紀貫之の「貫之集」、清少納言の「枕草子」ゆかりの神社にある舞殿で歴史文化を次世代につないでいきたい。舞殿の修繕にご協力をお願いいたします。

はじめに・ご挨拶

ページをご覧くださり有難うございます。

私たちは、関西国際空港のある大阪府泉佐野市長滝に鎮座する、蟻通神社宮司の木戸聖子(しょうこ)と権禰宜の木戸睦晃(みつあき)と申します。

当社は、清少納言の「枕草子」に「蟻通しの明神」として登場し、さらに古くは和歌の名人の紀貫之の物語をはじめ多くの故事伝承があり、江戸時代には和歌の神様、能の神様として江戸の町にまで知られていました。

かつては広大な社域を擁し長い参道に松並木が続く和泉の古社でしたが、第二次世界大戦下の飛行場建設のため、陸軍により現在地に移転を余儀なくされました。

主な祭神は大国主命・蟻通明神で、国土開発・五穀豊穣・智恵・孝行の神として移転後も氏子崇敬者の方々から篤い信仰を寄せて頂いています。

このプロジェクトで実現したいこと

蟻通神社は、室町時代に世阿弥が作った謡曲「蟻通」の舞台となっていることから、江戸時代に岸和田藩から舞殿(能舞台)を奉納されました。

戦時中の軍による強制移転時には、その舞殿は村の氏子さんたちのご尽力により曳家工法にて移築され、その後何度も修理を重ねながら現在まで存続してきました。

しかしながら壁面がなく、屋根と四隅の柱だけで構成する舞殿は、床板が長年の風雨に晒されてささくれ立ち、とげが刺るけがをされる方も出てくるようになりました。


舞殿を備えた神社は格別です。だんじり祭には子ども巫女が神楽を奉納し、あるときは能やミニコンサートの舞台になり、観光案内のボランティアさんが由緒の紙芝居を披露し、また真夏の参拝のかたが屋根の下に腰を下ろして涼を取るなど、この舞殿があることで人々が集い、村の氏神鎮守社として人々と神社とをつなぐ大切な接点となっているのです。

来年の令和6年には神社移転80年の節目を迎えます。それに合わせて「第9回ありとほし薪能」の記念公演を開催することになり、床板を張り替えたきれいな舞殿で奉祝の皆様をお迎えしたいという思いが強くなりました。

舞殿の修繕費の一部をこの度クラウドファンディングにて、広くみなさまのご支援を募らせて頂くことになりました。どうか皆様の温かいご支援をお願いいたします。

昭和17年という大変な中、曳き家工法で旧社地より運んで頂いている様子です。

境内地と周辺地図

泉佐野市は鎌倉時代、九条家の管理する荘園(日根荘)


プロジェクトを立ち上げた背景

神社の舞殿で第1回目の「ありとほし薪能」が開催されたのは、神社が移転して70年記念の平成26年(2014)でした。来年の令和6年(2024)が移転して80年となります。

10年前の初演時でも、すでに床板は長年の風雨によって板がささくれていて、そのため床全面に毛氈を敷き詰めてその上でお能を舞って頂くという対応を考えましたが、それでは舞のなかで足を踏みならす場面で音が響かないということもあり、そのままでの演能になりました。

それ以後は音響効果を重視して、床板のままでの10年8回の薪能を続けてきましたが、その間には、床にじかに正座する地謡(じうたい)方さんが、足にとげが刺さるといった「事故」もありました。こんなこともあり数年前からは床板を修復したいという思いが強くなりました。

薪能公演開始前の様子です。

昨年からは、「能の蟻通神社」の伝統を引き継ぐ次世代を発掘するために「夏休み子ども能楽教室」を立ち上げ、能役者さんや囃子方さんの協力を得て、小鼓(こつづみ)や太鼓(たいこ)、謡(うたい)、仕舞(しまい)のお稽古を始めました。

この企画は好評で、今年の夏休みには19名の男女の小中学生が、1回2時間5回のお稽古と8月27日の発表会を見事にこなしてくれました。発表会ではそれぞれに浴衣を着て袴をつけて凜々しい姿で舞殿に立ち、覚えたことを一生懸命に披露してくれたのには、見ていて涙がこぼれました。

