※サンドラ・クエバス区長とプロジェクト投稿者本人の1枚。サンドラ・クエバス区長は私達が活動するテピート地区を管轄する地区の区長でメキシコの人気女性政治家でもあります。

※令和6年1月1日能登半島沖で発生した地震で被害に遭われた全ての皆様に心よりお見舞い申し上げます。大会とチームの活動を通してメキシコ、テピートから勇気を送ります!



60年の時を経て日本へ届け!
ジョー・メデル・プロジェクト

※伝説のボクサー ジョー・メデル(1938〜2001年)撮影地 日本



はじめに・ご挨拶

皆さんはじめまして、今回私達のプロジェクトをご覧くださりありがとうございます。

どうか最後まで読んでいただければ幸いです。

まずは投稿者の簡単な自己紹介から

渡邊 大将(わたなべ だいち)

31歳 元プロボクサー

選手時代メキシコに武者修行経験を持っていたのがキッカケでセカンドキャリアをメキシコに移し活動中。

(真ん中が投稿者。メキシコはその世界では広く知られたボクシング大国、今回発信するのはボクシングと共に贈る国際プロジェクトになります。)



メキシコシティ テピートで活動

ここは首都メキシコシティのテピートという街。ここは「ボクシングチャンピオン発祥の地」と呼ばれボクシングがとても盛んです。

(テピートには至る所にボクサーの絵があり大人気なスポーツ!)




ここにデポルティーボ・マラカナというスポーツ施設があります。

私はここのボクシングチームに所属しております。


(上に並べられている写真は歴代のマラカナ出身チャンピオン。ここはメキシコではとても有名です。)

※サッカー場が見える場所がデポルティーボ・マラカナ

(テピートという街は大きなスラム街でもあります、でもとっても良い街です!)


ホセ・"ウィトラコチェ"・メデル・ジムとスペイン語で書かれています。彼は「ロープ際の魔術師」と呼ばれ日本で一世を風靡した伝説のボクサー ジョー・メデル氏の事です。


※チームのスパーリングの様子。とてもエネルギッシュです😅

※デポルティーボ・マラカナの練習風景


このプロジェクトで実現したい事

日本人の協力のおかげでメキシコで開催出来たアマチュアボクシング大会を今年も開催したい。

プロジェクトを通して大会の認知を広げる事で日本とメキシコの交流を更に深めて行きたい。

ジョー・メデルというボクサーの名前を後世に残していきたい。




日本とメキシコのボクシング交流の歴史はとても長い。


今から約60年前に日本で行われた伝説の試合で生まれたテピートとの友情はまだ生きています!



ファイティング原田対ジョー・メデル 

日本ボクシング界の歴史に刻まれる伝説の試合。対戦相手のジョー・メデルは私が働くテピート出身。このように日本とメキシコの交流は実は長く、ずっと友好的な関係を築いてきました。そのおかげで私のテピートでのキャリアがあるといっても過言ではないのです。その理由をプロジェクトと共にお伝えします。



伝説の外国人ボクサー"ロープ際の魔術師“  ジョー・メデル


このプロジェクトを発信する上で、どうか彼の名前だけでも覚えて欲しいと思っております。


その名前は先にも伝えたジョー・メデル。

マラカナのボクシングジム創設にも関与し日本でもかつて大人気だったこのボクサーは一体どんな人物だったのか?

往年のボクシングファンなら知らない人はいませんがここで改めて紹介致します。


*幾度も来日し、ファイティング原田、関光徳と言った名ボクサーをロープに下がりながらのカウンターで倒したことから「ロープ際の魔術師」とも呼ばれた。現役当時、華麗なカウンターでダウンを奪う姿に魅了された日本人も多く、当時の日本人に最も愛された外国人ボクサーのひとりと言っても過言ではない[1]。その日本のリングでの試合を最後に引退している。

戦績112戦73勝(45KO)30敗9分 

・現役引退後、一時期日本に住み、日本のボクシングジムでトレーナーを務めたこともある。

・彼の死後、引退後の30年間の余生を過ごした地区で、優秀なスポーツ選手に与えられる奨学金が設立されたが、この奨学金に彼の名が残っている。

※出典Wikipedia


奨学金制度の設立や後進の指導も熱心に行なった稀代の人格者。


こちらの記事は日本人目線でよくジョー・メデル氏の人物像か描かれています、プロジェクトをよく理解していただくにも読んで頂けると幸いです。



※出典ボクシングJP

(お孫さんに日の丸鉢巻を巻かせるほどの親日家だったジョー・メデル氏)



かつての日本人は彼のおかげで沢山のドラマを見る事ができました、それを若い世代にも伝えていきたいという思いからプロジェクトは「ジョー・メデル・プロジェクト」と名付けて発信致します。






