【鉄舟寺復興!】富士山を望む絶景と1300年の祈りを未来へ繋ぐ再建プロジェクト!

山岡鉄舟ゆかりの歴史ある鉄舟寺。2年前の自然災害で参道が崩落し、富士山や清水港、三保の松原等を一望できる隠れた絶景が失われてしまいました。1300年続く地域の宝と、誰もが感動できる圧巻の景色を未来へ繋ぎ誰もが安心して足を運べるようにするため、どうか復興への温かいご支援をお願いいたします。

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山岡鉄舟ゆかりの歴史ある鉄舟寺。2年前の自然災害で参道が崩落し、富士山や清水港、三保の松原等を一望できる隠れた絶景が失われてしまいました。1300年続く地域の宝と、誰もが感動できる圧巻の景色を未来へ繋ぎ誰もが安心して足を運べるようにするため、どうか復興への温かいご支援をお願いいたします。

■ はじめに・ご挨拶

皆さま、はじめまして。静岡県静岡市清水区にございます、臨済宗妙心寺派「鉄舟寺(てっしゅうじ)」住職の世永天山(よなが てんざん)と申します。

当寺の起源は、今からおよそ1300年前、飛鳥時代の推古天皇の御代(西暦600年代初頭)に遡ります。久能山の山上に開創された「久能寺」を前身とし、古くより駿河の霊場として人々の厚い尊崇を集めてまいりました。平安時代末期には鳥羽法皇をはじめとする皇族や貴族の帰依を受け、国宝に指定されている美麗な装飾経「久能寺経」が奉納されるなど、この地における仏教文化の華を咲かせた歴史を持ちます。

その後、戦国期には武田信玄公が駿河進出の要衝として久能山に城郭を築くにあたり、寺郭は現在の清水・村松の地へと移転することとなりました。中世から近世にかけての戦乱や時代の大きな変遷を受けながらも、法灯は途絶えることなく守り継がれ、江戸時代には徳川家との深い縁のもとで寺観を保ちました。

明治の廃仏毀釈の嵐の中で一時は廃絶の危機に瀕しましたが、これを救い、再興の道を拓いたのが、幕末・明治の三舟の一人として名高い山岡鉄舟居士です。無刀流の開祖であり、勝海舟らとともに江戸城無血開城の立役者となった鉄舟居士は、この由緒ある古刹の荒廃を深く惜しみ、寺の再建に心血を注ぎました。さらに、その志に共鳴したのが、地元清水を愛し侠客として知られた清水次郎長(山本長五郎)です。信義に厚い二人の結びつきによって明治16年(1883年)に復興を遂げ、居士の徳を称えて「補陀落山 鉄舟寺」と改称いたしました。境内には今も、鉄舟居士の遺墨や愛用品、次郎長にまつわる足跡が静かに息づいております。

飛鳥の昔から、平安の雅、戦国の動乱、そして明治の維新へ――。幾度もの荒波を乗り越え、約1300年にわたり清水の地に根を下ろしてきた当寺の歩みは、いつの時代もこの地を愛し、祈りを捧げ、寺を護り伝えてくださった先人たちの誠の結晶にほかなりません。

目まぐるしく変化し、時に心を見失いがちな現代社会において、寺院が果たすべき役割とは何でしょうか。それは単に過去の歴史を保存する場にとどまらず、訪れる方々が日々の喧騒から離れ、静けさの中でご自身の心と向き合い、安らぎと生きる活力を取り戻せる場所であることだと信じております。

寺院は、日々の喧騒から離れてご自身の心と向き合い、安らぎと生きる活力を取り戻せる場所でなければなりません。この大切な歴史と祈りの場を未来へと確実に受け継ぎ、これからも地域と皆さまの心の拠り所であり続けるため、今回の挑戦を決意いたしました。皆さまの温かいご支援・ご後託を、心よりお願い申し上げます。

鉄舟寺 住職 世永 天山

住職 : 世永天山 ( よなが てんざん )


■ 1300年の時を繋ぐ「鉄舟寺」の歴史と文化

鉄舟寺には、飛鳥時代から現代へと脈々と受け継がれる深い歴史と、数々の物語が眠っています。

1. 飛鳥時代の創建と「久能寺」の隆盛

鉄舟寺の前身である「久能寺」の歴史は、約1300年前の飛鳥時代、推古天皇の御代に始まります。当時の駿河国主・久能忠仁(くのう ただひと)公が久能山に観音菩薩を勧請して創建したとされ、「久能山」の名も忠仁公に由来します。

