「役者を、辞めようと思うんだ」大事な人のその言葉から、このプロジェクトは始まりました。芝居は、人生を変える。本気でそう思うからこそ、「諦めるしかない」と涙を飲む舞台役者達のために、夢を追い続けるための仕組みを作りたい。チケットノルマ、ありません。ギャラ、出します。新たな形の舞台を、実現させます。

プロジェクト本文


皆さんは、「夢は叶う」と思いますか?

この仄暗い世の中で、少なくともその人は、夢を信じた男でした。

「役者を、辞めようと思うんだ」
渋谷の安い居酒屋。多分、ワタミ。
お洒落を気取った間接照明に照らされたその人は、切ない笑顔で、そう言いました。
彼と出会ってからもう、8年の月日が流れていたように思います。


「売れない役者」だった彼が夢を諦めるまで、彼は15年以上、「役者」としての人生を歩んできました。

弱音なんて、一度も吐いたことがありません。
「努力すれば夢は叶う」と言い続け、全ての時間と努力を、「芝居」にかけました。

実力は、あったように思います。
少なくとも私は彼の芝居に心を殴られ、人生を変えられた人間のうちの一人でした。

風俗嬢だった頃、彼の出るお芝居を見に行っては、生きる気力をもらっていたことを思い出します。
いつも暗い部屋に引きこもっていた私にとって、舞台小屋で見るスポットライトは、唯一の光でした。

舞台に立っていた彼らは私にとっての希望で、そして彼らの光は、私以外にも、多くの人の心を照らしていたのです。


借金を背負い、バイトを掛け持ちし、人にバカにされたり、不健康に倒れたりもしながら、それでも彼は、「芝居」を続けました。

そこまでして叶えたかった、彼の夢は、こうでした。

彼と出会ってから8年間、耳にタコができるほどに聞かされ続けてきた言葉。

その夢は、叶いませんでした。



彼の芝居に助けられたことが幾度となくあった私は、誠実に夢と向き合ってきた彼が
夢を諦める瞬間を目の当たりにして、胸をえぐられるほどのショックを受けました。

「どうして?もう、続けたくないの?」思わず聞く私に、彼はこう言いました。

「続けたくないんじゃない。続けられないんだよ。夢は、叶わない。諦めないと、暮らしていけないんだ」


「彼の実力がなかったのではないか」「運も実力のうち」「自業自得」
確かにそうかもしれません。努力すれば、全ての夢が叶うなんて綺麗事、あるはずもありません。
夢を追い続ける犠牲として不自由がついてまわるのは、もはや当然のことでしょう。


しかし、彼を通して知った舞台役者の現実は、それよりももっと酷い状況にあったのです。


大雑把に言えば、今の舞台役者の現実は、その言葉につきました。

「演劇」の現状には、限りなく厳しい現実があります。
ひとつの舞台を作るために、少なくとも200万円以上の資金が必要となると同時に、集客は難しく、だいたいの場合が赤字になります。
100万円以上の赤字を前提に舞台を上演する。というのも、よくある話です。

予算がない。予算がないから広告が打てない。広告が打てないと人は集まらない。
では、そのしわ寄せがどこに行くのか。

主催者でも、監督でもなく、「夢を追う、末端の役者たち」です。

舞台役者は舞台に出るためにチケットノルマとして多額のお金を納め、それを回収するために、チケットを売りさばきます。
売れない分は、買取です。

現段階で「現実」のしわ寄せの矛先は、全て末端の役者に向いているのです。

「有名な芸能人を出すためには」「高い美術費を確保するためには」「会場費を抽出するためには」

……末端の役者のギャラを削ろう。雑務は人を雇わず、役者にやらせよう。

だって君達、有名になりたいんでしょう?


