2011年3月11日に起きた東日本大震災、4月に石巻・牡鹿半島へとボランティアに赴き、避難所で出会った方々が忘れられず翌月以降も通い続け、かけがえのない時間を一緒に過ごしたその方々は、私にとってまるで家族のような存在に。いつか本業の“芝居”を彼らに届けに訪れたいと願っていた夢を8年越しで実現させたい

プロジェクト本文

この度、micのひとり芝居コメディ「ひとりコーラスライン(笑)!」が、
いしのまき演劇祭への出演選考に合格し、上演が決定いたしました。

(第4回いしのまき演劇祭ポスター 本作は11/2 Rという団体の中での上演)



■はじめに


2011年の東日本大震災以来、ボランティアで石巻・牡鹿半島へ赴き、その後毎年、避難所で出会った方々に会いに通い続けたこの土地が“第2の故郷”になりました。そして、いつか私が一番自信を持ってできること、“芝居”で訪れたい、そう思い続けてきました。

そんな中、現地で仲良くなったおじいちゃん、おばあちゃんも今や80歳。「ミックの芝居がいつか見たいなあ」と言ってくれていた方々に、やっと、やっ〜〜〜っと!この度、本公演をお届けできることになりました。

しかし、本演劇祭はmic・スタッフ全員の交通費・宿泊費・滞在に関わる費用はすべて負担しなくてはなりません。さあ、どうする!? どうしよう、、。


チームで話し合った結果、「クラウドファンディングに挑戦してみよう!そして、上演に至るまでの(おそらく“珍”!)道中を皆さんにも疑似体験してもらえるようなリターンをご用意しよう」という事になりました。

というわけで、まずは

■micってどんな人? 簡単なプロフィールをご紹介!

(石巻では仮面ライダーBLACKが恋人です)


mic (ミック):役者・脚本家

兵庫県生まれ。様々舞台・ドラマ、映画出演のほか、自ら脚本・演出・出演を手がけ数々のひとり芝居を上演。セットは一切使わず、お客様のイマジネーションだけを頼りに男女問わず色々な人間たちを演じる。近作「メルシィ、wine!」が堤幸彦監督により映像化された。また劇団公演脚本、ショートフィルム等の脚本も手がける。2019年10月からInstagram上で1分間、色んな女を片っ端から演じる“Instaシネマ”「女図鑑」シリーズがスタート。

●「女図鑑」:https://www.instagram.com/onna_zukan/?hl=ja

●「メルシィ、Wine!」公開中 https://youtu.be/pODKRUg68Pk

●もっと色々知りたい稀有な方は→公式サイト:http://www.kazumic.com


■気になる!いしのまき演劇祭って?

 

東日本大震災以降、石巻には様々なシーンで活動している劇団が増えました。そんな石巻内外の劇団が集まって、“週末は、芝居を観に出かけよう!”をコンセプトに祝日や毎週末、石巻地域で芝居やパフォーマンスなどのイベントを行います。

[趣旨]

・1か月に渡り石巻地域で毎週末や祝日に、演劇の上演などのイベントを行うことで、地域の皆様に「気軽で多様な演劇文化」を提供する。

・それぞれのイベントが「演劇」というキーワードを共有したつながりを持ち、演劇祭の形式をとることで広く地域に認知していただき、石巻地域の演劇文化の振興を図る。

・石巻地域の各所でイベントを行うことにより、地域のイベントスペースの有効利用及び活性化を図る。

・震災後に石巻で設立された劇団や、震災をきっかけに石巻に携わるようになった劇団など、様々なバックボーンを持った団体が協力し合い共通のイベントを行うことにより、団体間の交流を図る。


いしのまき演劇祭公式サイhttps://i-engekisai.jimdo.com


すごーくわかりやすく言うと

「11月の毎週末、色んな場所で様々なタイプの演劇作品が気軽に楽しめちゃう!」
ってことです。



【micと石巻・牡鹿半島の関わりって!?】


さあさあここからは少し長くなりますが、私と石巻・牡鹿半島の関わりをご紹介させてください。

■2011年4月 石巻・牡鹿半島ヘ


2011年3月11日、東日本大震災が発生し、日々、流れるニュースを目の当たりにしながら東京在住の私は何もできない自分に悶々する日々。しかし、もう居ても立っても居られなくなり、現地で何か少しでもお手伝いさせて頂こうと4月、公演スタッフと共に石巻へと車で向かうことに。自分で作ったお惣菜をタッパーに詰め込み、化粧水や乳液、タバコ、思いつくもの全てをダンボールに詰め込んで。その際には多くの友人が「自分は行けないから代わりに・・・」と物資を購入する費用をカンパしてくれました。

