2015/10/23 16:59
20歳代半ばで経験した大きな試練
有限会社アップライジングは平成18年に創業。社長も現在39歳。扱う主力商品は中古タイヤと中古のホイール。歴史は浅いが、これまでの10年間、毎年着実に業績を伸ばし続けてきた。
代表の齋藤は作新学院高校でボクシング部のキャプテンを務めた。インターハイで総合優勝したほか、全国高校選抜大会ライトウェルター級で優勝、国体ライト級で準優勝し、関東大会最優秀選手賞を獲得した。進学した法政大学でもボクシング部のキャプテンとなり、六大学リーグ戦で3回の準優勝に導いたほか、個人でも全日本選手権ライトウェルター級準優勝、国体ライトウェルター級準優勝を果たす。全日本ライトウェルター級ランキング1位の成績を残し、オリンピック(アトランタ、シドニー)代表候補強化指定選手にも選ばれた。アマチュア時代の輝かしい戦歴を背景にプロに入り、プロボクシングA級トーナメントの決勝戦まで上りつめる。しかし、残念ながらこの試合で敗退し、準優勝にとどまり、これを契機に24歳で引退した。プロアマ合計の戦績は149戦127勝21敗1分96KOを記録している。
試練はむしろそれからだった。ボクシング引退の後、2年間ほど健康食品販売を手がけるが、慣れない商売の結果、多額の負債を背負いこむことになった。妻の奈津美さんと結婚したばかりのころ。どん底の新婚生活となってしまった。その後は借金返済のため、昼は牛丼店、夜は居酒屋で働きづめの1年間を過ごす。
今でも深く胸に刻むのは〝イエスタデーパン〟のエピソード。当時住んでいた家の近くのパン屋が、前日の売れ残りの商品を〝イエスタデーパン〟と名付けて、5個300円で売っていた。1日500円で生活する毎日にはとてもありがたかったという。
「その中に僕も奈津美も大好きな〝焼きそばパン〟が入ってくることがあったのです。人気商品なので滅多にありません。当たった場合は、交代で食べようというルールを決めていました。ところがある日、約束を破って僕が奈津美の分を食べてしまったのです」。それを知った奈津美さんは号泣。そのまま実家に帰ってしまった。「焼きそばパン1個でここまで悲しい思いをさせているのかと、愕然としました。何としてでもこの生活から抜け出さなければと、強く心に誓いました」。



