【商都・小樽から13年ぶり春のセンバツへ】
かつて小樽は、北海道経済の中心地でした。港には商船が並び、金融・商業の拠点として栄え、「北のウォール街」とも呼ばれた時代があります。その小樽で最も古い私立学校が、北照高校です。前身は小樽商業学校。商業教育を担い、地域の経済を支える人材を育ててきた学校でした。そして今年、北照高校は創立125周年の節目を迎えます。その記念すべき年に、野球部の13年ぶり6度目のセンバツ出場が決まりました。
歴史ある港町の、最も長い歴史を持つ学び舎から、再び甲子園へ。それは偶然ではなく、積み重ねの必然です。
【屋内練習場、遠征で肉体を鍛え抜く】
冬の小樽。グラウンドは1m以上の雪で閉ざされます。
選手たちの主戦場は、ほぼ屋内練習場。限られた空間での打撃練習、守備練習、走り込みによって、心・技・体を磨きます。
実戦感覚を維持するために雪のない本州への遠征も行いますが、移動費、宿泊費は、大きな負担になります。それでも選手たちの成長のため、学校と関係者は工夫を重ね、野球部を支えています。
不利を言い訳にせず、環境を受け入れ、乗り越え、伝統を磨いてきました。

【ベスト8の、その先へ】
センバツ出場は今回が6度目。過去5回の最高成績はベスト8です。
その壁を越えるため、この冬も汗を流し続けてきました。
創立125周年という歴史的な年に、新たな歴史を刻みたい。
準決勝、決勝、そして、優勝旗を北の港町へ。
夢ではなく、本気の目標です。

