「同級生と一緒に富士山に登りたい」
この一言から全てが始まりました。
通っている中学校では毎年中学2年の恒例校外学習として富士登山に挑戦します。
その校外学習に同級生と同じように参加したい。
<2025年の様子>

学校の先生は、「まずはお医者さんに相談してください」と。受診の際に本人と母で主治医に相談しました。そうすると主治医は、「リハビリでトレーニングするなら良いよ」と。加えて「リハビリの先生に一緒に登ってもらえたら安心だね」とも。
その話を4歳の時からリハビリをしてもらってる理学療法士の先生に相談しました。すると、「めっちゃ良いやん、頑張って登ろうよ。もちろん着いていくよ。」と。
2025年8月
富士登山に向けたトレーニングと準備が始まりました。
◾️ 自己紹介
はじめまして。
このページをご覧いただき、ありがとうございます。

私は生まれつき脳室周囲白質軟化症(Periventricular Leukomalacia;PVL)があり、両下肢に障害、また右半身麻痺があります。医師からは「歩くことは難しいかもしれない」と言われて育ちました。
しかし、家族や周囲の支え、そして何より自分自身の努力によって、現在は歩くことができ、日常生活もほぼ自立して送ることができています。
走ることは難しいものの、「できないこと」よりも「できること」に目を向けながら、前向きに生活しています。
これまでの人生で、障害があるからこそ感じてきた悔しさや不安、同時に、小さな一歩が大きな喜びにつながることも知りました。
今回のクラウドファンディングは、学校行事である、富士山登頂を成功させるために立ち上げました。
障害があっても諦めずに努力すれば成功する。
それが他の方々の希望になれば嬉しいです。
◾️ 母の想い
息子の病気はPVLです。
20週頃からいつ産まれてもおかしくない。という状態で毎日を過ごし、28週0日で産まれました。息子の生きたいという強い意志があったのだと思います。
生後3日目で人工呼吸器をつけました。
明日も会えるかわからない。と告げられ毎日縋る思いで病院に通いました。長いNICU生活を終え初めて帰宅できたのは産まれてから数ヶ月後でした。その後も検査や治療で入院を繰り返し、ようやく落ち着いた頃に脳性麻痺と診断されました。右半身麻痺と両下肢不随です。息子の足の動きに違和感を感じ専門病院を受診した事が息子の人生の転機でした。歩けるかはわからない。歩けたとしてもいつまで歩けるかはわからない。自転車には乗れないだろう。
先々の様々な可能性を聞く度、親として何ができるだろうかと考えました。
でも息子は負けなかった。歩きたい!走りたい!自転車にも乗りたい!小さい頃から意志が強く、努力家な息子は小さいながらもリハビリの度に自分から先生に希望を伝えるようになりました。息子の思いが周りの大人の心を動かし、さまざまな分野の優秀な先生方にお世話になる事ができました。息子のできるようになりたいに親としても全力でサポートしたいと思いました。

保育園に入る頃には下肢装具をつけて歩けるようにもなりました。装具をつけている事で保育園でも小学校でもいじめにもあい、目を離せない時期もありました。
突然空手を始めたいと言い出し、障害者空手の経験のある道場を探し毎週通いはじめました。もちろん、普通の子と同じようにはできませんが心が強くなりたい一心で頑張っていました。

他にもCPサッカー(脳性麻痺の人でチームを作りプレーするサッカー)やキックボクシング等色々な事にチャレンジし、今は障害者野球チームに所属しています。勉強面でも病気的に難しい分野も多々ありますが、苦手な分野は得意な分野でフォローするという風に本人なりに考え努力し、中学受験にチャレンジし希望の中学校へ進学できました。通学している学校では個人の特性を受け入れてくださり都度都度、息子にあった対応をしてくださるので、息子も安心して通えている事にとても感謝しています。
◾️ 学校の先生の想い
「仲間と一緒に富士山に登りたい」
この強い思いを胸に、佑都君は幼い頃からリハビリやトレーニングに取り組み、ご家族と登山を重ねながら、心と体の準備を丁寧に積み重ねてこられました。 また、これまで彼を支え続けてこられたスポーツトレーナーの岩渕さんが、今回の挑戦に同行してくださると聞き、大変心強く思っています。
岩渕さんご自身も富士山登山の経験があることや、専門的な知識とこれまでの信頼関係に支えられていることは、彼にとって大きな安心につながっており、この挑戦をより確かなものにしていくと思います。
佑都君が通う常翔学園中学校は、勉強だけでなく、京セラドームで行う体育祭や本格的なホールでの文化祭・合唱祭などをはじめとする多種多様な学校行事や、学園内大学と連携した探究学習などの様々なキャリア学習を行なっています。

