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全世代に学びと交流の場を。旧村役場をワークショッププレイスに!

地域の宝である旧村役場を市が売却。。。><。。。 市民の手で保全し活用するために立ち上がりました!! 昭和10年に建てられた木造二階建てのレトロな建物を、いつも素敵な人と出会える笑顔いっぱいの学びの場、ワークショッププレイスとして活用していくために、みなさまの応援が必要です。

現在の支援総額

1,087,000

108%

目標金額は1,000,000円

支援者数

95

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2020/07/23に募集を開始し、 95人の支援により 1,087,000円の資金を集め、 2020/09/27に募集を終了しました

全世代に学びと交流の場を。旧村役場をワークショッププレイスに!

現在の支援総額

1,087,000

108%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数95

このプロジェクトは、2020/07/23に募集を開始し、 95人の支援により 1,087,000円の資金を集め、 2020/09/27に募集を終了しました

地域の宝である旧村役場を市が売却。。。><。。。 市民の手で保全し活用するために立ち上がりました!! 昭和10年に建てられた木造二階建てのレトロな建物を、いつも素敵な人と出会える笑顔いっぱいの学びの場、ワークショッププレイスとして活用していくために、みなさまの応援が必要です。

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倭村 の付いた活動報告

9月21日学びフェアを開催しました!今回は、建物内だけを活用し、ワークショップを中心に16店舗が出店しました。直前の告知にもかかわらず、来場者はスタッフも含めてなんと150人!!この建物の人を呼ぶ力に驚いています。学びフェアは、今後も各月で開催していく予定です。ご支援をいただいた方には、このようなイベントの情報や出店要領などを優先的に情報を提供していきます。クラウドファンディング終了まで、あと5日です。最後までお力添え、よろしくお願いします!!倉田


クラウドファンディング残り1ヵ月となりました。おかげ様で、目標の1/3まできました。実は、目標が達成できると信じて、今日から修繕工事が始まりました。背水の陣で挑んでいるクラウドファンディングです。総工事費は、100万円ではなく、実は、約300万円。もっとたくさんの方々のご支援が必要です。どうか、より多くのご支援、よろしくお願いします‼コロナ禍でも行けるあなたの故郷、津市白山町を応援してください!


建設当日の写真
2020/08/26 22:15

旧倭村役場完成当時の2階の写真が見つかりました。倭公民館からお借りした資料です。この写真に写っている舞台と演台が今もそのままあります。木枠の窓がサッシに替わっていますが、雰囲気はそのままですね。昔は、ここは会議室として使われていたようです。ワークショッププレイスとして蘇るのが楽しみです。


本日の中日新聞の朝刊、津市民版に掲載していただきました。私の想いを客観的に表現されていると思うので、是非読んでください。新しい地域活性化のために一石を投じたいので、皆様のご支援をまだまだ受け付けています。既に、ご支援いただいた皆様は、シェア等していただきますと更にありがたいです。また、支援の輪を広げるために、FBグループページも作成しました。活用していただけますように!!倉田


昔の倭村の地図を持ってきてくれたおじさんがいます。子供の頃、はす向かいに住んでいて、色々なことを教えてもらったおじさんです。そのおじさんは、今90歳くらいなのですが、戦争中に名古屋の学校から母型の実家を頼って疎開してきて、こちらで終戦を迎えられたそうです。そのおじさんの話によると、終戦の年の6月にこの上空でB29に日本の空母が体当たりしたという事件があったそうです。その時に、B29は惣谷池に、日本の空母は大三に墜落したそうです。私は、地図にある佐田駅(現在の榊原温泉口駅)の近くに住んでいるのですが、その線路の高架にB29から落ちてきたドラムが転がったそうです。また、別の叔父さんからは、子供の頃に上級生に連れられて線路沿いを惣谷池まで歩いていき、B29のガラスの破片を拾ったことがあると話していました。当時空襲警報が出ていたため、子供たちは学校を休んでいたところ、上空での出来事にみんな「これはえらいことや」とハラハラしたそうです。おじさんは、炎上しながら旋回して空母が墜落する様子を昨日のことのように語ってくれました。こんな田舎でも、戦争の時にそんな出来事が起こったとは、今の平和な暮らしからは想像もつきません。しかし、さらに驚いたことは、B29に乗っていた乗組員のうち、1名が生き残っていたということで。その生き残った米兵を警察が連行して旧倭村役場に連れていき、応急処置を受けてその後、榊原にある病院へ歩いて連れていかれたということです。旧倭村役場に入って右側に応接室があり、その中に木の棚があります。私は、購入した当時、直感で薬などを備蓄していたのではないかと思っていましたが、この話を聞く限りそれは当たっているようです。そこが、救護室的な役割を果たしていたのでしょう。本当に、その歴史を垣間見れるような、旧倭村役場をその雰囲気のまま活用していきたいなぁと改めて思っています。皆様ご支援、よろしくお願いします。


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