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【第3期】岩手県・志賀理和氣神社 | 千年先へ繋ぐ『鎮守の杜』を再建したい!

志賀理和氣神社は岩手県・北上川沿いに鎮座する、1222年の歴史をもつ神社です。近年の水害リスクに伴う治水事業により移転し、第1期・第2期で800本を植樹。今年はいよいよ最終年。千年を繋ぐ鎮守の杜再建へ、最後の400本の植樹に挑戦します。

現在の支援総額

1,792,305

179%

目標金額は1,000,000円

支援者数

197

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/04/20に募集を開始し、 197人の支援により 1,792,305円の資金を集め、 2026/05/31に募集を終了しました

【第3期】岩手県・志賀理和氣神社 | 千年先へ繋ぐ『鎮守の杜』を再建したい!

現在の支援総額

1,792,305

179%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数197

このプロジェクトは、2026/04/20に募集を開始し、 197人の支援により 1,792,305円の資金を集め、 2026/05/31に募集を終了しました

志賀理和氣神社は岩手県・北上川沿いに鎮座する、1222年の歴史をもつ神社です。近年の水害リスクに伴う治水事業により移転し、第1期・第2期で800本を植樹。今年はいよいよ最終年。千年を繋ぐ鎮守の杜再建へ、最後の400本の植樹に挑戦します。

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

神社ソムリエ佐々木優太さんの「あやかりチャンネル」に出演させていただきました!

https://www.youtube.com/live/OD2wYnGYeKs?si=5LChK90K6K7K0JBn


志賀理和氣神社『鎮守の杜』再建に心からの感謝を
ご支援いただきましたすべての皆様の名簿をご本殿にお納めします

私たちは、令和3年12月の全面移転によって失われた森を再生するため、3年間で合計1200本(各年400本)の植樹計画を進めてきました。

第1期・第2期を通じて800本の苗木を植え、いま、第1期で植えた苗木は、植樹からおよそ2年を経て、この春もまた芽吹きの季節を迎えています。こうして新たな命がこの地に根づき始めていることは、皆さまからのご支援の確かな証です。

そして今年はいよいよ最終年。1200年以上の歴史を紡いできたこの地に、最後の400本を植樹し、かつてこの地にあった豊かな生態系と、地域の方々が心安らぐ憩いの場としての“鎮守の杜”の基礎を築き上げたいと考えています。

どうか本年も、皆様のお力をお貸しください。

皆様のご支援に感謝しこれまでの第1期、第2期そして今回のクラウドファンディングにご支援くださった皆様の名簿を本殿にお納めします。

第3期に向けてのメッセージ

志賀理和氣神社 田村寛仁宮司

~心のふるさと~

 当プロジェクトをご覧いただきありがとうございます。

2年前、新境内に木々がなく本当に寂しい風景が広がっていました。このプロジェクト立ち上げの折には、目標が達成できるのか、植樹祭を賑やかに行うことができるのか、不安がなかったと言えばうそになります。

 しかし、1200年を超える当神社の歴史にはその1コマ1コマに人々の想いがあったことに背中を押され、手助けをして下さる方々のおかげで、挑戦してみようと決心いたしました。

 開始後、第1期はクラウドファンディング上で299名、昨年の第2期も144名もの方々にご支援を頂き、目標金額を達成し、念願であった植樹祭を行うことができました。

 2度の植樹祭で800本の苗木が植えられ、地域の子供たちを中心に、延べ300名もの方々にご参加いただきました。植樹祭では性別も年齢も関係なく、力を合わせて作業し、共に汗をかき、笑顔があふれていました。多くの思いの込められた苗木たちによって、それまで殺風景だった境内が、「鎮守の杜」としての歴史を歩み始めました。

 ひとつ、嬉しかったエピソードをご紹介します。

 第1回植樹祭の直後、紫波町は雨に恵まれました。植樹された苗木にとっては恵みの雨でありましたが、翌日、無事かどうか心配した男の子が自分の植えた苗木を見に来てくれました。

 宮脇先生の言葉に「植樹とは、明日を植えること、いのちを植えること、そして心に木を植えることなのです。」というものがありますが、まさしく、その男の子の心にも木が植えられたのだと目頭が熱くなりました。

 今回その集大成となる第3期では、さらに400本を植樹し、今までの植樹地の補植や手入れを行います。合計1200本の苗木により、志賀理和氣神社の北面に豊かな森を作り育てていくことを目指しています。

この森には、すでにたぬきやキツネ、キジ、蝶、リスなどが訪れていますが、この先も計り知れないほど多くの生き物たちの拠り所となっていきます。我々人間にとっても心安らぐ「心のふるさと」となるでしょう。

皆様の想いが、やがて命を守り育てる「生命の森」へと成長し、悠久の時を歩みます。

 皆様のご支援により植えられる合計1200本の苗木が、生命の息づく「鎮守の杜」となって、志賀理和氣神社の境内が「心のふるさと」となるために、皆様のご支援が必要です。

 何卒、今回のクラウドファンディングに、真心こもるご助力を賜りますようお願い申し上げます。

このプロジェクトを支えるメンバー
志賀理和氣神社宮司 田村寛仁(たむらひろひと)/写真中央
鎮守の杜の守り人 髙橋知明(たかはしともあき)/写真左
林学博士 西野文貴(にしの ふみたか)/写真右

これまで40万本の苗木をボランティアの皆さんと植えてこられた髙橋さん
〜“鎮守の杜”がもたらす、生命とご縁〜

 “鎮守の杜の守り人”の一人・神職の髙橋知明(東京・瀬田玉川神社禰宜)です。

 たくさんの皆さまのご協力のお蔭様をもちまして、これまで第1期、第2期と由緒ある志賀理和氣神社の千年先へ繋ぐ『鎮守の杜』づくり活動に携わらせていただきましたこと、改めて心より深く感謝申し上げます。

