
あまーダーミステリー製作プロジェクト
クラウドファンディングを開始して3日目になりました。
「歴史文化に触れることって、生きていくのに必要不可欠なのか?」
この問いに答えるの、難しいですよね。
僕もうまく答えられない。
一次産業や教育など、誰がどう見ても必要なものに対して、歴史文化は無いと生きていけないわけではなさそうだ。
では、何のためにあるのだろう。
何のために残していくのか。
1年半前、会社を辞めてふとこの島にやってきて、地域の歴史文化の意義について想いを馳せるようになった。
この島はかつて後鳥羽上皇がお遷りになって19年過ごされた中で、たくさんの芸術が息づき、それが800年の時を越えて根づいている地域。
その芸術の大きな一つである、和歌。
まずはこれを自分ごととして捉えてみたい。
そう思うようになったけど、
図書館で本を読んでみても、
かるたを手に取ってみても
あまりよくわからない。
なので、まずは自分自身が歌を詠んでみることにした。

海士町の港すぐそばにある隠岐牛店。今夜は家で隠岐牛食べるぞ〜〜意気込んで買いに行ったはいいものの、その昂揚のあまり、買ってそのまま店を後にしてしまって店員さんに追いかけさせてしまう情けない始末。自分自身の露呈したポンコツさを歌にして供養しようと試みた歌。

雨が降った日の翌日、島の図書館で、窓いっぱいに広がる田園風景を見て黄昏ていたら、ちいさな雫たちがぽつぽつと垂れてきた。一粒一粒はちいさいけれど、連続的に流れていく雫たちの勢いある姿に、気づいたらいまの自分の姿を重ね合わせるように見つめていた。雫たちのように、こつこつとやれることをやっていこう。

スポーツも、仕事も、趣味も、ドリブルはほどほどに。いろんなパスを回して、パスをもらって、また回して、そうやっていろんな人と関わりながら挑んでいく。その方がより楽しく、より遠くへ行けると思うんだ。ちまちまドリブルしがちじゃないか、最近の自分。

夢を見る。勝ちを目指す。これは大事。でもそこに向かう途中。それこそが夢中であり、財産になる価値なんだと思う。夢の途中と書いて夢中。

大好きなサザンの『栄光の男』という歌に出てくる歌詞をサンプリングして歌ってみた。「喜びを誰かと分かち合うのが人生」なんだよね。シンプルなのにあまりに深すぎて溺れ沈みそうだ。
実際に歌を詠んでみることで、この島での暮らしや人、風景を解像度高く見つめられるようになった気がした。
後鳥羽上皇もきっと、孤独を感じながらも島をよく見つめていたからこそ、その歌に愛あるまなざしを垣間見れるのかも。
そのまなざしのツールになっていたのが歌を詠むことだったんじゃないかな。
こうやって自分でまずは書いてみたり、詠んでみたり、つくってみたりする。その身体性こそが地域の歴史文化に触れ、親しむきっかけとなり、その地域で暮らし働く自分自身の、アイデンティティの根幹になるのかも。
この「あまーダーミステリー製作プロジェクト」もそうやって歴史文化に触れ、親しむきっかけとなり、人と地域の温かい巡りが生まれていくような体験にしたいという想いでつくっています。
なので、今回の製作はただの始まりで、次の構想や、みんなで一緒につくる仕組みづくりをこのクラファンを起点に推し進めていきたい。
ここまで支援してくださった方、
ありがとうございます!



