1人の音楽家の半生を貴重な記録として未来につなぎたい。

大分で育った野球少年が明治大学マンドリン倶楽部と出会い、周囲の反対をよそに突き進んだ音楽の道。これまで歩んできた山あり谷ありの音楽人生を貴重な記録として未来につなぎたい。そんな教え子やファンの思いを1冊の半生記(兼 反省記!?)にしたいと思います。

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残すところあと24日、進捗率は93%となり、皆さまのお陰でついにゴールが目の前に見えてきました!本クラウドファンディングの最終日である6月30日は、甲斐先生の87歳の誕生日です。お祝いの日に嬉しい報告ができる見込みが立ってまいりました。本当に心より感謝申し上げます。

さて今回は、半世紀前に行われた「第100回定期演奏会」のエピソードをご紹介したいと思います。

当時、古賀先生は大病を患い、かなり体調を崩されていました。先生ご自身も弱音を吐かれるほどでしたが、周囲のOBも「もうすぐ第100回定期演奏会なので頑張りましょう!」と励まされ、それに応えるように病体に鞭打って練習に足を運ばれていました。

その時、学生たちをまとめていたのが、音楽監督就任から6年目を迎えていた甲斐先生です。
第100回という記念すべき演奏会だからこそ「古賀先生の希望する曲をやらせてあげたい」と思う反面、難曲も多く、さらに演出を担当された先輩からも難しい注文がつき、かなりご苦労されたと聞いています。

メイン画像にそのライブ盤レコードのジャケットを掲載していますが、なんと驚きの4部構成です。裏面の曲名や出演者の数を見ていただければ、いかに盛大に開催されたかがお分かりいただけるかと思います。この時、古賀先生はシューベルトの「未完成」を指揮され、第4部の長唄「越後獅子」では三味線を披露されました。

詳しいエピソードは半生記で紹介しますが、当日演奏された曲の中に、少し変わったメドレーがあります。それが「古賀メドレーこれっきり」です。

 定期演奏会が行われた1970年代、世の中はいわゆるソウル・ミュージックが流行したディスコブームの真っ只中でした。そのブームに乗った企画曲として、1976年に「ソウルこれっきりですか(歌謡ヒット・イン・ディスコ'76)」という楽曲がリリースされます。山口百恵さんのヒット曲「横須賀ストーリー」をメインに、当時のヒット曲をディスコ調にアレンジした昭和の歌謡メドレーです。

 この曲が大流行していたため、演出家の先輩から甲斐先生へ「古賀メロディでこの企画に挑戦しないか」という課題が与えられました。この難問に甲斐先生は頭を抱えましたが、「やっちみらんとわからんでー」の精神に火がつきます。まずは「ディスコとは何ぞや」というところから始まり、学生と一緒にディスコへ足を運んで研究されたそうです。
初めての経験に戸惑いながらも、しっかりと吸収して持ち帰り、見事に作り上げられました。ご興味のある方は、以下にYouTubeのリンクを掲載しておきますので、ぜひ聴いてみてください!

こちらから→ 古賀メドレーこっれきり

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