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山奥に佇む偉人のお墓を観光地化したい

山奥の田舎にある明智光秀の墓を観光地化したい。2020年には大河ドラマも放映されるにあたり、知られていないこの場所を観光地化したいと思います。

現在の支援総額

4,000

0%

目標金額は500,000円

支援者数

3

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2018/11/28に募集を開始し、 2019/01/16に募集を終了しました

山奥に佇む偉人のお墓を観光地化したい

現在の支援総額

4,000

0%達成

終了

目標金額500,000

支援者数3

このプロジェクトは、2018/11/28に募集を開始し、 2019/01/16に募集を終了しました

山奥の田舎にある明智光秀の墓を観光地化したい。2020年には大河ドラマも放映されるにあたり、知られていないこの場所を観光地化したいと思います。

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▼はじめにご挨拶

はじめまして、明智天成です。

このたびは、岐阜県の山奥にある明智光秀の墓を観光地化したいと思い、このような形でプロジェクトをさせていただきました。

▼このプロジェクトで実現したいこと

2020年に大河ドラマで明智光秀が取り上げられることもあり、古くから伝承の残る場所を多くの人に知ってもらい地域の活性化を行ないたい。

▼プロジェクトをやろうと思った理由

岐阜県の山奥の集落に、明智光秀の墓があります。この場所は、古くからの伝承があり地元の人たちが守ってきました。この地には、以下のような言い伝えがあります。

『天正十年(一五八二)山崎の合戦で羽柴秀吉に討たれ死んだのは、光秀の影武者「荒木山城守行信」だとしている。光秀は荒木山城守の忠誠に深く感銘し、この事実を子孫に伝えようと荒木の「荒」と恩義を深く感じての「深」で自らを「荒深小五郎」と名乗り西洞寺の林間に庵を建てて住んでいたと言われている。その後光秀は雲水の姿となって諸国遍歴にでたが、十八年後の慶長五年(一六〇〇)関ヶ原の合戦の時、東軍に味方せんと村を出発したが途中、藪川の洪水で馬と共に押し流されおぼれ死んだ為、死骸を山城守の子吉兵衛が持ち帰りこの地に埋葬した。』

この言い伝えをもとに、この地には荒深姓が多く、今でも年二回(4月と12月)の供養祭を行っています。   

そこで、多くの方にこの伝承を知ってもらい観光地とすることで地域の活性化につながると思いこのプロジェクトをやろうと思いました。


▼これまでの活動

今回のプロジェクトが初めてとなります。至らない点はあると思います。

▼資金の使い道

・グッズの作成

・建造物の維持費など(看板の修繕、道の整備、建屋の修繕)

▼リターンについて

グッズを作成することを考えています。また、年二回行なわれる供養際への参加なども考えています。

▼最後に

このプロジェクトに少しでも興味を持っていただけると幸いです。より多くの人にこの伝承を知ってもらうことで地域の活性化につながるとともに、歴史に触れていただけるのではないかと思います。

今は荒深姓が年二回(4月と12月)の供養祭を行っていますが、高齢化にともない継続が困難になってきているという現状もあります。

これから先もこの伝承を伝えていきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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