 そして今年はいよいよその計画の最後となる第3期目を迎えました。

 私もこれまで紫波町に何度も足を運ばせていただいておりますが、森づくり活動を通じて、紫波町の人々の温かさにもたくさん触れさせていただいております。田村宮司さんら神社の職員や氏子総代の皆さまをはじめ、植樹祭に参加するボランティアの皆さま、食事場所や宿泊先のスタッフの皆さまに至るまで、みんな心温かい方々ばかりで、紫波町の素晴らしさを感じています。支援協力したい思いで行かせていただいているのにも関わらず、こちらがたくさんの元気と学び、素敵なご縁をいただいております。

 皆さまにも、ぜひ紫波町へ足を運んでいただき、良き交流が生まれることを期待します。

 西野博士は、「森づくりは、人づくり」と言います。

 私は東日本大震災後から、西野博士と森づくり活動を統括する箱﨑祐二さんら当協会専門部会をはじめ、多くのボランティアの皆さまと共に、40万本以上の苗木を植樹してきました。

その間、多くの人々との深いご縁が生まれたことをはじめ、“鎮守の杜”とは何かということについて、たくさんの気付きと学びを得ることが出来ています。

 “鎮守の杜”は生物多様性の機能だけではありません。その地域ごとの人々に恵みをもたらしたり、いざという時でも生命を繋ぐことが出来たり、さらに自然界との上手なバランスも実現しながら持続可能に循環していく空間として、長年人々の関わりによって培われたたくさんの知恵が詰まっています。

 まさに、そこに神さまが祀られる所以があります。

 そして、21世紀は心の時代。世界は気候変動に由来する国家間を超えた多くの課題に取り組まなければならない時代になりました。そうした中で、和の心の象徴である“鎮守の杜”は、多くの地域に必要とされる知恵であり、世界を救う鍵を握っています。

 志賀理和氣神社の“鎮守の杜”も、きっと未来を担う子供たちに、たくさんの有意義なメッセージを伝えてくれることでしょう。

 この大切な活動に、皆さまのご参加とご支援をよろしくお願い申し上げます。

 ぜひこれからも、ご一緒に考え、ご一緒に行動していきましょう!!


「森づくりは、人づくり」 林学博士 西野 文貴

100年、その先へつながる設計

株式会社グリーンエルム 代表取締役社長/東京農業大学 客員研究員
林学博士の西野文貴です。

森をつくるということは、単に木を植えることではありません。

そこに生きる多くの生き物や土壌、水、そして人の営みまで含めた「生態系の時間」を育てていくことだと私は考えています。

志賀理和氣神社の鎮守の杜の再生は、まさにその最初の一歩です。

これまで二度の植樹祭を通じて、地域の方々や子どもたち、多くの支援者の皆さまの手によって800本の苗木がこの地に植えられました。小さな苗木はまだ森とは呼べないかもしれません。しかし、その一本一本が確実に根を張り、この場所に新しい生態系の土台をつくり始めています。

森は人の手で「完成」するものではなく、時間の中で育っていくものです。
ただし、その始まりとなる設計と植栽は人の意思によって行われます。

私は森の設計を担当する立場として、この土地の環境や植生をもとに、10年後、50年後、100年後、そしてその先まで続く森の姿を思い描きながら樹種を選び、配置を考えています。

今回の第3期では、残る400本を植樹し、これまで植えた木々の補植や手入れを行いながら、合計1200本の苗木による鎮守の杜の基盤を整えます。
この段階が整うことで、森は次の世代へと受け継がれながら自ら育っていく力を持ち始めます。

森づくりは、長い時間をかけて続いていく営みです。

今回の植樹は、その長い歴史の中の小さな一歩に過ぎません。しかし、その一歩がなければ未来の森は生まれません。志賀理和氣神社のこの場所に、100年後も、さらにその先も続く鎮守の杜が育っていくことを願いながら、今回のクラウドファンディングに取り組んでいます。

この森づくりの歩みに、ぜひ皆さまのお力をお貸しください。
心よりご支援をお願い申し上げます。

昨年の植樹祭

志賀理和氣神社|御鎮座1222年
フクロウがいた千年の森、再生への物語

「志賀理和氣神社」は盛岡市から車で40分ほど南下した場所に位置し、岩手県中央部を北から南に流れる一級河川「北上川」の河岸にある岩手県最古といわれる神社です。

創建は古く延暦23年(804年)、征夷大将軍である坂上田村麻呂が、東北地方の開拓の守護神を勧請して創建されました。それ以来、1200年以上に亘ってこの地域の鎮守として崇拝されています。

しかし平成に至り、「神社の移転」を突如迫られました。原因は地球規模での気候変動が、大雨や巨大台風を頻繁にもたらし、北上川でも甚大な水害の恐れがあったからです。そのため、地域住民の安全確保のために、新たな堤防建設が必要となりました。

旧境内の様子

旧境内の千年杉

北上川を背にして創建された「志賀理和氣神社」と鎮守の杜

長きに亘り神聖な場所に鎮座した神社の移転は誰もが「断腸の想い」ではありましたが、平成30年に国が進める治水事業に協力し、神社は内陸へと全面移転することを決定しました。その結果、令和3年12月に新境内地に遷座されましたが、旧境内の鎮守の杜は移転できず消滅してしまったのです。

