いま、日本の文化の中に定着している多くのものが、種子島発祥あるいは種子島を経由してこの国にひろがったことをご存知だろうか。例えば戦国時代の勢力図を激変させた鉄砲、あるいは近世の飢饉から人々を守ったサツマイモなどだ。鉄砲と同じくして伝わった洋鋏ばさみは種子鋏としてその姿を残している。
その背景には黒潮という海上の高速ハイウェイがあったことも見逃せないが、種子島の人々があらゆるものを受け入れる柔軟性と多様性を持っていたことが大きいと言っていいだろう。
県内各地からはもちろん、日本各地や遠く海外から新天地を求めてやってくる移民を拒もうとはしなかった。それは異文化の流入を進んで受け入れてきたことに他ならない。入ろうとする人を柔らかく受け入れる。いまでも移住者が絶えないのは、この多様性を受け入れる島民性が途切れることなく受け継がれているからだ。
このように種子島は多様な人や文化が集まり、 共創することで発展してきた。
この島をかたちづくる基本理念を我々は“ 種子島DNA”と呼ぶ。
種子島DNAプロジェクト第一弾
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