▶︎はじめに
こんにちは、初めまして。
宮城県の南三陸町でシイタケ栽培を行っている、株式会社椎彩杜(シーサイド)常務取締役の髙橋浩幸です。
私たちは、2002年から菌床ブロックを使ったシイタケ栽培をしています。
(年中安定供給ができる菌床ブロックを使ったシイタケ栽培)
当時農協職員だった父が、シイタケ栽培を始めました。その後、息子である僕と兄がそれぞれ勤めている会社を辞め、以後家族と従業員とで力を合わせてシイタケ栽培を行ってきました。
(親子3人で力を合わせてシイタケ栽培を行ってきました)
▶︎東日本大震災
私たちはもともと、南三陸の志津川地区でシイタケ栽培を行っていました。
ビニールハウスを1棟ずつ増やし、改良を加え、年間を通し安定したシイタケの収穫ができるようになったちょうどその頃、東日本大震災が起きました。
ビニールハウスも自宅も、津波で流されてしまいました
唯一残ったのは、山側にあったビニールハウスひとつだけでした
(震災直後の様子)
(8年たった今でも復興工事が続いている南三陸町)
新しい施設を建てて、わずか1年ほどで東日本大震災。
『残っているシイタケを収穫し終えたら、やめよう。』
震災直後はそう思っていました。設備投資の借金もあり、再建は難しいと諦めていたのです。
最後に残ったシイタケを、大事に、大事に収穫しました。
当時はガソリンもなく、とても出荷できる状況ではありませんでした。
そのため、シイタケは近所の避難所に持っていき、炊き出しに使ってもらいました。
その時近所のおばちゃんたちから
『またシイタケ復活させて戻ってくるんでしょ?待っているからね。』
と口を揃えて言われました。
『待っていてくれる人がいるならやるしかない。』
『シイタケ栽培をもう一度やりたい。』
と決意しました。
そこから復興に向けた取り組みが始まりました。
海の町という地域柄、震災直後は漁業・漁港などの海の復興が最優先でなかなか予算がつかず、補助事業も見つかりませんでした。
農林水産省や宮城県庁などの関係機関に陳情のお願いを続けて、ようやく2012年に宮城県独自の補助事業を使ってハウス復旧の目処がつきました。
しかしその後も、放射能汚染による出荷制限の可能性で、金融機関から融資が受けられなかったり、安全性をPRするのに時間がかかったりと思うように進みませんでした。
紆余曲折しながら、2013年にようやく今の場所に、震災前の7~8割の大きさの施設を再建することができました。
(震災後に再建したハウス)
▶今回のプロジェクトについて
多くの人に助けていただきながら、現在は徐々に生産効率を上げ、出荷量を回復させています。
しかし震災以前の施設まで戻りきっていないため、現在新規の注文をお断りしている状況です。
(新しいハウスで栽培しているシイタケ)
津波の被害によりほとんどのシイタケ生産者が廃業を余儀なくされた中、再び南三陸でシイタケ栽培を始める生産者を増やしたい。
そのためにも、私たちが年間通して収穫可能なシイタケを栽培して販路を広げていき、南三陸の地場産業としてシイタケ栽培を確立させたいと思っています。
より多くの人に南三陸のシイタケを届けたい。
美味しさを知ってほしい。
▶資金の使い道
今回ご支援いただいた資金は、ビニールハウスの増設工事に使わせていただきます。
震災以前の施設規模まで回復させることで、現在お断りしている新規注文を受注できるようになります。
海の幸だけではなく、山の幸であるシイタケも、南三陸の復興のシンボルとして広めていきたい。海と山が密接しているこの南三陸の魅力を、シイタケ栽培を通して伝えていきたいと思っています。
(新しく建設予定のビニールハウス。もう一棟建てることで、栽培できる量を増やします。)
(ハウスの中での作業の様子)
▶リターン
◯3,000円 「全力応援コース!」 お礼のメール
ご支援いただいた資金は、ハウスの増設にすべて使わせていただきます!
◯5,000円 「椎彩杜の美味しさ体験コース!」 生椎茸(200gパック)+椎茸出汁醤油
自慢の新鮮な生椎茸をお届け!椎茸出汁醤油と一緒にぜひ食べてみてください!
◯10,000円「椎彩杜の美味しさ詰め合わせコース」
加工品セット(椎茸かりんとう、佃煮、椎茸ご飯の素、椎茸出汁醤油2本)+生椎茸(200gパック)
そのままでも、ごはんのお供としても、おやつとしても。いつでも椎茸の魅力が味わえちゃいます!