奈良時代には名僧・行基菩薩によって中興され、修験や祈りの霊場として発展を遂げました。かつて寺が建っていた場所は、現在の久能山東照宮の地です。最盛期には山上に数多くの堂宇が建ち並び、その威容と霊験の高さから「駿河の比叡山」と称されるほど東国屈指の大寺院として栄華を誇りました。

この地で1300年にわたり脈々と受け継がれてきた祈りの原点が、今も鉄舟寺の歴史の根底に流れています。

2. 武田信玄公による移転と徳川幕府の庇護

戦国時代の永禄11年(1568年)、甲斐の武田信玄公が駿河侵攻を開始。駿河湾と東海道を一望できる要害・久能山に着目した信玄公は、この地を前線拠点「久能城」として改修するため、寺を現在の清水区村松の地へと移築させました。

山上の要塞から里の地へと舞台を移したものの、観音霊場としての威光は失われませんでした。江戸時代に入ると、家康公をはじめとする徳川幕府からも朱印地(幕府が認めた寺領)を寄進されるなど手厚い庇護を受け、「駿河七観音」の名刹として寺格を維持します。

戦国の動乱による移転という大きな転換期を経ながらも、駿河の街道を行き交う旅人や地元・清水の町民たちの無病息災や安寧を願う祈りの場として、信仰を集め続けました。

3. 山岡鉄舟居士と清水次郎長による再興

明治維新の廃仏毀釈の嵐を受け、寺は荒廃し、一時廃寺の危機に瀕します。この窮状を深く惜しんだ幕末の英傑・山岡鉄舟居士は、明治16年に自ら再興を発願しました。鉄舟居士の急逝後は、深い絆で結ばれていた清水次郎長がその熱い遺志を継承。地元の有志たちとともに奔走し、明治43年、恩人の名を冠した「鉄舟寺」として見事に復興を遂げました。この寺号には、危機を乗り越えて大切な場所を未来へ繋いだ、偉人たちと清水の人々の誠の心が息づいています。

4. 現代へ受け継がれる国宝・文化財

現在は、国宝『久能寺経』をはじめ、源義経公ゆかりの市指定文化財「薄墨(うすずみ)の笛」、山岡鉄舟ゆかりの品々など、数多くの貴重な文化財を所蔵・護持しています。

【 久能寺経 方便品(平安時代後期)】

平安時代後期の12世紀に制作された装飾経です。仏の智慧は非常に深く、人間が容易に理解できるものではないこと、仏が人々を悟りに導くために様々な方法を用いることが説かれます。見返しに平安貴族の姿を描き、金銀の切箔、金銀泥による文様も描かれるなど、平安時代後期を代表する絢爛豪華な装飾です。

【 薄墨の笛(鎌倉時代)】

久能寺縁起には、源義経がこの笛を久能寺に寄進した旨の記述があります。さらに、戦国時代の文禄4年(1595)に豊臣家臣の中村一氏が修理したことを示す添状が現存します。現在も、著名な横笛奏者によって演奏されることがあります。


画像右上の国宝「久能寺経」は東京国立博物館 様より提供いただきました素材を一枚の画像に加工したものになります。
画像提供:東京国立博物館 Image: TNM Image Archives



しかし現在、私たちは創寺以来とも言える大きな危機に直面しています。

2024年8月の台風10号の影響により、境内裏手の参道が激しく崩落。

さらには、50基以上もの墓にも被害を受けました。

その結果、時間が経過した現在でも参道の復興は手付かずの状態で、参拝者の皆様が安全に歩くことができない危険な状態となってしまいました。さらに、かつて頂上や観音堂から広がっていた「清水の街並み、三保の松原、駿河湾、そして雄大な富士山を一望できる圧巻の絶景」は、手入れが届かなくなった樹木の繁茂と土砂崩れによって、その美しさを失いってしまいました。


■ 【東海大学の支援から、本格復興への挑戦へ】なぜ今このプロジェクトなのか

当寺と東海大学には、80年以上続く切っても切れない深い絆があります。戦時中の1943年、大学の前身である「航空科学専門学校」が清水に開校した際、当寺は苦学生のために敷地の一部を学生寮として提供しました。