更地となった「志賀理和氣神社」

社殿の取り壊しの様子

伐採された千年杉

新境内は、旧境内から直線距離で300メートルほどしか離れていません。しかしそこには、子どもたちの遊び場であり、地域住民の憩いの場であり、神社を大風や大雨などから守ってくれた「鎮守の杜」はもうありません。その喪失感は想像以上に深く、何とか「鎮守の杜」を再生したいのです。

新境内の様子(写真右側に本殿、中央は赤石天満宮、稲荷神社など)

写真から、「鎮守の杜」がないことで「新境内」は「旧境内」と比べてとても寂しい感じで佇んでいるのがお分かりいただけると思います。

地域の憩いの場所であった「鎮守の杜」再生に向けて、神社関係者が何度も話し合い、再建に向けて一致団結することになりました。しかし、それでもかかる費用は予想以上のもので、私たちの力だけではどうしても十分な修復を行うことが叶いません。これからの千年続く「鎮守の杜」再生に向けて、どうぞご支援を賜りたく何卒宜しくお願い致します。

植樹計画図(第1期〜3期)

本プロジェクトでは、令和6年から3カ年計画で合計1200本の広葉樹を中心に植樹し、森の基礎をつくります。

第1期(令和6年)・第2期(令和7年)では、西野博士の『潜在自然植生』に基づく森の設計のもと、計800本を植樹しました。コナラやケヤキなど20種類以上を植樹し、その大半は落葉広葉樹のため、冬場にいったん葉を落としてしまうため見た目は寂しくなりがちですが、春の新芽を待つ今こそが実は最も重要な時期。現在の段階でおよそ8〜9割が順調に根付いており、一部の樹種では既に芽が大きく膨らんでいます。

『100年後、200年後、さらには1000年先まで続く森を育てる』という、長期的なビジョンのもとで今年(令和8年)の第3期も400本の植樹を予定。苗木たちが共生しあい、地上だけでなく地下で根を張りめぐらせることで、より豊かな生態系をつくっていきたいと考えています。

今回の植樹では、生物多様性の観点をしっかり取り入れます。落葉広葉樹は季節ごとに花や実をつけるため、フクロウやイタチなどの動物、昆虫が集まりやすくなり、そこをきっかけに食物連鎖が復活し始めます。地域の子どもたちが『昔、森で遊んだおじいちゃん・おばあちゃんのように豊かな自然と共存したい』と願う気持ちに応えたい。この3期目の植樹は、その思いをさらに確かなものにしたいと思います。

桓武天皇の時代から紫波の地へ
〜志賀理和氣神社 創祀と地域に息づく伝承〜

当神社の歴史は今から1222年前、延暦23年(804年)にまで遡ります。その時代は平安時代と呼ばれ、京都を中心として天皇や貴族による政治や文化が花開いた時代です。現代でも京都から岩手までの移動は相当の時間を要しますが、その当時、京都の人々にとって東北は現在の海外旅行のように遠い遠い場所で、政権も及びませんでした。そして京都の人々は東北に暮らす人々のことを蝦夷(えみし)と呼んでいました。

この時代に「天皇を中心とした統一政権を作る」という旗印の元、この蝦夷征討の命令を受けたのが、征夷大将軍である坂上田村麻呂です。そして遙か東北の地で、これを迎え撃ったのが蝦夷の若きリーダー・アテルイ。激しい戦いがこの地で繰り広げられたと言われています。

天皇の命令を受けた坂上田村麻呂も負ける訳にはいきません。

東北地方の征圧のために、「武運長久」、「必勝祈願」のご利益のある二柱の神様、経津主神(ふつぬしのかみ)と武甕槌神(たけみかづちのかみ)を香取神宮、鹿島神宮より勧請し、必勝祈願のために設立されたのが当神社の創祀と言われています。

当神社の神々のご加護もあり、坂上田村麻呂は蝦夷を平定することに成功します。後に、当神社には大己貴神(おおなむちのかみ)少彦名神(すくなびこなのかみ)など人々の生活を豊かにする国づくりの神様が勧請され、この地域の繁栄と守護の役割を千年以上担っていくことになります。 

そして時代は室町時代になります。この地域の領主であった斯波詮直公(しばあきなおこう)は北上川の川底にあった「赤石」が川面に映り、川波が紫色に輝いて見えた様子にとても感動して「けふよりは 紫波と名付けん この川の 石にうつ波 紫に似て」と詠じて、この地を「紫波(しわ)」と定め、このことから町名も「紫波町」と名付けられています。北上川から引き揚げられた「赤石」は当神社に祀られており、地域の方からは「赤石さん」として親しまれています。

さらに時代は下り江戸時代に差し掛かりますと、盛岡藩主の南部氏は当神社を厚く崇敬され「南部一の宮」の号が献じられるほど、とても重要な神社として位置付けられました。

また近年では、恒例の祭りに加えどんと祭での餅焼き節分祭での豆まき、人形納謝祭への参列と奉仕、例大祭での餅まきなど子供たちが参加できるお祭りを増やし、若い世代との関わりも深めています。

創建以来1200年以上に亘って、志賀理和氣神社と「鎮守の杜」は地域の子供たちの遊び場であり、地域住民の憩いの場所として、ずっと親しまれてきました。

どんと祭

例大祭(秋祭り)

なぜ、神社に鎮守の杜が必要なのか?

