺ちゃんの理容店によく遊びに行っていました。
プロ野球を見に行ったり、旭区でアイスクリームを食べに行ったり。
あの場所には、いつも笑顔と温かさがありました。
プロ野球選手になったとき、爺ちゃんやみんなが本気で喜んでくれたことを、今でも覚えています。
あの理容店は、ただ髪を切る場所ではなく、自分にとっても、仲間にとっても「帰ってこれる場所」でした。
だからこそ、もう一度あの場所を復活させたい。心から応援しています。
福岡ソフトバンクホークス/岩崎 峻典

僕にとって、爺ちゃんの理容店は、ただ髪を切る場所ではありませんでした。
そこは、誰でも「おかえり」と言ってもらえる場所でした。
その大切な場所が、火災で失われました。
悔しくて、悲しくて、でも同時に、「もう一度取り戻したい」と強く思いました。
爺ちゃんが守ってきたのは、技術ではなく、人のつながりでした。
もう一度、人が集い、笑い合える場所をつくりたい。その想いで、このプロジェクトを立ち上げました。
皆さまの支援が、爺ちゃんの理容店と、町の灯りをもう一度ともします。どうか、力を貸してください。
株式会社トラストエージェント代表取締役/友人代表 岩本 晃樹

雅弥の爺ちゃん家が火事で全焼したと聞いたとき、胸が締めつけられるような寂しさに包まれました。
僕が中学3年生で転校してきたばかりの頃、右も左もわからず不安だった中で、真っ先に家に招いてくれて、友達の輪に入れてくれたのが雅弥の爺ちゃん家でした。
僕にとってただの友達の家ではなく、まるで自分の居場所のように感じられる温かい場所でした。
毎日のように通い、たくさん笑って、時には語り合って。まさに青春の1ページそのものでした。
そんな大切な場所が焼けてしまったと聞いたとき、思い出がひとつ失われたような、そんな喪失感がありました。
でも、すぐに雅弥から「クラウドファンディングで再建する」と連絡をもらい、心が明るくなりました。
中学生の頃、未来にワクワクしていたあの感覚が、再び胸に込み上げてきたんです。
あの家には、昔から変わらず、人を惹きつける不思議な魅力があります。
だからこそ、またあの場所が、多くの人にとっての温もりとなる日を心から願っています。
そして何より、感謝の気持ちでいっぱいです。再びあの家に笑顔が戻るよう、心から応援しています。
【終わりに】
火災は、一瞬で多くのものを奪いました。
店舗も、住居も、道具も、80年間積み重ねてきた歴史も、すべてが失われました。
それでも、爺ちゃんは前を向いています。78歳になっても、もう一度ハサミを握ろうとしています。
火災発生時の様子
理容店は単なるサービスを提供する場所ではなく、地域のつながりを生み出す大切な場所だと思います。特に祖父の店は80年という長い歴史の中で、
多くの人々の記憶や思い出が詰まった特別な場所になっていました。
その場所を取り戻すことは、建物を再建するだけでなく、地域の記憶やつながりを再生することでもあります。皆さまのお力添えで、祖父の最後の挑戦を実現させ、再び地域の皆さまが集える場所を作りたいと思っています。
どうか皆さまの温かいご支援をよろしくお願いいたします。
岩﨑雅弥
最新の活動報告
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「地域の力が、挑戦を動かしている」
2026/03/04 01:01クラウドファンディングを、地域の皆さまが本当に温かく応援してくださっています。お店にポスターを貼らせていただいたり、「うちでも宣伝しようか」と声をかけていただいたり、SNSでシェアしてくださったり…。その一つひとつの行動に、胸が熱くなっています。この挑戦は、決して私たち家族だけのものではなく、地域の皆さまと共に進んでいる挑戦なのだと、日々実感しています。支えてくださる皆さまに、心から感謝申し上げます。いただいたご縁と応援を力に変えて、必ず前へ進みます。本当にありがとうございます。 もっと見る
妹が経験した あの日の現実
2026/02/23 23:07【活動報告】 今日は、あの日を体験した妹のことを、兄である私の立場からお伝えさせてください。妹の部屋は3階にあり、うさぎ2匹とハムスター1匹と一緒に暮らしていました。突然、部屋が白い煙に包まれ、焦げ臭くなったそうです。最初は「近くで火事が起きているのだろう」と思い、一度外へ出ました。しかし、外に出て目にしたのは、すぐ隣が炎と煙に包まれている光景でした。「火は上に上がるから」そう考えた妹は、自分の部屋へ戻り、屋根に出て上から消火を試みました。ですが、火の勢いは止まりませんでした。部屋に戻った時にはすでに停電し、煙で何も見えない状態。火が近づいているのを感じながら、目も開けられない中で、うさぎ1匹を抱き、「また戻るから」そう言って、部屋に残るうさぎとハムスターに声をかけ、逃げました。逃げる途中、煙で呼吸ができず、方向も分からなくなり、「もう無理」と一度は諦めかけたそうです。それでも、外から聞こえる消防車の音、家族の呼ぶ声。そして、「死んだら笑えん」という思い。声を頼りに歩き、なんとか外へ出ることができました。しかし、部屋へ戻ることはできませんでした。勢いよく燃え上がる自分の部屋を、ただ見つめることしかできなかったと言います。「あの時、一度目に外へ出た時に一緒に出ていれば」「消火を試みず、すぐに逃げていれば」「先に逃げてごめん」「戻れなくてごめん」「助けられなくてごめん」妹は今も、後悔と自責の気持ちと向き合っています。兄として私は、「生きていてくれただけで十分だ」と何度も伝えています。それでも、本人の中の葛藤は簡単には消えません。あの日、私たちは日常が一瞬で失われるという現実を知りました。この出来事を、私たちは忘れません。 もっと見る
1月24日 現場検証の記録
2026/02/20 21:071月24日(土)この日、現場検証が行われました。消防隊員、警察の方々あわせて27名が駆けつけ、大規模な検証となりました。私は初めて、燃え果てた家の中に入りました。いとこの部屋はすべて焼失し、何一つ残っていませんでした。火災が起きたのは、就職試験を2日後に控えたタイミングでした。大きな不安と葛藤の中で試験に向き合ったことと思います。それでも祖父は、「これも人生や」と前を向いていました。その言葉に、孫である私自身が励まされ、背中を押されました。厳しい現実の中でも、家族で支え合いながら一歩ずつ前に進んでいます。引き続き、温かく見守っていただけますと幸いです。 もっと見る




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