展示作品に対する政治家の批判というカタチでの表現への介入から、有名・無名の組織や個人によるSNSやメディアでの誹謗中傷、そして電凸でのテロ行為の脅迫により、企画展「表現の不自由展・その後」が僅か3日で展示中止に追込まれて以来、展示中止に抗議する国内外の参加アーティスの相次ぐ展示ボイコットと開催中の「あいちトリエンナーレ2019」は図らずもわが国の表現の自由の危うい現状を浮き彫りに致しました。2015年、東京都現代美術館で開催された「おとなもこどもも考える ここはだれの場所? 」展にて、市民からの抗議を受けて、美術館側から撤去の要請があった、会田誠さんの家族3人による会田家《檄》2015 展示風景 2015 撮影:宮島径 (c) AIDA Family Courtesy Mizuma Art Gallery一昨日の示された検証委員会の「表現の不自由展・その後」の展示再開に向けた方向性により、ようやく当初の展示に戻るのかと思いきや、一夜明けた昨日、文化庁が採択済みの補助金交付の全額停止を決定。事態は公権力による検閲にも繋がる芸術空間への介入や表現の自由への侵害に及び、戦後、現在の憲法の施行によりこの国で初めて表現の自由が認められてから72年を経て、わが国の表現の自由はまさに今、分水嶺にあるとも言えます。《広島の空をピカッとさせる》 2009 ビデオ(5分35秒)時の公権力がその意やイデオロギーに沿うままに芸術への助成の有無を判断する、こんな馬鹿げた、かつ狡猾、愚鈍な事態になれば、まずは芸術への助成という政策自体のが形骸化し、それは今回の判断を決定した文化庁の存在意義を自ら無形化するものです。加えて、公共の美術館や空間では時の権力の意に沿う表現しか行えなくなり、既に日常化しつつある萎縮や忖度、自主規制の空気が更に蔓延することは確実です。2014年、愛知県美術館で開催された「これからの写真」展で、愛知県警からの指摘を受けて布で覆った、鷹野隆大の作品《“with KJ#2(2007)” 》(シリーズ『おれと』より) Ryudai Takano Courtesy of Yumiko Chiba Associates, Zeit-Foto Salon表現の自由は決してアーティストや表現者だけの権利ではなく、時の権力や資本力によって私たち一人一人が自分らしく生きるために欠かすことのできない思想及び良心の自由を守るために私たちが持つかけがえのない武器であり、最低限の権利です。今まさに私たちは、いとも簡単に大切な権利が阻害され剥奪される状況に直面しています。このままでは表現の自由も芸術も文化もないがしろにされてしまいます!まさに今が、私たちが自分らしく暮らしていける権利を守り続けられるかの分水嶺です!! 2017年、沖縄県の伊計島で開催された「イチハナリアートプロジェクト」にて、展示開始直前にベニヤ板で封印された、岡本光博の作品《落米のおそれあり》小社では、表現の自由が危機に瀕している現状が浮き彫りになったこの機会に、アートを通じて人を思いやる想像力と難問を突破する創造力の構築を志すソーシャルアートメディア「ARTLOGUE(アートローグ)https://www.artlogue.org/」と伴に、今回の「あいちトリエンナーレ」の件や、過去にアートや音楽、映像などの表現の様々な現場で、検閲や自主規制、あるいは組織や個人による誹謗中傷や脅迫により表現の自由が浸食された事例を通して、今一度、我が国の表現の自由が直面している現状を見つめ直し、様々な議論を通して、そのあり方を考える機運を創り出したく、『表現の不自由時代本』を発刊致します。http://www.artlogue.org/node/4126http://www.artlogue.org/node/4170http://www.artlogue.org/node/4174私たち1人1人が自分らしく暮らしていくために欠かすことのできない表現の自由や芸術・文化が貶められつつある現在、個々人で見つめ直して、表現の自由や芸術、文化のあり方を考える機会を創出したいと考えております。ご支援の募集期間も残すところ3日となりました。皆様のご支援を改めてお願い申し上げます(拝)
芸術 の付いた活動報告
私たちの社会では、立場やイデオロギーが異なる相手を許さない不寛容が日に日に増しています。その中で、様々な検閲や、無言の忖度や萎縮によって自主規制が日常化しています。現在開催中の「あいちトリエンナーレ2019」では、企画展「表現の不自由時代展・その後」が誹謗中傷やテロの予告により僅か3日で展示中止に追込まれて、今も様々な動きや議論が続いており、改めてわが国において表現の自由が危機的な状況に置かれていることが浮き彫りになっています。今日の表現の自由の危機的な状況は、決してアーティストだけの問題ではありません。私たちが自分らしく生きていくためにも、表現の自由は私たち1人1人のかけがえのない権利です。そして、表現の自由を次世代に繋げる責任が私たちにはあります。2015年、東京都現代美術館で開催された「おとなもこどもも考える ここはだれの場所? 」展にて、市民からの抗議を受けて、美術館側から撤去の要請があった、会田誠の家族3人による会田家《檄》2015 展示風景 2015 撮影:宮島径 (c) AIDA Family Courtesy Mizuma Art Gallery現在の状況はイデオロギーによる対立と芸術や文化への無理解による深い分断が顕在化している様相です。しかし、対立や分断からは何も生まれません。表現の自由は、先人が歴史の反省や限りなき逡巡の末に、後世の私たちに残してくれたかけがえのない権利です。災害が多いこの国で、対立や分断を超えて、共感を生み出すために。相手や隣人を、そして善悪併せ持った矛盾した存在である社会や私たち自身を理解するために、今こそ芸術や文化が育む想像力が大切です。2014年、愛知県美術館で開催された「これからの写真」展で、愛知県警からの指摘を受けて布で覆った、鷹野隆大の作品《“with KJ#2(2007)” 》(シリーズ『おれと』より)Ryudai Takano Courtesy of Yumiko Chiba Associates, Zeit-Foto Salon表現の自由を巡って、対立と分断が深まっているこの機会に改めて、アートや音楽、映像などの芸術や芸能の様々な表現の現場で起きた事例を通して、今一度、私たちのかけがえのない権利である表現の自由の現状と向き合い、そのあり方を見つめ直す、『表現の不自由時代本』を刊行致します。私たち一人一人のかけがえのない権利である表現の自由について、1冊の本を通して、ご支援ご賛同頂ける皆様と共に、見つめ直し考える機会を作り出せれば幸いです。皆様のご支援をお願い申し上げます(拝)