「鎮守の杜」という名前の由来にはその歴史的な背景があります。「鎮守」とはその地域を守ってくださる神々のこと。そして、その神々を守る森が「鎮守の杜」。ここは神々が降りたち、鎮まる場所だと、私たちのご先祖様は考えてきました。

だからこそ、日本人はこの場所に特別な神聖さを感じ、神様に感謝の気持ちを捧げ、この土地での生活の安寧を祈りました。「鎮守の杜」は常に多くの生命が循環していて、瑞々しさ、青々しさを保つことで、神々が降り立つ清浄な空間を生んでいます。

そのため人々は、場所によっては森が荒れないように間伐したり、弱った木を切るなど、協力して森の手入れをして、森を育ててきました。手入れの結果、「鎮守の杜」から出た材木や薪は、お祭りに使われたり、時には社殿などを建て替える際に「鎮守の杜」から出た材木で賄うこともあり、森の資源を無駄にせず有効活用してきました。

このように日本人は「森を守り、育てていく仕組み」をずっと大切に継承してきたのです。「鎮守の杜」とは、日本人の自然観や文化そのものと言っても過言ではありません。

そして、この「鎮守の杜」は太古の昔からの原生林を今に残す場所も多くあり、貴重な在来の動植物がたくさん生息する「生命の宝庫」でもあります。

旧境内の鎮守の杜

鎮守の杜の生き物たち

ノスリも棲んでいた

実際に、志賀理和氣神社の旧境内には梟(フクロウ)だけではなく、狐の鳴き声もしたり、夏にはアオハダトンボがあたり一面に飛び回っていました。

このように自然豊かで美しい森は、多種多様な在来の、貴重な生物たちが棲家としています。古代から、日本人はこの「鎮守の杜」と共に生き、人と自然が調和する、共存する知恵を学んで来ました。

御神木の切り株から無傷で発見されたフクロウのたまご

しかし、現代は人間が森と上手な付き合いをしていく生活から距離が空いてしまったことから、昔の日本人が大切にしてきた森との共存の知恵を忘却してしまったかのようにも感じます。

私たちが忘れかけている「人と森との上手な付き合いのある生活」

戦前の日本の山々には、「奥山」と「里山」という区域が存在しました。奥山は手つかずの原生林。多種多様な在来の動植物が生育し、水源を守り、山の保水力を高めるなどの機能がありました。それに対して里山は、材木を育てたり、キノコを採ったり、炭を焼いたりと、人間の生活に必要最低限な恵みをいただき循環させる区域でした。

そしてこの奥山と里山の境界には、しばしば神社や祠が存在し「その先は侵すべからず」という戒めがありました。奥山は神々の聖域であり、戒めを無視するとばちが当たって自然のしっぺ返しがあるという、まさに先人の智慧がありました。

ところが戦争で全国が焼け野原になり、戦後復興のため拡大造林という国策で致し方なく奥山も里山化し、日本の山々は概ね林業の山になりました。その後、昭和40年代から外材が輸入され、国産材は徐々に売れなくなり、昭和50年代から一時隆盛を誇ったたくさんの材木店が倒産しました。現在の林業は、従事者が高齢化し後継者不足に悩む状態です。

林業が経済循環しにくくなった現在の日本の山々には、他にも課題があります。熊をはじめ野生動物たちが、危険を冒して里に下りて畑などを荒らすのは、山にどんぐりなどの彼らの食べ物が少なく、越冬や子育てをするのに、充分に栄養が摂れないためということも一因と考えられます。他にも、針葉樹の単層林から出る大量の花粉は、現代病の花粉症を生み多くの人々を悩ませています。

さらには気候変動の影響からか、毎年のように巨大台風が襲う時代になりました。特に西日本を中心に河川の氾濫など大変な被害が出ています。降水量が多くなった上、針葉樹は根が浅く保水力も低い単層林の山は、山津波とも言える土砂崩れを起こし、下流の河川では堤防を越える洪水被害も発生させています。

台風により崩れた針葉樹の単層林(撮影:西野文貴)

後継者不足により荒れてしまった林業区域

だからこそ、奥山を形成してきた「鎮守の杜」は私たち日本人にとって大切な存在であり、奥山と里山との上手なバランスを回復しないと、こうした課題は解決しないのではないでしょうか。

「鎮守の杜」は動植物と人間が調和して、自然と共存した素晴らしいお手本そのものです。この森を通じて、私たちは自分以外の他者との関係を大切にする「和の心」も育ててきました。

志賀理和氣神社は1200年以上も「鎮守の杜」を守り、地域の平和と安寧のために、神々に祈りを捧げてきました。神道における神とは、私たちの命を保証してくださる対象でもあります。だからこそ、この土地にある雄大な自然だけでなく、人々の生活を豊かにした偉大な人物なども神と崇め、神社にお祀りすることもあります。

神々がもたらした稲穂によって、人々はその地で安定的に定住できるようになり、命そのものが保証されました。稲作に関する祭りが全国の神社において古来から続けられてきたのも、その理由からです。「鎮守の杜」がある神社の境内で、神々の恵みである獲れたての魚や新米を神々に捧げ、その年も豊かに生活できたことに感謝する祭りは、楽しく賑やかなものでした。

例大祭・音頭奉納

そして、その祭りは志賀理和氣神社固有の文化となりました。この地域の人たちにとって、「祭り」と「鎮守の杜」は、他の何にも代えがたい大切な伝統文化となっているのです。このように、紫波町の地域の方々が1200年以上守り続け、愛し続けた「鎮守の杜」を復興するために、お力添えいただければ嬉しく思います。

目的は太古から続く自然の森を作ること

西野林学博士による森づくりは、その土地に本来あるべき「自然な森」を復元することを目的としています。そのため、よく目にするスギやヒノキのような木材生産を目的とした人工林ではなく、その地域に適した樹種を選んで植えています。植物が地表面を覆っている状態を「植生」と呼び、森づくりを行う際に私たちの専門用語で「潜在自然植生」という概念を用います。

