
初めましての方も、いつも応援してくださっているかたも、よろしくお願いします。
勢いで立ち上げたプロジェクトですが、すでに多くのご支援を賜り本当にありがとうございます。
今日は活動報告の第一回目となりますので、僭越ながらアカンターレの出会いからこれまでの活動、そして現在までをお伝えできればと思いました。
ぜひ、お時間ございましたらお読みいただければ幸いです。
アカンターレ ― 二人の、遅れてきた青春。
Darchangは、10代の頃から人気インディーズロックバンドのベーシストとしてステージに立ち、観客の熱狂を肌で感じてきた男だった。
一方のONICHIEは、誰にも言えない夢を抱えて部屋の片隅でコツコツと曲を作り続けていた。内気で、人前に出るのが苦手なまま、「いつかロックスターになりたい」という幼い夢だけを胸に秘めて。
二人が出会ったのは20代の頃、共通の友人を介してだった。
最初はただの挨拶だったかもしれない。でも、音を交わした瞬間、何かが変わった。
ONICHIEがこれまで一人で紡いできたメロディに、Darchangのベースが息を吹き込む。
今まで感じたことのない音楽の可能性が、二人の間に広がっていった。
「一緒にやろうぜ」
そうして生まれたインストゥルメンタルバンドは、夢を追いかけて全員で上京した。
しかし、現実は優しくなかった。人間関係の軋み、価値観の違い、未来への不安。
結局、二人はバンドを脱退し、大阪へ帰ることになった。
心はぼろぼろで、音楽から距離を置かざるを得なくなった。数年間、ギターもベースも触れない日々が続いた。
――でも、音楽は二人を完全に手放さなかった。
ONICHIEが外国人ミュージシャンと出会い、ミュージックバーでの週一ライブに誘われた時、彼はDarchangに声をかけた。
「久しぶりに、ちょっとだけやってみいへん?」
最初はただのバックミュージシャンとしてステージに上がった。
しかし、空いた時間に二人だけで始めたアドリブのセッションが、なぜかお客さんを釘付けにした。
笑顔が溢れ、足が自然に動き、心が震える。
あの頃の輝きが、まだ二人の体内に残っていた。
「二人だけでデュオ、やってみたらおもろいんちゃうか?」
自虐と笑いを込めて名付けたのが「アカンターレ」。
大阪弁で「あかんたれ」――ダメ人間、ろくでなし。
「俺らみたいなやつが音楽やってええんか?」という自嘲と、それでも音楽を愛してやまない二人の覚悟が詰まった名前だった。
ライブハウス、クラブ、バー、レストラン。
小さなステージで、大きな音を響かせた。
でも私生活が忙しくなり、いつしか活動は自然と止まっていた。
ONICHIEは写真を学ぶために単身ニューヨークへ渡り、ストリートでギターを弾いた。
Darchangもまた、自分の道を歩いていた。
二人はたまに連絡を取り合う程度になっていた。それでも、どこかで「お互いまだ音楽好きやな」という温かい確信だけは残っていた。
転機は、数年前に訪れた。
ONICHIEが伝説のロックミュージシャン・明石昌夫氏と出会ったのだ。
Darchangを誘い、二人で明石氏の大阪ライブを観に行った。
その音は胸に突き刺さり、若い頃の情熱を思い出させた。
帰り道、二人は言葉少なに、でも心の中で同じことを思っていた。
――俺たちも、そろそろやな。
しかし、その想いを口に出せないまま、明石昌夫氏が急逝した。
大きな喪失と、やりきれない悔しさ。
耐えがたい失望の中で、どちらからともなく言葉が出た。
「このまま何もせずに終わるんか?」
「バトンは、託されたんやろ。」
こうして、アカンターレは再び動き始めた。
オンラインライブは予想以上に多くの人の心に届いた。
リアルライブでは、終わった後に涙を拭うお客さんの姿もあった。
二人が奏でる音は、決して派手ではなく、ただ「生きてる実感」を静かに思い出させてくれる。
「いつもの食事が少し贅沢になる音楽」
「夜の余白に、アカンターレを」
「ホームパーティーの最終兵器」
2026年、二人はそう胸を張って言い始めた。
派手な成功を追いかけるのではない。
ただ、日常の少し上を、温かく照らしたい。
あの頃の夢を、もう一度、ちゃんと生きてみたい。
DarchangとONICHIE。
二人は今、遅れてきた青春を、ようやく本気で走り出そうとしている。
あかんたれやった二人が、それでも音楽を諦めきれなかった理由。
それはきっと、誰かの心を少しでも豊かにしたいという、静かで熱い願いだからだ。
――これが、アカンターレの物語。
まだ、始まったばかりだ。



