はじめまして。渡邊翔(わたなべ しょう)と申します。
私は現在、オーストラリア・ブリスベンを拠点に、有機栽培の日本茶専門ブランド「NAGOMI」を運営しています。
2000年静岡県静岡市に生まれ、青葉小学校・葵小学校、城内中学校、静岡高校と地元の学校を卒業したのち、仙台の東北大学に入学しました。
東北大学・同大学院(農学研究科)では認知症と体内の成分の関係性を研究し、2022年にはアメリカ・UC Davis(カリフォルニア大学デービス校)に客員研究員として留学しました。
留学から帰国後は大手企業の経営戦略企画・財務経理で1年間勤めましたが、
日本茶の魅力を海外に広めたいという気持ちをどうしても抑えられず、退職して茶業の道へ進む決意をしました。
今はブリスベン市内の駅構内キオスクにて現地のお客様にテストマーケティングとして
日本茶をお届けしながら、抹茶を中心とする日本茶専門店の開業準備を進めています。
「日本のお茶を、世界の日常に。」
それが私の夢です。

お茶は、幼い頃から無意識にも私の隣にありました。
私の曽祖父は、約100年前に静岡で茶商として創業しました。
その流れを受けて家系には茶農家や茶商が広がり、今でも茶業に関わる親戚が多くいます(曽祖父の会社は9年ほど前に事業継承がうまくいかず事業売却を余儀なくされました)。
偶然ですが、母方の祖父もお茶屋を経営しており、小さい頃から親戚の茶工場や茶畑に行ったり、
祖父のお茶屋さんに行ったりと、お茶は私にとって生まれた頃から当たり前にそこにあるものでした。
茶商として創業した曽祖父がローマ法王にお茶を献上した際の写真(左上)、親戚の茶畑にて茶摘みの写真(右上、左下の写真:筆者は左端)、創業100年を超える母方の祖父のお茶小売店にて(右下の写真:筆者は左端)
当時の私にとってお茶は、幼い頃からそばにある馴染み深いものではありましたが、
自分が将来関わりたいとか、もっと知りたいと思うほどの強い想いがあったわけではありませんでした。
その意識が変わったのは、大学・大学院時代のことです。
研究室の友人が大手茶飲料メーカーと緑茶のカテキンに関する共同研究を行っており、
カテキンが持つ抗酸化・抗炎症・認知機能の保護など、圧倒的な健康効果を知りました。
また、私も認知症関連の研究をしていたため、自分の研究範囲では無いものの、カテキンが認知機能に効果があると知ってから、様々な論文を読み漁りました。
「お茶は、これからの時代に絶対に必要なものだ」
と確信したのはこの頃です。
研究時代:認知症と関連成分の研究をしていましたが、カテキンが認知症に対しても良い効果があるとする論文も複数読み、「お茶は、これからの時代に絶対に必要なものだ」と確信しました。
そして留学先のアメリカで、さらに衝撃的な光景を目にします。
健康志向の高いアメリカ人が、日常的に抹茶を飲んでいたのです。
茶道やお菓子の中にしか抹茶がないと思っていた私には、それが革命的に見えました。
その後、数年が経ち、海外で抹茶の大ブームが巻き起こっている今、
あの光景は時代の先触れだったんだなと実感しています。
ただ、当時、私が心の中で強く意識していたのは、抹茶よりもむしろ煎茶でした。
幼い頃からずっと身近にあったのは、茶道の世界の抹茶ではなく、日常の食卓にあった煎茶だったからです。
それだけに、海外での抹茶ブームを知ったときは、胸が躍るような可能性を感じました。
「抹茶がこれだけ世界に広まるなら、魅力あふれる煎茶が世界に届かないわけがない。
このチャンスに、抹茶以外の日本茶も自分たちの手で海外へ広げていきたい」 と。
その期待に胸を躍らせて、起業準備を始めました。
当時は、経営戦略企画・財務経理の仕事に関わらせて頂いていたので、
会社にいるうちに自分の得られるものは得ようと必死に勉強しながら仕事に向き合いました。
そして、出社前と帰宅後には、お茶業界の勉強も積み重ね、約一年前、満を持して退職。
ついに茶業の世界へ飛び込みました。
有機茶農家さんとの出会いが、私の使命を決めた。
起業準備の中で、茶業界のあらゆる方々にお話を聞き、農家を訪問する日々が続きました。
その中で出会ったのが、有機栽培茶の世界です。
多くの茶業界の方が、こう言います。
「有機のお茶は美味しくない」と。
半信半疑で市場に出回るあらゆる有機茶を自ら購入して飲んでみましたが、
正直に言えば「確かに、そこまで美味しくないな…」というのが最初の感想でした。
ところが、地元・静岡で信念を持って有機栽培に取り組む農家の方々と出会い、考えが一変しました。
彼らはあらゆる工夫を凝らし、本当に美味しいお茶を作っていたのです。
そしてその裏には、慣行農法の数倍にも及ぶ、気が遠くなるほどの労力がありました。
退職後、鹿児島の親戚の有機茶農園で茶摘みを手伝ったときのことは今でも忘れられません。
除草剤を使用しない茶畑では、雑草が生い茂り、ほぼ1日雑草とりをしていたと言っても過言ではない日が続きました。
そして、私たちが茶畑の一列分の雑草をひたすら取り除いている間に、隣の慣行栽培の大手企業の従業員さんが機械で一面の茶を摘み取り、さっと帰っていく光景を親戚はよく嘆いていました。
有機栽培の大変さを、身をもって知った体験となりました。
鹿児島の有機茶園にて、茶摘みの前に生い茂る雑草を刈り取る自分
そして、この起業準備中に、ある農家さんが放ったさりげない一言が、私の活動の核心となりました。
「私たちがこだわって作ったお茶が、どこかのお茶と混ぜられて、
知らないところで売られているのは…あまり嬉しくない」