石巻に到着し、日和山から見た光景はいまでも忘れることができません。

当時の様子は皆さんよくご存知だと思いますし、思い出しただけで胸が痛くなる方もいらっしゃると思うので、割愛しますね。
震災から1ヶ月弱、石巻には様々な支援団体が精力的にボランティアをされていました。その状況を見て私たちは石巻よりも物資が足りていない牡鹿半島車を走らせました。


(小学校が避難所に)

まだ水に浸かった道路、ひしゃげた標識など、震災の爪痕そのままの光景の中、避難所を見つけては、物資をお届けに。

特に化粧水や乳液は女性の皆さんにとても喜ばれ、「食料は何とかあるんだけど、もう顔がガサガサしてきちゃって、本当に嬉しいわ。」と言って頂きました。


でも一方で、ある避難所では「どんな団体かわからない人たちの物資は受け取れません。」と拒否されてしまったことも。その理由をお伺いすると「以前、あとで多額の請求書が送られてきたから。」と。「私たちは絶対にそんな請求書送りません」とお伝えしましたが、受け取って頂くことはできませんでした。


(体育館で避難している子供たちとバトミントン。
本気で挑むも負けてしまった、、(笑)。)

そんな中、ツイッターで「鮎川浜の幼稚園の子どもたちはみんな避難できたのか知っている人がいたら教えてください」というツイートを目にし、私たちは鮎川浜に向かうことに、幼稚園にはもちろん誰もいません。

そして他の場所と同様に何もかも流された跡が。荒涼としたその土地にひとりポツンと歩いておられる女性がいました。声をおかけすると、流されてしまった大切な物を探しに来られたとの事でした。その方に幼稚園の子供たちのことをお伺いすると「全員避難できていますよ」と教えて頂きました。すぐにtwitterにお返事。

お惣菜を受けとって頂きました


その後も色々とお話させて頂いて「避難所はどうですか?」とお尋ねしたところ「救援物資でなんとか食べてはいけてるが、おにぎりやパンばかりでね。しょうがないんだけどね。」と悲しい笑顔を向けられました。「あの、、もし良かったら、、、これいかがですか。」と、東京から持ってきたお惣菜をお渡ししました。「まあ本当に嬉しい、、。あなた達はご家族の方がこちらの方なの?」と。「家族も知人もおらず、実は東北に来たのが初めてなくらいです」とお答えすると、「なのに、ここまで来てくれて、、、ありがとう、、、」と涙を流されました。この時の言葉にできない気持ちは今だに忘れられません。


■素晴らしい出会いが待っていた月浦


その後、牡鹿半島のいくつかの場所を回って、私たちは月浦(つきのうら)へ。

月浦は1613年、伊達政宗の命を受けた支倉常長一行を乗せた慶長使節船サン・ファン・バウティスタ号が、ローマへ向け出航した場所。複雑に入り組んだリアス式海岸となっており、水深が深く良好の港で、牡蠣の養殖もされ、その風景を見ているだけで癒される、のどかで心がほどかれていく、そんな所です。でも、訪れた時には、津波の被害より漁港近くの家々は全て崩壊、瓦礫の山と化していました。


これまで訪れた避難所は、どこかの体育館や公民館のような場所でしたが、こちらは日本家屋の一軒家。そこにこの一帯に住んでいらした漁師家族の皆さんが身を寄せ合って住んでいらっしゃいました。

私たちは恐る恐る、インターホンを押して東京からやってきた旨を伝えると数名の女性の皆さんが出てきてくださり、化粧水や乳液、様々な物資を喜んで受け取ってくださいました。

(その後、外に出て妙子さんと色んな話を、、、)
前回の件があっただけにホッ、、。玄関口で色々お話させて頂いていたら、漁師のおじさん達も「どうしたどうした?」と出てこられ、おじさん達にはタバコをお渡しすると、相当喜んでくださいました。皆さん漁師さんだけあって、真っ黒に日焼けされ、海の男オーラすごっ!

(ワンコも無事で良かった!)

■mic、漁師のおじちゃんが観音様に見える

あるおじちゃんは、お渡ししたタバコを美味しいそうに吸いながら、「東京から来たっていう割には関西弁やなあ、どこ出身や?」と(笑)。「兵庫の西宮なんです」と答えました。すると「そうかそうか、俺は阪神大震災があったときに長田の方にボランティアに行ったなあ。あそこはもうキレイになったんか?」と笑顔で私に聞いてくださったのでした。もうビックリ。ご自身が被災されている中でこんな風に言ってくれるおじちゃん、もはや観音様に見えてきました。「うん、ものすごくキレイになってね、、」と答えながら、その優しさに心で泣きました。そんなおじちゃんの笑顔を見ながら、私はこの人たちに何か少しでも恩返しできたら、とそんな気持ちが心に滲みました。