今の舞台役者の現実は、こんな感じです。
例に漏れず、私の友人も、同じように借金を背負い、舞台に立ち続けていました。



私は、「お芝居」も、技術であると考えます。
制作や音響や美術のスタッフには、「プロだから」と、必ず報酬が確保されるのに、役者には、それが確保されないのが当たり前の現状。それどころか、借金まで背負わせる。

芝居を見せることは、「娯楽」でしょうか?違います。芝居を見せることは、プロによる、技術の提供です。

制作に、音響に、照明に携わるプロがいるように、舞台に立つ彼らもまた、プロです。

彼らの芝居に触れたくて、観客はチケット代金を支払います。

名声を人質に、演者に借金をさせる。
私はその現状を、当然だとは思えませんでした。


舞台出演が決まれば、一ヶ月は体の自由がきかないため、バイトにだって入れません。

「どうにかして売らなければならない」という気持ちから、チケットは、「見てほしい人」よりも「買ってくれそうな人」に売るようになります。


小劇場のお芝居を観に行ったことがあるでしょうか?
はじめて見に行くと、観客の「身内感」に驚かれるのではないかと思います。

見にきているのは、同じようにチケットを売り合う、いわば「身内同士」。
これではいくら芝居を磨いたって、本当に届けたい、見てほしい人に見てもらうことはできません。
きつい言い方をすれば、傷を舐め合っているだけ。


だけど、そうするしかないのです。

おそらく多くの舞台役者は、考えるのを辞め、とにかく目の前の借金をどうにかすることと、バイトや舞台をこなすことに、専念します。

それが今の舞台役者の、舞台に出続ける唯一の方法だからです。

舞台が終われば、またバイトに明け暮れる日々が続いていきます。
稼いだバイト代は、チケットノルマに消えていくでしょう

友人同士で、自分たちがやりたいだけの芝居を見せ合う趣味の「発表会」がしたいなら、それで良いです。
自分のケツは、自分で拭けば良い。

だけど多くのお芝居は、主催者の意向に沿った「魅せたい世界」を、プロの手を借りて表現することを目的として上演するのではないでしょうか?

それは、発表会ではなく、芸術です。

それが利益のためなのか、自己表現のためなのかは分からないけれど、とにもかくにも自分が主催者として、役者にプロとして芝居を提供してもらうのなら、主催者側の不利益を押し付けるのはおかしい。

役者の現実を耳にした私は、怒りと疑問でいっぱいでした。


お芝居をするために努力すればするほど、お芝居ができなくなっていく。
そうして多くの役者は、役者をやめていきます。
実力のある役者が、潰れて行く。誰にも気づかれないまま。

このままでは、本当に届けるべき素敵なお芝居すら、誰にも届かないまま、生き絶えてしまうと思いました。

そうして立ち上がったのが、畑違いの舞台をやろうと決めた、今回の経緯です。


ここで、そもそもの演劇の魅力について、少しだけ、お話させてください。

どうして私がそこまで「お芝居」という文化にこだわるのか。

「演劇は高いし、映画で十分」私もそう思っていました。


事実そう思う人が増えているからこそ、演劇の需要は低下し、集客に繋がらないのだと思います。
需要のないところに、お金は集まりません。お金が集まらないのに資金がかかるという現状がある限り、健康的な舞台上演は、難しいというのが実情です。


「求められていないのなら、潰せば良い」
演劇を知らないのであれば、そういった言葉が出てきたかもしれません。
しかし私は、演劇には演劇にしかない魅力があると思っています。


例えば、同じ「お芝居」という側面を持った、映像作品。

家の小さな画面で見るよりも、映画館の大きな映像で見る方が、心に響きますよね。
最近ではただの「映画を見る」という映像体験に付加価値をつけた「Imax」や「4DX」なども登場し、人々は「ただ映像を見る」というよりも、「映画の世界を感じる」という部分に価値を見出しているような気がするのです。

「世界を感じる」という面で言えば、「演劇」ほど価値のあるものはないのではないでしょうか。

役者と同じ時間、同じ空間の中で、一体になる。
同じ酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出しながら、客席も含めた会場全体が、その物語の、世界観を作ります。
「声」が直接の波動となって鼓膜に届き、怒りや喜び等、お芝居で表現される感情の数々が、画面上ではなく、感情のゆらぎとなって、直接体に伝わってくるのです。

舞台の価値は、「そこにいる数少ない観客のためだけ」に、その日だけのお芝居を魅せるというところにあります。
不特定多数の人に向けられたコピーではなく、その日のお客様だけに向けられた、絵でいう「原画」です。

よく、「舞台は、生きている」と言いますが、的を得ている表現だと、関心させられます。

1日として、同じものは見られない。
その日、その場所、その時間にしか見られないお芝居。
質の高いお芝居であればあるほど、役者や脚本家が伝えたいメッセージを、ダイレクトに、強烈に、全身で受け取ることになります。

