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三上寛 デビュー50周年・古稀プロジェクト ライブCD製作 支援について

プロシンガー三上寛への支援をお願いします。三上寛は日本を代表するフォークシンガー。今年プロ活動50年、古稀70歳となりました。今年、それを記念していろいろな企画を立てていましたが、今回の新型コロナ感染症拡大の影響でほぼ白紙となりました。今回秘蔵ライブ音源によるCD制作、etc.. プロジェクトです

現在の支援総額

1,572,485

157%

目標金額は1,000,000円

支援者数

174

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2020/06/03に募集を開始し、 174人の支援により 1,572,485円の資金を集め、 2020/07/31に募集を終了しました

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現在の支援総額

1,572,485

157%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数174

このプロジェクトは、2020/06/03に募集を開始し、 174人の支援により 1,572,485円の資金を集め、 2020/07/31に募集を終了しました

プロシンガー三上寛への支援をお願いします。三上寛は日本を代表するフォークシンガー。今年プロ活動50年、古稀70歳となりました。今年、それを記念していろいろな企画を立てていましたが、今回の新型コロナ感染症拡大の影響でほぼ白紙となりました。今回秘蔵ライブ音源によるCD制作、etc.. プロジェクトです

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三上寛 の付いた活動報告

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6/4(金)18:30~三上 寛「LIVE567(コロナ)怨歌とジャズ」出 演  三上 寛(うた・ギター)本田 珠也(ドラムス) あかぎ しほ(ピアノ)みなさんお元気ですか?  いよいよ明後日になった三上寛6/4のMANDA-LA2 ライブは、生ライブ配信も行います。是非ご覧ください。熱く燃えるジャズドラマー、本田珠也、美しきエキセントリックピアニストあかぎしほ とのスペシャルトリオ。東京では初めてのライブです。この時期なので、お店にくることが難しい方は是非、ライブ配信のほうをご覧ください。生ライブ終了後より一週間アーカイブでご覧いただけますので、全国のリアルで見れない方も、ゆっくりとご覧いただけます。なかなか見れないこのトリオです。是非ご覧ください。このライブはライブレコーディングの上、作品にする方向で考えています。そして、70代になった三上寛初めてのアルバムを新録いたしました。「そのさきにみえるもの」ライブ作品とともに発表します。そして今年も作品をみなさんの手に届けるために、クラウドファンディングを立ち上げる予定です。後日発表いたします。ライブ配信申し込みはこちら → https://eplus.jp/sf/detail/3426260001-P0030001三上 寛、令和3年567に唄う、日本ジャズ界を牽引するドラマー、本田珠也と関西で熱く活躍するピアニストあかぎしほとの2年ぶりの競演。三上 寛はデビュー50年以上にして過去、山下洋輔や坂田明などのジャズメンたちとのセッションもたくさん行ってきて、その系譜を継ぐドラマー本田珠也と東京で何度か行われてきた、怨歌とジャズのスーパーデュオに関西でのDUOを重ねてきたあかぎしほと共に、さらに新しい世界が展開する熱い、567を吹き飛ばすライブをご覧ください。生ライブももちろんですがライブ配信もやりますので、ぜひご覧ください!!三上寛ブログ https://ameblo.jp/kan-mikami/本田 珠也(ほんだ たまや)1969年11月25日東京生まれ。父親は、70年代一世を風靡したジャズ/フュージョン・グループ「ネイティブ・サン」のリーダー、ピアニストの本田竹広。母親は、ジャズ・ヴォーカリストのチコ本田、そして叔父が渡辺貞夫と言う日本ジャズ界のサラブレッド。小学校6年の時にドラムを始め、82年、ネイティブ・サンが斑尾ジャズ・フェステバルに出演した折に飛び入りで出演したのが初舞台。以来、渡辺貞夫、菊池雅章、大野俊三、大西順子などジャズ界のビッグ・ネームとツアーやレコーディングで共演、若くして実力、人気NO.1のドラマーとなる。97年、自己のバンドを結成。一番好きなジャズに、子供の頃より愛聴してきらロック、ファンクなどのポップ・ミュージックも取り入れたエレクトリック・バンドとして活動開始。PLANET X 、メンバーは、本田珠也(ドラムス)/五十嵐一生(ディレイ・トランペット)/津村和彦(ギター)/野力奏一(キーボード)/米木康志(ベース)いずれも、自己のリーダー・アルバムを持つミュージシャンやビッグ・ネームとの共演でお馴染みのトップ・ミュージシャンばかり。http://tamayahonda.blogspot.jpあかぎ しほ1970年生まれ。大阪出身。幼少よりクラシックピアノ専攻。大阪音楽大学音楽部器楽科卒業。第一回高槻音楽コンクール奨励賞受賞、全日本ピアノコンクール特別賞受賞。それを機にジャズの世界に飛び込み、多種多様な経験を通し独特の世界を培いながら、2枚のオリジナルアルバムを発表。ピアノ歴45年。関西を中心に様々なイベント、ライブハウス、各地ジャズストリート、ラジオ、TVなどにも出演し、現在に至る。  http://akagishiho.com6/4(金)吉祥寺 MANDA-LA2東京都武蔵野市吉祥寺南町 2-8-6 第18通南ビル地下1階18:00 OPEN / 18:30 START 1ステージのみチャージ¥3,000- + 別途1ドリンク代要予約・予約フォーム https://ssl.form-mailer.jp/fms/36a3b84d475895☆ライブ配信ありhttps://eplus.jp/sf/detail/3426260001-P0030001アーカイブにてライブ後一週間、視聴できます。問 TEL : 0422-42-1579https://www.manda-la2.com三上寛ブログ管理人 岸田 コーイチ