(ワンコの名前はチャッピー)

そこでおじちゃんん達に聞きました。「いま、欲しいものって言われたら何が欲しい?」そうすると一斉に「魚が食べたいねえ。俺たちは漁師だからねえ。おにぎりやパンばかりだとやっぱりねえ、、。」

日々の生活の一部、いや生活そのものだった“魚”がない日々が、おじさん達にとってどんなものか、、、。今後の生活について様々な問題が山積みの中、少しでも美味しいものが食べられたらどんなにか良いだろう。

そんな思いを抱えながら「長居しても、、」とお暇させて頂きました。。持ってきた物資はもう配り切っていて、時間は17時近くだったでしょうか。夕暮れに染まった月浦漁港の美しさと容赦なく視界に入る瓦礫の山を脳裏に焼き付け車に乗り込んだ私たちは、あのおじちゃん達の言葉が忘れられず、しばし無言でした。


もう誰から口を開いたのか覚えていません。
「ねえ、仙台のイオンスーパーってさ、ここからどれくらいだっけ?」
「え、なんで?」
「いや、あそこ行けばさ、お寿司とかお刺身とか売ってない?行ってまた帰って来れないかな?」
「行けるかも!」
「行こう!行ってみよう!」
「思いついた自分、天才!」
「そこ余分やわ!」

そんな会話を交わしながら私たちは、牡鹿半島から仙台に車を飛ばし
(と書きつつも運転免許無しのmicは助手席に乗ってただけという事実を正直にご報告しておきます)、イオンでお寿司やお刺身のパックを買い、日本酒の一升瓶を買って、また月浦まで戻ったのでした。


それにしても2度目の月浦までは結構、大変。なにせ電気のインフラが整備されていないので真っ暗な島の道を行かなくてはならなかったから。と、まるで自分が運転していたみたいに書きましたが、重ねていいますが本当に大変だったのは運転手です。


■月浦リターン!

到着したは夜の19時半頃だったでしょうか。夕暮れどきだった月浦のあの面影はなく、やはり真っ暗。避難所である日本家屋も電気がついていませんでした。

「もう皆さん寝てしまわれたのかな」と言いながら、再度インターホンを押すと、また先ほどの女性の方々が出てきてくださいました。予想は当たり、すっかりパジャマ姿。灯りといえばロウソクの火、だけでした。

「あらま、どうしたの?」と聞かれ、

「実は、、お刺身やお寿司、持ってきたんです、、、。あと日本酒と、、」と差し出すと、

「あらあらまあまあ、、、今夜はもう晩御飯は終わってしまって、みんなもう休んでるんだけど、明日に頂くわ、お父さん達きっと喜ぶわ、、これどこで買ってきてくれたの?」

「仙台のイオンで、、、専門店ではないので、皆さんには物足りないかも知れないのですが、、、」

そう話すと、「そんなことないよ、本当にありがとう。行ってまた帰ってきてくれるなんてねえ、、、」と感激してくださいました。

(妙子さんのご主人である避難所の所長さんは起きて出てきてくださいました。)

他にも別の場所でも色々なエピソードがあるのですが、私たちが月浦の訪れたこと、が、
2019年のいしのまき演劇祭へと繋がっていくのです。


■5月、2回目の訪問

2回目の石巻・牡鹿半島へ訪れたのは、ゴールデンウィーク。

この時は、ある方にNPO法人フェアトレード東北(被災直後より主に高齢者や生活が困難な方に対して“孤立・孤独を防止する”という目的で体調や生活状況、孤立感の有無などを詳しく聞き取るなど、彼らを全面的にサポート。)の活動に同行させて頂き、ご老人のお宅などを訪問させて頂いたりもしました。


(仲間の皆さんが作った玄米大豆のパウチをお届けも)
そして、やはり私たちはもう一度、先月訪れた人達に会いに行こうと決めていたので、今度は用意周到に先に仙台に寄って、またもやお寿司やお刺身、日本酒を買い込んで、月浦の避難所へ向かいました。

1ヶ月後に訪れた月浦の風景は、残念ながらさほど変わっている様子はなく、私たちが入り口の方に近づくと、たまたま外に出ていた方々が気づいて「あの時の!」とすぐに思い出してくださいました。

「またお寿司とお酒、持ってきました〜!」と言うと、「あれあれまあああ、嬉しいねええ、せっかくだから一緒にご飯食べて行けば?」とお誘い頂いてしまい、「え、いいんですか!?」と厚かましさ全開でノリノリ。