その歴史は今も受け継がれ、東海大学の「建学の歌(校歌)」の歌詞の中にも『鉄舟寺』の名が明確に刻まれています。2024年の台風被害に際しては、この歴史を知った東海大学付属静岡翔洋高等学校・中等部の生徒たちが「戦時中の恩返しをしたい」と立ち上がり、「鉄舟寺を救おう~義援金プロジェクト~」を発足。全国の付属校や地域から総額220万円を超える温かい義援金を届けてくださいました。このご支援により、土砂の移動や土留め工事といった応急処置を行うことができ、一度は復興への確かな第一歩を踏み出すことが叶いました。しかし、崩落した参道全体の抜本的な補強工事や、安全を確保しながら美しい眺望を取り戻す樹木の伐採には、莫大な費用と準備が必要です。生徒の皆様が繋いでくれた尊い想いと地域の絆と宝を未来へ手渡すため、私たちは全国の皆様のお力をお借りし、完全な復興を目指してクラウドファンディングへの挑戦を決意いたしました。




■ 境内の見どころ当寺の境内は、霊峰富士と清水港を一望できる絶好のロケーションに位置しています。
境内からの眺望:四季折々、天候や時間帯によって表情を変える雄大な富士山と、静かな清水港のコントラストを楽しめる場所です。

①【 観音堂からの圧倒的なロケーション 】
  • 境内裏手の石段を登った高台に鎮座する観音堂からの眺望は、まさに鉄舟寺の誇る真骨頂です。

    眼下には活気ある清水港と穏やかな駿河湾が広がり、その先には緑豊かな松林が美しい弧を描く世界文化遺産の構成資産「三保の松原」、そして視線を上げれば天に向かってそびえる雄大な霊峰富士が堂々たる姿を見せてくれます。朝日に照らされて輝く海、青空にくっきりと浮かぶ白雪の富士、夕暮れどきに街の灯りと港の船影が織りなす幻想的な景色など、訪れる時間や四季折々の天候によって千変万化の表情を見せてくれる特別な場所です。「富士山・海・松原」という日本の象徴的な美が一堂に会するこの大パノラマは、かつて多くの文人墨客や旅人の心を捉え、今日に至るまで参拝に訪れる方々の心を洗う癒やしの絶景として愛され続けてきました。

    写真はイメージです

②【 地域のパワースポット 】

鉄舟寺は絶景の地であると同時に、人々の切実な願いを受け止め続けてきた祈りの拠点でもあります。

「どんな願い事も言いなりに(その通りに)叶えてくださる」という言い伝えから、地元の方々のみならず遠方からも篤い信仰を集める「言いなり地蔵尊」が当寺近くに静かに佇んでいます。病気平癒や家内安全、人生の転機に訪れて手を合わせる参拝者が後を絶ちません。

さらに、勝運や商売繁盛、無病息災を祈念して多くの人々で賑わう「毘沙門尊天祭礼」や、当寺のご本尊に日頃の加護を感謝し安寧を祈る「観音大祭」など、年間を通じて伝統的な行事が執り行われており、季節の節目ごとに地域の人々が集い、世代を超えて絆を結ぶあたたかな心の拠り所となっています。

③【 仁王門(山門)】

寺の表玄関として堂々たる威容を誇る仁王門(八脚門)は、俗世から清らかな仏域へと足を踏み入れる最初の境界です。門の正面には山号である「補陀落山(ふだらくさん)」の扁額が掲げられ、両脇間の格子(花頭窓)の奥には、邪気を払い寺法を護る阿吽(あうん)の金剛力士(仁王)像が鋭い眼光を放ち安置されています。   

寄棟造りの重厚な屋根と年月を重ねた木造の風格は、武田信玄公による移転から明治の再興に至る幾多の荒波を無言で物語っており、訪れる者の背筋を自然と伸ばす厳かな空気に満ちています。かつてノーベル文学賞作家・川端康成も当寺を訪れた際、この仁王門の凛とした佇まいに深く心を寄せ、門前で記念の一枚を遺したというエピソードも語り継がれています。長い石段の起点として、1300年の祈りの歴史へ参拝者を静かに誘い続けている当寺の顔ともいえる建造物です。

