「どうせ無理」が、「やってみよう」に変わるまで。
「どうせ言ったって…」
そう思ったこと、たくさんありますよね。
家族の中で。
学校の中で。
職場の中で。
自分自身の内側で。
本当は怖い。
本当はどうしたらいいかわからない。
でも、それを言葉にできない。
言っても、
何かが変わるわけじゃない
理解してもらえる気がしない
親に心配かけたくない
怒られたくない
迷惑をかけてはいけない
そうやって、ちょっとずつ自分と他者の間に隙間ができて、
誰かに自分の気持ちを伝えることが億劫になり、
自分の気持ちを感じることもめんどくさくなる。
気づくと、ひとりぼっちだなって感じて、時々苦しくなる。
私たちにもよく、これ、起きてます。言ったって、しょうがない。
どうせ理解してもらえない。だから黙ってここは、自分がひとりで耐えるしかない。
本当は胃がひっくりかえるくらい不安に思ってることがあるのだけど、
誰かにこれを言ってがっかりされたらどうしよう。
言えないな。
だんだん、自分の中のエネルギーが落ちていって、自分でもどうしたらいいかわからなくなる。
「人身取引」は、”ある日突然起きる”事件ではない
私たちはこれまで14年間、インド・西ベンガル州スンダルバン地域で、人々が人身取引の被害にあわないようにする仕組みづくりを行ってきました。
スンダルバン地域は、インドとバングラディッシュの国境にあり、美しいマングローブ林と様々な動植物で構成される豊かな自然が広がっています。その一方で、洪水やサイクロンによる被害が頻発し、貧困、失業、出稼ぎ労働が多く、長年、人身取引の被害も繰り返されてきました。
当初、私たちは人身取引の問題を解決するためには、加害者が有罪になり、これはやってはいけない犯罪なんだと社会が認知することが大事だと信じて活動をしていました。
しかし、現場で実際に人身取引の被害にあった人たちの声に耳を傾けるうちに、
「人身取引」は、”ある日突然起きる”事件ではない
ということに気づきました。
人身取引のリスクが高い若者たちの周りには、
貧困だけでは説明できない、
もっと見えにくい問題がありました。
それは、人と人との関係性の断絶です。
頼れる人がいない。
助けを求められない。
自分の気持ちを話せない。
話しても受け止めてもらえると思えない。
この地域で行ったある調査では、多くの若者が、怖かったことや失敗したこと、将来への不安や人間関係の悩みを家族に話せていないことがわかりました。
理由を聞くと、「心配をかけたくないから」「怒られると思うから」「理解してもらえないから」という答えが返ってきました。
一方で親たちもまた、「思春期の子どもとどう関わればいいかわからない」「どうせ子どもは私の言うことは聞いてくれない」「毎日疲れ切って帰ってきて、子どもの話をゆっくり聞いてあげる余裕がない」と悩んでいました。
親は親で、今日を生きることに精一杯だったのです。
この発見が、私たちの「人身取引予防」活動を根本から変えました。

私たちがこの2年半伴走支援してきた人身取引予防事業、TRC(Tafteesh Resilient Communities)では、家族と若者の関係性を紡ぎなおすことに真正面から取り組んでいます。それはとてもシンプルです。
親と子どもが一緒に話す。
お互いの話を聞く。
自分の気持ちを言葉にしてみる。
相手を決めつける前に、
まず相手を理解しようとしてみる。
感謝を伝える。
一見すると、人身取引予防とは関係がないように見えるかもしれません。
しかし私たちは、親子関係の質が、若者の人生を大きく左右することを学んできました。
信頼できる大人がいること。
自分が愛されていると感じられること。
自分は誰かに必要とされていると感じられること。
困った時に相談できること。
自分の気持ちを話せること。
自分は誰かにとって大切な存在なんだと実感できること。
それらは、若者が危険な状況に巻き込まれそうになった時の、大切な「予防線」になります。

これまでに起きた変化
この2年半で、TRCは約100世帯の家族と共にこの取り組みを続けてきました。
活動を担っているのは、外部の専門家ではありません。
かつて自身が人身取引の被害を経験したサバイバーたち自身です。
彼女たちは、自らの経験をもとに地域のファシリテーターとなり、
思春期世代の若者と家族との対話に向き合ってきました。
最初は難航したプロセスでしたが、2年半継続する中で、親子の会話が増えました。
お母さんやお父さんも子どもたちから「今日、○○をしてくれたこと、すごく嬉しかった、ありがとう」と言葉をかけられると、あるお母さんは恥ずかしくて顔を手で覆ってしまうほどでした。
そんなこと、今まで誰にも言われたことがなかった、嬉しくて恥ずかしくて、どうしたらいいかわからない、と顔をくしゃくしゃにしてお母さんは伝えてくれました。
また、この親子の対話の中で浮き彫りになったのが、お父さんの存在でした。
多くのお父さんたちが、日雇い労働で、太陽が昇る前に家を出て太陽が沈んでから家に帰ってきて、そして仕事の中で嫌な思いもたくさんしながらやっとの思いで家にたどり着く。
子どもや奥さんと会話をする気力も起きない。
でも、奥さんや子どもにとにかく食べさせるために懸命に働いている。
子どもからすると、そんなお父さんの大変さわかってるけど、時に言葉や身体の暴力を振るわれて、自分がお父さんに大事にされている実感もわかない。
「気持ちなんて伝えたって伝わるわけない」という距離が生まれていきます。
しかし活動を通して、お父さんが子どもの気持ちに耳を傾け、「お父さん、ありがとう」と子どもから声がかけられた。
そこからお父さんと子どもたちの関係性が紡がれなおされていく中で、夫婦の関係にも少しずつ変化が広がっていきました。
そんな変化が家族の中で生まれると、思春期世代の若者たちが親に自分の気持ち、どうしたらいいかなということを伝えられるようになりました。人身取引の被害にあう若者はオンラインでの誘いに乗ることが多いのですが、その手前で親に相談するということが起き始めたのです。
そして何より印象的なのは、参加していない家族からも、「うちもやってみたい」という声が増えていることです。関係性の変化は、少しずつ周囲へ広がり始めています。