ふるさとの樹種を植える

これはある地域において人間の手が加わらない自然状態に戻った時に、将来想定される植生(今回は森林)を指しています。「潜在自然植生」を読み解くためには、現在の森を調査したり、過去の植生調査報告書や地形図などを参考にし、もしその土地が人間の活動を受けなければ、将来どんな森になるか想定します。

その土地に本来あるべき「自然な森」の例(北海道)

木材生産を目的としたスギやヒノキの「人工林」の例(日本全国的に見られる森)

日本は気候に恵まれており、放っておけば300年ほどで森ができると言われています。

しかし、現在では鹿が増えすぎているので、元の自然が壊れすぎてしまい、結果的に自然治癒能力が低いので、何年かかっても自然の森に戻らないことも考えられます。そこで植樹が必要になってきます。幸いなことに志賀理和氣神社の周辺には鹿が多くないので、植樹した後に強固な鹿柵を作る必要はないということです。

日本の裸地から森ができるまでの植生遷移(乾性)

フクロウは本当に戻ってくるのか

旧境内の鎮守の森の中には「フクロウ」がいました。この土地の本来の植生に戻すことで、本来の生態系が復活して、元々いた動物や微生物が戻ってくる可能性があります。なぜなら、植物は生態系において「生産者」としての役割を果たし、その存在が食物連鎖の基盤を形成するからです。特に、フクロウが再びこの地に営巣したら本当に素晴らしいことです。

「食物連鎖図」引用元(https://www.pref.osaka.lg.jp/midori/midori/seibututayousei.html)

神社周辺の植生は?

この地域は東北地方の内陸部に位置し、その気候や地形の特性から、コナラやケヤキなどの落葉広葉樹が主に自生しています。

エゾエノキ−ケヤキ群集/引用(日本植物群落図説 至文堂)


ハシドイ−ヤチダモ群集 引用(日本植物群落図説 至文堂)

西野博士は、過去の植生調査報告書や地形図などを参考にしながら、この地域に元々あった、または将来自然に成立するであろう「潜在自然植生」を推定して、この地域に最適な“森の設計図”を作成し、オーダーメイドで森づくりを進めます。

『自然を壊すのは簡単ですが、自然をもう一度復元するのはとても大変なことなのです。志賀理和氣神社の鎮守の杜の復興を通じて、たくさんの人にその事を知っていただきたいですし、そしてそれは自然だけに限ったことではなく、日本の文化・歴史・伝統も一度壊してしまえば戻すのは本当に難しい事にも気づいてほしいです。』と西野博士は植樹祭の参加者にも伝えていました。

つまり、今回のプロジェクトは、「フクロウのいた森」を復元するだけでなく、日本の文化、歴史、伝統を守り、次世代に継承していくこともふまえて大切な取り組みだといえます。

私たちの最終目標は自然と共生する日本を作ることです。ぜひ志賀理和氣神社の境内にも消滅したフクロウがいた森を復活させ、千年先の未来まで繋いで行きましょう。

プロジェクトメンバーの紹介

このプロジェクトは下記のメンバーで構成されています。すでにページ上でご紹介させていただいた方も含めてあらためてご紹介させていただきます。

志賀理和氣神社宮司 田村寛仁(たむらひろひと)
志賀理和氣神社の宮司。昭和63年9月2日生まれの37歳。岩手県立不来方高校を卒業し、神職を目指すため國學院大學神道文化学部に入学、平成23年より神奈川県藤沢市の江島神社に奉職し、平成28年神社境内の移転事業を進めるため帰郷。志賀理和氣神社禰宜を拝命。令和3年12月に宮司の職を先代より引き継ぎ、本殿遷座祭より宮司として奉仕。

鎮守の杜の守り人 髙橋知明(たかはしともあき)
瀬田玉川神社禰宜。昭和50年、岩手県陸前高田市生まれ。國學院大學卒業後、神社本庁に奉職。東日本大震災を契機に退職し、植樹活動を通して東北復興に尽力。津波で沿岸部にあった多くの松林が流出した一方で、神社を囲む「鎮守の杜」は流されずに多くの家屋や家財を守った事例から、沿岸部に「鎮守の杜をモデルとした森の防潮堤」を作る活動に邁進し、5年間で約40万本の苗木を多くのボランティアの皆さまと共に植樹した。現在、東京・世田谷区の瀬田玉川神社に禰宜として、神明奉仕する傍ら、一般社団法人「第二のふるさと創生協会」代表理事を務める。各地のお祭り支援と植樹活動を二本柱に、地域社会の持続へ向けた活動を展開している。

林学博士 西野文貴(にしの ふみたか)
昭和62年大分県別府市生まれ。東京農業大学森林総合科学科卒業後、同大学で林学博士取得。全国1000箇所以上の植生調査、鎮守の森のプロジェクト技術部会員、今までに経団連自然保護協会環境教育講師、明治神宮の森にて講演。ヨルダン、インド、中国で森づくりを展開中。日本緑化工学会受賞歴あり。父親は植物社会学に基づく苗木生産会社(株式会社グリーンエルム)の創設者。子供時代から自然に興味を持ち、世界中の森づくりに尽力。東京の瀬田玉川神社で年に一度、小学生向け植物授業を実施。

その他プロジェクト補佐
アドバイザー 宮澤伸幸(一般社団法人日本文化伝承協会専務理事)
メディア協力 神社マニア
メディア協力 ワクセル(主宰:嶋村吉洋)

応援メッセージ
金蛇水神社 宮司 高橋以都紀さん

宮城県岩沼市に鎮座する金蛇水神社宮司の高橋です。この度、志賀理和氣神社様が進められている「鎮守の杜」再建プロジェクトが、いよいよ集大成となる第3期を迎えられましたこと、心よりお慶び申し上げます。

