モンゴルのサッカーチーム「FC墨田ウランバートル」は、09年モンゴル貧困解消、青少年健全育成を理念に設立。育成部門には 8歳から16歳まで貧困地区のモンゴルの明るい未来を担う若者たちが所属。育成部門の秋季(9月下旬から11月)までの活動資金のサポートを皆様にお願いできればと思います。

プロジェクト本文

▼はじめに

皆様、こんにちは。このページをご覧になっていただき、ありがとうございます。

小生は、FC墨田ウランバートルCEO兼テクニカルダイレクターを務める森本高史と申します。

生年月日:1978年10月9日

出身地: 東京都墨田区

学歴: 墨田区第二寺島小学校→墨田区立向島中学校→立教高校→立教大学社会学部

 

①世界を意識した学生時代

学生時代から世界中で愛されるサッカーをとことん追求するため、学業と並行し、運送業者、郵便局、交通量調査などのバイトを行い、サッカー海外観戦の旅へと出た。

96年アトランタ五輪最終予選(マレーシア開催、前園の活躍で28年ぶりの五輪本大会出場)、98年フランスワールドカップ予選プレーオフ、日本VSイラン(岡野選手のゴールで日本代表史上初のワールドカップ本大会出場、前日練習終了後バスの前で岡野選手に「腐らずに頑張れ」と激励)、98年フランスワールドカップ本大会、EURO2000、チャンピオンズリーグ、UEFAカップ、フランスリーグ、ポーランドリーグ、チュニジアリーグなどを現地観戦。

 

イラン代表のエース、アリ・ダエイとジョホールバールの歓喜の前夜に対面

 

若いうちに海外に出た影響が強く、自主的に語学を勉強。

学生時代に既に英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語をマスターし、世界のサッカー人、一般人と広く交流した。

サッカーと学業の両立を見事に図り、立教大学社会学部を卒業。

 

②フットボールへの情熱、クラブマネージメント

立教大学在学中の99年、サッカー界に新たな風を吹かすべく、

墨田下町蹴球団というクラブを創設。

千葉県社会人リーグ、天皇杯千葉県予選に監督として指揮を執り、

ときには選手としてプレーした。

Jリーグ昇格という目標を掲げ、元清水エスパルスの天皇杯、ゼロックスーパーカップ優勝監督のズドラヴコ・ゼムノヴィッチ氏を招聘したり、

柏レイソルの練習生の肩書を持つアフリカ人選手を加入させるなど

社会人チームの枠を超えたマネージメントを発揮した。

 

③就職活動せず、自分の道を努力で切り開く!

大学4年生になっても就職活動は一切しなかった。なぜならば、フットボールジャーナリストとして、フリーランスとして生きていくことを決意したから。数多くのメディア媒体に自分自身を売り込んだが、フットボールジャーナリストの実績は0であるため困難を極めた。しかしながら、ネバーギブアップの精神で活動を続け、01年11月日韓ワールドカップ・ヨーロッパ予選プレーオフ、スロベニアVSルーマニアのマッチレポートをインターネット媒体「FCJAPAN」での掲載が決定し、プロフェッショナルとしての第一歩をスタートした。

 

④フットボールジャーナリストとして独り立ち!

その後、週刊サッカーダイジェスト、ワールドサッカーダイジェスト、NUMBER、SPORTS YEAH、スポーツニッポン、報知新聞などの媒体で記事を執筆。

FIFAドイツワールドカップ公式サイト、東アジアサッカー連盟公式サイトなどオフィシャルの仕事も数多くこなした。

 

ワールドカップ2回、アジアカップ2回、アフリカネーションズカップ4回、北中米カリブ海選手権3回、東南アジア選手権3回など国際的な大会の取材を精力的にこなした。ウクライナのサッカー専門誌「Pan Football」、UAEのスポーツ雑誌「SUPER」、西アフリカのベナンの文化雑誌にも英語もしくはフランス語で記事を寄稿した。

 

⑤発展途上モンゴルのサッカーへの貢献を決意!

「サッカーで得たお金をサッカーに還元する」という理念を掲げ、2009年モンゴルのサッカーのみならず、国全体の発展を目標にサッカーチームを設立。モンゴルのサッカー普及、育成、サッカーを通しての青少年への教育、ひいてはプロ選手を輩出することでモンゴルの貧困解消の貢献すべく、森本高史の持ち出しによって運営が行われている。

2013年4月、FC墨田ウランバートルとして新たなスタートを切り、8歳から16歳までのモンゴルの明るい未来を担う若者たちが約100人がサッカーを楽しんでおります。

