1人の音楽家の半生を貴重な記録として未来につなぎたい。

大分で育った野球少年が明治大学マンドリン倶楽部と出会い、周囲の反対をよそに突き進んだ音楽の道。これまで歩んできた山あり谷ありの音楽人生を貴重な記録として未来につなぎたい。そんな教え子やファンの思いを1冊の半生記(兼 反省記!?)にしたいと思います。

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大分で育った野球少年が明治大学マンドリン倶楽部と出会い、周囲の反対をよそに突き進んだ音楽の道。これまで歩んできた山あり谷ありの音楽人生を貴重な記録として未来につなぎたい。そんな教え子やファンの思いを1冊の半生記(兼 反省記!?)にしたいと思います。

書籍の出版は来年ですが、上記の活動報告で甲斐氏の近況やエピソード等を随時掲載しています。
あわせてご覧ください。


 私たちは「明治大学マンドリン倶楽部」の卒業生で、音楽家「甲斐靖文氏」の教え子でもあります。
「明治大学マンドリン倶楽部」は昭和の大作曲家「古賀政男氏」が1923年に明治大学入学と同時に創部に加わったことで知られる、104年の伝統を誇るアマチュア音楽団体です。
 今日までこの学生団体が続いたのは、古賀氏を始めとする諸先輩方の尽力はもちろん、1972年から指導者を引き継ぎ、情熱を持って倶楽部の維持発展に心血を注いできた甲斐靖文氏の献身的な貢献があったからに他なりません。
 甲斐氏は本年音楽家生活60年、同倶楽部の音楽監督・常任指揮者として55年を数え、来年には米寿(88歳)を迎えます。
 これまで公に語られることのなかった甲斐氏の喜怒哀楽に満ちた音楽人生を、貴重な記録として半生記(兼 反省記 !?)にまとめたいと思い、このプロジェクトを立ち上げました。


 大分で育った野球好きの少年が、明治大学マンドリン倶楽部および恩師古賀政男氏と出会い、大きく変わった人生。周囲から猛反対を受けながら「やっちみらんとわからんでー」と自らの信念を貫き、音楽の道を突き進みました。伝統を継承する孤独と重圧、病との闘いなど、立ちはだかる多くの試練を持ち前の不屈の精神で乗り切ってきました。
 本年87歳。山あり谷ありの人生は一人の音楽家の記録であると同時に、彼を支えた方々、教え子やファンの皆さんと共に紡いだ「絆」の物語でもあります。
この教科書には載っていない「生きた音楽物語」を1冊の本に残したいと考えています。
本プロジェクトに、ぜひお力添えをお願いします。


甲斐 靖文 

作曲・編曲家、明治大学マンドリン倶楽部音楽監督・常任指揮者、古賀政男音楽文化振興財団理事、マンドリン倶楽部紫紺会(卒業生団体)会長 大分県别府市出身 1939年生まれ 86歳。

1958年に明治大学法学部に入学、憧れのマンドリン倶楽部に入部し4年間活動。1962年に卒業後、古賀政男氏、佐伯 亮氏に師事。1965年に日本コロムビアレコードの専属作曲家として契約。多くの歌手の作曲や編曲、インストウルメンタルのLP、CD、カラオケなどを吹き込み、約6000曲以上のスコアを作成。現在はフリーの作家として活躍中。マンドリン俱楽部には多くの楽曲を提供し、好評を博している。
2008年 日本大衆音楽文化賞受賞 2021年 明治大学特別功労賞受賞

♬ 大分育ちの両親から誕生したヤンチャな三男坊「甲斐靖文」。西鉄ライオンズに憧れる生粋の野球少年であった。一方でラジオ歌謡も好きでお気に入りの曲が流れるとラジオの前で歌詞を書きとりよく歌っていた。そんな彼を見て母親が取った行動とは?

