2021/04/15 20:00

 細長いトラックは二トンロングと云う。キャップ爺さんがそう言っていた。

その荷台にダンボールと古新聞を丁寧に隙間なく積む。ヒモで束ねているダン

ボールは少ない。たいていはバラバラ。その方が花南には都合が良かった。ヒ

モで束ねてあると重かったり大き過ぎたりで運べない時が出てくる。その時は

爺さんが舌打ちして荷台からゆっくり降りてくる。

 花南は沢山積むにはきれいに隙間なく積むのだと知った。

 巷のアパートには『〇月〇日に回収』とチラシを入れてある。入居者たちは

廊下や玄関にダンボールや新聞袋に入れて古新聞を出してくれる。トラックの

荷台では爺さんがダンボールを折りたたむ。初めの内は横に並べる。増えてく

ると縦に並べる。古新聞は荷台の後ろ。「ダンボールよりも古新聞の方が高く

買い取ってくれる」と爺さん。「しかし新聞を取る家庭が激減して特にアパー

トの入居者は新聞を取らないのが大半」とグチをこぼす。そう云えば我が家も

新聞を取っていない。古新聞は重かった。

 用意されたお握りを食べる頃にはトラックの荷台に隙間が無くなる。「これ

からが勝負処」と爺さん。大型のアパートを回る。ダンボールが山積みされた

処を知っている。幾ら丁寧に折りたたんで積んでも一四時頃にはもう積めない。

すると爺さんはコンパネと呼ぶ大きな板を横のアオリに立てる。立てるとまだ

まだ積める。一五時にはトラックがダンボールと古新聞で山盛りになった。

「これで一万七千円くらいだ」

 花南は捨てられるダンボールと古新聞がお金になると知った。それもケッコ

ウな金額。「そこからトラックの借り賃とガソリン代が頭から差し引かれる。

だいたい三千円。残りが手取り」と教えてくれた。

 色んな仕事があるんだ。これが花南の感想。

 積めなくなるとチラシ配り。これも花南の役割。車から飛び降りて小走りに

アパートの玄関を開け郵便受けにチラシを投函。爺さんは住宅地図を見ながら

「最近はチラシ配布禁止のアパートが増えていて面倒だ」と愚痴り、配布する 

アパートのリストをチェック。順番にトラックを横づけする。

 軍手だと上手くチラシを取り出せない。素手だと紙で指先を切ってしまいそ

う。二日目から花南はイボ付き軍手に切り替えた。イボ付だとチラシを苦労せ

ずに捲れた。そしてチラシの一〇枚程度を半分に折った。こうするとチラシに

腰ができ投函が簡単。これらが花南の発見。それを見ていた爺さんは「花南は

頭が良いし要領も良い」。用意された三〇〇枚のチラシは訳なく配布できた。

 買取りの事務所の構内には計量機があった。

 矢印に導かれてトラックごと計量機に乗る。その時の重さが記録される。合

図を待ってトラックをダンボール置き場に移してダンボールを荷台から降ろす。

降ろすと云うよりもバンバン放り投げる。花南も爺さんにならって荷台から捨

てた。投げ終わるのを待ちかねるようにしてフォークリフトが登場。一面に散

らかったダンボールを瞬く間にかき集め、スノコの形をしたライトボードの上

に綺麗に積み上げた。重機は本当に働く車なんだ。花南は感心。ダンボールを

捨て終えるとまた計量機に乗った。今度は古新聞。フォークリフトがライトボ

ードを挟み、トラックの荷台に置いた。そこに古新聞を積む。積みきれなくな

るとフォークリフトがバックしてライトボードを降ろし、新しいのを荷台にの                                 

せる。荷台が空になるとトラックはもう一度計量機に乗る。

 その度に花南は爺さんにせかされてトラックの助手席に座った。  

 雨が降ると古紙回収はお休み。ダンボールと古新聞が雨水を含み過剰に重く

なるからだそうだ。その間もトラックのレンタル料金の二五〇〇円は売り上げ

から差し引かれる。「俺たちを殺すには雨の三日も降ればいい」と爺さん。

 花南は汚れてもいい格好でトラックに乗った。爺さんから「汚れる仕事だ」

とのアドバイスを守った。帽子もトレーナーもGパンもスニーカーも使わなく

なったお古。大正解だった。それでも仕事が終わると髪の毛と顔と手足の汚れ

が気になった。ホコリが酷かった。シャンプーするとよ~く分かった。

 花南は幾ら汚れても一人前に働けたのが嬉しかった。充実感もあった。

 それは初めてから一〇日目までだった。一〇日目まではトラックから降りる

時に二千円を渡された。十一日目には「少し待ってくれないか。婆さんの体調

が回復しなくて入院しそうなんだ」。花南は応じた。十一日目から昼食のお握

りがなかった。爺さんが気の毒に思った。それでも十四日目と十七日目に支払

いを求めた。二度とも「もう少し待ってくれ。必ず払うから」だった。

 二十一日目に雨が降った。お休み。花南は火曜日が安売りのスーパーに入っ

た。そこに婆さんがいた。惣菜コーナーのバックヤードで何やら作っている。

至って元気そう。花南はジィと見つめた。目が合った。婆さんはあわててその

場から離れて消えた。

 花南は断りなしに古紙回収を辞めた。爺さんが一〇日分を払う気があるなら

二万円を持ってくる。持って来なければ払う気がないのだ。花南はこれ以上、

催促する気になれなかった。とにかく爺ジイの顔を見たくなかった。

 本当にキャップ爺さんは油断できない。警戒を怠ってはイケナイ。

 これが花南の教訓になった。

 見つめていたのはキャップ爺ジイかも知れない。

 嫌がらせして二万円を諦めさせたいのだ。


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