④【 本堂・宝仏殿 】

山岡鉄舟居士の再興の志を受け継ぎ、明治期に再建された祈りの中心地です。堂内には御本尊である千手観音菩薩をはじめ、数々の仏像が祀られています。また、併設された宝仏殿には、平安時代の国宝『久能寺経』や、源義経公ゆかりの市指定文化財「薄墨の笛」、鉄舟居士直筆のダイナミックな遺墨など、千有余年の激動を生き抜いた貴重な寺宝が厳重に護持されています。※一部宝物殿以外の博物館に展示されているものもございます。(久能寺経・薄墨の笛など)

【失われつつある絶景を、再び皆様のもとへ】

しかし現在、台風被害の影響により参道や斜面の手入れが行き届かなくなったことで、樹木や竹林が急速に生い茂り、かつて人々を魅了したあの雄大な富士山や三保の松原を望むパノラマは見る影もなく遮られてしまっています。安全な参道を整えて再び誰もが安心してお参りできるようにするとともに、木々の伐採・剪定を丁寧に進め、地域の宝であるこの絶景を必ず皆様のもとへ取り戻したいと考えております。


観音堂前からの景色
※また、この観音堂は、かつて名作として知られる東宝映画『乱れる』(成瀬巳喜男監督)のロケ地としても使用された、趣ある歴史ある場所でもあります。詳細については下記リンクよりご確認ください。

https://tessyuu-zen-temple.com/about/#midareru-title


■ クラウドファンディングで目指す未来

今回のプロジェクトで私たちが目指すのは、単なる工事ではなく「人々が集い、心安らぐ禅の場と絶景を取り戻すこと」です。

  1. 参道・山道の安全補強と再整備崩落した斜面の補強と土砂撤去を行い、滑りにくい歩道や手すりを設置。お子様からご高齢の方まで安全に歩ける「癒やしの参道」へと生まれ変わらせます。頂上・観音堂周辺の絶景スポット環境整備景観を遮っている木々を適切に剪定・伐採し、富士山・清水港・三保の松原を一望できる展望スペースを整備します。「今を生きる」心安らぐ場の創出地元の方々の散策路としてはもちろん、歴史ファンや観光客の皆様が心地よい風を感じながら、心落ち着くひとときを過ごせる空間として整備いたします。


■ 資金の使い道(目標金額と内訳)

皆さまからいただいたご支援金は、CAMPFIREの手数料等を除き、すべて参道の修復工事および頂上の環境整備費用として大切に使用させていただきます。特別で多様な返礼品のラインナップをご用意いたしました。皆様のご関心や想いに合わせて、それぞれの形でご支援を賜れますと誠に幸いに存じます。温かいご支援とご協力を、心よりお願い申し上げます。


皆様のご支援とお力添えにより、まずは第一目標である5,000,000円の達成を目指してプロジェクトを進めております。もし本プロジェクトで目標金額の5,000,000円を達成することができましたら、さらなる挑戦としてネクストゴール「8,000,000円」を設定し、プロジェクトを進めて行きたいと考えております。


ネクストゴールでいただいたご支援は、山頂・観音堂周辺の樹木伐採・剪定費等に充てさせていただき、かつての美しい絶景を取り戻すために大切に活用させていただきます。引き続き、皆様の温かいご支援・ご協力を心よりお願い申し上げます。




皆様のご支援とお力添えにより、ネクストゴール「8,000,000円(ネクストゴール)」を達成した際は、本プロジェクトの最終目標となるラストゴール「10,000,000円(+2,000,000円)」を設定し、さらなる挑戦を進めていきたいと考えております。

ラストゴールでいただいたご支援(追加となる200万円)は、山頂・観音堂周辺にベンチや観光モニュメントなどの「憩いの場」を制作する費用や、リターン準備・発送費、諸手数料等に充てさせていただきます。かつての絶景を取り戻したその場所に、参拝者の皆様がゆったりと清水の街並みや富士山を眺めながら過ごせる、温かい空間を新たによみがえらせるために大切に活用させていただきます。




■ 実施スケジュール


    • 〜未来へ繋ぐ、歴史と自然の継承〜 2026年11月2日(月):クラウドファンディング開始 未来へ歴史と自然をつなぐための第一歩として、クラウドファンディングの挑戦をスタートいたします。 