「ここで皆で食べるんだよ。」と案内して頂いたのは、部屋の中ではなく、家の外でおそらく以前は駐車場スペースであったであろう場所。


そこにはビニールシートで天井とサイドが囲われ、テーブルと椅子が並んだ特設の食堂が!救援物資のお野菜で作られた様々なおかずや、私たちが持ってきたお寿司やお刺身、そしてお酒が並んで、宴会が始まりました。


「micはほやを食べたことあるか?」や「月浦の牡蠣は食べたことあるか?」「月浦の牡蠣は最高に旨いんだよ。」とおじさん達は口ぐちにこの辺りに取れる海産物の美味しさを教えてくれました。そこから私たちの地元の話になったり、

時折、私たちが東北弁に全然ついていけず、きょとーんとしてる私達を見たおじちゃん、おばちゃん達が大笑いして、標準語の通訳を入れてくれるという場面も多々あって、皆で大笑い。このなつかしい感覚どこかで経験したことある、、、と思ったらお正月に親戚一同が集まる場に遊びに来た孫の気分だと気づきました。すっかり避難所であることを忘れていた私に、おじちゃんが「もうせっかくだから、風呂入ってけ。」と(笑)。

私「お、お風呂?」

「そだよ、特製の風呂場を作ったから、入ってけ。すごいよ〜!広いよ〜」

私「入る!!」

行ってみると、家のはなれのような場所にお風呂が作られていて、流された襖が入り口になり、中に入ると大きな生け簀(いけす)がお風呂に!

(広いんです!!)ちょうど良い温度に暖めてくださったそのお風呂は、もう極楽、極楽!まだ東北の5月は寒かっただけに、芯から温まったのでした。

って、いやいや避難所で避難してる皆さんにお風呂に入れてもらってるって、あかんやん!おもてなしされてる場合ちゃうやん!

着替えて戻ると「どうや、気持ちよかっただろ?」と聞かれ「もう最高!」と答えてしまう私。もちろんスタッフ全員入らせてもらったことを言うまでもありません。


■夜の宴はまだまだ続いて、、


そして夜の宴はまだ続き、皆さんがこれからどうしていくのかといった真剣な話や、震災時には皆でこの高台まで走って逃げた、とか、自衛隊が来てくれたのは震災から数日後だったから自動販売機を壊して、飲料水を確保したり、その自販機の烏龍茶でご飯を炊いたりした、といった当時の様子も聞かせてくださいました。

でも、「とにかく暗くなっててもしょうがない!」なんて流れから、「そういえば、●●、歌えたよな」と長唄をおじちゃん、おばちゃんが歌ってくれて、みんなで手拍子して、それはそれは楽しいひとときになりました。

その時に、おじちゃん、おばちゃん達が「震災後、初めて歌を歌ったよ。こんなに笑ったことはなかったよ。」とおっしゃいました。

それがすごくすごく嬉しかった。いまだにその映像は私のスマホに収められていて、どうしても辛くなったときに見返したりするのです。

夜も更けたとき、皆さんが「もう今日は避難所に泊まって行きなさい。お布団用意してあげるから。」と言われました。

もう本当に“孫”(笑)。いい感じに酔っぱらっていた私たちは「そんな申し訳ないです」という遠慮もなく(ないんかいっ)、「やった〜〜!」と泊まらせて頂くことに。(笑)


翌朝、目がさめると例の“ブルーシート食堂”には炊けたばかりのお米とお吸い物のいい香りが、、私たちはその朝ごはんを美味しく頂き、おじちゃん、おばちゃんに見送られながら、月浦を後にしたのでした。

あっ、付け加えておくと、朝の食事の際には昨晩、あんなにお酒を飲んで飲めや歌えやで楽しく話してくださったおじちゃん達に話しかけても、めっちゃ口数少ない!なんなら目も合わせてもらえない(涙)。私は失礼なことをしてしまったのかと思って、おばちゃん達にその事をお伝えしたら、「東北の海の男はこれが普通だから気にしなくていいんだよ。」と笑われました。シャイってこと!?(笑)



(同行したアーティストのとくちゃんは知らぬ間にがれきの中から色々拾ってきて将棋セットを制作)

訪れた避難所の中で、特に仲良くなったのが妙子さん。娘さんやお孫さんのことや、月浦での暮らし、色んなことを話してくださいました。


~後日、届いた妙子さんからのお葉書~
「前略 今度の地震、津波後の避難所に色々な方が来ましたが、一番心に残ってた貴女様の姿が思い出され、ペンを取りました。昼間に来た時には心が閉ざされていて、一方的に話をしてしまい、夜に成って寝ようと思って部屋に入ったら妙子さんと呼ぶ声がして誰かと思って出たらミック様でした。お寿司、お刺身を沢山差し入れして頂き、男性部も手をたたいて喜んでくれて感激の一夜でした。一生忘れません。よくぞ来てくれました。化粧品も届き、女性なので早速皆で使わせて頂きました。今は月浦ではなく、仙台に娘、孫達と一緒に暮らし乍ら時々、月浦の方に行ってやり残した事をやって又、仙台に来たりの生活をして居ります。歌、一人芝居のパフォーマンスを見たかったです。いつまでもきれいでいてね。妙子」