はじめて「演劇」を見たときの衝撃を、今でも覚えています。



60人も入らない芝居小屋に、

並べられたパイプ椅子。

決して豪華とはいえない、最低限のセット。


BGMが切り替わり、

小さな舞台小屋は真っ暗になって、

それと同時に鳴り始めた音楽が、

徐々に大音量になっていく。


ドキドキして、

息を飲んで、

何故か祈りたいような気持ちに駆られて、

思わず目を閉じる。


周囲がパッと明るくなったと同時に目をあけると、何もなかったステージの上に、

「誰かの人生」が、出来上がっていた。

まるでずっと前から、そこにあったかのように。


誰かの人生を、魅せる。

そこから見える何かで、心を殴る。



それが、彼らの作る「舞台」でした。

その舞台に登場したセリフを、今でも覚えています。
「諦めなければ、夢は叶う。諦めなければ」

このセリフを、ただ本で見ただけだったとしたら、私は読み流していたかもしれません。
舞台で見たから、聞いたから。感じたから。だからそのセリフをまっすぐ受け取って、
そしてそのセリフは確かに、私の心を殴り、人生を変えました。

「舞台には、お芝居には、誰かの人生を変える可能性がつまっている」
私は本気でそう、信じています。

だからこそ、多くの人にあの経験を体感してほしい。
そのためには、「お芝居」そのもののありかたを変えなければならないと思うのです。


「努力をすれば必ず夢を叶えられる場所」を作るのは、不可能です。
でも、「努力をして夢を追えば、確実に近づける場所」を作ることは、できると思いました。

目標は、チケットノルマゼロ。役者全員に、ギャラを発生させること。
そして観客は、「チケットを買ってくれそうな人」ではなく、「お芝居を見たい人」「お芝居を見せたい人」で、埋めること。

幸い、私には、自身の運営するウェブメディアがありました。
フォロワー数10万人以上の、ツイッターアカウントもあります。

この数字を、使わない手はない。

主催者側に、利益は求めませんでした。
お金としての利益が出なくても、舞台が成功して観客が埋まれば、なににも変えがたい実績になると考えました。

なによりも、
「現実問題、そんなこと不可能なんだよ」「役者をこきつかうしかないんだよ」と言った奴らを、見返したかった。

実力のある役者さんのお芝居は、必ず人の心を動かす。
そのお芝居を届けるための資金の調達と宣伝を、私が考案した内容で実行すれば、必ず成功する。

当初このプロジェクトを始動させようと思いたった時、私の脳内はお花と蝶々でいっぱいだったのです。
現在の舞台制作の仕方への改善案なんて山ほど思いつきましたし、私の理想とする舞台のイメージも、固まっていました。

「私になら、完璧な舞台のシステムが作れる。」

今思えば、一度も舞台制作に携わったことのない素人が何を言っているのだと殴りたくなるのですが、当時私は、完全に調子に乗っていました。

演出家に有名作家の木下半太さんを迎え、オーディションで募った素晴らしい役者さんたちの出演が決まり、主演はインパルスの堤下敦さんに決定。

大丈夫、正義は勝つ。

全ては思い通りにいくと、信じて止みませんでした。


さて、それでは実際に舞台の制作を進めていって、どうなったか。
私の計画の大半は、序盤で打ち砕かれました。

理由は、「大人の事情」です。

このプロジェクトを立ち上げた当初、仲の良かった役者友達に、悲しい顔で、こう言われました。

それでも負ける気がしなかったのは、私の守りたい対象が、はっきりしていたからです。
私には、奪われるものがなかった。だって、初めから何もないから。
だからこそ、正しいものは正しいと言えるだけの覚悟がありました。

「干される」とか「叩かれる」とか、私にはそういう「大人の事情」なんて、通用しないと思っていたのです。

私が守りたいもの。それは、お金でも、自分自身の評価でもなく、この舞台のコンセプトです。

この舞台に出てくれる全ての役者さん、そして、スタッフの皆さん。
彼らには、しわ寄せをしない。彼らが最高のパフォーマンスを見せてくれる代わりに、その土台作りの部分の苦労は、主催側が担おう。