FC墨田ウランバートルは、森本家が100年以上墨田区に住んでいることから敢えて「墨田」と名付けました。

ある観光客の方は「モンゴルに墨田区が支援しているサッカーチームがある」と会話していることを聞きましたが、もっともっと多くの墨田区在住、在学、在勤、墨田区を一度でも訪れたことのある人方々、墨田区両国で行われている大相撲を応援されている方々、墨田区とは関係ないけど「モンゴル」、「モンゴルの明るい未来を担う若者たち」、「モンゴルサッカー」を応援したい方々に、ご支援いただければ幸いです。

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▼プロジェクトの理由→モンゴルの底知れぬ可能性/順調に成長を遂げている

モンゴル人初の関取となった旭鷲山を筆頭に、第68代横綱・朝青龍、第69代横綱・白鵬など、モンゴル人力士のがセンセーショナルな活躍を見せる大相撲。

モンゴル人は、運動神経、身体能力に優れており、サッカーをプレーしても、世界的に成功するのではという確信が生まれ、モンゴルが慢性的に悩まされている貧困解消、青少年の健全育成なども兼ねて、2009年にモンゴルの少年・少女のためにサッカーチームを設立しました。そのためにはある一定の資金を用意し、外国人指導者を招聘(これまでセルビア5名、マケドニア1名、キルギスタン1名、日本2名/元浦和レッズの手島淳氏、元川崎フロンターレの今井敏明氏を招聘)、グランド(夏季)、体育館(冬)を確保、ボールやマーカー、ビブスなど用具を購入しました。

 

フットボールジャーナリストとして今まで得た収入を、この10年間モンゴルの明るい未来を担う若者たちのサッカー環境整備に全力を尽くしてきました。

当初は、モンゴルでは柔道やモンゴル相撲などが絶大な人気を誇り、サッカー人口は少なかったのですが、小生がサポートしたモンゴル史上初のプロ選手・ムルン選手(タイ・クラビFC→サトゥーンU→欧州セルビア・マチュバ)、ワールドカップやUEFAチャンピオンズリーグの影響も受け、モンゴルは今空前のサッカー人気に沸いており、空き地ではサッカーボールを蹴る少年・少女が数多く見ることができます。

2015年9月、U-16AFC選手権予選でモンゴル代表が日本代表と対戦した際、GKエルデネバヤルはFC墨田ウランバートルの選手でした(結果は、久保建英選手にハットトリックもあり、0-17)。

2017年11月、U-19AFC選手権予選でモンゴル代表が日本代表と対戦した際、10人が小生が指導した選手でした(結果は0-7)。

「この2年間で、モンゴルサッカーは大きな成長を遂げた」と日本代表関係者は感銘を受けていたのが忘れられません。

FC墨田ウランバートルの存在が、モンゴル代表にとって決して小さくない存在であり、モンゴルの明るい未来を担う若者たちへのさらなる育成活動の充実が、モンゴルの秘める底知れぬ可能性を花開かすことになると確信しております。

 

▼これまでの活動

①モンゴル史上初のプロサッカー選手誕生/2013年10月

モンゴル代表エース・ムルン選手を、同国史上初のプロ選手としてタイのクラブ「クラビFC」との契約をまとめた。エージェントとしての役割だけではなく、タイまでの渡航費、滞在費、移動費、食事費、医療費などを日本からの支援者及び森本高史からの資金でサポートした。

この歴史的快挙にモンゴル国民は大熱狂。FIFA(国際サッカー連盟)公式サイトの特集記事が掲載。

https://www.fifa.com/live-scores/news/y=2014/m=2/news=young-murun-making-mongolian-history-2277152.html

 

②ワールドカップ優勝戦士・クリスチャン・カランブーによるサッカークリニック@モンゴル

2012年8月、モンゴル訪問中のクリスチャン・カランブー(フランス代表として1998年フランスワールドカップ優勝に貢献、レアル・​マドリー、サンプドリアで活躍)と交渉に成功し、ウランバートルから車で約2時間、大草原の​中に位置するテレルジにて、クリスチャン・​カランブーサッカークリニックを開催しました。。

モンゴルの明るい未来を担う若者た​ちは、早朝車での移動にも疲れを見せず、ワールドカップ​、ユーロ2連覇を成し遂げたワールドクラスの英雄カラン​ブーとともに、サッカーを楽しんだ。とりわけトッププレ​ーヤーの基本技術の高さに感銘を受けました。

③トップチームが、モンゴル・ディビジョン1昇格!