◯10,000円 「最大7回収穫できる!?お家で椎茸栽培コース!」
菌床ブロック1個(3㎏)と育て方アドバイスシート+生椎茸送付(200gパック)
椎彩杜が実際に使っている、椎茸栽培のための菌床ブロックをお届けしちゃいます! わが社特製の育て方アドバイスシート付きで、最大7回収穫できるかも。
◯20,000円 「椎彩杜の魅力まるごと詰め込みコース」
菌床ブロック1個(3kg)と育て方アドバイスシート+加工品セット(椎茸かりんとう、佃煮、椎茸ご飯の素、椎茸出汁醤油2本)
椎彩杜で使っている菌床ブロックと加工品をまるごと詰め込みました!椎彩杜の魅力を全部感じられるコースです!
◯50,000円 「新しいハウスの顔!お名前宣伝コース」新設ハウス出入口への名前入りクレジット掲示
新しいハウスの入り口に、あなたのお名前を入れさせていただきます!
◯100,000円 「ありがとう!全力宣伝コース」
新設ハウス出入口への名前入りクレジット掲示+通販時や商談会で配布するパンフレットに名称を記載
ご支援いただいたことに感謝して、椎彩杜が全力であなたのことを宣伝をさせていただきます。
▶最後に
一度はほとんどの施設・設備をなくしてしまい、もう駄目だと思いましたが、いろいろな方々のおかげで少しずつ元通りになってきました。
あと一歩で震災前にもどる事が出来ます。
ラストの1ピースを組み込んでくれるのは、これに共感してくださる皆さんだと思います。
シイタケを南三陸から送り出すことで、地域全体の活性化や一度諦めた生産者の方々への再起の後押しにつながると考えています。是非、ご協力をお願いします。
(従業員の力を合わせてシイタケ栽培を行っています)
【代理購入について】
操作方法が分からない方には「代理購入」という形での支援も承っています。「代理購入」をご希望の方はsmall.forest.net@gmail.comまでご連絡ください。直接手渡し、もしくは指定口座への振り込みのご案内をさせていただきます。
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。
このプロジェクトは、東日本大震災からの復興につながるクラウドファンディングをサポートする「復興庁クラウドファンディング支援事業」の対象プロジェクトです。
※復興庁クラウドファンディング支援事業についてご相談やお問い合わせ、取材のお申込みなどがありましたら、こちらのお問い合わせフォームよりご連絡ください。
最新の活動報告
もっと見るシイタケ栽培を始めたきっかけ
2020/01/24 19:44こんばんは。ご支援いただきありがとうございます。いただいたメッセージを読んで、シイタケ栽培を頑張ろうと意欲がわいてきます(⌒∇⌒)今回は、海沿いの町なのになぜ、シイタケ栽培を始めたのかを話したいと思います。プロジェクトページにあるように、社長である父はもともとは農協系職員でした蚕(かいこ)から絹の糸(シルクの糸)をとる「養蚕」を営んでいる農家さんに温度管理やエサとなる桑の葉をどうやって与えるといい品質のものが取れるかを指導していました養蚕業は、夏から秋にかけて行う産業で、真冬の間はお休みとなってしまいますそこで、冬の間無人になっている養蚕の施設を見て、何か有効活用できて、養蚕農家さんの収入になる作物はないかと思ったそうです。ちょうどそのタイミングに丸太で栽培する原木シイタケ栽培から、おがくずブロックで栽培する菌床シイタケ栽培の技術が生まれて、世間に広まり始めた時だったのです養蚕で使う設備をそのまま生かして栽培ができると社長は思いついたそうですそこから養蚕農家さんたちに勘めるためには、シイタケ栽培の理屈を理解していないとだめだと思い独学で勉強をしました。室温13℃~20℃の間で、湿度は90パーセント以上でよく育つこれで、社長はあることに気づいたんです。海沿いの南三陸ならあまり冷暖房に手間をかけなくてもできるのではないか南三陸は、夏は「やませ」といわれる海から陸に向かって吹く風のおかげで、霧が立ち込めやすく、気温の上昇が抑えられる日が多い事、冬は、海洋性の気候で、雪が積もることがあまりなく、比較的寒くなりにくいということシイタケの栽培に向いている地域なのではないか?と。冬は暖房を焚いて、散水に気を付けて乾きすぎないように栽培する夏は、ある程度の霧を吹いて、水を蒸発させれば温度が下がる。自分もやってみたい、試してみたいと思うようになったのです。思い立ったらいてもたってもいられず、当時55歳だった社長が、定年を5年前倒しして退職金をすべてハウスを建てるのにつぎ込み、シイタケ屋がスタートしました。でも、独学で学んだとはいえ、すべての栽培ノウハウが記憶されているわけではないので息子である私が、1年間技術研修をしっかり受けて、2004年にシイタケ屋・息子としてシイタケとかかわっていくことになったんです。南三陸の地域に適した野菜のシイタケ。これを海沿いのまちの風土 「海風土(シーフード)」として根付かせたい。そう思いながらシイタケ栽培をしています温かい応援をこれからもお願いします。 もっと見る
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