この舞台のコンセプトに共鳴して力を貸してくれた彼らをないがしろにすることだけは、絶対にできない。

そのためになら、どんな相手とでも戦うつもりでした。


だけど、彼らを守るために、飲み込まなくてはならないことや、諦めなければならないことが、想像以上に多かった。
私は「その世界」の人間ではないけれど、彼らは「その世界」の人間だったから。
彼らを守るためには、従わなければならないルールが、たくさんありました。


だから結果的に、多くのことを諦めました。
「舞台の仕組みをかえよう」と取り組みはじめたのに、変えようとして言われるのは

「今までの文化と違うから」「そういう新しいものは受け付けないから」
理由を聞いたって、明確な理由は返ってはきません。

反発すれば最後には「そんなことをしていると、この業界ではやっていけないので」と睨まれる。


私がやりたかった舞台の形も、システムも、何度もぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に捨てられかけて、
その度に、この舞台の公演自体を取りやめようと思いました。

泣いたし、怒鳴ったし、バカにされたし、バカにしました。
でも、何度もいうように、私が守りたいコンセプトだけは、絶対に曲げませんでした。


ある日同じようなことでぶつかり、車で泣いていたときのことです。

「こうやって、舞台の現状を変えようとして諦めてきた人が、何人も何人もいたんだ」
それを想像すると、絶望でいっぱいでした。
私みたいな素人が、今までの人が超えられなかった壁をこえることは、出来ないかもしれない。

だけど、ここで諦めたら、関わってくれた人たちに、「やっぱりあいつらの言う通りだった」って、思わせることになる。
そんな悲しい思いはさせたくないと思いました。


ひとしきり唸った後、どうしようもなくなって電話をかけたのは、演出家の木下さんでした。

「悔しいです」と言って泣くのを堪える私のことを笑ったあと、木下さんは優しい声で、こう言いました。

はっとしました。

「そうか、私は非常識だから。素人だから。畑違いだから。だからこそ戦えるんだ。忘れていた」

電話を切ったあとには、こんなメールが届きました。

同じ思いで戦っている仲間がいる。
スタッフの皆さんも、出演する役者さんも。私以上に長い間、こういう環境と、戦ってきたんだ。

諦めかけてしおれていた心が、また、鼓動を打ちました。


「そんなに熱くなって何と戦っているんだい?」って笑われそうだけど、少なくとも私にとってこの舞台はただの舞台ではなく、これくらいの熱量で作り上げた、心のこもったものです。

もちろん、私以外にとっても。
だからこそ、多くの人が戦った結果になりたっている舞台だということを、伝えたくてキーボードを叩いていたら、こんなに熱くなってしまいました。


さて、結果として、私は「奴ら」に勝てたのか。

今こうして、貴方がこの文章を読んでいるということは、少なくとも私にとって守りたいものを、ついに最後まで、守り切れたということです。


金銭的なしわ寄せを、役者に背負わすことなく、面白い舞台の上演を実現できる。


この舞台を上演できること自体が、私や舞台に関わった全ての人にとっての奇跡で、この腐った世界を変える大きな一歩だということを、ここに記しておきます。


さて、「コンセプトを守り切れた」といっても、それだけで「この舞台は成功だ」とは言えません。


事実、現段階でも、主催者である私に、百万円以上の赤字が出る可能性も出てきています。


舞台のシステムづくりという面でいえば、再現性があり、主催者側にも利益が出るようなプランを実現させなければならない。
それができない以上、成功とは程遠いというのが、実際でしょう。


舞台の仕組みを変えようと考えた時、現在の舞台上演における問題点で最も大きなキャパシティを占めていると考えたのは、稽古に莫大な時間とお金がかかるにも関わらず、その部分がマネタイズできていないという部分でした。


まずはその部分を、SNSやクラウドファウンディングを使って克服することが、大きな目標でした。


また、予算を抑えるのが難しく、広告を打てないという部分を、ウェブメディアが主催、広告塔になることにより、改善することも考えています。


それら細かいプランを全てマニュアル化し、再現性を高めることも必要です。


実際にどんな部分を変えたのか、変えられなかった部分はどこなのか。何と戦い、何に敗れたのか。

その部分については、舞台のアフタートーク、また、公演終了後に書く記事で、全てを公開します。
お金の話からぶつかった壁はなにかまで。そして、「失敗だったのか、成功できたのか」という部分も。

