能登の未来を育てる果樹園プロジェクト
能登半島地震から3年目。被災地では少しずつ片付けが進み、壊れた家は姿を消していきました。しかし、人々の心にはまだ痛みが残り、将来への不安もあります。
この能登半島に、新しい希望を。
被災地で果樹園の再生と地域の復興を目指すプロジェクトを始めました。
私たちが歩んできた道~ボランティアを続けた3年間
地震で倒れた岩を撤去する様子
私たちは、地震発災直後から3年間、能登半島でボランティア活動を続けてきました。
最初は瓦礫の撤去や家財の搬出。そして現在は、仮設住宅での交流活動や見守り活動を行っています。
少しずつ笑顔が増え、人と人とのつながりも深まっていく中で、ふと耳にする言葉がありました。
「自分のこれからの人生に希望が持てない」
「この町の将来が見えない」
今の能登には、新しい希望となるような、地震が起こる前よりもっと良くなることを目指して、生きる力をくれるものが必要です。
仮設住宅でのあおぞらカフェの様子
荒れ果てた果樹園との出会い
そんな中で出会ったのが、石川県志賀町にあるこの果樹園でした。
かつては多くの人に愛され、たくさんの実りを生み出してきた場所です。
しかし、長い間十分な管理ができず、私たちが訪れた時には荒れ果てた状態になっていました。
病気になった木。剪定されず伸び放題になった枝。そして、壊れたまま放置された建物。
再生の希望
放置されていたために、木は病気になっていたり、雑草だらけで、このまま死にゆくように見える場所でした。
ですが、それでも木は生きていて、収穫されなくても実をつけている様子に希望を感じました。
「植えられた場所を自分で変えることは出来ないけれど、困難な中でも生きる」
そんな力を感じました。

農業未経験の中からの出会い~再生の歩み
私たちには農業の経験がありません。
まさに0からのスタートでした。
それでも、ボランティア活動を通して生まれたつながりから、果樹の専門家や多くの方々が力を貸してくださいました。
その支えを受けながら、冬の剪定から一つひとつ学び、果樹園の再生に取り組んできました。
果樹園の現状〜収穫見込みは1割以下
そして迎えた春。果樹園には美しい花が咲きました。
もちろん、課題はまだたくさんあります。
長い間放置された木は、消毒をしていないために病気になってしまっているものも多く、今年花を咲かせたのは全体の3分の1ほど。咲いていても花の数が少ないものも...
今年の収穫量は、本来の1割にも満たない見込みです。
壊れた建物や水道設備の修繕も必要です。

将来への希望~果樹園の魅力
それでも、木々は今も力強く生きています。
りんご308本。ぶどう43本。柿100本以上。一本一本の木に、未来への可能性が残されています。
そして、この果樹園の魅力は果樹だけではありません。
東京ドーム約2個分の広大な敷地。周囲には森が広がり、大きな池や散歩道もあります。
四季折々の自然を感じることのできる、とても豊かな場所です。

私たちが目指すもの〜もう一度、生きる場所に
私たちはこの場所を、単に元に戻すだけではなく、人が集い、笑顔が生まれ、新しい希望が育つ場所として再生したいと考えています。
子どもたちが遊びに来る場所。
地域の方々が集まる場所。
ボランティアや観光で訪れた人たちが能登とつながる場所。
そんな果樹園を目指しています。

地震からの復興と心の回復を
この果樹園は、単なる農地ではなく、多くの人の生きる場所となっていくことを目指します。
生きる中で経験する様々な困難を前に、私たちは希望を失ってしまう瞬間があります。
「どうしてこんなことが自分に起こるのだろう」と思いたくなる時があります。
能登の地震もそのような経験だったと思います。
私たちの果樹園の中には、震度7を計測した震度計がありますが、地震の爪痕は今も能登の各地に残っています。
この被災地に、失ったものを越えた先に、新しい実りを共に期待していきたいと思います。

最後に
これまでのボランティア活動も、私たちだけの力で続けてくることはできませんでした。
多くの方々が能登のために祈り、支え、共に歩んでくださったからこそ、ここまで来ることができました。
私たちは一人では弱い存在です。けれど、心を合わせる時、大きな力になります。
この果樹園を、地域の皆さんと、日本中の皆さんと、そして世界中の応援してくださる皆さんと共に育てていきたいと思っています。
どうか、この挑戦に力を貸してください。
お祈りとご支援を、よろしくお願いいたします






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