日本のお茶はブレンドが当たり前で、静岡・三重・鹿児島など、さまざまな産地のお茶が混ぜられるのは一般的なことです。
しかし、有機のお茶となると、それぞれの茶園で積み重ねた工夫と苦労のストーリーが、
ブレンドの中に埋もれてしまう。
コーヒーの世界では「シングルオリジン(単一農園)」という考え方がすでに根付いています。お茶だって、同じはずです。
だから私は、
有機栽培かつ単一農園のお茶を、生産者のストーリーや思いとともに届ける
ことを決めました。
しかし今、日本茶業界は崖っぷちに立っています。
お茶が健康に良いのは明らかです。
カテキンの強力な抗酸化・抗炎症作用、テアニンのリラックス効果……
お茶は現代人が求める「体に良い日常の飲み物」そのものです。
しかし今、そのお茶を作り続けてきた日本の茶業界が、深刻な危機に直面しています。
国内では若者のお茶離れが進み、茶農家の高齢化によって廃業する茶業者は過去最高水準に達しています。
一方、海外では抹茶ブームが追い風となりましたが、それもまた農家を苦しめる構造を生み出しました。
てん茶(抹茶の原料)栽培に移行する農家が増えた結果、煎茶の生産量が減少。
単価は上がっても国内需要は増えず、煎茶に専念する農家はますます苦しくなっています。
「製茶業」の倒産・休廃業解散件数 推移 (出典:Yahooニュース 2026年3月6日の記事)
さらに深刻なのが、中国産抹茶の急台頭です。
日本産の3分の1ほどの価格で市場を支配し始めた中国産抹茶は、私も実際に飲んで驚くほどの品質になっています。
価格競争では、もう日本は勝てません。
加えてSNSでは「抹茶は中国由来」と宣伝する投稿も急増し、
海外の消費者の認識が静かに書き換えられつつあります。
オーストラリアで肌感覚として感じるのは、日本産の抹茶にこだわる消費者は、
残念ながら過半数もいないという現実です。
思い出されるのは、令和の米騒動です。
「需要が減ったから」と減反政策により生産を絞り続けた結果、
いざ必要になったときには価格が高騰し、取り返しがつかなくなった。
茶畑は一度荒れ地になると、茶の木が生い茂り、手入れが非常に難しくなり、元に戻すには大変な労力が必要になります。
農家が廃業し、「やっぱり日本産が必要だ」と気づいたときには、もう遅いのです。
同じ過ちを、お茶の世界で繰り返してはいけない。
そう思っています。
だから私は、オーストラリア、ブリスベンから動き始めます。
この状況を前にして、私にできることを考え続けました。
一人の人間にできることは小さい。
でも、向かうべき方向は見えています。
抹茶ブームという今の機会を最大限に活かして、日本の抹茶ブランドを強固にしながら、
抹茶を入口に煎茶など日本茶の多様な魅力を世界へ届ける。
それが私の答えです。
その舞台として選んだのが、オーストラリア・ブリスベンです。
2032年オリンピックの開催地として世界中から注目を集めるこの都市は、経済面では、主要な経済指標においてシドニーやメルボルンを上回っており、1,000億ドル以上のインフラ投資が約束され、都市を大きく変貌させています。
そして、健康志向・サステナビリティへの意識が高く、オーガニック食品や自然由来のドリンクへの需要が旺盛です。
また、アジア文化への感度も高く、「本物の日本文化」を届けられる土壌があります。
そんな可能性に満ちたブリスベンで、まずはテストマーケティングとして、
昨年2025年10月からブリスベン市内の駅構内のキオスクで抹茶ラテを中心に日本茶をお届けし始めました。
現地のお客様の反応を肌で感じながら、多くのことをNAGOMIのスタッフと試行錯誤しながら学んできました。
抹茶ラテを飲んでいる方が、ストレートの抹茶を飲んだり、抹茶以外にも煎茶、ほうじ茶や玄米茶、などを飲んだりと、抹茶から日本茶へ興味の幅を広げてもらえる手応えを感じ始めています。
ただ、ブリスベン中心地ではなく、かつキオスクという形態では、影響力がどうしてもブリスベン中心部に比べて限られてしまいます。
日本茶のプレゼンスを本気で高め、我々の全能力を注ぐなら
—より多くの人が行き交い、文化の発信力があるブリスベン中心部に、専門店を構える必要がある—
と確信しました。現在、ブリスベンには中国人経営の日本茶専門店がありますが、
このクラウドファンディングが成功すれば、おそらく初めてとなる日本人経営の日本茶専門店になります。
写真(左)は現在テスト的に運営している駅直結のキオスク。写真(右)は活動を始めた当初のショッピングモールでのテスト販売。一時期、抹茶以外の日本茶のみを販売していた時期もありましたが、ほとんど手に取ってもらえず、抹茶を入口とすることで、うまく日本茶をアプローチすることができることを学びました。
店舗で届けること
🍵 てん茶を、石臼でその場で挽く。
目の前でゆっくりと回る石臼。茶葉が粉末へと変わる瞬間。
立ち上がる湯気と、挽きたてならではの抹茶本来の香り—
これはどんな言葉を尽くしても、画面越しには伝わりません。
だからこそ、店舗で体験してもらう必要があります。
私たちは
てん茶(抹茶の原料茶葉)を現地でその場で石臼挽きし、挽きたての抹茶を提供
することを目指しています。
オーストラリアでもこのような体験をできるところはほぼなく、
特にブリスベンではこれまでに前例のない体験になると想定しています。2基の石臼を導入予定です。
今回購入する電動抹茶石臼機(2基タイプ)。店の外からも見えるように、側面も透明アクリル板を採用しております。