どんな場面でも、全てをクリーンにすることが、その世界を変えるきっかけになると思うからです。


カーネルサンダース
数々の事業を失敗させ、うつ病も発症。開発したケンタッキーフライドチキンのレシピの買取は、1009回断られた。

トーマス・エジソン
電球の開発に、1000回以上失敗。周囲からは「知能が低い」とバカにされた

ウォルトディズニー
「想像力に欠け、良い発想は全くなかった」という理由で勤めていた新聞社の解雇を告げられ、ディズニーの建設も、「どうでも良い客をよせつけるだけ」と何度も却下され、幾度となく破産を経験する。


彼らが夢を叶えたのは、天才だったからかもしれない。
だけどそれ以上の共通点は、「諦めなかったこと」だ。



2年前風俗嬢だった私は、「もうダメだ」と人生に絶望し、ホームセンターで買ってきた縄と、個人輸入サイトで取り寄せた大量の睡眠薬を前に、死ぬことと向き合っていた。

生きていて、なんになる。死なないで、なんになる。生きることを諦めたい。
幸せになろうとすることを諦めたい。もうダメだ。どうせ無理だ。

ばかげてる。幸せになれるのなんて、運が良かった連中だけじゃないか。
たまたま容姿に恵まれたり、素晴らしい家族がそばにいたり、そういう「限られた奴ら」だけだ。

私の夢は叶わない。私は幸せにはなれない。諦めたい。諦めるしかない。


だけど私は最終的に、生きることを選んだ。生きることを諦めなかった。
そして「生きよう」と決めたのは、「今日死のう」と思っていた日の帰り道に見た、お芝居の中に出てきたセリフに救われたからだった。


諦めなければ、どうにかなる。諦めなければ、道は開ける。
私はその言葉に胸を打たれ、「諦める」ことができなくなった。

ありきたりな言葉なのに、綺麗事にさえ聞こえる、薄っぺらくすら感じる言葉なのに。
それなのに、あの小さな舞台小屋に響いたその声は、確かに私の心を突き刺し、そして私の考えを、人生を、変えた。

私は、人生を諦めることを、諦めたのだ。
そして歩き始めた。あの「台詞」が真実なのか、自分の目で確かめたかったから。


2年後の今、私は夢だった本を出し、作りたかった舞台を作り、風俗嬢を辞め、住みたい土地に引っ越し、飼いたい犬を飼い、愛する人と過ごしている。これは奇跡でも作り話でもない、実際に起こった、「諦めなかった結果」だ。

この舞台を手がけたかった理由は、みっつある。

1つめは、「諦めなければ、変えることができる」というのを、このプロジェクトを通して見てもらいたかったこと。
2つめは、私の人生を変えた「芝居」の良さを、多くの人に届けるために、舞台の問題点と向き合い、改善したかったこと。
そして3つめは、私をすくった恩師の「俺の芝居で誰かの人生を変えたい」という夢を、叶えたかったから。


「私が貴方の夢を叶えるための脚本を書く。実写化させて、次は私が貴方を引っ張り上げる」
私を引っ張りあげてくれた彼のためにかけた言葉が実現することはないまま、彼の役者生活は、終わった。

そこからずっと、私にできることは何だろうって、考えていた。
そして気づいた。
彼のためにできること、それは、「努力で夢に近づける仕組みを作ること」ではないだろうか。
格好良くて嘘をつかない彼の「努力で夢は叶う」という言葉を、嘘にしたくはない。

一歩ずつで良い。全ての夢を突然叶えることは厳しいかもしれないけれど、だけど少しのところから、何かを変えることはできる。


綺麗事だけど、100%とはいかないけれど、だけど「努力でも夢には近づける」っての、少しでも、現実に近づけたいじゃない。

だからまずは、この舞台を上演することを決めた。

木下半太さんマッキー、そして、渋谷ニコルソンズさんインパルスの堤下さんという、強力な助っ人とともに。

チケットノルマ、ありません。
借金、させません。
ギャラ、出します。
金銭的な皺寄せの負担を、演者に払わせない仕組みを作る。

そして、本気で演じる彼達の芝居を、本当に見て欲しい人たちに、届ける。
「芝居を見たい」と思ってくれている誰かに、届ける。
「そんなの無理でしょ」って人の横っ面をひっぱたけるように、私はまだ、努力を続けてみたいから。