その後も6月には東松島でボランティアに伺ったり、私たちができるささやかなお手伝いをしていました。


■思いついてしまった”ひとり芝居”


(美しい牡鹿半島が忘れられず)

その一方で、私は東京で日々の仕事に追われながら、月浦で過ごした夜のこと、その時にして頂いた貴重なお話、他にも漁師のおじちゃんの話など、これをもっと多くの方と分かち合えないだろうか、という気持ちがずっと心にありました。


そうして思いついたのが、見聞きしたお話をmic自身が“彼らになって演じる”というひとり芝居。


想像した瞬間、「いやいやいやいや、それは厚かましいでしょ、震災をリアルに経験していないくせにそのご当人になって演じるなんて、ありえないでしょ。失礼でしょ。」すぐさまその考えを否定しました。

でも、ブレーキを踏みきれず、いや、逆にアクセルを踏んでしまい、結局脚本を書き始めていました。月浦で仲良くなったおばあちゃんのお話、何から何までお世話してくださった肝っ玉母ちゃんなおばちゃんのお話、津波の時に沖にでていたという漁師のおじいちゃんの話を全て記憶の限りに書き起こしました。


タイトルは「カントリーロード石巻・牡鹿半島」

「カントリーロード」は映画「耳をすませば」でも有名なあの曲です。

~カントリーロード、この道ずっとゆけば、あの街につながっているような気がする カントリーロード 歩き疲れ たたずむと 浮かんで来る 故郷(ふるさと)の街 丘を巻く 坂の道 そんな僕を叱ってる~ 私にとっては第二の故郷のようになった、この土地に思いをはせてそんなタイトルをつけました。


関西弁しか話せない私は、東北弁を宮城で視聴覚障害者のための“音声ボランティア”をなさっている高橋和子さんという女性をご紹介頂き、私の脚本を全てCDに吹き込んでくださって、私はそのイントネーションをひたすら稽古。

(和子さんはそれ以降も交流が続いています)


最初は友人や近しい方をお呼びして20人も入らないような小さなカフェで上演。即興でピアノを弾いてくださったピアニストの瀬川真悟さん。リハ中の写真なので、中途半端な衣装と場内でごめんなさい(涙)↓

(あまりに少数スタッフだったの本番写真がありません涙)


3人を演じ終わった後、目の前には信じられない光景が。信じがたいことに多くの方が涙してくださったのです、、。お客様のひとり、アニメ「ドラえもん」“のび太”の声を担当する大原めぐみさんはこんなコメントをくださいました。

「“芸能人の歌や炊き出しよりもお金が欲しい”“パソコンなんて要らない。今日を生きるのに精一杯” “また漁師やるんだ” “さよならじゃないよ、行ってきますだよ” 沢山の言葉が響いて「へこたれるな!」「まだまだ頑張れる」と背中を押してもらったような気がします。」

この公演をきっかけに本格的な東京公演が決まりました。


■トークイベントと共に東京公演が実現!


私が石巻を訪れる際に色々とサポートしてくださった加藤順子(よりこ)さんが写真を担当され、ジャーナリストの池上正樹さんが書かれた「ふたたび ここから 東日本大震災・石巻の人たちの50日間」(ポプラ社)のトークショーと共に、私のひとり芝居の上演という構成。なんとポプラ社さんがポプラホールという会社の建物内にある素敵な会場をお貸しくださることになり、2011年8月に開催。


さらになんと!本にも登場した石巻の銘酒「日高見」の平井孝浩社長(平孝酒造)がお越しくださって当時の様子をお話くださることに。

ここでも多くの方からご感想頂きました。「心の中で滝のように涙を流していました。いままで見たどんな映像や聞いた話よりもまるでほんとうに避難所で一緒にお話を聞いているかのような感覚になる瞬間がありました。心から向き合い、伝えることの大切さ、伝わる力を実感しました。」等々。


そして本作をご覧くださった毎日新聞の記者、滝野隆浩さんは後日私をご取材くださり、全国版のオピニオン欄にて記事を掲載して頂きました。


■神戸でも上演したいという想いから、まさかの!