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三上寛ファンのみなさま お元気でいらっしゃいますか?三上寛ブログ管理人の岸田コーイチです。昨年は三上寛クラウドファンデイングにご協力いただいて本当にありがとうございました。三上寛、今年もぼちぼちと活動をしております。今年4/25より5/11まで、コロナ渦による三回目の緊急事態宣言が出てしまいました。三上もいつものように関西ツアーを行おうとした矢先のことであり、またか、という感じではありますが、ツアーのほうは行うことといたしました。ライブの予定は大幅に変わりました。その中でも、岸田が運営する「ミュージックスポットSATONE」では5/1(土) 17:00より、三上寛の無観客ライブ生配信を行います。元気な三上寛をみなさん 是非ご覧ください。そしてこのライブは東のレジェンド 怨歌シンガーと西のクイーンオブソウルによるスペシャルジョイントライブになります。そのジョイント相手は「なにわのクイーン・オブ・ソウル」です!!大上 留利子日本のRock&Soulの歴史は彼女なしでは語れない。Japanese Lady Soul の草分け的存在。 70年代半ば強烈な個性でミュージックシーンに登場。新生ソウルバンド、スターキング・デリシャスで、YAMAHA 8・8ROCKDAYに出場、グランプリ及びベストボーカル賞を受賞。1979年に「大阪で生まれた女」を発売。以後、関西を中心にゴスペルからジャズ迄の幅広い歌でライブ活動を展開。「なにわのクイーン・オブ・ソウル」と称されるhttp://www.officerandb.comこのゴールデンウイークいろいろなイベントが無くなり、おうち時間ができた人、是非この配信ライブをご覧ください。リアルタイム時間に見れない方も大丈夫。アーカイブにて一週間、好きな時にご覧いただけます。有料ライブ配信となります。詳しくはこちらから ↓ お申し込みお待ちしております。https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01zdyke545m11.html今年もどうぞ三上寛の応援を是非よろしくお願いいたします。なお6月に東京で、昨年の録音場所となったMANDA-LA2にて大きめのライブの予定を考えています。また追ってお知らせいたします。2021年 4月26日   三上寛ブログ管理人 岸田 コーイチ===============================================三上寛の最新ライブスケジュールは三上寛ブログをご覧くださいhttps://ameblo.jp/kan-mikami/


熊の毛皮を着ていた妹尾ちゃん三上 寬     〜 不 惑『七十年の頃は今と違って、音楽をやる人間はそれほど多くはなかった。大抵は政治運動に走り、僕らは少数派だったように思う。妹尾ちゃんとは色んなステージで頻繁に顔を合わせていた。彼の気分が乗った時には、打ち合わせなどせず、気がついたら、横に立って吹いていたというような事が何度もあった。ある日、これも大阪のポン友のアベちゃんが、「ライヴハウスつくったから、月に一度来てや」と誘われた。店は商店街の真ん中に、黒田征太郎さんの絵で覆われた、開放的な場所だった。いつだったか(注・アルバム収録の日時1990.8.26)、妹尾ちゃんが、フラりと現れ、「ちょっとヤるわ」言いながらステージに立ってくれた。ギャラを渡そうとすると、いらないわ」と言ってそのまま帰っていった。私としては、妹尾ちゃんからその昔、熊の毛皮を強引に譲ってもらい、その代金を払っていなかったので、その分の気持ちもあった。既に彼も他界して、その事をすっかり忘れていたのだが、その時の音源が見つかったという。支援企画の岸田が、「何で自分が持ってるのか分かりませんのや」と興奮していた。先日も最北青森県下北半島のライヴにいった時、招聘してくれた八谷さんの自宅で妹尾ちゃんのアルバムが置いてあるのに驚いた。デビュー以来、所属していたレコード会社が大阪にあったせいか、ミュージックのほとんどは関西の人間が多い。気がつくと大半が他界している。大塚まさじにの「街暮らし」ではないが「あれから何年たったのか、昔の仲間も少なくなった。俺ときたら相変わらずで、今も気ままな街暮らし」である。まだまだ歌おうとは思ってはいるが、あちこちガタがきてるのも事実(笑)。早く逝った仲間の想いを背負いつつ、これからも気ままにのんびりステージに立っていようと思っています。』