この子達のうちの何人かでも、この村の伝統を引きついでくれることを願い、つくづく「ちゃんとした舞台でさせてあげたいなあ」と思ったことでした。

これまでの活動

神社の舞殿で第1回目の「ありとほし薪能」が開催されたのは、神社が移転して70年記念の平成26年(2014)でした。神社の境内の中心に舞殿が存在し、先人たちが残してくれた大切な文化財を活用して地域の皆様に喜んでいただけることをしたいということから、ありとほし薪能実行委員会が主催となって、「薪能」が始まりました。

その後毎年1回、薪能を開催しており、氏子様、地元の方々、能楽愛好者の方々に喜んでいただける公演になっています。

2015年公演 「鞍馬天狗」より シテ方がつけている能面は江戸時代に蟻通神社に奉納されたものです

資金の使い道・実施スケジュール

支援金の用途:舞殿の床板の張替費用

※修繕費用:約230万円
※キャンプファイヤー手数料
※クラウドファンディング実施の諸経費

目標金額
第1目標 :150万円 達成!10月14日
第2目標 :250万円 達成!11月25日
第3目標 :350万円 挑戦中!!

実施スケジュール
・令和6年4月・・舞殿の修繕工事
・令和6年5月9日・・第9回ありとほし薪能 開催

リターンの紹介

当神社所蔵の品や地域の企業様とのコラボによりクラウドファンディング限定の品などさまざまなリターン品をご用意しております。以下抜粋してご紹介いたします。

●蟻通神社所蔵 三十六歌仙の額装
江戸時代に蟻通神社に奉納された三十六歌仙の絵馬のうち「紀貫之」「柿本人麻呂」「斎宮女御」「小野小町」をデータ化し”実寸大”に印刷したものを額装付きで提供いたします。

●正絹表装の御朱印帳と特製巾着袋のセット
北浦呉服店様のてづくりによる着物の生地を使用した1点もの御朱印帳です。 巾着袋には能「蟻通」に登場する宮守がデザインされております。 御朱印帳の最初のページに「能舞台修繕記念」の特別な御朱印を書かせていただきます。

※お詫びと訂正

【御朱印帳と巾着袋のセット】のリターンに関して、巾着袋の色味を「濃い緑」と書いておりますが、正しくは「乳白色(生地本来の色)」でございます。

大変申し訳ありませんでした。

活動報告にも挙げておりますので、そちらもご覧ください。

正しい巾着袋の色味はこちらをご参考にしてください


●健康長寿・安産祈願ベア
泉佐野市に本社がある株式会社プティルウ様とのコラボテディベアです。蟻通神社で祈祷させていただいており Bear(ベア)は「産む」、「結ぶ」、「耐える」といった言葉の意味をもち、 母性愛が強いベアは、縁起の良い動物とされています。

応援メッセージ

泉佐野市 日本遺産推進担当理事兼文化財保護課長 中岡 勝さま

泉佐野市には、3つの日本遺産がありますが、令和三年(2021)、そのうちの「旅引付と二枚の絵図が伝えるまち-中世日根荘の風景-」を構成する文化財の一つとして、蟻通神社が追加認定されました。これは、鎌倉時代において、本神社が九条家の「日根荘日根野村荒野開発絵図」に描かれる「穴通」「長滝庄」であるということを示しております。

蟻通神社は、長滝の鎮守で、熊野詣とのかかわりで紀貫之の和歌、清少納言の『枕草子』、

世阿弥の謡曲「蟻通」に登場することで知られていますが、織田信長の紀州攻めにより、焼失、岸和田藩主岡部家により再建、昭和十七年(1942)の明野陸軍飛行学校佐野分教所建設に伴い、現地点に移転を余儀なくされましたが、南北に長く、南側を正面とする社殿景観は移転以前の景観をよく残しています。

神社境内にある11棟の建造物が、国登録文化財になっておりますが、屋根の傷みが著しかった絵馬堂につきましては、修繕規模も大きかったこともあり、令和三年(2021)に文化庁の補助金採択を受けられ、無事改修されました。

今回、修理を計画される舞殿につきましても、これまで薪能やコンサート、子ども能楽教室の舞台に使われ、地域住民と文化財が触れ合う場として貴重な文化財となっておりますが、壁のない構造から風雨にさらされた床板の傷みが目立ち、床材の張替費用につきましては、蟻通神社がクラウドファンディングという新しいプロジェクトを立ち上げ、募集されるとお聞きしました。

