みなさん、はじめまして。

編集長の吉野和也です。

この度は、このチャレンジを見ていただき、ありがとうございます。

私は千葉県で生まれ、 震災前までは東京で暮らしていました。

震災以前は大槌町との縁はありませんでしたが、震災のボランティアをきっかけにして、 2011年5月から大槌町に住んでいます。
移住当初は、震災後に出会った仲間たちと「大槌復興刺し子プロジェクト」を立ち上げました。被災された女性の方々が刺し子をほどこしたTシャツなどを販売するものです。

たくさんの皆様のご協力のおかげ様で、
同プロジェクトは現在も継続することができています。

そして、新しいチャレンジとして『大槌食べる通信』を始めることにしました。

・食べる通信について

『大槌食べる通信』は、食のつくり手を特集した情報誌と、食のつくり手が収穫した食べものがセットで定期的に届く“食べもの付き情報誌”です。

さらに特集されたつくり手と直接つながる様々なしかけもあります。

つくり手の思いやライフストーリーと共に食べものをいただくことで、食を通じた感動や食に対するありがたさをお届けできればと思っています。


農林水産省によると、日本の食品ロスは年間約500~800万トンと推計され、世界全体の食料援助量の約2倍ともいわれている現状があります。

食べる通信を通して、手元にある食べ物がどんな思いで、どんな背景で、作られたのかを知れば、食べ物を大事にするようになると思うのです。

実は私自身、東京に住んでいる頃は、そこまで食について考えたことはありませんでした。

しかし、目の前の食べ物がどんな人がつくり、どのようなストーリーがあるのかを知ることで、背景のわからないスーパーの食べ物でも大切に食べるきっかけになるのではないかと考えました。

・岩手県大槌町とは

岩手県の南北のほぼ真ん中、太平洋に面している、「ひょっこりひょうたん島」のモデルの一つとされる「島」が町のシンボルです。 世界三大漁場の一つ「三陸沖」とわかめやほたてなどの豊富な資源が大槌町の発展を支えてきました。

(出典:新おおつち漁業協同組合 http://jfshinootuchi.jp/about)

震災により甚大な被害を受けましたが、世界中からたくさんの力が集まり、持続可能な町づくりを目指しています。

大槌町のシンボルひょっこりひょうたん島

・なぜ大槌食べる通信を始めるのか(PJ背景) 

『大槌食べる通信』には、人口の減少、産業の衰退に悩む地方の課題を解決できる可能性があると考えるからです。

大槌町は2011年に震災があり、甚大な被害を受けました。
震災前の人口が約16,000人、津波によって世帯ベースで8割が被災し、
そして人口の1割近くの方が亡くなりました。

現在人口は約12,000人となりました。

そして仮設住宅には約1300世帯の方々が現在も入居しています。 いまだ中心市街地はできておらず、土を盛り、嵩上げをしている途中です。

中心市街地が出来上がるまでにあと2年かかる見込みです。

大槌町の産業は、震災前の時点ですでに厳しい状態でした。 今は震災の特需で潤っている業種もありますが、 それもあと数年で終わります。


しかし希望もあります。

日本中の過疎化に悩む地方都市が、人口の減少、産業の衰退、高齢化などの課題に悩んでいますが、大槌町や被災した地域は、その課題解決に最も近い位置にいます。

その理由は、たくさんのよそ者が地域に入り、企業や自治体、町民を巻き込み様々なプロジェクトを始めているからです。

こういった活動の中から、地方都市の共通課題に対する解決策を見出せるのではないか。

解決策を見つけることができれば、大槌町の活気につながるだけではなく、これまでご支援くださった方たちへの恩返しになり、日本の未来を作ることにもつながると信じています。


大槌食べる通信で、実現したいことは
大槌町を「ふるさと」だと思う人を増やすことです。


今、盛んに交流人口を増やそうと言われていますが、
大切なのは末長くお付き合いできる関係性をつくることです。

それこそ「ふるさと」だと思ってもらえるような。

では、どうすれば離れていても大槌町を「ふるさと」だと思ってもらえるようになるでしょうか。
その答えは東日本大震災からの5年間が教えてくれました。

震災以降、大槌町には数十万人のボランティアや支援の方々が訪れました。

大槌に訪れる中で、地元の人と接して、時間を共に過ごすことで、 大槌町を「ふるさと」だと言う人たちがどんどん現れてきました。

しかし、せっかく大槌町を「ふるさと」だと思ってもらえても、 その間をつなぐことをしなければ、少しずつ疎遠になってしまうこともわかりました。 そこで考えました。

どうすれば、大槌町を忘れないでいられるのか。
どうすれば、大槌町のためになることができるのか。
どうすれば、大好きな大槌の人たちと家族になれるのか。

実行委員会のメンバーは大槌出身者と、
大槌に通う中で大槌町を「ふるさと」だと感じるようになった人たちです。
そして出た答えが『大槌食べる通信』です。

『大槌食べる通信』は、大槌の食べ物と作っている人、その食べ物の話と調理法、 ちょっと大槌町に来たくらいではわからない、大槌の人も知らなかったりする、 大槌町のツウな情報を掲載します。
紙面はA4サイズの16ページです。