【1908年、野球部創部】
北照野球部の創設は、学校創立から6年後の1908年(明治41年)でした。当時、北海道でも数えるほどしかなかった私立高校野球部の1つであり、小樽地域の少年たちが白球とともに汗を流す原点でした。以来100年以上にわたり、多くのドラマを積み重ねてきました。プロ入りした選手は12人。甲子園には、夏5回、春5回ずつ出場。夏の勝利こそありませんが、春のセンバツは10戦5勝5敗の5割の戦績を残しています。
【北照のセンバツ大会プレイバック】
平成10年(1998年) 第70回大会
■ 2回戦 郡山(奈良) 3 – 2 北照
春のセンバツ初出場初戦の北照は1回表、先頭打者の西下が左翼席へ本塁打を放ち先制。3回に2点を失うも、6回に同点に追いつきました。しかし直後の7回に先発の沢口投手が決勝点となる右前安打を許し、無念の敗戦となりました。当時のメンバーからは、1999年のドラフト3位で米野捕手がヤクルトに入団しました。
平成12年(2000年) 第72回大会
■ 1回戦 北照 8 – 4 橿原(奈良)
2年ぶり2度目のセンバツ出場。延長11回にもつれ込むしびれる熱戦を制し、北照が甲子園初勝利を挙げました。4−4の延長11回表2死三塁、池側の左中間三塁打で勝ち越しに成功。この回に4連続長短打で一気に4点を奪い、試合をものにしました。
■ 2回戦 福島商(福島) 4 – 3 北照
北照は2回に先制を許すも、3回裏に同点、5回、6回と1点ずつを加え、2点リードで9回に入りました。先発の飯島投手は、福島商を9回表2死まで追い詰めましたが、その後に満塁のチャンスを作られ、走者一掃の逆転3点三塁打を浴びて力尽きました。
平成22年(2010年)第82回大会
■ 1回戦 北照2―0秋田商(秋田)
初回、その年のドラフトでヤクルトから4位指名を受けるエースで4番の又野投手が、打ってはレフトスタンドに飛び込む2点本塁打を放って先制。投げては秋田商打線を5安打10三振で9回完封と、二刀流の活躍で初戦を勝ち上がりました。
■ 2回戦 北照5−4自由ヶ丘(福岡)
6回まで0−0。7回表、北照は1番・大野のセンターを越える2点三塁打で均衡を破りました。続く木村の三塁内野安打で1点を追加しましたが、7回裏に3点を返されて追いつかれます。又野投手とともにヤクルトにドラフト3位で入団する3番・西田捕手が、9回表にレフトに2点三塁打を放って勝ち越し。9回裏の相手の反撃を1点に抑え、初のベスト8進出を果たしました。
■ 準々決勝 大垣日大(岐阜)10―1北照
3戦連続先発のエース右腕・又野投手が、初回に2安打3四球3失点と今大会で初めて乱れました。1回裏2死から登板した2番手の左腕・千葉も相手打線の勢いを止められず、3回までに0−10と大差がつきました。北照は6番・野館が4打数3安打と気を吐きましたが、序盤の大量失点を跳ね返せませんでした。
平成24年(2012年)第84回大会
■ 1回戦 光星学院(青森)3−0北照
北照は先発の2年生左腕・大串投手が初回に犠牲フライで先制を許すと、3回には2死から2点を奪われました。打線は対戦相手の6安打を上回る7安打を放ちましたが、好機で1本が出ず、完封負けを喫しました。
平成25年(2013年)第85回大会
■ 2回戦 北照 7 – 0 菰野(三重)
北照は3回に4番・小畑の一塁強襲内野安打で先制しました。5回には、のちにオリックスに入団する3番・吉田の右中間適時二塁打で追加点。6回は4安打で4点を奪って試合を決めました。先発のエース左腕・大串投手は8安打を浴びながらも粘り強い投球で9回を完封しました。
■ 3回戦 北照 6 – 3 尚志館(福島)
初回に1死満塁のチャンスを作り、5番・富田が走者一掃の左中間3点三塁打を放って先制、さらに相手失策で1点を追加し、試合を優位に進めました。エース大串は抜群のコントロールで相手打線を封じ込め、2試合連続完投勝利を手にしました。
■ 準々決勝 浦和学院(埼玉)10 – 0 北照
3戦連続で先発した大串投手が、初回からレフト越え2点本塁打を浴びるなど、投球に安定感を欠きました。5回に追加点を奪われると、7回に決定的な6失点を喫し、初の準決勝進出の望みを断たれました。打線は9番・岡本のわずか1安打で無得点と振るわず、優勝した浦和学院に力の差を見せつけられました。
【そして2025年秋】
昨夏、チームはどん底にいました。例年8割を越える練習試合の勝率は約4割。1年生の秋に149キロのスピードボールを投げ、プロからも注目を集める中谷嘉希投手(2年)を擁しながら、歴代チームの中でも最低レベルの成績しか残せませんでした。常に「全国制覇」「甲子園」と、高い目標が掲げられていたホワイトボードの文字は、目先の「小樽支部突破」に換えられました。支部大会は、初戦こそコールドで勝ち切ったものの、2戦目は苦しみながらサヨナラ勝ち。代表決定戦は3−1でかろうじて勝ち切り、北海道大会に駒を進めました。
【頼れるエースの誕生】
10月に大和ハウスプレミストドームで開催された秋季北海道大会は、初めて背番号1を背負った右腕の島田爽介投手(2年)が、多彩な変化球と抜群の制球力で凡打の山を築きました。初戦の2回戦から決勝までの全4試合完投。決勝は白樺学園を2–0で封じ、チームを13年ぶりの秋季北海道大会制覇に導きました。11月には明治神宮大会に出場、初戦で英明(香川)に1−2で敗れましたが、12安打を放つなど、全国レベルの相手から、次の春に向けての手応えを得ました。
【北海道から甲子園へ向かうということ】
1月30日、北照は北海道代表に選出されました。北海道から兵庫県西宮市の甲子園へは、片道約1000キロ。飛行機、フェリーでの移動を余儀なくされ、長期滞在の宿泊費、応援団の派遣費用‥と、勝ち進めば進むほど、日程は延び、費用もかさみます。
しかし、選手たちには、ただ野球に集中し、勝利をつかんでほしい。125年の歴史を背負い、小樽の誇りを胸に、全力で戦ってほしい思いがあります。そのためには今、皆様のお力添えが必要です。

【歴史とともに、未来へ。ご支援をお願いします】
北の商都・小樽を支えた小樽商業学校の精神。125年続く学びの伝統。雪に閉ざされる冬を乗り越える粘り強さ‥。そのすべてが、今の北照野球部にも息づいています。
今回、私たちは初めて、クラウドファンディングのシステムを利用し、遠征費・滞在費・応援費用などのご支援をお願いしています。一口のご支援が、遠征の一歩、滞在の一日に。そして、甲子園での一球に変わります。
13年ぶりの春、6度目の挑戦。創立125周年の節目の年。どうか、この歴史的な挑戦を、ともにお支えください。
北の港町・小樽最古の学び舎から、甲子園の頂点へ−。まもなく聖地に立つ選手たちの心を、より熱くするご支援を、お願い申し上げます。

【学校紹介】
北照高等学校は、北海道小樽市の私立高校です。野球部は1908年(明41)創部で、甲子園出場は、今春のセンバツを含め春6回夏5回の計11回。野球部OBに元ヤクルト米野智人捕手、同西田明央捕手らがおり、現役では齋藤綱記、高橋幸佑の両投手が中日に所属しています。スキー部OBには、ノルディックスキー・ジャンプの船木和喜氏、アルペンスキーの皆川賢太郎氏、佐々木明氏、同部OGには2026年ミラノ・コルティナダンペッツオオリンピック・アルペン女子日本代表の安藤麻選手がいます。




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