けれど私たちが本当に大切にしているのは、変化の実績の積み上げだけではありません。以前は声を上げられなかった人が、誰かの隣に立てるようになること。支えられていた人が、今度は誰かを支える側になっていくこと。その循環こそが、この実践の中心にあります。
このクラウドファンディングで実現したいこと
今年、TRCを支えてきた助成金が終了を迎えます。
これまで支えてくれた財団の人たちは、この事業の可能性を「見て」くれました。でも、世界の国際支援のお金の流れがこの2年急激に変わりました。戦争や紛争が増え、対岸の問題よりも足元の問題が大きく取りざたされるようになりました。その大きな流れの中で、どちらのお金の出し手も、インドから撤退することになり、この事業の継続性が危ぶまれているという現状があります。
私たちは、この「家族と若者の関係性を紡ぎなおすこと」で芽生えた芽を大事に育てたい、それがきっと西ベンガル州スンダルバン地域だけでなく、色々な社会にとって大切な学びになると信じています。そのため、今回クラウドファンディングに挑戦することにしました。
今回のクラウドファンディングでは、この取り組みを継続・発展させ、さらに多くの家族へ届けるための資金を集めます。
具体的には、この取り組みを新たな家族にも広めていく、性別の在り方を理由に孤立しやすい若者と家族の中にもっと取り込んでいく、お父さんがもっと参加しやすいプログラムを作っていく、この取り組みに参加するサバイバーリーダーたち、ソーシャルワーカーにフェローシップを提供し、伴走・育成支援を行っていく、事業全体の管理、などに活用します。

なぜ、今この活動なのか
私たちは、これまで14年にわたって、インドで人身取引問題に向き合ってきました。
最初の頃の活動は、被害者の救出、シェルター運営、司法アクセス支援など、「起きてしまった被害」に対応するものでした。
人身取引の現場で傷ついた人たちと出会い、加害者の逮捕や被害者補償を求め、政府に働きかける。その歩みの中で、多くの命が守られ、変化も生まれてきました。
実際に、弁護士たちとサバイバーたちが協働で141件の被害者補償申請を行った結果、被害者補償額は平均3万ルピー(5万円)から10〜80万ルピー(17万円~135万円、2026年6月の換算レート)へと大幅に改善されました。
また、サバイバー自身がリーダーとして育ち始め、これまでに812人がリーダーシップ育成に参加し、147人が地域を支えるリーダーへと変化していきました。
ひとりでは、加害者の有罪判決を求める裁判や被害者補償申請をするのは、「どうせやったって無駄だし」と思っていた中で、自分と同じようなサバイバーが実際に被害者補償を手にし、それを子どもの教育資金として貯蓄したり、新しい服なんて手にしたことがなかったお父さんに新しい服を買ってあげたんだと嬉しそうに報告するのを見て、「やってみようかな」に変わっていくところを見てきました。
けれどそれは同時に、新たな問いが生まれるきっかけとなりました。
でも、なぜ、人身取引はなくならないのだろう。

そんな中、現地のサバイバーたちから投げかけられた言葉があります。

“We want justice, not sympathy.”
(私たちが求めているのは、同情ではなく、正義。)
その言葉は、「支援する側」と「支援される側」という関係性そのものを問い直すものでした。
被害を受けた人たちは、単に“守られる存在”ではなかった。
むしろ、自ら声を上げ、地域を変え、他者を支える力を持っていた。
その変化に立ち会う中で、私たちの考え方も変わっていきました。
「被害者」「支援者」「社会」は、分断された別々の存在ではなく、ひとつのつながったシステムなのではないか。
孤立や沈黙は、インドだけの問題ではない。
人は誰もが傷つきうる存在であり、同時に、誰かの力にもなりうる存在なのではないか。
その問いの先に生まれたのが、Toriiです。
TRCもまた、「起きた被害への対応」だけではなく、孤立や断絶そのものを減らしていくための実践として生まれました。
私たちは、「問題を解決する組織」である前に、人と人との間にある分断を、もう一度紡ぎなおそうとしています。
最後に
誰かが「助けて」と言えること。
その声を受け止められる人がいること。
そして、誰もが、誰かに大事にされているという実感を持って生活ができること。
そんな関係性を、地域の中に増やしていきたい。
人身取引を防ぐこと。
若者の未来を守ること。
それは特別な誰かが行うことではなく、
人と人とのつながりを少しずつ取り戻していくことから始まる。
その実践を未来につなぎたい。
このクラウドファンディングは、「可哀そうな人を救ってあげる」ためのものではありません。
人が、関係性の中で変わっていくこと。
孤立の連鎖を断ち切れること。
支え合いが、次の支え合いを生んでいくこと。
「どうせ…」と諦めてきた人たちが、自ら「やってみたい」と声を上げられる。
その可能性を、私たちは現地で何度も見てきました。
「どうせ言っても変わらない」から「やってみよう」へ。
これは、私たち自身の物語でもあります。「どうせ。。」とクサクサ思っているところに、手を差し伸べて聞いてくださる人たちがいました。そのおかげで、私たちは、できるかわからないけど、伝わるかわからないけど、「やってみよう」と思えるようになり、今、ここにいます。きっと、これを読んでくださっている方たちの中にもそんな体験をお持ちの方たちがたくさんいると思うんです。
だから、この変化が続いていく物語の続きを、一緒につくっていただけませんか。