特徴は、
・紙面で特集した食べ物が一緒に届くこと
大槌町で生産される品は、築地市場でも通用するほど品質が高いのです。
ウニ、アワビ、ホタテ、牡蠣、わかめ、鮭、マンボウ、メカジキ、はちみつ、原木椎茸、松茸などなど。

・交流会を定期的に開催すること
月に一度は東京、その次は大槌というように。
すでに、「東京だけでやるのはずるい。静岡や関西でもイベントをやってほしい」という声や、「あんなこと、こんなことをしたいね」と盛り上がっています。

大槌を出て都会で暮らしている出身者も、大槌に来て、ここが大好きになったけれど今後どうやって関わり続けていいかわからない人も、町の人も一緒に楽しみながら、大槌町とつながるきっかけにしたいのです。


<創刊号特集について>

創刊号は漁師の堀合俊治さんを特集します。
食材は「ホタテ」です。

紙面製作は現時点で6割程度です。
堀合さんのホタテは、築地市場で一番の値段をつけたこともあります。

堀合さんご自身も震災で大変な被害を受けました。
幸いご家族は無事でしたが、ご自宅を流され、多くの親戚、友人を亡くしました。
仕事道具もすべて流されました。
漁師の道具は、非常に高価で、すべて揃えるには数千万円かかります。
廃業した漁師もたくさんいました。

日々の仕事はとても忙しく、12時間労働は当たり前です。 海が荒れれば出来ない仕事もあるため、やれるときにやれることを どんどんやっていかなければなりません。真冬も海に出て仕事をします。

厳しい仕事でも家族のために、
食べてくれる人のために、一生懸命つくる。

堀合さんの家庭はとても温かく、
休みの日には家族8人で出かけることが多いそうです。

創刊号で堀合さんを取材することができ、本当に良かったと心から思っています。

創刊号をお届けできる日を楽しみにお待ちいただければ幸いです。


・今後の展開
今回集めたお金で創刊をした後は、
講読料で経費をまかない、事業化を目指します。

安定して運営を軌道に乗せるためには、
より多くの方々に購読していただく必要があります。

そのために、購読者の方々に紙面だけではない、大槌町をより楽しむことができる
以下の企画を構想しています。

<交流会・生産者訪問(隔月)>
隔月で、大槌と町外(基本的に東京)で交互に交流イベントを開催します。

・大槌町では
生産者さんを訪問して、食材の生産現場を体験してもらいます。

例えば、ウニの殻をむいてそのまま食べたり、船で養殖の牡蠣、ホタテの生育状況を見て引き上げ食べてみたり、伝統的な漁法を体験してみます。

・町外では
大槌出身の方たちと、大槌を大好きな人たちで集まり、大槌のいろいろな話をしたり、食材を使ったお食事会などをしていきます。
ゆくゆくは虎舞などの郷土芸能なども出来ればと考えています。

こういった企画もフェイスブックのグループで購読者の皆さんからもご意見をいただきながら一緒に立てていきたいと考えています。

このことで、新しい購読者を集めることと、既存の購読者の方により大槌食べる通信の世界を味わってもらうことで、大槌町との距離をより縮めていきたいと考えています。


・製作メンバーを紹介

代表  倉本栄志
震災前にUターンで大槌町に戻り、社員が幸せになる会社を作ろうと奮闘する経営者

編集長 吉野和也
震災後にIターンで大槌町に来て、そのまま移住。
大槌町の魅力をたくさんの方々に知ってほしいと願っている。

・支えてくれる人たち
櫻井真由美 制作協力
熊谷由紀  制作協力
新田まり  フードコーディネーター
高野嘉明  大槌食べる通信東京チーム
守田裕子  大槌食べる通信東京チーム
細江絵梨  大槌食べる通信東京チーム
岡山史興  大槌食べる通信東京チーム

・予算の使い道
紙面製作費、創刊イベント開催費、HP制作費、クラウドファウンディング手数料(5%)、諸経費。

・想定されるリスク
『大槌食べる通信』は3カ月に一度、特定の生産者を特集し、その生産者が育てた食材をお届けします。しかし、天候不良・不順などの影響で決まった日に送付することが難しい場合があります。振替日の指定等、 適宜対応しますので、ご了承いただけますと幸いです。



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