自己紹介
私どもは新潟県魚沼市で活動しています、「干溝(ひみぞ)歌舞伎保存会」です。
幕末から明治にかけて村では特別な祝い事の時に奉納歌舞伎が行われてきました。それは大正、昭和になってもつづき昭和5年には昭和天皇即位の記念が宝泉寺の境内で行われ、昭和11年には干溝小学校の運動場にて昭和9年に百歳祝い歌舞伎が計画されたが断念した復活として行われ、昭和27年は伊米ヶ崎村から小出町への合併記念歌舞伎を干溝小学校前で行いました。

「干溝歌舞伎」という名称で活動していたわけではありませんが日常の農作業の合間に(特に冬期間)歌舞伎の稽古をしていました。終戦後の村の青年団員は150人もの大集団であり一気に歌舞伎に熱が入り盛り上がりましたが、高度経済成長期になると村から若者が都会に流れ、その後歌舞伎が開催されることはありませんでした。それから50年後に干溝地域に100歳の人を輩出したお祝いとして平成15年11月2日に村をあげて百歳歌舞伎を開催しました。
およそ50年振りの復活ということで上演にあたっては、故三代目三桝京曻(群馬県沼田市)氏からご指導をいただき、隣の南魚沼市で活動しています塩沢歌舞伎保存会からもご協力をもらい、平成15年11月に上演を無事に行うことができました。また翌16年には地元の小出郷文化協会の合併記念事業に、桧枝岐歌舞伎公演が決定しており、そこで地元の歌舞伎を行うよう桧枝岐歌舞伎様よりお話をいただき、干溝歌舞伎は再演することになりました。これをきっかけに地芝居の継続を願い歌舞伎愛好会を立ち上げ、平成20年に保存会へと発展し現在に至ります。
プロジェクト立ち上げの背景
平成15年から平成26年の12年間では、9回の公演を精力的に行ってきました。平成26年には「全国地芝居サミットin魚沼」を市内の多くの皆様の協力のもと開催し、「魚沼市」および「干溝歌舞伎」の名を全国に発信することも出来ました。
しかしその後新型コロナの影響等で活動を縮小していましたが、令和6年、7年に干溝町内からお二人の百歳の方を輩出いたしました。また昨年魚沼市が市制施行二十周年を迎え、地域の名称やブランドが改めて注目される節目の年となりました。この機会に干溝歌舞伎も「魚沼市の干溝歌舞伎」として再び歩み出し、地域文化を未来へ継承していくよう今回の公演を企画し、魚沼市をはじめ魚沼市教育委員会、魚沼市響の森文化会館から共催をいただき、市文化協会、市観光協会などのご協力のもと、「干溝歌舞伎公演実行委員会」を立ち上げ準備を進めています。
私どもは先人たちから引き継いだ衣装や道具などがあるわけでなく、今までの公演でもチケットを販売し、補助金等を活用して費用に充ててきましたが、この10年の間には世の情勢も変わりなかなか厳しい状況です。そこで多くの方に周知して応援をいただき「魚沼 干溝歌舞伎」を将来に渡り継続していきたい決意で、本プロジェクトを立ち上げることといたしました。
〈公演の内容〉今回の公演は、子ども歌舞伎にて干溝歌舞伎オリジナルの「やまびこ三番叟」。小学生、中学生による「大石東下り」。そして保存会員で「引窓」を上演いたします。現在は立ち稽古に日々努力しています。また市内の民謡民舞の和楽路保存会による「よしよし」も上演いたします。この演目は「大石東下り」とは「忠臣蔵」でつながる民謡民舞となります。そして当日の会場である魚沼市響の森文化会館のホワイエを、江戸風に装飾しお客様をお迎えする準備などを行っています。

〈支援金の使途〉皆様からいただいた資金は、今回の公演の経費である、衣装・かつら・化粧・舞台大道具・小道具・演技指導料などの費用として利用させていただきます。
〈リターンについて〉
ご支援いただいた方には感謝のメールを送らせていただきます。
また、干溝歌舞伎公演実行委員長である大平文一が自ら育てつくりました、魚沼産コシヒカリ(精米)2kg袋入りをリターン品とさせていただきます。
<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、自己資金で補填し計画を実行し、リターンをお届けします。




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