本プロジェクトをご覧いただき、ありがとうございます!
新たに店長を務めることになりました大武千明と申します。
長年人蔘湯を守ってきた女将さんに代わる店長という立場。どこの馬の骨かと不安な方もいらっしゃることと思いますので、自己紹介をさせていただきますね。
ポイント
①豊橋出身、水上ビルで生まれ育ちました。
②間取図クリエイター/一級建築士。建築のイラストを専門に描き、著書もあり。
③京都の2軒の銭湯で修行してきました。経験バッチリ!
詳しくお伝えしていきます。
豊橋駅前で生まれ育って
私が育った家は、豊橋駅前、水上ビルの一画。
祖父が1階で時計店を営み、その上の2,3階に私たち家族が暮らしていました。
商店街の中だったので、周りのお店の人たちにも可愛がってもらったものです。
看板の「ラドン温泉」の文字を見て、「ラドン(怪獣)だ!!」と弟と一緒にはしゃいだものです。
大きくなり、大学は地元のギカ大(豊橋技術科学大学)へ。
建築を学び、水上ビルをテーマに卒業設計に取り組んだり、豊川稲荷表参道のまちづくりに関わらせてもらったりして、まちづくりの楽しさも苦しさも味わったものです。
いつか地元でまちづくりを、と思いながら、外の世界も知りたくて、卒業後は名古屋や京都に移り住みました。
京都へ、銭湯との出会い、そして出版
2013年から京都のゲストハウスで住み込みをしていて、広いお風呂に入りたくて銭湯に行ってみたら、どハマり。笑
ある日、いつもと違う銭湯に行ったら、造りが全然違って興味を持ちます。
その違いを記録に残したいけれど、周りはみんな裸なので写真は撮れない。
頭を捻ったら、そうだ!私は建築をやってきて図面が描けるんだから、間取り図で記録することができる!と思いつきます。
銭湯の間取り図を描き、SNSに投稿したり、手作りの冊子にまとめたりしていると、出版のお話が舞い込んできました。
2016年に創元社さんより「ひつじの京都銭湯図鑑」を出版させていただきました。
ひつじのキャラクターが銭湯を間取り図で案内していくという世界線で、いつしか私自身とひつじの境目がなくなり、すっかり「ひつじ」の名で呼んでもらえることが増えました。(うれしい)
そして、書籍を見た方々からイラストのご依頼をいただく機会が増え、2018年から間取図クリエイターとして個人事業を営んでいます。
銭湯を経営したい!
書籍のための取材を重ねるうちに、銭湯の経営者さんたちの仕事ぶりに憧れ、私もそちら側に行きたいと思うようになりました。
しかし現実は甘くないのです。
経営を任せてもらえる銭湯なんてなかなか見つかりませんし、チャンスがあっても、それを掴むだけのチカラも準備もまるで足りませんでした。
何年かはまんじりと過ごしながら、何かできることを、と、経営の勉強をしたりしていました。(思えば経営の知識ゼロなのにやりたいと言ってた青二才)
そうして2019年、やっと銭湯で働く機会が巡ってきます。しかも同時期に2軒も!
家族経営の玉の湯と、ゆとなみ社系列の源湯。スタイルの異なる2軒で働くことができて、沢山のことが学べました。この経験は私の財産です。
そして人蔘湯へ
経験も積めてきたし、ゆとなみ社の店舗も増えていく。次に継業の話があがったら、店長に立候補しよう。
そう覚悟を決めた矢先にやってきた話が、人蔘湯だったんです。
私の人生は、このためにあったんじゃないか、って思ってしまうような展開です。
それまで抱いていた銭湯経営という、夢というか野望というか、そういうものは吹き飛んでしまって。
きっとこの仕事は私にしかできない、やらなきゃ!って使命感にグググと背中を押され、人蔘湯が再び愛される場所になるように、必死に考えて考えて行動しまくる毎日が始まったのでした。
ここまで長々と書き連ねてきましたが、むしろ書ききれなかったことも沢山ありますが、それら全部全部、人蔘湯のために活かしていきます。
それでも足りないところは、周りの温かい人たちが協力してくれていて、本当に感謝しています。
一部の協力者の方も、今後の活動報告でご紹介する予定です。
まだまだ至らないところも多い店長ですが、人蔘湯に対する気持ちと覚悟がみなさまに伝わり、少しでも安心していただけましたら幸いです。
これからどうぞよろしくお願いいたします。今度は番台でお会いしましょう!
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クラファン開始から一夜明けて、達成率15%を越えました。
沢山のご支援ありがとうございます!
引き続き、活動報告でもいろいろな情報をお知らせしてまいりますので、最終日まで楽しくお付き合いください◎