ジョー・メデルの姪っ子Sayuriとの出会い、そしてその恋人の事故。

私がこのマラカナジムが非常に価値のあるジムだと気付くのはSayuri(以下サユリ)という日本風の名前の女性との出会いがきっかけでした。

彼女は私に「ジョー・メデルっていうボクサー知ってる?」と話しかけて来ました。その名前を知らない日本のボクサーはいないほどです。「もちろん」と答えた相手はなんとジョー・メデル氏の姪っ子だったのです。伝説のボクサーを通して一気に打ち解けた私とサユリはそれからジムで共に練習する様になりました。彼女のおかげで少しずつテピートという街にも慣れてきたころにサユリの恋人がスパーリングから意識不明の重体に陥るというリング渦が起こります。


私の隣の大きい男がサユリの恋人でリング渦に遭ったディエゴ。

ジョー・メデル氏の姪っ子Sayuri

サユリとの出会いとディエゴの事故が私とテピートを強く繋げていきました。


入院、そして天国へ。。

入院生活で治療を続けたサユリの恋人(名前はDiegoi以下ディエゴ)ですが遂に意識が戻らぬまま帰らぬ人となりました。メキシコは日本ほど医療が行き届いておらず低所得の人にとって治療を受けることは簡単なことではありません。この事故はテピートという街に来てわずか数か月程の時に起きました。最初に述べたようにこの街はスラム街としても有名で麻薬の汚染レベルや犯罪発生率が日本の比ではありません、私自身何度も怖い目に遭いました。

スパーリングから死亡事故に発展することを目の当たりにしたのも初めてでした。こうも頻繁に事件が起こってたら命がいくつあっても足りない。

テピートのボクシングは魅力的だけど潮時かなと考え始めました。

ですがまともに言葉も話せない私を慕ってくれる選手や子供たちがすでにいたこと、それにサユリの存在が私の胸に引っかかりました。

ジョー・メデル氏の姪っ子だと知った時は喜んでも、恋人というかけがえのない存在を亡くした時は保身に走り見捨てて去ろうとするのは余りに情けないと考え直し、この街にとどまる決意をしました。

メキシコシティ最大のスラム
テピートは危険な街です。
ディエゴの死後まもなくマラカナジム横の教会前で行われた追悼大会で優勝、チームの結束が一気に高まる。


この大会からチームは結束を高めて行きました。



ディエゴは結局帰らぬ人となってしまいましたがその後すぐに行われたテピートのボクシング大会で私達のチームは見事優勝!

追悼の意味も込めて臨んだこの戦いは私達にとって負けられない一戦でした。

その後マラカナジムにはディエゴの写真が飾られるようになり私達は彼の写真も含めた多くのチャンピオンと共に練習するようになりました、今思えばこの大会を皮切りにチームは結束を高めていったように思います。

ディエゴの遺影はジョー・メデル氏の横に今でも飾られています。



数々の大会で優勝!
メキシコでは一躍有名チームに!


メキシコ最大規模の大会にも参加、WBC(世界ボクシング評議会)という世界的なベルト団体の総会へ招待を受ける程の強豪チームに成長。


規模の大きい大会でも存在感を残せるチームになってきました。


WBC総会の様子、日本人は私1人だけしかいません、貴重な経験をさせて頂いています。

国境と困難を超えた絆で結ばれた私達には結果もどんどん着いてくるようになってきました!


最初に紹介したサンドラ・クエバス市長。行政に携わる方からも激励を受ける程のチームに成長。


プロジェクトを作った最大の理由はこれ!

2023.3月ジョー・メデル杯と名付けたアマチュア・ボクシング大会を日本とメキシコ共同で開催!


私達のチームの絆はジョー・メデル氏および日本ボクシングとメキシコボクシングが長年鎬を削って来た功績の下にあるんじゃないかと感じています。

「ロープ際の魔術師」として当時の日本人を沸かせた歴史と、姪っ子に日本風の名前をつけるという親日の心が私をテピートに引き留めました。ジョー・メデル氏がいなかったらサユリとの出会いもなく、今のチームも無かったと思っています。

また私自身が世界チャンピオンでも無いのにこれだけ有意義なキャリアを送れているのはこれまで先輩ボクサーがジョー・メデル氏など名だたるメキシカンボクサーとメキシコ人の胸を打つファイトをしてきた功績があるからだと思っています。


その偉大な功績に感謝とリスペクトを捧げる大会として私達は2023年の3月に「コパ・ホセ・メデル(スペイン語でジョー・メデル杯)」と名付けたアマチュア大会をデポルティーボ・マラカナで開催致しました。


※またこの大会開催にあたってSNSなどの呼び掛けを中心に沢山のご協力を日本から頂きました。この協力がなければ大会開催は出来ませんでした。 


ちなみにSNSの発信は私ではなく妻が代わりにしてくれました、私は現場に奔走するのが精一杯でそこまで気が回らなかった。本当にみんなで作り上げた大会でした。  

ボクシングに興味があったわけでは無い妻も色々協力してくれました。本当に色んな人が助けてくれたおかげで開催する事が出来た大会でした。


大会は見事大成功!

このように大会は人で溢れかえる大盛況の中、無事終える事が出来ました。


ジョー・メデル氏のご家族も大会には駆けつけてくれました!


沢山のご支援があったおかげで参加選手達へ沢山の景品と賞品を用意する事が出来ました!