そうなるとですね、そうなるとですよ、欲が出てしまうもので、地元の神戸でも上演したい!と思ってしまうわけで。とはいえ、会場費やらお金の問題も発生するわけで。そんな中、「長田やあの辺りはもうキレイになったんか?」というおじさんの声が心に浮かびます。

(ハーバーランド近くにあるKiss-FM KOBEの建物)

この言葉を神戸の皆さんに伝えたい。そこで、持つべきは友、関西で映像やイベントで活躍している仲の良いチームの皆に相談しました。すると「神戸のラジオ局kiss-fmKOBEの社長さんご紹介するから、お会いしてみるのはどうだろう?」とのお返事が。「お会いしたい!お会いします!お会いせねば!」とすぐさま神戸に向かうことに。会議室に案内され、現れたのはKiss FM KOBE代表取締役社長の横山剛さん。神戸の海がバックに白いTシャツが似合いそうな、私が想像していた白髪でしわがれ声のザ・社長なイメージとは真逆のお方(どんな想像・・)。私はこれまでのいきさつをお話し、「なんとか神戸で上演したいんです!」とお伝えすると、なんと即答。「やりましょう!」と。

(mic心の声)

「え?やりましょうって仰ってくださいました? 今始めてお会いして1時間も経ってないのに、やりましょうって言いはりました?(関西弁の敬語)」

(mic 実際の声)

「あ、あの、でも会場決めたり会場費払ったり、色々問題が、、」

横山社長:「神戸の企業さんに協賛を募りましょう!」
mic :「ほ、ほんとですか?! ありがとうございます(涙)!!!」

こうして、神戸にやってきて2時間も経たないうちに神戸公演が決定したのでした。上演日は11月26日。沢山の方々のご協力があって、ここでも東京と同様に私の芝居だけでなくトークイベントも開催。それは刻一刻と変わっていく現地の状況を様々な立場の方から教えて頂きたい、という想いからでした。

(デザインしてくださったのは今や、ANIMAREAL(アニマリアル)
プロジェクトで注目を浴びる市さん)

トークイベントのスピーカーとして集まってくださったのは、

布施龍一さん(NPO法人フェアトレード東北 代表理事)
阿部拓磨さん(NPO法人フェアトレード東北 調査部責任者)
朝山千里さん ふんばろう東日本プロジェクト神戸支部副代表

イ・ドンフンさん(石巻専修大学経済学部 准教授)

そして、ポプラ社での東京公演にもご出演頂いた

池上正樹さん(ジャーナリスト:石巻ルポ本「ふたたび、ここから」他)

も急遽ご参加くださることに。


■神戸公演も無事、終了!


今回は事前に、朝日新聞、神戸新聞、毎日新聞の方もご紹介くださったこともあり、遠方からもお客様が来られ、ソールドアウトに。

阪神大震災を経験された方々も多く、ここでも本当に沢山のご感想を頂きました。こうして2回にわたってお届けした本公演の収益はすべてNPO法人フェアトレード東北、ふんばろう東日本プロジェクトほか、支援を必要としている団体に寄付させて頂きました。

と、ここまで読んで頂き、本当に本当にありがとうございます。


(陸前高田 奇跡の一本松)

2012年以降は、牡鹿半島の学校の運動会終わりにゲーム大会をして子供たちと遊んだり、仲良くなった妙子さんご夫妻のお家に遊びに行ったりと、むしろこちらが楽しませて頂いているような、毎年石巻・牡鹿半島をはじめ陸前高田、気仙沼なども訪れ、仲良くなった方々に会いに行って、、という、そんな日々でした。

(妙子さんご夫妻のお宅に帰省(笑))


(毎回、妙子さんの作るお料理が美味しくて)
毎年、年末になるとある漁師さんのご家族に日本酒やスイーツをお送りしては、先方から年明け以降にぷりっぷりの牡蠣が届くというのが、恒例の行事に(笑)


牡蠣をオリーブオイルで漬けて、パスタやシチューに使ったり、お味噌汁にしたり。
ほんとにおいしい!

(牡蠣のお味噌汁、オリーブオイルを数滴)

(牡蠣とエリンギのパスタ醤油風味)

(牡蠣のクリームスープ)


妙子さんとのお手紙のやりとりもずっと続いていました。私は思わず電話しちゃうことが多いのだけど、妙子さんはとてもきれいな字でお手紙を送ってくださるのです。

(本当はもっと沢山。妙子さんから掲載許可頂いてます)


■いつか、ではなく、今

(妙子さん宅で出して頂いた珈琲。このカップは生き残った大切なカップ)

妙子さんご夫婦のお家におじゃますると、おじいちゃんとは一緒にお酒を飲ませてもらう仲。焼酎が大好きで、私は妙子さんお手製のほやのキムチ漬けやひじきを頂きながら、ちびちび飲むのが大好き。


