
ビル・ゲイツとU理論から考える「余白」の力
予定が空いてると、ちょっと不安になりませんか? ふとカレンダーを見た時「今日、予定少ないな」って思った瞬間。
「なんか予定を入れた方がええんちゃうか」とか「この時間、もっと有効に使わなあかんのちゃうか」って。
スマホの通知に返事して、SNSをチェックして、日々のタスクをこなして。 一日が終わると、「めっちゃ忙しかった」って謎の達成感はあるんやけど~
これ、ほんまに自分のこれからのこと考えてるんかなって。
でも、そのほとんどが目の前に「来たものに答える」「起きたことに対応する」だけになってるんです。 これって、自分の未来を描くのとは全然違うんですよね。
あのビル・ゲイツの「Think Week」。 有名な習慣ですが、確か半年に一回、山にこもって、一人になって本や資料を読み込み、とにかく考えるだけの時間を取るっていうアレです。
最初聞いた時は「いやいや、そらビル・ゲイツやからできるんやろw」ってツッコミを入れたくなりますよね。 でも、よく考えたら逆なんですよね。 あのクラスの人なんて、放っといたら予定なんて秒で無限に埋まりますよね。だからこそ、あえて『何もしない時間』を死守しているんです。
ほんま不思議なんですけど、めっちゃ大切なアイデアや「これだ!」っていう気づきって、机の前でしかめっ面して必死に考えてる時には全然出てこないんですよね。
例えばお風呂でぼーっとお湯に浸かってる時や、ただ散歩している時なんかに、「あ、そうか!」って急に降ってきたりする。
そう、頭の中に『余白』が必要なんですよ。
情報ばっかり詰め込んで、予定をパンパンにして、常に誰かとつながってる状態やと、新しいものが入ってくる隙間が1ミリもない。
だから、一回インプットから離れて、何もしない時間を作る。 そこでようやくインスピレーションがスッと入ってくる。 余白って、新しい気づきを迎えるための『待合室』みたいなもんなんやと思います。
そういえば、これって「U理論」にめっちゃ近いんですよね。 U理論って言うと急に小難しく聞こえるかもしれませんが、解釈はシンプルで『すぐに答えを出すな』ってことです。
僕らって何か問題が起きたり、選択を迫られたりすると、「普通はこうやろ」「周りもこうしてるし」って、過去のデータや常識から瞬時に答えを出そうとします。
でも、過去の経験や周りの正解だけで選んでいくと、当然ですが『過去の延長線上の未来』しか出てきません。
だから、一回立ち止まって「こうすべき」「普通はこう」をいったん全部横に置いてみるんです。 ただ見て、聞いて、感じる。 すぐには答えを出しません。
そうやってるうちに、「あれ、私がほんまにやりたいのってこっちちゃうか?」とか「今まで正解やと思ってたけど、なんか違うかもしれん」みたいな、自分でも想定してなかった想いが出てくる。 これがU理論の一番おもろいところです。
私たちの毎日は、どうしても「効率」や「コスパ」が重視されがちです。 でも、長く生きていると、効率や損得だけでは絶対に決められない壁にぶち当たります。
私は何のために頑張ってるんやろ。 これからどう生きていきたいんやろ。
こういう問いって、スマホで検索しても答えは出ません。 AIに聞いたらそれっぽい素晴らしい答えは返ってくるでしょうけど、その答えに『自分の心が動くかどうか』は全く別の話。
最後は自分でしか決めれないんです。 自分の内なる声と対話しないと駄目なんです。
日常から物理的に離れて、スマホも置いて、自然の中へ行く「リトリート」という活動がありますが、これも同じです。 リトリートって「未来を考える場所」というよりも、『まだ言葉になってない自分の本当の気持ちに気づく場所』なんちゃうかなって最近すごく思います。
現代人にとって、止まるのって恐怖です。 止まってる間に周りに置いていかれるんちゃうか、何かやってないと不安で仕方ない。 予定がギッシリ埋まってる方が「私、今日も頑張ってるわ」って安心できる。
でも、ずっと全速力で走ってると、そもそも『自分が向かってる方向が合ってるかどうか』を確認する時間がなくなります。ずっと高速道路を猛スピードで走ってたら、精神的にめっちゃ疲れるでしょ?
そう考えると「何もしない」って、実は『めちゃくちゃ重要なタスク』なんです。
最後に。 最近、何もせずに30分だけ過ごしたことありますか? スマホも見ず、誰とも話さず、何も決めずに。 「ちょこっとリトリート」として、ぜひ一回騙されたと思ってやってみてください。
P.S.
GAJU、森のリトリートSPAにも来てくださいね!
森田



