しばらく研究の内容が続いたので、今回は①研究林の近況と②木に関わる昔話、の二つについてご紹介したいと思います。
林業大学校の実習
先日、和歌山県立農林大学校の林業研修部(以下 林大)の実習が研究林で行われました。こちらの学校では、山林経営から専門技術の習得まで、森林資源を活用する様々な術を教わることが出来るそうです。どんな実習が行われているのか興味があったので、特別に見学させて頂くことにしました。 朝、研究林庁舎前でその日の活動の説明が行われると、早速山へ向かいます。今回のメニューは、実際の現場で必要になる伐倒技術の練習だそうです。10名弱の生徒さんと数人の講師陣がそれぞれチェンソーを担いで山へ入っていく姿はなかなか迫力があります。重いチェーンソーを持って未整備の林床を歩くのはもちろんのこと、作業用の靴で歩くのにも慣れが必要とのこと。まずはじめに、靴慣らしも兼ねて僕の調査地を一巡することになりました。
調査地では、千井さんと室さんに間伐して頂いた場所の切り株を使って、受口や追口(木を伐倒する際に予め作っておく切れ込み。下図参照)の作り方を練習します。今回の間伐作業が僕の研究だけでなく、実際の林業従事者の方にも役立っていることが嬉しくて、ついつい何枚も写真を撮らせて頂きました!
写真を見て頂くと分かると思いますが、僕の調査地は平均傾斜で36°、場所によっては60°超と恐ろしいほどの急傾斜地で、10m先にいる人は視界から消えてしまいます笑。ところが紀伊半島ではこれが当たり前なので、そのような場所で安全に作業するためにも実践的な練習は欠かせません。
防護服
ところで、写真の中でも一際目を引くオレンジ色のジャージ、実はこれには隠された機能があります。万が一チェンソーの刃が脚に当たってしまった際に、中の繊維が刃に絡まり付いて止めてくれるのです。こういった防護服は林業分野ではチェンソーを使う他の産業に先駆けて、2015年から義務化されておりセミナー等を通じた普及が進められています。東京都あきる野市で森林整備業を営む「山武師」では、海外製の都会的なブランドを採用しているなど、「格好良い林業」を目指す事業体もあるのだとか。長らく林業にまとわりついてきた3Kのイメージを変えてくれると嬉しいですね!
いよいよ伐倒!
靴慣らしも終わると別の山へ移動し、実際の立木を使って伐倒練習に入ります。林業のイメージと言えばチェンソーを使って木を切り倒す作業を思い浮かべる方が多いと思います。言葉で言ってしまえば只それだけのことなのですが、説明を聞いていると「そんなことまで考えていたのか…」と驚かされることばかりです。例えば、切るときの立ち位置は谷側と山側のどちらが良いか?とか、枝振りを考えるとどの方向に倒すのが適切か?とか言った具合です。
何mもある木を切り倒すのには、やはりそれなりの危険が伴います。一歩間違えれば大事故につながってしまうため、何重にも何重にも慎重な対策を重ねてやっと刃を入れるという習慣を作ることが大切です。そのため、ちょっとの手抜きも見逃さないよう千井さんの指導にも熱が入ります。
大方の説明が終わると、まずロープワークの練習を行います。ロープは思い通りの方向に安全に倒すために必要です。幹を輪っかに遠し、アンダースローの要領で徐々に輪っかを上へ持っていきます。これがなかなか難しく、千井さんにコツを教えてもらいながら皆さん徐々に輪っかを持ち上げていました。
ロープが付け終わり、退避場所等の安全確認が終わればいよいよ伐倒です。受口の方向を確かめつつ徐々に切れ込みを入れていきます。皆さん待ちに待ったといった様子で、独特の緊張感の中、集中して切り倒していました。もちろん、最初から思った通りの方向へ倒せる人はそれほどおらず、「かかり木」と呼ばれる周りの木に引っかかってしまう状況になる方が多くいました。そんな時は、千井さんをはじめとした講師陣の方と生徒さんが一緒になって、失敗の原因を考え、かかり木の処理方法を学んでいきます。
こういった指導を見ていると、技術の継承の大切さを改めて感じました。例え林業の機械化が進んで高性能なメカだけで伐倒が出来るようになったとしても、道のない山の奥まで森が広がっていたり、機械では対応できない巨木の処理が必要になったりと、どうしても人の手が必要な場面が出てくることでしょう。その時のためにも、チェーンソーを使って安全に伐倒を行う技術が今後も継承される必要があると思いました。
なぜ林業に関わろうと思ったのか?
