2017/07/05 13:26

■同胞へのオマージュ

明治維新の時代に日本が最も輸出していたもの、それは「生糸」です。 今年、富岡製紙工場が世界遺産に認定され、当時の歴史に注目が集まっています。

群馬県や福島県、岩手県を中心に全国で養蚕業が盛んに奨励され、当時の外貨獲得に大きく貢献しました。
日本は「絹」で近代国家として発展してきました。 時を同じくして、多くの日本人が夢を抱いて遠い異国の地へと向かいました。 ブラジルへの移民です。 彼らは大地を切り開き、多くの苦労の末にコーヒーの栽培や香辛料の栽培、 そして養蚕にも力を入れていきました。

現在でも日系人が世界一多く暮らすブラジル。 現在、日本国内での絹の生産はわずか2~3%。 ほとんどを中国からの輸入に頼っている中で、高級な着物の生地に使用されているのが「ブラタク」と呼ばれる「ブラジル産の絹」です。

今回、南北アメリカ大陸から、前オリンピック開催地としてだけでなく、多くの同胞が暮らす国としてブラジルを製作することにしました。

 


■広大なブラジルの自然

今回のブラジルの製作は、京友禅の老舗「千總」によって行われました。 千總は、ブラジルの靴メーカーともコラボレーションを果たした実績があり、グローバルな視点からのものづくり に対する実績も十分です。

前述のことを踏まえ、生地には「ブラタク」を使い、デザインの試行錯誤が始まりました。 テーマは「ブラジルの自然」です。

一口にブラジルの自然といっても、海岸からアマゾンのジャングル、高地や滝など数えきれないほどの名勝がブラジル全体に存在します。

そこで、デザインの基本を日本の古典に求めました。
それが「花丸」。 四季の花をリース状にデザインして大きく配置する「花丸」は、小袖に多く見られる代表的な古典文様です。

さらに日本の着物に描かれている空想の鳥「鳳凰」は権威と品位の象徴です。 その二つをあわせて「花丸に鳳凰」という品格と優雅さを併せ持つ日本の文様から、ブラジルの自然を観ることにしました。

 


■陽気なブラジルの人々を想う

ブラジルの人々のイメージは「陽気でお喋り」「明るくて元気」。 KIMONOのデザインもリズム(律)を大切にするところがあり、 この要素を合わせてブラジルの自然を装飾することで趣のあるデザインが見えてきました。

ブーゲンビリアやコーヒーの花などを花丸で描き、国鳥のインコを鳳凰のように大胆に描き、リオのカーニバルをイメージした大きな羽をリズミカルに配置し、ブラジルの人へのメッセージをあえてアルファベットで描きます。

サンバのリズムが聞こえてくるようなKIMONOが見えてきました。 さらに、ボタニカルなイメージをエッセンスに加えようということで、アマゾンに咲く花をシルエットにして、アマゾン川の広大な水のイメー ジのブルーで描きました。
こうして、ブラジルのKIMONOは創作されていきました。

 


■初めての仕事の困難

下絵から糸目へと進んでいく工程で、大きな問題になったのが、「鳥の目」。 鷹も鷲も鶴も描けるが、インコの「目」が難しい。これが下絵の職人さんの率直な感想でした。

また、大きな羽の大きさと配置は全体のイメージに大きく影響を与えるために、何度も書き直しが行われ、次第にリズム感のあるデザ インに到達しました。

それでも、ブルーのシルエットの濃淡の強弱、羽を描くときの細かいぼかしの設定など過去に経験のない作品だからこその試練が、それぞれの工程における職人さんに圧し掛かり、製作の日程は大幅にずれ込むこととなりました。

しかしここからが、千總さんの本領発揮になります。

 


■挑戦することは攻めること

京友禅の最高峰「千總」の歴史は、まさに革新の歴史。作品に勢いをつけるのはプロデューサーの毅然とした指示です。

今回の製作でも、無難にしてしまいがちな色挿しの強弱のつけ方を、適宜明確な指示によって方向性を当初のイメージに近づけ、ビビッドなコントラストを作品に印象付けました。

また、金彩や刺繍も狙いをしっかりと定めて、必要十分な仕事をおこないました。 その結果、日本の伝統文様をふまえつつ、ラテン系の色彩美と感性にあふれる見事な作品が生まれました。

ここに、陽気で明るいブラジルのKIMONOが完成しました。

 


■帯

製作者 龍村美術織物(宮内庁御用達)

技法 手織本袋引箔錦 「聖堂光彩錦」

 

 

 

ブラジル建国以来の夢であった首都「ブラジリア」は、 ブラジル人の天才建築家オスカー・ニーマイヤーの手のよって設計され、 1987年に街全体が世界遺産に登録されています。

その中でも、ひときわ際立つ存在感を示すのが「ブラジリア大聖堂」。 建物内のステンドグラスはマリアンネ・ペレッチのデザインで緑・青・トルコブルーの美しい色彩が 雲のように描かれています。

この二人の巨匠の傑作を、 下から見上げた時に重なり合うように一つの文様として取材しました。

地組織は、当初白地を採用していましたが、 龍村平藏氏自らの指導で銀の砂子に変更され、 一層重みのある地組織へと変化し、色彩の重なるボカシの部分も、 何度もの試し織りの末に満足のいく文様に織りあがりました。

更に、銀の箔と金糸を交互に織り上げながら、 金糸の織り入れる間隔を徐々に変化させることで、 金色から銀色へのグラデーションを創意し、 光の当たる角度や見る角度によって輝きが変化する工夫も実に見事です。

織上がりを見ると「人工的」というよりも「自然を超越したフォルム」が感じ取れ、 ブラジルの誇りであるオスカー・ニーマイヤー氏の意匠も十分に生かされた見事な作品に仕上がりました。

初代平藏氏から脈々と受け継がれる「世界の美」「新たな美」へ挑戦する姿勢と実績が、 この作品の背景にあることは言うまでもありません。

京友禅の千總によってブラジルの自然を映したKIMONOとのコーディネートは、 「自然と人類の共生」というテーマのもと圧巻の出来栄えといえます。

ブラジルの皆様にもきっと喜ばれると確信しています。