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  • 出身地:石川県

気多大社 宮司 三井孝秀 気多大社が中央の文献に初めて見えるのは、『万葉集』です。748年に越中守大伴家持が氣太の神宮に赴き参詣した折に、海辺にて歌を一首つくりました。古来より能登は、渤海を中心とする対外関係、東北経営の面において極めて重要な地域でした。そのため能登半島の要衝に鎮座する氣多の大神は、海上防備を護る要として、朝廷から厚く尊崇され、越前国気比神宮、常陸国鹿島神宮、下総国香取神宮と共に「日本四社」と称せられていました。768年に封戸二十戸と田二町を寄進され、しばしば奉幣を受け、また、784年に従三位から正三位、834年に正三位勲一等、859年には従一位勲一等、896年には正一位の神階を賜っています。さて、氣多大社は、氣多大神宮、氣太神宮ほか、氣多大神、一宮大神、能登大神とも称されていますが、能登守護畠山氏が正親町天皇の勅許を得て社殿の造営を進め、1569年には摂社若宮神社を再建しています。この若宮神社は現存し、石川県の重要な中世建造物のひとつです。1577年に能登畠山氏が滅ぶと、その後、上杉氏、織田氏、前田氏等の武将たちが能登国を支配しましたが、その間も気多社への崇敬は絶えることはなく、社領の安堵や寄進がしばしばなされました。特に、前田利家やその後の加賀藩歴代藩主からの崇敬は厚く、社領350石の寄進をはじめ、前田家への祈願、祈祷、しばしば社殿の造営がなされました。本殿、拝殿、神門、摂社白山神社。神庫、随身門がそれです。

能登国一宮気多大社で震災復興を祈り、あなたの名前で後世に伝える千人祈願を募ります

能登一宮気多大社は、能登半島地震に際して、復興の支えとなり、後世に伝えたい。祈りには力があり、この千人祈願は、皆様の祈りが神様に届き、大きな力となって、日々の生...

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