🌱 日本産有機・単一農園のお茶を。
・お茶が育てられた茶園や農家さんの顔写真を店内に一部掲示します。
・お茶を飲む体験が、遠く離れた日本の茶畑への想像力につながる。
・一つひとつの茶葉に込められた生産者の誇りを、お客様に届けます。
🍵 抹茶ファンを、日本茶ファンに。
海外では抹茶とコーヒーが同じ市場で競い始めています。
・抹茶ラテをきっかけに来店したお客様に、煎茶・ほうじ茶・玉露など、日本茶の多様な世界を知ってもらう。
抹茶を入口に、日本茶の豊かさへ案内します。
✨ 空間そのものが、日本のおもてなし。
・派手な和風装飾ではなく、モダンなデザインの中に日本の茶室が持つ「静けさ」「余白」「おもてなし」のエッセンスを宿らせます。
・「抹茶ラテをいつもの一杯として飲みに来たら、気づいたら日本が好きになっていた」
-そんな体験を、ブリスベンで実現したいと思っています。
店舗イメージ(仮イメージのため大きく変わる可能性があります)。ブリスベン中心地(ショッピングセンター「Uptown」の目の前)に開業予定です。隣接の日本食レストランとテーブルや椅子を共有予定です。
資金の使い道
皆さんからいただいた支援は、妥協のない空間・茶葉・体験を実現するために、以下のように使わせていただきます。

クラウドファンディングで集まった金額から手数料、リターン品の費用を除いた金額が実際に店舗内装・設備費にあてられます。
リターン一覧
支援してくださる皆さんへ、感謝の気持ちを込めてお返しを用意しました。

スケジュール
2026年7月 物件契約完了
2026年8月 クラウドファンディング終了
2026月9月 リターン第一弾発送開始
2026年11月 新店舗オープン
2027年1月 リターン第二弾発送開始
皆さんの支援で、こんな未来が生まれます。
・日本の農家さんに、確かな売り先と収益を届けられます。
有機栽培で本物を作り続けても農家が儲からない構造を変えたい。
単一農園の茶葉を正当な価格で仕入れ、そのストーリーをお客様に届けることで、
農家さんの誇りと収益を守ります。
・「抹茶は日本の大切な文化だ」という認識を、現地から発信し続けられます。
一軒の店から始まる小さな声も、積み重なれば文化を守る力になると信じています。
・妥協のない空間・茶葉・体験を届けられます。
皆さんの支援がなければ、資金難の今、できることには限界があります。
でも、皆さんと一緒なら、本物を届けることができます。
最後に
日本茶が海外で飲まれ、海外の人が遠く離れた日本の茶畑に思いを馳せる。そしてその愛が、農地での栽培の励みになる。そんな小さな循環を、ブリスベンから作りたいのです。
一人ではできないことも、皆さんと一緒なら動かせる。
どうか、この夢に力を貸してください。
日本茶を、世界の日常に。共に、その一歩を踏み出しましょう。

渡邊 翔 / NAGOMI




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