今後の寺社仏閣修理の一つの在り方として、地域住民のみならず、今後の地域活性化のシンボルとなれるよう本市としましても引き続き支援をさせていただく所存です。

ありとほし薪能実行委員会 委員長 吉野 勝さま

みなさんは、謡曲「蟻通(ありどおし)」をご存じでしょうか。ご当地長滝の蟻通神社が舞台になるお能です。世阿弥に始まり現代に伝わっているおよそ二百曲の能のうち、世阿弥の手になるものはわずか二十曲ほど。「蟻通」はそのうちの一つなのです。

今では「能楽」というと何やら小難しいものの代名詞になっていますが、江戸時代までは「猿楽(さるがく)の能」といって、謡曲を謡うことは現代のカラオケのような庶民の娯楽でもあって、親しまれていました。

蟻通神社は戦争中の昭和17年、陸軍の命令により千数百年来の社地を離れて強制移転をさせられた歴史があります。氏子たちは移転を惜しんで舞殿で盛大に能「蟻通」を奉納しました。

しかし戦後は急速に「日本」の文化が薄れ、蟻通神社で再び能が舞われることはなくなりました。

平成26年、遷座70年を記念して70年ぶりの能を奉納しようと「ありとほし薪能実行委員会」が発足し、蟻通神社の舞殿をお借りして、「蟻通」を上演申し上げました。それから10年間、台風やコロナでの中断もありましたがなんとか継続し、ことしで第8回となる「ありとほし薪能」を、この舞殿で開催できました。

舞殿は江戸時代、領主の岸和田藩の岡部の殿様ご寄進によるもので、老朽化は厳しいものがあり、10年前の初演の時ですら床板の荒廃が問題視されておりました。手持ち弁当の委員会が改修費用を捻出できるはずもなく、能役者さんには、だましだまし演能をして頂いております。

実行委員会が復活させた「能の蟻通神社」を次世代に伝承していくために、昨年の夏休みから「子ども能楽体験教室」をスタートさせました。今年は19名の小中学生の参加をいただき、最終回には袴をつけた凜々しい姿で舞殿での発表会を行いました。

しかし能の基本である「すりあし」を、さらさらとした気持ちの良い床板で稽古してもらえないことが残念でなりません。来年はいよいよ遷座80年の記念の歳。皆様がたのお力で能舞台の床板が修繕できましたら、次世代の文化を担う子どもたちへの何ものにも代えがたい贈り物になると存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

能楽観世流シテ方 重要無形文化財総合指定保持者 山中 雅志さま

江戸時代よりこの蟻通神社に舞殿が守られてきました。

かつては能舞台であったとも言われており、今回はこの伝統のある歴史的建造物を後世へ継承していくための改修であると認識しています。また世阿弥作の「蟻通」という曲を広く知って頂く目的もあり、例年ありとほし薪能をこの舞殿で上演実施しています。私も微力ながら企画等のお世話をさせていただいております。

日本の歴史のひとつ、また和歌文学にも疎通したこの蟻通神社の歴史的改修に皆様のお力添えを賜りますと幸甚に存じます。


最後に

昭和17年という戦時中の大変な中を、村の氏子さんたちが移築作業をして残してくれた蟻通神社を、これから先も、村の氏神鎮守社としてまた、ご参拝頂く方にとって、来てよかったと思っていただけるような心が安らげる神社になるように守っていきたいです。

また、今後も人と人が交流し、歴史や文化芸術が行きかう場所として次世代に繋がるような活動を続けていきたいと思っていますので、どうか皆様の温かいご支援をお願いいたします。

2023年8月27日 能楽体験講座の発表会

<募集方式について>

本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。


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  • 2024/02/12 18:19

    ご支援をいただきました皆様へご連絡が遅くなり大変申し訳ありません。先日リターンの発送手続きを済ませて、本日一部リターンを発送いたしました。タオルとクリアファイルのセットお酒と枡のセット御朱印帳と巾着袋手鏡とケースのセット紀貫之の絵馬というように袋に入れて本日ヤマト運輸様にて発送しております。到...

  • 2024/01/01 19:56

    こちらの活動報告は支援者限定の公開です。

  • 2023/12/01 09:31

    皆様おはようございます。ついに昨日11月30日の23時59分をもちまして2ヶ月と少しの舞殿床板修繕プロジェクトが終了致しました。皆様にはプロジェクト開始より温かいご支援やお言葉を頂戴し誠にありがとうございました。今回のプロジェクトを通して氏子の方々だけではなく、より多くの方にも当社を知っていた...

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