実行委員会のひとりで杉並区民の權田菜美といいます。普段は、ダンサーをしていて、ストレッチや踊りを教えたり、踊ったりしています。丸木夫妻の絵のパワーに魅せられたこと、憧れていた杉並区に引っ越してきたばかりなので、地域の人びとの活動に参加したいという気持ちでこの活動を手伝っています。
ただいま、リターン用「実行委員会オリジナル木版画」の作成が佳境に入っています。
この版画は、ご覧のように明るい多色刷りの作品です。モチーフは、ヒロシマ・ナガサキを想起させる折り鶴や水爆実験のキノコ雲、そして第五福竜丸、署名運動をする人びとなどで、時代を過去から今に繋ぐ素朴であたたかな作品です。
下絵を、井桁裕子さん、版木の彫り作業と刷り作業を上岡誠二さん、実行委員会のふたりが行いました。まるで江戸時代の浮世絵のような分業で一枚一枚手作業で作り上げられています。しかしこれが、大変に、大げさでなく、とても手間暇がかかります。下絵を描くのに、数日間。多色刷りの作品なので、版は7版もあります。刷り作業は1枚仕上げるのにつき、14回にもわたります。道具も、彫刻刀やバレンだけではなく、専用の筆、刷毛、水のり、絵の具に墨汁と多種にわたって必要です。また紙は、水で含ませたボール紙に挟んでおき、均一に湿らせるなど、細やかな下準備が必要とされます。
私も少しだけ刷り作業を手伝いましたが、集中力と根気が必要でした。1色刷るのも、大仕事なのですが、何版も重ねる刷り作業は、手作りの版木と紙の調整が崩れたら、絵がズレて作品としては成立しません。濃度を調整しながら色を作り、版木に水のりを乗せ、絵の具を乗せ、ブラシで木目に馴染ませます。色のぼかしを入れるところは、さらに版に筆で水を軽く含ませます。そして、基本に習って紙を両手で挟み持ち、慎重に慎重に、版木の角を合わせて紙を載せ、バレンで満遍なく圧をかけていきます。刷りムラがあってもいけませんし、やり直しが効きませんから、ひとつひとつの作業に緊張が走ります。また、絵の具の濃度、版木への染み込ませ具合、水のりの量、ほんの数滴の誤差で、色の濃淡だけでなく、ベタやゴマ刷りのような色むらや版木の木目を活かす刷り上がりの質感も変わっています。
このような丁寧で細やかな手間や時間がかけられ、今回の版画は作りあげられています。多くの方に画面越しのデジタルでなくて、手にとって見てほしいなと思っています。
私は、そして実行委員会のメンバーもこの絵に描かれている女性や子どもたち、黒く影になっている誰かのように、名も無き一市民です。原発や原爆で犠牲になる人びともまた同じ。歴史の教科書には名前はほとんど出てきません。ニュースでも「○名の犠牲者が」としか伝えられず、一人ひとりの名前を知り、その人を知る機会は少ないでしょう。私は名前を知りません。だけれども、いつでもそのような名も知らぬ「誰か」が歴史を創り、変えてきたのだと思います。そしてそれは、この版画づくりのように、手間や時間がかかるものだと思います。署名の一筆、版画の一彫り、バレンの一振り、、、行為は違えど、このようなひとりひとりの行為が、歴史を作るのだと信じています。