私は昨年の第2期でこちらのプロジェクトに些少ながら支援をさせていただきました。同じ東北の地で神社を護持する者として、治水事業に伴う移転という大きな困難を乗り越え、地域の方々や全国のご支援者様と共に「千年先へ繋ぐ森」を創り上げようとする田村寛仁宮司の熱意に深く感銘を受けております。また、当地・岩沼市の被災地「千年希望の丘」へ、未来の津波から命を守る森の防潮堤をつくる「鎮守の森のプロジェクト」でお世話になりました髙橋知明さんをはじめ、関係者の皆様方の強い想いにも共感しています。

いよいよ今回が最後の400本の植樹とのことで、悠久の歴史を持つ志賀理和氣神社の新たな歴史の1ページ、そして地域に豊かな未来の土台をつくるこの素晴らしい挑戦が、多くの方々の温かいご支援の輪によって見事に完遂されますことを心より祈念しております。

未来の子供たちへ豊かな森と祈りの場を残すため、皆様の力強いご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。共に応援してまいりましょう。

金蛇水神社 宮司 高橋以都紀

中川愛子社中 代表岩手の永遠のアイドル中川愛子さん

ワダスは、82歳になります。志賀理和氣神社と“一本の木”に助けられて、今も民謡オバサンとして、元気に活動しています。数年前、事故に遭遇した時、一本の大木が川底への転落を防いでくれたことがありました。この奇跡により、神様のご加護と木の大切さを感じたのでした。

民謡は、“日本人の心のふるさと”と言われます。そして、神社の鎮守の杜も、心のふるさとと言われてきました。そういえば、だれの歌だったか、伊勢神宮におまいりしたとき、

なにごとのおわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる

そんな、歌を残したそうですが、志賀理和氣神社も、新たな鎮守の杜が造られ、その荘厳なふんいきの中で、民謡を楽しむことができればと、心から願っています。

皆さんの温かいご支援をお願いします。ワダスもがんばって応援します!

クラウドファンディングの応援方法について

この鎮守の杜再建に向けて必要な費用をクラウドファンディングで集めさせていただくことになりました。その費用は皆様からページ横(スマホではページ下)に掲載されている返礼品(リターン商品)をご購入いただくことで、システム手数料を差し引いた残りの金額をプロジェクトの活動費用として充当させていただきます。

今回のクラウドファンディングではたくさんの返礼品(リターン商品)を準備させていただきました。その中でもお勧めのものを厳選してご紹介させていただきますので、ぜひご覧になってください。返礼品の中には数に限りがあるものも多くございますので、在庫数なども確認しながら、ぜひご検討をお願いします。リターンが特に不要という方はお賽銭コースよりご選択ください。

クラウドファンディング実施期間と資金計画について

本プロジェクトは 3カ年(2024–2026)の連続植樹計画 の第3期にあたり

◉ 必要資金の第一弾は 2026年6月14日の植樹イベント時に即時使用
◉ 受付自体は 2026年7月31日まで継続 いたします。

これは、6月に確実に苗木を植えつつ、7月以降に必要となる 育樹・保守管理費等を同時に確保するためです。

6月中に集まったご支援は苗木購入・植栽・土壌改良へ優先的に充当し、7月末までに追加で集まったご支援は ①苗木のアフターケア/②草刈り・追肥/③来期苗木手配費 へ充当します。「千年を守る森」を絶やさぬよう、期間を跨いだご協力をどうぞお願いいたします。

資金の具体的な用途と内訳

第3期で皆さまからの温かいご支援は、下記のとおり 森づくりに直結する費用を最優先 に充当し、残額で広報・事務経費を賄います(CAMPFIRE手数料含む)。

【志賀理和氣神社「鎮守の杜」森づくり費用 】資金使途内訳

森づくり費:約. 150万円
人 件 費:約. 30万円
交 通 費:約. 10万円
広 報 費:約. 20万円
返礼品制作費:約. 10万円
返礼品送料・事務経費・余剰金:約. 13万円
CAMPFIRE手数料(17%+税):約. 17万円(第一次目標金額100万円に対して)

概算見積もり金額:合計. 250万円。

目標金額に満たない場合でも All-in 方式でプロジェクトは実行 し、差額は主催者負担で補填いたしますのでご安心ください。

<長期ビジョンと第3期以降の展望>

・2024年6月30日(第1期)/植樹イベント:第一区画の植樹完了(実施済み)
・2025年6月15日(第2期):再び400本を植樹し、計800本の植樹完了(実施済み)
・2026年6月14日(第3期):最終400本を植樹し、合計1200本の森 が完成
・完成後は地域小学校や町内会と連携し、自然観察・環境学習のフィールド として持続活用

千年先まで続く“鎮守の杜”を絶やさぬため、どうか 6月の即時支援 + 7月末までの継続支援 の二段階で、ともに森の未来を育ててください。

全3期を通じて完成した鎮守の杜を、今度は私たち自身が責任を持って『次の世代』へ受け継ぐ。そんな長いスパンでの挑戦に、引き続きご参加いただければ幸いです。

皆さまのご参加を心よりお待ちしております。


ご支援の方法とプロセス

各種リターンをご購入いただく資金が本プロジェクトのための支援金となります。本プロジェクトに共感いただけましたら、ぜひ6月に開催される植樹イベントなどで現地にお越しください。遠方にお住まいでなかなか現地に来れない方も、リターンの購入で応援いただければ本当に嬉しく思います。

ただ、今回のクラウドファンディングで目標金額に満たない場合でも残りの金額は私たちが全額負担してプロジェクト資金を準備しますのでその点はご安心ください。新境内に新しく千年続く「鎮守の杜」を再建するために、ご支援を何卒宜しくお願い致します。

