2019/04/15 23:19

クラウドファンディング〆切を前にエッセイ大放出の今夜、リレー・エッセイの第5弾は、ヴォーカリスト・構成担当の早坂牧子がお届けします!

実は今回の録音で、言葉のアクセントをめぐってちょっとした論争が起こりました。この記事では、そんな録音の裏側もちらりとご紹介しつつ、VOICE SPACEが考える「言葉との向き合い方」について、書いてみたいと思います。

今回のCDに収録されている「どこの どなた」(まど・みちお・詩 / 中村裕美・曲)には、たくさんの花の名前が出てきます。

トイレの スイセン
ベランダの ラベンダー
うんそうやの ハコベ
すいげんちの ミズヒキ

・・・と、花の名前とかけた言葉遊びのような作品になっているのですが、途中で出てくるのが

しあいじょうの ショウブ

です。「試合場」と、「ショウブ(菖蒲・勝負)」をかけているのですね。ニュートラルなカタカナ表記を使うことで、ひとつの語句に二重の意味が浮かび上がります。同音異義語の多い日本語の特性を活かした、まどさん流のウィットに富んだ詩ですね。

さて、皆さんは、この「しょうぶ(菖蒲)」、どのように読みますか?

「勝負」と同じ、「高低低」(頭高)アクセントでしょうか?
それとも、「菖蒲園」と言うときのように、「低高高」(平板)アクセントになりますか?
きっと、頭高アクセントで読む方、平板アクセントで読む方、両方いらっしゃるのではないかと思います。

でも、どちらが「正しい」のでしょう?

標準語のアクセントを調べるときに使うアクセント辞典の類を繙いてみると、「菖蒲」はたいてい頭高アクセントと出ています。東京出身者やアナウンサーを中心として、頭高で読まれることが多いことが伺えます。一方、最新の辞書(『NHK日本語発音アクセント新辞典』など)の中には平板アクセントも並記されているものもあるので、こちらを用いる人も増えてきているようです。

―つまり、頭高で読んでも、平板で読んでも、どちらも「正しい」のです。両方のアクセントが存在しているのですから。
そもそも、アクセント辞典とは東京のアクセントを「標準」と考え、特定のサンプルから抽出して作られているものですから、辞書に載っていないから間違い、というわけでもありません。言葉は常に変化し続けていますから、今標準でない読み方が、時を経て市民権を得るようになることもあります。

今回の録音でも、「菖蒲」のアクセントは頭高だ、いや自分の周りは平板が多い、と、メンバーの間で意見が分かれました。言葉は自分の生活に根ざしたもの、自分の慣れ親しんだアクセントでなければ違和感を覚えるし、自分が声に出して読むとなれば、自分のしっくりくる発音、アクセントにこだわりたくもなります。一方で、より多くの人に「伝える」ことを重視してまとめられている標準アクセントに従う、というのもひとつの選択です。

どちらもあり得るとなったとき、ではどう読みを決定するのか?

今回の「しょうぶ」の読みは、最終的に頭高アクセントが採用されました。読み手がもともと頭高アクセントで読んでいたので、それを尊重したことと、二重に示された「勝負」の意味がより伝わる読みを、と考えた結果です。明らかな間違いのある場合を除いて、基本的に読みは読み手の裁量に任され、意見が割れた場合は、どの選択肢がより詩の内容を的確に伝えるかを皆で検討する、というのが、朗読に際してのVOICE SPACEの基本方針となりつつあります。とりあえずアクセント辞典に従え、ということではないのですね。様々な読みの可能性の中で、その時の演奏者、その時の楽曲、その時の演奏の形態に最もふわさしく、力を発揮する読みの表現を探そう、ということです。今回のCDに収録された「どこのどなた」の「しょうぶ」は標準アクセントになりましたが、また別の作品、別の機会には、標準ではない、別の読み方がされることがあるかもしれません。VOICE SPACEの世界では、日本語の読みもまた変幻自在なのです。

今回の録音では、言葉の正確性よりも朗読表現の効果を重視して、単語の読み方を変えたものもあります。例えば、宮沢賢治の「蠕虫舞手 アンネリダタンツェーリン」の中に出てくる「花軸」は、本来「かじく」と読みますが、あまり一般的とは言えないこの「かじく」という言葉、耳で聞いて何のことだかパッと分かるでしょうか?「花の軸」だということがより分かりやすいように、今回の録音ではあえて「はなじく」と読ませています。

新しいCD「アラベスクの飾り文字」では、そんなVOICE SPACEの言葉の読みに対するこだわりが詰まっています。お聴きになって、言葉がすっと入ってくるもの、あるいは違和感を覚えるものも中にはあるかもしれません。どのようにVOICE SPACEのメンバーが言葉のひとつひとつを表現しているか、皆さんご自身の持っている言葉の音やイメージとも比べながら、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。


【早坂 牧子 Makiko Hayasaka プロフィール】
東京生まれ。幼少よりピアノ、声楽、チェロ、オルガンなどを学ぶ。国際基督教大学在学中、中原中也の英訳プロジェクトに関わったことがきっかけで、「中原中也と西洋音楽受容」をテーマに卒業論文を書く。東京藝術大学大学院修士課程(音楽文化学専攻音楽文芸)に進み、VOICE SPACEの活動に参加(2006~2009年代表)。修士論文では、中原中也の詩をテクストとした日本歌曲の「言葉のリズム」の諸特徴について、独自の日本語韻律分析法に基づき検討した。VOICE SPACEでは、ヴォーカリストとして演奏に参加するほか、舞台構成及び脚本も手がける。当団体での主な代表作(脚本)に、「子守唄よ―中原中也をめぐる声と音楽のファンタジー」(2007年10月8日、山口情報芸術センタースタジオA・10月21日、サントリーホール小ホール)、「俺はひとりの修羅なのだ―宮沢賢治『春と修羅』をめぐるファンタジー」(2014年1月16日、座・高円寺 )。2016年、ブリストル大学にて「英国における世俗オルガン演奏会」の研究によりPh.D (Musicology) 取得。現在、英国の娯楽施設「レジャー・パレス」の研究、音楽を通じた英語教育、地元山中湖縁のソプラノ歌手三浦環の演奏・海外受容研究などに取り組む。2012~2014年ロームミュージックファンデーション奨学生。東京音楽大学非常勤講師(英語・ミュージックリベラルアーツ)。
研究者情報:https://researchmap.jp/makiko_hayasaka/