2017/06/06 16:31

■具象の中の空想で描く世界遺産「聖ペテロ・パウロ教会」

リトアニア共和国は、ヨーロッパ北東部の共和制国家、バルト海東岸に並ぶバルト三国の一つです。 中世においてはヨーロッパ最大の面積を誇った国家です。 第二次世界大戦中、リトアニア共和国のカウナス領事館に赴任していた杉原千畝という人物がいました。 ナチス・ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に立ち上がり、 外務省からの訓令に反して大量のビザ(通過査証)を発給し、 およそ6000人にのぼる避難民を救ったことで知られています。 その避難民の多くが、ユダヤ系でした。 「命のビザ」ともいわれ、まさしく命を懸けて発給したビザでした。 ヨーロッパ最初の国にリトアニア共和国を選んだ理由は「杉原千畝」氏への敬意でもあります。

 


リトアニア共和国を製作するにあたり、染処おかだが悩んだ末に選んだのが、 首都ヴィニュスにある「聖ペテロ・パウロ教会」です。

 

世界遺産にも指定されているこの教会は、外装に7年、内装には30年も費やされたという美しい教会で、 ここにある2000以上もの漆喰彫刻は見るものを圧倒します。

その教会内部の風景をデザインの根本としながらも、リトアニアの国花「ヘンルーダ」をブローチに見立て胸元に、 名勝「十字架の丘」、湖に浮かぶ城、そして杉原千畝さんの執務室。 リトアニアの歴史を一枚のKIMONOの中に表現しました。

 

■色の魔法のレシピを持つ、染の岡田

岡田氏は、染匠という立場です。

作成する作品の向きに合わせて、お願いする職人さんを選定し、 細部に至るまで指示を出しながら、KIMONOづくりのディレク ションを行う専門職です。

過去の作品では、坂井抱一の琳派の名画から新テイストの古典文様を作成しました。

また、エミールガレの作品から創作されたアールヌーボーの作品など、「他の誰とも違う作品」づくりに定評があります。

そして、最大の魔法は色遣い。 「和」テイストの色の中に挿される「洋」の色の見事さ、少ない色 数で年齢間のない作品を創作する感性は、業界随一と言われています。

そんな、岡田にとって、今回の作品作りにおいては「どうせ作る のであれば、周囲をあっと言わせる作品」「誰にも負けないもの づくり」に挑戦するものでした。

 


■リトアニアの美が、日本のKIMNOに昇華

ある時、偶然にふっと岡田の中に舞い降りてきた教会のデザインを、 KIMONOの図案に置き換えていくとき、岡田がポイントとしたのが 「いかに奥行きあるデザインにするか」です。そこで、教会の柱を直線的にとらえながら天井へとつづくアーチ形のドームの曲線美を最大限にいかし、さらに、背中の中心に柱を置くのではなく、 右にずらすことによって空間の広がりを感じ取れるデザインになるよう工夫しました。 そして、実際とは違う縮尺で、 柱の囲いや窓などを「KIMONO」として着たときに成立する美へと昇華させていきました。 ここに、この作品の最大の見所があります。

 


■多彩が、一つの絵になった時

この作品には、タブーへの挑戦がたくさん隠れています。 きものに一番大切なものは「彩色」と「配色」です。 人は色で温かみや涼しさなど温度を感じ、作品の印象を左右します。

 

彩色・・一般的にグレーといえば、白と黒の混ざり合った濃淡の変化をもってイメージされることが多いです。 白い染料と黒い染料を混ぜるとグレーができます。 しかし「紫と黄色」からグレーを作ると、同じグレーでも、「かさ」に変化が生まれ、生地に載せたときに強弱が付き、感じる色が違います。 色は人の目に錯覚を与え、デザインに奥行きを与えます。 通常、遠くから見て人の目を引く色は、赤・白・金といわれていますが、このKIMONOには寒色系の色がほとんどです。 しかし、なぜか華やかに見えるのです。

これこそ、岡田が色の魔術師たる所以であり、彩色の職人さんのタブーへの挑戦です。

 

配色・・この作品には、地色というものが存在しません。 すべて筆による「塗り」で色を挿しています。これだけの面積の配色を考えることは、まさに狂気の沙汰です。 周囲の色の面積や彩色を頭の中に想像しながら、複雑なジグソーパズルを組み立てていくように、 しかも最終的には美しく色付けを行います。
地色が存在しないからこそ、「塗り」をしながら配色を調整していく、 究極の生放送のような仕事。これもまたタブーへ挑戦です。

 


■色による立体感、力の強弱

濃い色と薄い色などを巧みに使って、全体として見えてくる教会の室内文様。 本来は空想であるにもかかわらず、なぜだか現実感が感じ取れ、どこにも違和感がない構図。 しかし、筆のタッチが同じものばかりになると、どうしても目にきつくなってしまいます。
最後に、岡田が意識したのが「どこで力を抜くか」です。
それが、湖に浮かぶ城の風景です。 この部分だけは、ぼかし友禅を多用して、輪郭のはっきりしない絵模様にすることで、観ている人の視線が休まる場所を入れるよう計算しています。

こうして、前例のない構図とデザイン・彩色・配色によるリトアニア共和国のKIMONOが完成しました。

 


■帯 龍村美術織物

この作品を解説するにあたり、まずは龍村美術織物について語らない訳にはいきません。

龍村美術織物は日本を代表する織元で、 明治に織物業を始めた初代龍村平藏から数えて四代目の平藏氏が現社長を務めています。 初代平蔵氏は、正倉院や法隆寺の織物の研究を重ね、その復元を担ってきたことなどから、芥川龍之介をして 「明治の天才」と言わしめた稀代の人物です。

爾来、国会議事堂や儀仗馬車の内装など、国賓を迎える我が国の威信をかけた仕事の依頼を受け続け、 皇室の納采の儀などに用いられる絹織物の製作にもご用命が下る織元として現代に続いています。

 

バルト三国の一つであり、中世ヨーロッパにおいて最大の面積を誇ったこともある、 現在のリトアニア共和国の帯の製作にあたり、四代平藏氏より特別の許可を賜り製作がスタートしました。 まず、KIMONOのデザインとの相性を考え、黒地の帯にすることを前提として、 リトアニア共和国の国花である「ヘンルーダの花」に注目しました。

シンメトリーの美しさを大切にしながら、 ヘンルーダの花を「ブローチ」のように表現、 キリスト教の十字架を意識しながら、宝飾のような文様が完成しました。 その後、鮮やかな紫とグリーンを彩色の中心に据えながら、 地色との織上がりのバランスを試行し、輪郭をぼかしのように織り上げる工夫を行いました。

さらに、金糸と金箔のバランスも数度にもわたる試し織により、最良のバランスを発見し、 西陣でも貴重な本袋織(表地と裏地を同時に織り上げる技法)を用いて、 卓越した西陣織の職人によって数週間かけて織り上げられました。

本袋の帯は、経糸を表地と裏地の二重に構え、緯糸や箔などをループ状に織り上げていく。 そのため、一本の帯が織りあがって、裏返しを一気に行うまで(大返しと呼ぶ工程)一切、 織上がりの確認ができず、一発勝負の神業を必要とします。 織上がりを見ると、高貴で上品な宝飾の雰囲気が感じ取れ、 中世ヨーロッパの栄華を彷彿とさせる作品に仕上がっています。

世界遺産「聖ペテロ・パウロ教会」をモチーフにした斬新なデザインのKIMONOの上でも、 存在感を感じる雰囲気は、「流石は龍村織」と観る人を感服させる実力を如何なく発揮しています。