最後に〜田村宮司から皆様へ〜

志賀理和氣神社の植樹にご興味を持って下さりありがとうございます。当神社は令和6年に御鎮座1220年を迎えた県内随一の古社であります。

移転前の境内を思い返しますと、社殿や生活をしていた社務所もさることながら、一番に浮かんでくるのは森と豊かな自然の情景です。北上川の川辺に在り、木漏れ日の降りそそぐ苔むした境内に、トンボが飛び交い、蝉しぐれがひびき渡る情緒は当たり前にあるものだと思っていました。

フクロウや鷹、狐やタヌキ、青々とした森の木々だけでなく多くの命の循環があり、四季の営みと神様のお祭りが渾然一体となって存在していました。

しかし、昨今の異常気象により北上川は時に猛威を振るい、幾度となく川があふれ、地域住民の生活を脅かす状況となり、人命まで失われる事態となってしまいました。神社として、旧境内を離れることは非常に辛いことではありましたが、氏子地域を始め人々の平安を第一にするべきとの判断に至りました。境内の移転により、社殿や社務所が建て替えられ、神社として必要な建物はある程度賄う事が出来ましたが、未だ森づくりまで手が及ばず、非常に寂しく、また、受け継がれてきた歴史も感じることが難しい状況にあります。

そのことを憂いている中、このような機会に恵まれ、まずは、皆様に当神社の事を知っていただけたことに心より感謝を申し上げます。

参道には樹齢700年、町指定の天然記念物「南面の桜」という恋の伝説の残る桜がございますが、これから我々が植える木々も、私たちの死後もこの地に在り続け、多くの命を育みます。そして、その歴史の中には思いもしないような物語も生まれるかもしれません。

この地で、これからの千年を守る森を皆様と共に育てていきたいと存じます。

是非とも皆様にご理解いただき、四季のある、緑と生命に満ちた森づくりにご協力をお願いしたく存じます。


〜プロジェクト実行者からから皆様へ〜

この度は、志賀理和氣神社の鎮守の杜づくりクラウドファンディングにご興味を持っていただき、厚く御礼申し上げます。

全国には神社が約78,000社ありますが、実は志賀理和氣神社だけでなく、多くの神社が、護持継承していくために経済的困難を抱えています。その最も大きい要因は、地域の著しい人口減少です。今までは、各々の地域で支えながら、守り伝えてきた神社と鎮守の杜ですが、人という基盤を失うことでそれが叶わなくなる危機に瀕しています。その影響から、あと10数年で、約78,000社の神社のうち、約4割が消滅してしまうと専門家は言います。

各々の地域の貴重な伝統文化や伝統芸能などの歴史を紡ぎ、祭りが行われてきた神社という”心の拠り所”が、これからたくさん失われます。全ての神社を守ることは出来ないかもしれませんが、1社でも多くの神社を、貴重な地域の財産を守るためには、地域外からの人々の支援と交流が必要です。

第二のふるさと創生協会は、そのために立ち上がりました。「祭りと植樹のお手伝い」から、地域外の人々にとっては”もう一つの心の故郷”が生まれること、地域の人々にとっては新たな仲間が増えることを推進しています。どうか皆さまには、志賀理和氣神社の鎮守の杜づくりへのご支援とともに、ぜひ植樹祭へご参加いただき、志賀理和氣神社を特別に好きになって、紫波町の魅力にもたくさん触れていただきたいと思っています。

皆さまの心が、その地域の“心の拠り所”を守ります。その心とは「和の心」。

ぜひ本クラウドファンディングをきっかけに「和の心」を持った仲間が集い、志賀理和氣神社をはじめ、私たちのアイデンティティである多くの神社が守られ、未来の世代へ伝えられることを願っています。皆さまの温かいご支援ご協力を、重ねてお願い申し上げます。

一般社団法人第二のふるさと創生協会代表理事 髙橋知明

<ご留意事項>

⚪︎ご支援いただいた方の名簿を本殿にお納め致します。

⚪︎「鎮守の杜」建設の進捗につきましては、新着情報などで随時ご報告させていただきます。

⚪︎返礼品の各種企画について、社会情勢の変化等により、中止・延期・内容の変更等が生じる可能性がございます。万が一中止・延期・内容変更となった場合も、いただいたご支援金は返金いたしかねますので予めご了承ください。

⚪︎本プロジェクトのリターンのうち、【お名前掲載】に関するギフトの条件詳細については、こちらのページの「命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン」をご確認ください。

⚪︎目標金額達成後の返金・キャンセル等は一切できませんので、ご承知の上ご支援ください。

⚪︎支援完了時に「応援コメント」としていただいたメッセージは、本プロジェクトの新着情報やSNS等発信などに利用させていただく場合があります。

ーーーー

一般社団法人第二のふるさと創生協会は非営利法人ですが、このクラウドファンディングを支援することで、個人の支援者が寄付金控除を受けることはありません。

ーーーー

運勢/効能は確約するものではありません。

ーーーー

<よくある質問と回答>

Q:クラウドファンディングの支払いはどのような方法がありますか?A:クレジットカード払い(VISA,JCB,MASTER,AMEX,Dinners)、コンビニ支払い、銀行振込(Payeasy)、携帯キャリア決済(docomo、au、ソフトバンク)、楽天Payが御座います。デビットカードはサポート外となります。

Q:クレジットカードは分割での支払いは可能ですか?A:CAMPFIREのシステム上、分割払いはできませんので分割をご希望の場合は支援後にカード会社様へお問い合わせをお願いいたします。

