ここ10年ほどのブログを見てくださっている方はよくご存じだとは思いますが、はじめましての方にはよくわからないと思うので改めて書いていこうと思います。
まず18歳までは西都市・木城町と田舎育ちで祖父母と暮らし、その後は短大で福岡へ、結婚も早く夫の仕事の関係でしばらく愛知県に住んでいました。その後宮崎市にUターンし冠婚葬祭の営業職として慣れない土地を営業で回るという経験が今に繋がっているように思います。
ピンポーン ピンポーンと一軒一軒飛び込み営業だったのですが、平日のお昼間で在宅されてる方は当然シニアの方。予想に反して良い方ばかりに会えて辞めたいと思ったことは一度もなかった私です。
アポなし営業ですら来るのを楽しみにしてくれる方や、手のひらに自家製漬物をのせてくれるような仲の良い高齢夫婦の縁側でおしゃべりしていると、
人の生き様は人生終盤にこそ集約されてるな・と肌で感じることが多かったのです。
人柄のよいコミュニケーションの上手な方のお宅には、いつもお客様がいましたし、夫婦で「私が先に逝くからね、残されたら耐えられない、、」「いやいや僕が先に逝くよ 君がいないと寂しいよ」なんてラブラブな会話をする夫婦。
高齢で子供もいなく奥様に先立たれた男性は、数年過ぎても立ち直れなく、他人とのコミュニケーションもなかなか難しく落ち込んだまま暮らす方。
もうずっと介護してたから思い残すことはないの! これからは好きなことして自由に生きるわ!と若返る女性。
立派なお家に住み、子どもと同居、孫もいるのに皆忙しくて毎日広い家にひとりで暇なのよ、とボーッと過ごすシニアの女性。
亡くした子を生きていればあなたぐらいの年齢かしらね・と私に重ねていた女性。
生きていれば誰もが何かを抱えていきている、だけど高齢になっても本当に豊かに暮らしている人もいる一方、日々を暮らすお金はあるのかもしれないけれど、こんなに多くのシニアがあまり人と関わらず(関われない?)つまらない毎日を暮らしてるなんて!と若い私には衝撃で
幸せって何?人生っていったい何?と考えさせられた時期でした。
そのうち私も妊娠出産を経験し、子どもはかわいくても子育ての大変さや、地域の情報に無知だったことを後々思い知るようになりました。
交流センターって何?
子育て支援センターって何?
生まれ育った街でもないし、子育て支援講座があることすら知らない、仕事もあったことでそれどころではなかったし、まずもって自分が何を知らないのかがわからないのです
また経験値豊富なベテラン助産師かもしれないけど、何もしらない新米ママは不用意な言葉に傷つくのです
それは私だけではなく案外プロの言葉に傷ついているママが多いことも後々のアンケートでわかりました。
それでもなんとか乗り越え、2人目、3人目ともなれば結構図々しくなりますし(笑)幼稚園あたりからママ同士の情報網も増えていきますので、仕事を辞めてからは子育て講座や子育て支援センターには積極的に行き子育てを満喫していました。
そこで感じていたのが、自助努力で情報をとっていかないと幼稚園にあがるまでの未就園児を抱える新米ママはけっこー孤独だということ。
孤独という病は心を蝕んでいくな・
虐待だって一歩まちがえれば自分も・と思っている子育てママは昔も今も同じではないでしょうか
そこを踏みとどまれるのはやはり繋がりや子育て仲間
悩みも仲間と話すれば私も~と笑いやネタに繋がるけれども、ひとり抱え込むと、深刻な大問題になるという
ひとつの事実は変わらないのにそこに向き合う心の在り方で全てがかわる
セラピストの勉強を子育てと同時にはじめ、何の肩書もない状態から情報発信を少しでもできたら・とブログを書き始めたのもこの頃でした。
②へ続く