お昼休みに、参加していた生徒の方々とお話しする機会があり、林大への志望動機や卒業後の進路を聞くことができました。その中のお一人、和歌山県在住の浦光良さんのお話をご紹介します。
浦さんは、昨年まで県内の小学校の校長先生を務めていた方で、御年60歳だそうです。しかしその年齢とは裏腹にとてつもない健脚の持ち主で、チェーンソーを片手にひょいひょいと急傾斜を上り下りしていました。聞けば趣味はマラソンだそうで、素人の域を超えたタイムを持っていらっしゃいました笑。
そんな浦さんが林大に入学したのは、「先祖から引き継いだ森の管理をする」ため。卒業後はその山林で森林経営を行うのが夢だそうです。会話の中で、僕が和歌山県内の山村を回る中で住民から聞いてきた「先祖から受け継いだ山林がお荷物になっている」という話をすると、「それは勿体ない!森は宝の山だ!」と笑顔で言い放ったのがとても印象的でした。暗い話の多い林業ですが、こういった方々の期待に応えるためにも、森や木の価値をより多くの人に知ってもらいたいと改めて思いました。
日本中に木を植えた神様の話
今日はもう一つ、和歌山県内の神社についてご紹介したいと思います。
紹介するのはこちら伊太祁曽(いたきそ)神社 です。こちらの神社には日本中に木を植えた神様が祀られているということで、僕の調査地にも種子を飛ばしてくれるよう、お願いしてみることにしました!(種子が入りすぎると毎木調査がキツいので適度にお願いします!)
境内の案内板を読むと、祀られているのはかの有名なヤマタノオロチを倒したスサノオノミコトの子どもである五十猛命(イタケルノミコト)という神様のようです。何でも、高天原から下りてくるときに木の種を大量に持ってきて、妹二人と一緒に3人で九州から順々に植えていったそうです。これには拡大造林期の方々もびっくりですね。
因みに、その木の種苗はスサノオノミコトの体毛から採種したと日本書紀に書かれていて、髭からスギ、胸毛からヒノキ、眉毛からクスノキといった具合だそうです。
日本全国への植林作業が済んだ3人は、和歌山の地を気に入って住むようになりました。後の人々がその場所を木の神様がいるところという意味で、「木の国」と言い始めたのが「紀国」の由来という説があるそうです(※諸説あり)。
木の神様を祀っているので、境内にはなかなか興味深いものがあります。その一つがチェーンソーアートです。チェーンソーアートとは1970年代から北米で広まった彫刻の一種で、チェーンソーを使って木や氷を掘る芸術のことを指します。世界最速の木彫刻と呼ばれることもあるそうです。
境内には干支にちなんだ彫刻や龍の彫刻が並べられていました。これを全てチェーンソーだけで彫ったとは俄かには信じがたいですね。例年四月に行われる「木祭り」でこれらの彫刻が奉納されるそうなので、興味のある方は行ってみると良いかもしれません。また、全日本チェーンソーアート協会なるものもあるので、参考までにリンクを載せておきます。
境内には他にも面白いものがあったのですが、今回は長くなってしまったのでまたの機会にご紹介したいと思います。どうぞお楽しみに。
参考文献
・和歌山県立農林大学校HP 閲覧日2021年6月29日
・令和元年度版 森林・林業白書 林野庁
・林業の担い手、若返り図る 兼業容認や海外製の作業着 日経2021/6/1
・全日本チェーンソーアート協会HP 閲覧日2021年6月30日