Q:コースを間違って買ってしまいました、気が変わってしまいました、キャンセル出来ますか?A:サイトの仕様上、支援後のキャンセルやプランの変更はできません、よくご検討の上でのご購入をお勧め致します。また支援金に金額を上乗せをすることによるアップデートも不可となっております。(例:3,000円コースに7,000円を上乗せ支援しても受け取れるのは3,000円コースのリターンです。)

Q:どうやったら支援出来るんですか?A:ご希望されるリターンをお選び頂き、決済をお願いします。詳しい手順に関してはこちらのCAMPFIRE様のヘルプページをご確認ください。CAMPFIREのシステム的な仕様などに関わる部分はこちらではお受けしておりませんので、CAMPFIRE様へお問い合わせをお願いいたします。

Q:複数のリターンに申し込みたい、もしくは同じリターンを複数買いたいのですが可能でしょうか?A:両方とも可能です。クレジットカード支援の場合は複数のリターンのご購入や数量を指定しての購入が可能です。ご支援時に数量と各種リターンを選択する事が出来ます。ただし限定数のあるリターンに関してのみ、その都度個別でお申し込みとなります。また申し込み後のコース変更やキャンセルはお受け出来兼ねますのでご注意ください。申し込み時にCAMPFIREシステム利用手数料がかかりますのでご了承ください。

Q:目標金額に達成したら受付は終了するのでしょうか?A:目標達成後も受付終了日まではご支援頂けます。

Q:目標金額に達しなかった場合はどうなるんでしょうか?A:All-in方式を採用しておりますので目標金額に満たない場合も、本プロジェクトを実行しリターンをお届けいたします。

Q:支払い期限はありますか?A:決済方法によって異なります。コンビニ、銀行振込の場合は基本的に支援日より4日以内の支払い日です。詳細な期限に関しては支援後CAMPFIREより送付されるメールに記載されておりますのでご確認下さい。支払い期限を超過した場合自動的にキャンセルとなります、キャンセルになった在庫は決済が出来ませんので、購入される場合は再支援をお願い致します。クレジットカード、各種携帯キャリア払い、PayPalに関しては支援者様のご契約内容により締め日が異なりますのでご自身でご確認頂きます様お願い致します。

Q:このプロジェクトに関する問い合わせ先を教えてください。A:『メッセージで意見や質問を送る』からお問い合わせいただきますようお願いいたします。(CAMPFIREのアカウントが必要です)SNSに対してのリプライ等ではお答えできない可能性がございます。

Q:支援後の連絡等はどこで行われますか?A:CAMPFIREのメッセージ、もしくはメールにてのやりとりとなります。プロジェクト期間内も新情報などアップデートする場合もありますので、ドメイン『@camp-fire.jp』を必ず受信可能な状態にしておいてください。

その他、クラウドファンディングに関わるご質問につきましては、CAMPFIREヘルプページをご覧ください。

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • リターン仕入れ費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

ヘルプページを見る

このプロジェクトの問題報告はこちらよりお問い合わせください

最新の活動報告

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  • みんなで一緒に 森づくり!!の掛け声で始まった植樹作業は100名以上の参加者により、400本の苗木が植樹されました。小さいお子さんもいれば老齢の方もいる多種多様な人々が、一緒に多様性の森づくりに励む姿は、植樹祭ならではの素晴らしい光景でした。気温は30度になると予報が出る中、皆が協力し合って予想より早く作業を終える事が出来ました。志賀理和氣神社の境内と共に、参加した人々、そして、ご支援下さった皆様の心にも苗木が植えられ成長していくことを心より願います。本日この植樹祭を迎える事が出来ましたことに改めて御礼申し上げ、ご報告といたします。なお、返礼品は期日までに発送できる予定でおりますので、今しばらくお待ちくださいませ。是非当神社にお参りの際はお声かけ下さい!今後ともどうぞよろしくお願い致します。志賀理和氣神社宮司 田村寛仁 もっと見る
  • 志賀理和氣神社鎮守の杜再生にご支援を賜り厚く御礼申し上げます。昨日より植樹祭に向けての準備が進められています。いよいよ明日、皆様のご支援が小さな森という形になります。楽しみにしてくださっている方も多くいらっしゃいます。皆様のおかげで植樹祭を迎えることができますことに改めて御礼申し上げ、ご報告とさせていただきます。志賀理和氣神社宮司 田村寛仁 もっと見る
  • 大変お世話になっております。今回の志賀理和氣神社 千年先へ繋ぐ 鎮守の杜再建プロジェクト【第3期】は昨日までに197名の方から1,792,305円のご支援を頂き、めでたく達成をさせていただきました!皆様お一人お一人の真心が集まり、達成することが出来ました。心より厚く御礼申し上げます。今後は6月14日の植樹祭に向けて、準備を進めて参ります。また、植樹祭の後に皆様に返礼品をお送りさせていただきますので、今しばらくお待ちください。皆様のご支援は千年先に志賀理和氣神社の鎮守の杜として、岩手県紫波町に残り続けていきます。そして、この森から次の森づくりへの種がとられていくことも期待しています。皆様には、森づくりにご興味を持ち続けていただきたいですし、神社やお祭りも実は敷居の高くないものが多いので、ぜひご参加いただければと思います。森を始めとした自然の守り人として、自然と共にに営まれる伝統文化の担い手として、今後ともご活躍いただきたく存じます。どうか引き続きよろしくお願い申し上げます。本当にありがとうございました。志賀理和氣神社宮司 田村寛仁 もっと見る

コメント

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  1. 2026/05/24 11:39

    まだ終了までは少しありますが 目標金額達成 おめでとうございます! 植樹のお手伝いは叶いませんが 将来ぜひ再生された鎮守の杜を見に伺いますね


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