彼の夢を通して私の夢を叶えることが、
彼が目指していた「俺の芝居で誰かの人生を変えたい」って夢を実現させることになると思うから。




みなさんが見に来てくださることが、力になります。

皆さんがこの思いに賛同してくださり、チケットを購入してくださる。

そして実際に劇場に足を運んでくださることこそが、舞台の仕組みを変える、第一歩になります。


出演役者にはこの期間中、お芝居に集中してもらいました。

きっと、みなさんの心を殴るお芝居を見せてくれるはずです。


だからどうか、見にきて欲しい。

何かを諦めようとしたり、

諦めたり、諦めなかったり。

そうやって毎日を生きている、

そこの「あなた」に。


あなたの人生を変えるために、私たちが、最高のエンターテイメントを提供します。




タイトル:悪夢のエレベーター 新宿二丁目ver

会場:テアトルBONBON
〒164-0001東京都中野区中野3-22-8


【交通のご案内】
JR中央・総武線/東京メトロ東西線 中野南口より徒歩5分。
※駐車設備はありません。車、バイクでのご来場はご遠慮下さい。


12月4日(火)19時00分開演★

12月5日(水)19時00分開演★

12月6日(木)19時00分開演★

12月7日(金)14時00分開演★ 19時00分開演★

12月8日(土)13時30分開演★ 19時00分開演★

12月9日(日)13時00分開演   16時00分開演


※受付開始、開場は開演の40分前

★はアフタートーク(木下半太×堤下敦×yuzuka)20分程度を予定。


■チケット料金

S席 7000円(前2列・/指定席)

A席 一般 5000円(S席以外/自由席)

A席 22歳以下 4000円(当日受付にて証明を提示)


A席 一般(平日割) 4500円(S席以外/自由席)

(平日割 12月4日(火)~7日(金)までの公演のみ対象)


■チケット発売日

2018年11月20日(火)21時


■公演詳細ページ

https://stage.corich.jp/stage/96230


堤下敦

白石拓也

西郷豊

立山誉

保土田充

田北良平

三橋愛永

三橋栄香

中山圭佑

長瀬貴博

山川真生

十条太助

関美恵子


後頭部の強烈な痛みで目を覚ますと、緊急停止したエレベーターに、ヤクザ、オカマ、自殺願望のメンヘラ女と閉じ込められていた。浮気相手の部屋から出てきたばかりなのに大ピンチ!しかも、三人には犯罪歴があることまで発覚。精神的に追い詰められた密室で、ついに事件が起こる。


原作は天才作家木下半太のベストセラー小説「悪夢のエレベーター」。
実写化、映画化、舞台化と進化を遂げてきたあの作品のリメイク版が、舞台になってかえってきた。
脚本は、悪夢のエレベーターに登場するオネエのモデルとなった、マッキーが担当。
更に、演出家には木下半太。プロデューサーに、恋愛コラムニストのyuzuka、主演に堤下敦という異色のコンビネーション。

「燻っている役者に、夢を」をコンセプトに、舞台の仕組み作りから始めたこの作品、成功か、失敗か。
あなたの目で確かめて。


■脚本:マッキー
■演出:木下半太
■監修:yuzuka 
■映像制作:ヘループ株式会社
■フライヤーデザイン:井上裕一(デザイナー)、長谷川哲二(コピーライター)、岩越慧(カメラマン)、ロゴ(soda)
■協力 株式会社Hatch inc. (予告動画)メイクレッスンMAMEW Maico(当日ヘアメイク)SugarCranz(衣装提供)
■舞台監督:海老沢栄
■照明:牟田耕一郎(ママコア)
■音響:Motoki Shinomy
■制作:鉾木章浩
■企画/プロデューサー:yuzuka        
企画製作:peek a boo渋谷ニコルソンズ
原作:木下半太「悪夢のエレベーター」

協力
(株)よしもとクリエイティブ エージェンシー
(株)リアルム
TP-SATELLITE
劇団カンセイの法則
(株)オスカープロモーション
(株)TENGA

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