2014/07/16 18:09
FAAVOの皆様、こんにちは。野島神社権禰宜の河野克武(かわのかつたけ)と申します。
この度、宮崎サーフマンスプロジェクトに「神社からも宮崎と海を盛り上げたい!」との想いから、参加させていただいております。
宮崎は海に面した土地であり、"南国宮崎"と言われるように年間通してサーフィンやマリンスポーツを楽しむことができ、多くの観光客で賑わいます。そこで神社として出来ることを考えた末、「宮崎の海で楽しむ方々を守りたい!」との想いに至り、今夏、海難安全のためのお守りを作らせていただきました。その中で、今回FAAVOでご紹介させていただいているお守りは、宮崎サーフマンスプロジェクト第一回を記念して今夏FAAVOだけの限定お守りを作らせていただきました。
素材は宮崎県産材である飫肥杉を用いています。当神社は浦島太郎伝説の残る神社であり、御祭神は海に関する神様が祀られております。また、当神社に伝わる神楽では、大漁旗を帯として用いるなど、非常に海と関わりの深い神社です。そのためか、江戸時代には飫肥藩の御用船が当神社の最寄りの港に寄港して当神社を参拝するなど、昔から海の安全を守ってきており、飫肥との関係も深い神社でした。
これを現代でも形として再現したいとの想いから、今回飫肥杉を用いております。また、最近では飫肥杉も世界に展開しており、そのオビスギデザインとコラボした限定お守りとなっております。
------以下、御守りの説明文です------
むかし、むかし釣りが得意な兄と狩りが得意な弟がいました。
ふたりは海幸彦・山幸彦と呼ばれていました。
ある日、ふたりは相談しお互いの道具を交換し、海幸彦は狩りに、山幸彦は釣りに出かけました。
ところが、山幸彦は兄の山幸彦の釣針を無くしてしまいました。
山幸彦は海幸彦に何度も謝りましたが、許してもらうこともできず、困り果てていました。
そんな時に山幸彦は塩筒大神(しおづつのおおかみ)に出会いました。そして、塩筒大神から無目龍(まなしかたま)の竹籠の舟を作ってもらい、海神の宮に向かいました。これが有名な海幸彦・山幸彦のお話です。
野島神社には山幸彦に海神の宮への道しるべをした塩筒大神が祀られています。
また、当神社の紋は宮崎県日南市を治めていた飫肥藩の「九曜の紋」が用いられています。これは、飫肥藩の航海の安全を野島神社が祈願し、関わりが深かったためです。
今回、この関わりの深い飫肥藩の飫肥杉を用い、限定でお守りを作りました。
このお守りは、今貴方の叶えたい願い事を中にある奉書紙にご記入し、大切にしてください。微力ではありますが、貴方の願い事への"道しるべ"のお力添えができればと考えています。
このお守りは身に付けて海に入ることは出来ませんが、貴殿の大切な場所に飾っていただけると嬉しく思います。飫肥杉の香りとともに、宮崎の自然の魅力を伝わればと考えております。
県外の方々につきましては、是非宮崎の青い海の魅力を宮崎にお越し頂き体感していただければ嬉しい限りです。また、宮崎県内の方々は、一緒になって色々な立場から宮崎の魅力発信を共にできればと思っております。
今年の夏は、宮崎の海を楽しんでください!