こうした学校生活においても、佑都くんは日々の学習に真剣に向き合い、部活動においても先輩や仲間達といつも楽しそうに笑いながら活動に参加しています。
彼の長所は「笑顔」だと思っています。この笑顔でいつも周囲を思いやり、仲間たちと充実した中学生活を送ることができています。そんな佑都君の学年担当、そして部活動顧問として、彼の挑戦を心から応援しています。今回、彼の夢の舞台である富士山に一緒に登るチャレンジができることを、とても嬉しく思っています。
この挑戦は、自分の可能性を信じて踏み出す大切な一歩です。どうか皆様の温かいご声援を、心よりお願い申し上げます。
◾️ 帯同する理学療法士の想い
このページを見ていただいた皆様はじめまして。理学療法士の岩渕翔一です。
私は訪問看護ステーションで勤務する傍ら、スポーツトレーナーとしても活動しています。
私が佑都のリハビリを担当するようになってもうすぐ10年が経とうとしています。佑都はこれまでサッカー、バレーボール、キックボクシング、野球と色々なスポーツに取り組んできました。とにかく運動が好きで負けず嫌いな子でした。リハビリの内容もリハビリというよりトレーニング。そんな内容を本人が求めてきて今があります。
おそらく、今の佑都が歩いている姿や生活している姿を見ても、ほとんどの人は下半身と右半身に運動麻痺があることが分からないと思います。決してそれは障害が軽かったわけでも、自然治癒したわけでもありません。彼の今日までの努力がここまでの機能回復を実現しました。実際、佑都の下半身はこれまで何度も手術が施行され、今も右の大腿骨にはボルトが入っています。
印象的だったのは小学校の運動会。当時、走れるか走れないかギリギリの運動機能でしたが「かけっこで負けたくない」と僕に真剣な顔で相談してきたことを鮮明に覚えています。そんな負けず嫌いの彼が幼稚園や小学校でいじめにあい、学校に行きたくない、行けない日もありました。
中学校に行ってからは、すごく楽しそうに日々を過ごしていることでとにかく安心していました。今回の富士登山は佑都からの久しぶりの相談です。私は二つ返事で「めっちゃ良いやん、やろうよ!」と答えました。その時点では現実的かどうかまでは判断できませんでしたが、そんな想いを持った子どもをサポートすることこそ、我々大人がやるべきことです。
私自身、これまで富士山はもちろん、一般登山道日本最難関とも言われる剱岳など多数の登山経験があります。

私はこのプロジェクトを成功させるために、それまでの事前準備と分析、当日のサポートを全力で行なっていきます。
◾️ 富士登山に必要な準備
昨年8月に相談されてからは1ヶ月に1回、佑都、佑都の弟、佑都の母、理学療法士の岩渕、4人一緒に登山練習をしています。一緒に登山をすることで課題を明確にすることや疲れが溜まりやすい部位の把握、自主トレーニングのメニューを効率的な内容にすることを目的としています。

加えて毎週トレーニングとケア、自主練習のプログラムを行い、基礎体力の向上を図っています。
また、物品も揃える必要があります。応急処置に必要な備品や身体のケアを行うための道具などです。
◾️ リターンについて
・富士頂上から直筆のメッセージ付お礼のハガキ発送
・報告会の優先参加及び配信URLの送付
・富士登山報告リーフレットの発送
これらを準備しました。
正直、支援者の方々の実生活を豊かにするようなリターンではありませんが、このプロジェクトの過程と結果をたくさんの方々に知ってもらうことが我々にできることだと考えています。
※安全面への配慮(体調、天候不良など)により、やむを得ず登頂を断念する可能性があります。その点をご理解いただけますようよろしくお願いいたします。
◾️ 資金の使途(概算)
・医療及びトレーナースタッフ帯同宿泊費全般(3泊4日)・・・約20万
・備品購入費・・・約10万
・トレーニング費・・・約5万
・リターン準備費・・・・約5万
・手数料・・・約10万
◾️ スケジュール
4月 富士登山に向けてのオリエンテーション
5月 富士登山前の校外学習で登山練習
7月22日〜23日 富士登山決行
8月下旬 リターン発送及び通知
※その他、毎月登山練習及びトレーニングは継続して実施中。
◾️ 最後に
今回、安全に富士山登頂を目指すために、通常の校外学習でかかる費用に加えて予算が必要になります。
これまで、障害を理由に諦めてきた学校行事はたくさんあります。今回は諦めるのではなく、挑戦することを決断し、そのために佑都は自ら動き出し、このプロジェクトが立ち上がりました。
佑都にとって一生忘れられない思い出の一つになるはずです。
子どもの夢や希望を叶えるため多くの方の支援を頂けますと幸いです。




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