若い頃には東京でバリバリ働いていたこともあるというおじいちゃんの話は、とても楽しく、ご夫婦の娘さんやお孫さんたちも混じってワイワイしてると、いつも時間を忘れるのです。そして、おふたりがいつも言ってくれるのが「micちゃんの芝居を見たいなあ。」という言葉。


いつか見てもらえたらいいなあ、いつか、、。そんな矢先、娘さんの美和さんからおじいちゃんが倒れて入院したというお知らせが。今は無事退院したけど、お酒はしばらく飲めないと。


2011年に70代だったお2人は8年が経ち、80代へ。長生きしてくれると信じているけれど、私も含めお互い何があるかわからない。いつか、、と言いながら後悔したくない。


私の祖父母はもういない。「もっと芝居がうまくなってから見てもらおう。」そう考えている間に天国へと旅立ってしまった。とくにおばあちゃんは検査入院からそのまま家に戻れることなく、ゆっくり話せないままの永遠のお別れになった。子供の頃、あんなに良くしてくれたのに。下手くそな芝居でも見てもらえば良かった。遠方から来てもらうのに申し訳ないなあなんて遠慮しなきゃよかった。そんな後悔はもうしたくない。

(本当に孫!いっぱい送ってきてくださる、涙)
人生は不思議なことだらけで、芝居の神様がそんな私の気持ちを察してくれたのか、震災時からお世話になっている石巻コンシェルジュの菊田さんから連絡があった。


「石巻は最近、演劇祭を始めていて、今年で4年目でね。mic、興味ないかな? 実行委員長紹介するから。」

渋谷のセンター街でその連絡を受けた私の心は一気に石巻に飛んだ。いつもはやかましすぎる音楽や光たちが温かみをもって私を包んでくれた気さえした。

私が実行委員長の矢口龍太さんにすぐにご連絡したのは言うまでもない。いしのまき演劇祭は現在、参加団体を募集中。厳正なる審査を経て残った団体のみが出演権を獲得するのだという。



■いしのまき演劇祭に出演できたら、見てもらえる!


私はすぐにスタッフチームに連絡を取った。いしのまき演劇祭に応募したい旨を伝えた。「私は自分の作品で石巻の人たちに元気になってもらいたいとか、このメッセージを届けたいなんて気持ちは正直なくて、ただ、あの妙子さんご夫婦や娘さん家族、避難所で出会って、いつかmicの芝居を見たい。と言ってくださった人たちに見てもらいたい。そんな理由なんだけどどう思う?」誰もが「行きましょう!」と即答してくれた。「でも、もし受かったとしても会場費はいらないけど交通費や宿泊費、その他の経費は全部こちらで負担しないといけないねん、、涙(弱気になると出る関西弁)

またもや誰もが「受かった時に考えましょう!」。こうして皆の後押しもあって、矢口龍太さんにも色々と相談に乗って頂きながら、
第四回いしのまき演劇祭に応募。結果、11月2日13時から1回限りではあるが、上演が決定した。


■というわけで


と、そうです。やっと冒頭のくだりへと戻ってきました。経費がでないこの状況で、私たちはクラウドファンディングを実施し、単に”支援して頂く”というカタチではなく、ささやかではありますが”一緒に体験してもらえる”ような、リターンを考えました。

もしご興味を持っていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。


【費用は何に使われるの?】


・出演者・スタッフの宿泊・交通費

・舞台セット制作費

・音響・照明費

・DVD制作のための撮影・編集費

・皆様への発送費等の諸経費

これらに充てさせて頂きます。


【おっと、忘れちゃいけない肝心の公演概要!】


   ひとり芝居コメディ「ひとりコーラスライン(笑)!」

不朽のブロードウェイミュージカル「コーラスライン」にオマージュを込め、
micオリジナルの目線で描いたヒューマンコメディ。

【ストーリー】

有名演出家、作田修一郎は不朽のミュージカル『コーラスライン』にインスパイアされた『コーラスライン(笑)!』上演のため、プロ・アマ問わずの”端役”出演者を募集。
「演技やダンスの上手な人間の芝居はもう見飽きた。
巧いだけならAIでも踊れる。ダンスや演技は下手でも”個性”さえあればいい。」
それを聞きつけた様々な人々が大劇場のステージに憧れてオーディションに駆けつけた。
そんな中、かつて作田が新人の頃に恋人だった落ち目の女優が現れ…。


【日程】11月2日(土)
【時間】12:30 開場 13:00開演
【会場】スペースく・ら・ら内 土音(どん)

<宮城県石巻中央3丁目65-3>
※JR石巻駅より徒歩8分
 ※駐車場あり(台数に限りがあります)

【チケット料金】2000円(未就学児無料)
 ※チケット一枚で「R」内で上演される3演目すべてが観劇可能

予約はこちら!
https://mailform.mface.jp/frms/rishinomaki/uwehfsvmti8c 

~コメントを頂きました!~

micさん!
このヒトの人間観察力、表現力には毎回驚かされる!
ほっておくとこの先1000人くらいずるずると演じ続けるのではないか?

