製菓衛生師免許取得後、家業の菓子店で働く。30歳で結婚、33歳で離婚。(二人を引き取り、現在子育てを終えている。)ヤギミルクを娘に飲ませる。その約10年後大病で緊急入院&手術。ヤギ達すべて手放し、その土地も手放した。病気を闘いながら、その間に発生した連帯保証人問題で、家業は父が急逝、母が跡を継ぐ。私は保育士免許を取得し、様々な施設で働きながら家業の菓子作りも手伝った。大怪我をする。両手の挫滅。梯子から転落した際、窓ガラスに両手を突っ込み・・・・。握力と神経を数年戻らず。現在は、半分の握力まで戻り、痺れは続いている。感覚も一部無い。保育士に専念することになる。しかし、また倒れ入院。そして退職。その後も入退院を繰り返している最中、母が倒れ入院手術。私が家業のお菓子屋を始めた。しかし、PTSDである接客と電話応対が上手く出来ず、母が退院後に、私は製造のみを少しだけ行うことになった。母は体調が万全でないため、製造はしないが、接客をできるまでになって現在に至る。ただし、収入は最低限をなんとか確保することに精一杯。私は障害者となり、就労支援継続A型でパートを開始した。もちろん、早朝にお菓子を作ってからパートへ行っている。そんな中、また身体が回復してきたこともあり、昔描いた夢の形を実現に向けて、家畜商免許を取得していることもあり、農地の購入を目指した。まだ所有権移転が済んでいない時に、押し付けられるようにヤギ二頭が、まだ手付金だけしか払っていない土地にやってきた。そんなこともあり、近隣住民のごく一部からクレームが入り、農業委員会まではなしがまえまわってきて、その農地での山羊の飼育、繁殖、売買、野菜の収穫に、ハーブを育て、お菓子屋の新商品に繋がる夢も絶たれた。ヤギを処分しようと思ったが、どうしてもできず、県外の狭い借地だが、理解のある地主さんや近隣のおかげで、今年11月1日に引っ越しを完了。買う予定だった農地の地主さんのご厚意や近隣の応援してくださった方々のために、害獣防止のため、景観のため、草刈りを始めた。それがとても楽しいと感じた。確かに辛い作業ではあったが、両手の後遺症を忘れるくらいに夢中になった。そのような経緯もあり、草刈りが役に立つのではないかと考えた。最初はそれを商売にしようと思った。しかし、根っからの自己肯定感の乏しさや、お金に関することになるとパニックになってしまった。それもPTSDではある。それじゃあ、ボランティア活動としてはどうかと考えた。しかし、無収入では継続は不可能。そのことも経緯のひとつで、クラウドファンディングにかけてみた、というわけです。ながなが、一気に描きました。読んでくださった方、ありがとうございました。
環境問題にも繋がる耕作放棄地、雑草等の放置。美しい景観を損なわれることや虫や害獣の増加にも繋がります。本来の美しい日本の風景を取り戻すような活動を可能な限り続け...