      2026年12月21日(月):クラウドファンディング終了 募集期間の最終日となります。皆様の温かい想いを胸に、目標達成に向けて全力で駆け抜けます。 

      2027年1月〜:修復・伐採工事の着工 台風被害によって崩れた参道の修復と、山頂の眺望を遮っている樹木の伐採・剪定作業を開始いたします。

      2027年1・2月〜:リターンの順次発送開始 ご支援への感謝を込め、御朱印やお礼状などのお返しの品を準備が整い次第お届けしてまいります。

      2027年4月〜  :  工事完了・安全点検参道の復旧および伐採作業がすべて完了し、徹底した安全点検を経て、安心してお参りいただける境内の完成を迎えます。

    • ※スケジュールは施工や天候の状況により多少前後する可能性がございます。あらかじめご了承いただけますと幸いです。

■ 心を込めたお返し(リターン)のご紹介

ご支援いただいた皆様へ、鉄舟寺の歴史と魅力を感じていただける特別なお返しをご用意いたしました。
ここでしかできない特別な体験やクラウドファンディング限定品など、日頃より応援してくださる皆様のお顔を思い浮かべながら一つひとつ心を込めて選定いたしました。

皆様のご支援が、この地で紡がれてきた大切な歴史と祈りの場を未来へと繋ぐ力となります。鉄舟寺の息吹を日常の中でも身近に感じていただける品々となっておりますので、ぜひご覧いただけますと幸いです。


鉄舟寺スペシャル体験セット【各日にち限定10名!】&【ペア限定!各日にち限定10名!】
鉄舟寺が主催する「お寺の鐘つき体験」「坐禅体験」「精進料理体験」にご招待・ご案内いたします。※詳細は返礼品ページをご覧ください



クラファン限定!鉄舟寺オリジナル御朱印ご支援への感謝を込めて、本プロジェクト限定の「鉄舟寺オリジナル御朱印」をお届けします。※詳細は返礼品ページをご覧ください

【お名前刻印 !】鉄舟寺境内「記念石碑」へのご芳名彫刻ご支援への感謝と永代の記念として、半永久的にお寺の観音堂前のスペースに記念石碑にお名前(またはご希望の名称)を刻印させていただきます。プランに応じて文字以外(ロゴマーク等)の記載が可能となります。※詳細は返礼品ページをご覧ください


【1月23日開催!限定70名】鉄舟寺薄墨の笛演奏会鉄舟寺が主催する「薄墨の笛演奏会」にご招待・ご案内いたします。※詳細は返礼品ページをご覧ください



■ 【最後に】プロジェクト起案者(住職 世永天山)より皆様へ

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。山岡鉄舟居士の有名な詩に、このような言葉があります。


「晴れてもよし、曇りてもよし、不二の山、もとの姿はかはらざりけり」


晴れの日も、雨の日も、嵐の日であっても、富士山は常に変わらず雄大に聳(そび)え立っています。外側の状況に振り回されることなく「今ここにある内面」を大切にし、「今を生きる」という一瞬一瞬の大切さを一人でも多くの方にお伝えしていくことが、当寺の使命であると考えております。

台風によって参道が崩れ、富士山や三保の松原を望む絶景が見えなくなった時、地域の方々から「あの景色をもう一度見たい」という切実なお声をいただきました。推古天皇の時代から千三百年。武田信玄公、山岡鉄舟居士、そして清水次郎長。幾多の試練を時代時代の人々が力を合わせて乗り越え、この鉄舟寺を今日まで繋いできてくれました。時代の変化に囚われることなく、「今の時代」に即したお寺のあり方を追求しながら、令和の時代に生きる私たちがこの大切な宝を次の世代へ引き継いでまいりたいと思っております。

皆様お一人おひとりの温かいご支援が、崩れた道を固め、絶景を包む木々を切り開く力となります。どうか、鉄舟寺の再興と絶景の復活に向けて、お力をお貸しくださいますよう心よりお願い申し上げます。

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • リターン仕入れ費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

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最新の活動報告

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  • はじめまして。静岡市清水区は日本平の麓にあります鉄舟寺住職の世永天山(よなが てんざん)と申します。本日正午よりクラウドファンディングの挑戦がはじまりました。早速、温まる支援をいただき誠にありがとうございます。  今日11月6日の当寺から見える富士山を添付いたしました。日々、活動報告を更新してまいります。どうぞ温かなご支援を宜しくお願い致します。                南無感謝 もっと見る

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