♬ 高校時代のある日、次兄が大分で開催されたマンドリン倶楽部の演奏会に連れて行ってくれた。その演奏の素晴らしさにいたく感動した甲斐は「俺はこの倶楽部に入ってみたい」と言う。すると、兄から返された一言とは?


♬ 晴れて明治大学に入学し、マンドリン倶楽部に入部した彼を待ち受けていたのは予想もしなかった運動部のような厳しい規律と練習だった。先輩後輩の人間関係や挨拶、所作まで細かく指導される。入部当時100人ほどいた同期部員も次々に辞めていった。しかし、憧れの倶楽部に入ることができた甲斐にとっては楽しくて仕方がない。下宿に帰れば勉強そっちのけでマンドリンを弾く毎日。友人が訪ねると、いつもマンドリンを抱えて出てくる甲斐に友人がつけたあだ名は?

♬ 卒業を控え同期は家業を継ぐ者、就職する者など進路を決めていた。そんな中、甲斐は編曲家として活躍する先輩の姿に憧れ、同じ道に進みたいと考えていた。そんな決意を同期に打ち明けると「お前にはそんな才能はない。やめておけ」と反対された。甲斐は「やっちみらんとわからんでーと言い返す。彼には何だかわからない自信があった。その悩みを恩師・古賀政男氏に相談した。その時にかけられた甲斐の背中を押した一言は?

♬ 他にも、甲斐の苦しくも楽しい音楽人生から

「マンドリン倶楽部での喜怒哀楽生活」「大作曲家 古賀政男氏との出会いと別れ」
「倶楽部の指導者としての責任と苦悩」「多くの歌手、演奏家、政治家等との出会いと教え」
「彼を襲った大病との闘い」「世界の舞台に立って」等々  数多くのエピソードを紹介します。


[ご参考] 以下の画像をクリックすると甲斐氏のインタビュー映像が視聴できます『校友山脈 明治大学140→150周年 150人の卒業生たち 2024 04 甲斐靖文氏』 より



各章の主題となるエピソードを継続して収集中。
出会った方々の選定、インタビューの実施を準備中。



              

(仮置)

2026年
 4月 クラウドファンディング開始
 6月 クラウドファンディング終了
    一部リターン発送
 7月 書籍制作開始 
 
2027年
 6月 書籍出版
 7月 リターン発送


プロジェクトにご興味を持っていただき、心より感謝申し上げます。

やっちみらんとわからんでー」――。周囲の反対や数々の困難に直面しても、この言葉を胸に自らの信念を貫き、音楽の道を切り拓いてきた一人の音楽家、甲斐靖文。この半生記は、その熱い気概と不屈の歩みを綴った物語です。

本年87歳を迎える甲斐氏は、今もなお、週3日の人工透析という厳しい体調にありながら、マンドリン倶楽部の学生たちと共にステージに立ち続けています。国内外の観客へ感動と癒しを届け続けるその背中は、「人生に限界などない」という力強いメッセージに溢れています。

この本は、音楽を志す方はもちろん、同時代を懸命に歩んでこられた皆様、そして未来へ一歩を踏み出す若者たちにとっても、困難を乗り越える勇気を与える「希望の光」となるのではないでしょうか。

勇気と情熱を次世代へ繋ぐこの一冊を世に送り出すため、どうか温かいご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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  • リターン仕入れ費

  • 集まった支援金は以下に使用する予定です。 書籍制作全般費用、リターン仕入れ費、送料等 ※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