今年5月開催の昇格プレーオフを3度目の挑戦で遂に制し、モンゴル・ディビジョン1昇格を勝ち取りました。

その直後から開幕したモンゴル・ディビジョン1・2018シーズンでは、格上の相手に耐え凌ぎ、7位となり、見事に残留を達成。2019シーズンも、モンゴル・ディビジョン1を戦う権利を得ました。

来年の目標は、モンゴルナショナルプレミアリーグ昇格。モンゴル・ディビジョン1は、日本で言うJ2です。

モンゴルの明るい未来を担う若者たちにとって、大人になったらトップチームでモンゴル全国リーグを戦えることを大きなモチベーションとしております。

 

④今村裕也氏、ユースダイレクター正式就任のお知らせ

FC墨田ウランバートルの育成組織の長を務めるユースダイレクターに、かねてよりオファーしていた今村裕也氏が就任することが決定しました。

9月26日、モンゴル・チンギスハーン国際空港に、今村裕也氏は、降り立ちます。

今村裕也氏(福岡県福岡市出身)は、ロシアで8年間育成年代を中心に指導経験を誇る国際派サッカーコーチです。

今村裕也氏は、モンゴルの明るい未来を担う若者たちにのために全力を尽くすとモチベーションの高まりは尋常ではありません。

モンゴルから世界を実現すべく、今村裕也氏とともに前に進んでいきます。

なお、今村裕也氏は、今回指導料を含め一切の謝礼は発生せず、FC墨田ウランバートルサイドが日本からモンゴルまでの航空券を購入するだけというボランティアでモンゴルの明るい未来を担う若者たちのために指導に当たってくれます。今村裕也氏には、感謝の気持ちで一杯です。

FC墨田ウランバートルへの応援よろしくお願いします。

 

<今村裕也氏・プロフィール>
フリガナ:イマムラ ユウヤ

1988年10月2日生まれ。福岡県福岡市出身。

幼少時よりサッカーをプレーし、高校卒業後に運送業者で働きながら、資金を貯め、21歳のころ、ロシア極東サハリンからモスクワまで電車で旅をし、人々との交流、広大なロシアを目の当たりにし、2011年からロシアチャレンジを決意。

ハバロフクスに住みながら日本語教師を務める傍ら、ロシアの明るい未来を担う若者たちにサッカーを指導。

13年より、名門ゼニトの本拠地であるサンクトペテルブルクに活動の拠点を移し、キッズ、ユース、U-21など幅広くサッカーチームを指導し、貴重な国際経験を積んだ。

日本とロシアの両国でコーチ資格を所有する国際派サッカーコーチ

「サッカー選手として少しでも技量を伸ばしていきたい。そして、サッカーを通して社会貢献、国際交流の一助となりたい」と今村裕也氏は、目を輝かせながら語る。

毎日新聞掲載
「サッカー自体が一つの言語」日本人指導者・今村裕也氏
https://mainichi.jp/articles/20180614/k00/00m/050/176000c

 
▼資金の使い道

FC墨田ウランバートル育成部門(トップチーム除く)
秋季(9月下旬から11月末まで)の主なコスト

合計: 46万7千円(467,000円)

11万2千円
ー屋外グランド代(9月下旬から10月一杯まで)
1時間2000円、1日2時間4000円 1週間6日24000円

*FC墨田ウランバートルは、極寒に屈しません!

FC墨田ウランバートル育成部門は、秋季活動に資金がいくら集まるかに関わらず、モンゴルサッカーの発展のため、必ず活動しますので、ご支援よろしくお願いします。

14万4千円
ー体育館フットサル(11月)
1時間3000円、1日2時間、1週間6日36000円

*11月から-20から-30度の極寒に見舞われるため、体育館での練習となります。

 

12万5千円
ー日本からモンゴルまでの往復航空券/今村裕也・ユースダイレクター
*今村裕也氏は、モンゴルの明るい未来を担う若者たちのために今回給料は一切なしのボランティアでモンゴルで指導に当たります。

8千円
ーモンゴルビザ関連申請費/今村裕也・ユースダイレクター
*今村裕也氏は、モンゴルの明るい未来を担う若者たちのために今回給料は一切なしのボランティアでモンゴルで指導に当たります。

3万9千円
ーサッカーボール15個

3万9千円
ーフットサルボール15個

 

 

▼リターンについて

お礼メール、結果報告メール、活動報告メールなどをリターンとしてご用意させて頂きます。どれも気持ちばかりのお返しですが、そのぶん皆様に活躍する姿をお見せ出来るように頑張ります。

▼このプロジェクトの目標

短期

2019

U-10モンゴル全国サッカー選手権優勝

U-12モンゴル全国サッカー選手権優勝

U-14モンゴル全国サッカー選手権優勝

U-16モンゴル全国サッカー選手権優勝

 

中期

2021年

U-16AFC選手権予選で、モンゴル代表にFC墨田ウランバートルから10選手派遣、日本代表から勝利

U-19AFC選手権予選で、モンゴル代表にFC墨田ウランバートルから10選手派遣、日本代表から勝利

 

長期

2024年パリ五輪

モンゴル代表に、FC墨田ウランバートルから15選手派遣、アジア最終予選で日本代表から勝利を挙げ、悲願の五輪本大会出場達成

 

皆様のご支援よろしくお願いします。

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