このような大会を作れたのは日本から応援して頂いた皆様のご厚意のおかげです、この場を借りてご支援頂いた全ての皆様に改めて深く感謝申し上げます。

日本とメキシコの交流史の中で新たな1ページとなったこの大会。長く続けて行く事で成長させていきたい。そしていつかは日本人のアマチュアボクサーも出場して欲しいという目標を持っています。

ご支援のお陰で用意できた景品等は選手に大きなモチベーションを与えるものとなりました、本当にありがとうございました。







ボクシングには人を変える力がある。

先ほど紹介した伝説の試合時に製作されたこのポスターはなんとジョー・メデル氏ご本人が保管されていたもの!ご本人が亡くなった今でもご家族が大切に保管されています。


このようにジムには親にも学校にも見離された子供達が訪ねて来ます。彼らにはボクシングを通して人の道も頑張って教えています。大した学もない私がそんな事が出来るのはボクシングのおかげだと思っています!


最初は挨拶も出来なかった子達がボクシングを通して礼儀や人との交わり方を覚えていく、その成長の過程は本当に感動します。


ジョー・メデルさんの旧家に今も大切に保管されている日本との友情の証。

最後にジョー・メデル氏が昭和の日本と築いてきた友情の証を紹介します。

以下に紹介する写真はご家族が大切に保管されているものです。

そこには大変貴重な日本とメキシコの交流の様子が残されていました。

当時の格闘技雑誌、これをメキシコで見る経験は貴重でした。



当時の日本人に愛されていた事がよく分かる写真がメキシコで大切に保管されています。

ジョー・メデル氏が日本人の国民性の高さを日頃から説いていたようでご家族もとても親日家、日本人としてこんな嬉しい事はありません。

こんな集いがその昔、日本であったそうです、ここに集まったメンバーは誰だったのか?今も生きているのかも分かりません、でも友情はしっかり次世代に繋がれています!ジョー・メデルの時代から現代まで続くこの物語をボクシングという垣根を越えて色んな人に知ってもらえるプロジェクトになれば幸いです。


資金の使い道・実施スケジュール

・CAMPFIRE手数料

・リターン品準備費

・動画編集費(大会の様子を撮るための人件費や機材費)

・ジョー・メデル杯開催費

(場所のレンタル料、ベルトやメダルなど賞品の準備、ドクターやレフェリーの配備やボクシングコミッションに払う人件費や申請料など)

2023年2月クラウドファンディング終了

2023年3月 リターン品とコパ・ホセ・メデル開催の準備

2023年4月

ジョー・メデル杯開催

2023年5月

リターン品発送

※リターン品はメキシコで製作しますが日本郵便局からお届け致しますのでお届けも安心安全。

日本のお菓子寄贈について

寄贈先:

【Deportivo Maracaná】

Caridad 1, Tepito, Morelos, Cua  uhtémoc, 06200Ciudad de México, CDMX, México 

スケジュール:

2024年4月 日本から発送

2024年4月 Deportivo Maracaná 到着


リターンのご紹介

私たちはボクサーの育成だけでなく歴史あるボクシングブランドCASANOVAと協力してオンラインでオーダーメイドショップを開設しております。CASANOVAはマラカナと同じテピート地区に工房があり私達は普段CASANOVAを使って練習しております。このCASANOVAからもこのプロジェクトを盛り上げるための応援リターン品をいくつかご用意しました!

(CASANOVAは大ヒット映画ROCKY第一作目で使用された伝説のブランドです、ご興味がある方は是非SHOPをご覧下さい)



その他『まちづくり/地域活性化』にふさわしい、メキシコで作ったリターン品やボクシング製品、メデル氏ゆかりのリターン品など沢山ご用意しました!




最後に

日本とメキシコの交流はあまり認知されていませんが、実はとても長い交流の歴史を持っています。


※第二次世界大戦時メキシコに残された避難民達の写真。過酷な時代から日本とメキシコは交流を続けてきました。

そして何より日本とメキシコはボクシングで仲良しです。

私達はこれからもボクシングでメキシコとの交流を深めて参ります。

最後にこのプロジェクトを発信するにあたってご尽力頂いた全ての人とこのプロジェクトをご精読頂いた皆様に感謝を捧げます。ありがとうございました!


どうかご支援の程もよろしくお願い致します。




渡邊 大将とマラカナジムのみんなとジョー・メデルより。



  • 2024/01/04 10:47

    令和6年1月1日能登半島沖で発生した地震で被害に遭われた全ての皆様に心よりお見舞い申し上げます。私達テピートのチームが大会を開催できた事、いつも多くの人に応援メッセージを頂いている事に大変感謝しております。ボクシングのイベントの前に地震で被害に遭ってる方々へメキシコからもお返ししたい。よってプ...

  • 2023/12/20 09:45

    日本へ届けジョー・メデル・プロジェクト!ご支援者様、観覧者の皆さまへ、、。私達のプロジェクトを応援して下さり本当にありがとうございます!毎日感動しております!プロジェクトの目標金額の達成と大会開催は=ではありません。このプロジェクトの最大の目標は「ボクシングに興味がない人にも、ボクシングで感動...

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