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最新の活動報告

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  • もうゴールが目前に迫ってきました。皆様の温かいご支援の輪に心より感謝申し上げます。 さて、この日は明治大学マンドリン倶楽部紫紺会メモリアルオーケストラ(愛称=メモオケ)の練習日でした。本団体は、倶楽部の卒業生(甲斐先生の教え子たち)で構成され、その年齢層は20代から80代までと幅広く、楽器が好きなOB・OGが約40名程参加しています。年1回の定期演奏会をはじめ、明治大学校友会の各支部や企業・団体、高齢者施設からの依頼演奏などを中心に精力的に活動しています。楽器本来のアコースティックなサウンドと、美しいハーモニーにこだわった演奏が信条で、学生の演奏とはまた一味違う、深みのあるプログラムでご好評をいただいています。 この日は、今年10月3日(土)に開催される定期演奏会に向けた練習日。団員の皆さんが熱心に練習に取り組んでいました。終わったタイミングで、本プロジェクトのラストスパートへの協力を呼びかけたところ、その場ですぐにご支援を申し出る先輩もいらっしゃり、ゴールが格段と近づきました。世代を超えた諸先輩方の温かい絆に、深く感謝いたします。皆さま、プロジェクトの最終日(甲斐先生の誕生日)に向けて、引き続きご支援・ご声援のほどよろしくお願い申し上げます。 もっと見る
  • 残すところあと24日、進捗率は93%となり、皆さまのお陰でついにゴールが目の前に見えてきました!本クラウドファンディングの最終日である6月30日は、甲斐先生の87歳の誕生日です。お祝いの日に嬉しい報告ができる見込みが立ってまいりました。本当に心より感謝申し上げます。さて今回は、半世紀前に行われた「第100回定期演奏会」のエピソードをご紹介したいと思います。当時、古賀先生は大病を患い、かなり体調を崩されていました。先生ご自身も弱音を吐かれるほどでしたが、周囲のOBも「もうすぐ第100回定期演奏会なので頑張りましょう!」と励まされ、それに応えるように病体に鞭打って練習に足を運ばれていました。その時、学生たちをまとめていたのが、音楽監督就任から6年目を迎えていた甲斐先生です。第100回という記念すべき演奏会だからこそ「古賀先生の希望する曲をやらせてあげたい」と思う反面、難曲も多く、さらに演出を担当された先輩からも難しい注文がつき、かなりご苦労されたと聞いています。メイン画像にそのライブ盤レコードのジャケットを掲載していますが、なんと驚きの4部構成です。裏面の曲名や出演者の数を見ていただければ、いかに盛大に開催されたかがお分かりいただけるかと思います。この時、古賀先生はシューベルトの「未完成」を指揮され、第4部の長唄「越後獅子」では三味線を披露されました。詳しいエピソードは半生記で紹介しますが、当日演奏された曲の中に、少し変わったメドレーがあります。それが「古賀メドレーこれっきり」です。 定期演奏会が行われた1970年代、世の中はいわゆるソウル・ミュージックが流行したディスコブームの真っ只中でした。そのブームに乗った企画曲として、1976年に「ソウルこれっきりですか(歌謡ヒット・イン・ディスコ'76)」という楽曲がリリースされます。山口百恵さんのヒット曲「横須賀ストーリー」をメインに、当時のヒット曲をディスコ調にアレンジした昭和の歌謡メドレーです。 この曲が大流行していたため、演出家の先輩から甲斐先生へ「古賀メロディでこの企画に挑戦しないか」という課題が与えられました。この難問に甲斐先生は頭を抱えましたが、「やっちみらんとわからんでー」の精神に火がつきます。まずは「ディスコとは何ぞや」というところから始まり、学生と一緒にディスコへ足を運んで研究されたそうです。初めての経験に戸惑いながらも、しっかりと吸収して持ち帰り、見事に作り上げられました。ご興味のある方は、以下にYouTubeのリンクを掲載しておきますので、ぜひ聴いてみてください!こちらから→ 古賀メドレーこっれきり もっと見る
  • 皆様のご支援のお陰でついに9合目を超えました。心より感謝申し上げます。 また、本プロジェクトは法人支援サポート対象プロジェクトですが、その第1号となる企業さまからご支援をいただきました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。株式会社米久本店 様「甲斐先生ならびにマンドリン倶楽部の学生、卒業生に対し、長年にわたり温かいご支援ご声援を賜り心より感謝申し上げます。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」ゴールまで後わずかとなりました。引き続き、プロジェクトメンバー一同頑張りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。 もっと見る

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