何年かかるかわからんがそうなるともはや「一人芝居」を越えた壮大な人間図鑑になる。
もはや演劇の枠をも越えた“千mic観音”にまっしぐらだ。拝むしかない!
そんな超越した芝居をごらんあれ!
えもいわれぬ感動をあなたに与えることでしょう!

堤幸彦 
演出家 映画監督
(ドラマ「ケイゾク」「TRICK」「SPEC」「SICK’S」シリーズ
 映画「20世紀少年」「人魚の眠る家」「12人の死にたい子供たち」他)

★★★

原作を観てなくても大丈夫!
キテレツな面々が次々と現れ、あなたはスグに、この物語に夢中になる事間違いなし!
破茶滅茶な告白の数々、個々の個性から滲み出る色とりどりのダンス、わけもわからず抱腹絶倒。でもなんだか徐々に共感が湧いてくる。
やがて最後には超個性的な面々の一人一人が大好きになっている事でしょう。
その頃には独り舞台だという事も忘れ、ただただエンタテインメントに酔いしれ、帰り道はスキップして帰りたくなる。
そんな素敵な作品です。
大いに楽しもう!と何も考えずにお出でください。


きだしゅんすけ
音楽家(「マイ・バック・ページ」「婚前特急」「さよならくちびる」他)


★東京公演にて頂いたお客様からのコメントはこちら!
http://mic-merci-cosmic.onamae.jp/comment.html

【スタッフ】
選曲・音響:グルーヴあんちゃん
音楽:きだしゅんすけ
振付:庭野章子
宣伝美術:太田千春(ミルプランタン)
フライヤー撮影:道下洋明
製作:mic 野島健介
【協力】(株)アイオーン、(株)オフィスクレッシェンド、堤幸彦
テアトロジャージャン 、世界のオモニ 、Benchmark
(株)リノベーションプランニング

 

■さいごに

 (妙子さんご夫婦の娘さんご家族と東京で一緒に遊んだかけがえのない時間)

読んで頂くとおわかりかと思いますが、私たちの石巻・牡鹿半島への最初の関わりはボランティアといっても、本当にささやかな活動です。もっと本格的に携わっておられる方も多くいる中で、今回のような、ましてや、ただおじいちゃん、おばあちゃん達に見てもらいたい!という超・個人的な理由でクラウドファンディングを立ち上げるのはいかがなものだろうか? と、実は私個人は今でも思っています。

(10月に開催された”いしのまき演劇祭プレイベント”の打ち上げ、石巻の屋台村”COMMON” で絶品の梅酒を薦めてくださってこの笑顔!)

その一方でありがたいことに「立ち上げるのであれば参加したい」というお声も頂き、少し視点を変えることにしました。こうして立ち上げること自体が、石巻や牡鹿半島の現在、そして”いしのまき演劇祭”を通して石巻を盛り上げたいと奮闘している方々の存在を知ってもらう”きっかけ”になるのであれば、挑戦してみようと。とんでもなく長くなってしまいましたが、私の想いが少しでも伝わって、何か感じて頂くことができたらそれだけで嬉しいです。


今回のクラウドファンディング立ち上げにあたり、アドバイス・応援・写真掲載・お名前掲載やリターン内容に相談に乗ってくださった皆様、大阪公演での募集に参加くださった皆様、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。


■追伸


リターンに1万円、5万円を選んでくださった方には、私がかねてからの大ファンである
石巻で30年愛され続けている”珈琲工房いしかわ”さんのコーヒーやとーーっても美味しい
オリジナルスイーツをお送りさせて頂きます。

一方的にファンだったのに奇跡的に石川社長にお会いできました。光晴さんということで、ミッツ&ミックというコンビ名も誕生!?笑 珈琲愛に溢れてめちゃくちゃ素敵な社長さんです、ほんとに。


いしかわさんの珈琲は素材や焙煎にとことんこだわられ、飲むとその香りや奥深い味に

現実のアレコレを一瞬にして忘れさせてくれる素晴らしい作品。

ネットでは購入できないのでレアです!

これが美味しかったあ、、甘味と苦味と塩味が絶妙なコーヒーとヘーゼルナッツのお味。
いつ販売かはもう少しお待ちをだそう。
11匹の猫がいるんですよ。
この絵の中に、見てけてみて。

先日、月島に東京店をオープン!気になる方はぜひ行かれてみてください!
RAINBOW COFFEE

<All-in方式の場合>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。


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