2021/05/19 20:00

 酒田市からは海彦の叔父の海老蔵。北海道の伊達市は海之進の弟の海大。当別町は静の

弟。横浜からは志乃の兄。それと嫁いだ仙台の叔母の八重。近所からは町内会長。与一の

親族も東京からと仙台の二名が手土産を持って参じた。そして与一。

 本家の六人とマリアとで十七名が座敷に集まった。二〇畳の広さも少し狭く思えた。集

まった客人は口々に「嘉蔵の孫が帰って来た」と呟いた。全員が座敷に座った。

 海太郎が「マリア。皆さんへの挨拶をお願いしたい」。

「はい」。マリアは小さくも力強く応え、立ち上がった。

 上座の中央にマリア。向かって左に海太郎。右には海之進が紋付袴で座している。

「わたしはマリア・ロドリゲス・ハポンです。コリア・デル・リオに生まれ育ちました。

わたしは仙台に来るのが夢でした。夢が現実になって、嬉しくて、嬉しくて、大切なひと

つを忘れていました。嘉蔵は仙台に戻らなかった。戻らなかったから今の私が在ります。

残された家族は嘉蔵が戻らなかった後の毎日をどんな想いで過ごしていたのか…。わたし

は忘れてはいけない大切を忘れてしまっていました。仙台に招待されて、浮かれてしまい、

うっかりしていました。ごめんなさい。わたしも蔵之介の不屈を噛みしめ、嘉蔵不帰還の

謎を解き明かさないと、みんなと繋がれない。わたしはその大切を決して忘れることなく

四百年前の仙台と今を心に刻みたいと思います。今のわたしは喜びで張り裂けそうです。

こんなに沢山の嘉蔵の子孫であるハポンの方々に囲まれて幸せです」

 拍手は無かった。みんな下を向いている。万感の想いが涙となって滴り落ちていた。

 海太郎は、次に何かを言わなければ思いつつも、こみ上げていた。

「父さん。頼む」。海之進も同じだった。                                  

 海彦が末席で立ち上がった。

「マリアも人が悪い。俺は十六代目としてこんな時には頑張らなければならない。久しぶ

りの叔父さんや叔母さん。与一さんたち。爺ちゃんも父さんも婆ちゃんも母さんもマリア

にやられてしまった。やられていないのは俺と彩だけだ。メソメソしても始まらない。早

く乾杯しないと婆ちゃんと母さんが昨日から心を込めて作った料理が冷めてしまう」

 ようやく一人、また一人と顔を上げた。眼が真っ赤。

「父さん。乾杯をお願いします」

「そうだな。今夜はお前がやれ」

 マリアは申し訳なさそうにモジモジ。海彦は膝元に置いた横断幕を取り出した。端を彩

に持たせ、もう片方を、自分で持ち、開いた。

「昨日はこれを持って迎えに行ったんだ。書いたのは婆ちゃん。俺が作ったのはこれ」

 海彦は、日の丸とスペイン国旗の小旗二本を掲げて、左右に振った。これで場が和んだ。

「マリア。これから宜しく。マリアと俺たちに乾杯」

『かんぱい』

 海太郎が「マリア。今の挨拶も飛行機の中で考えたのか」。「座ってから考えました」

とマリア。「今夜はマリアにやられて海彦に助けられた。お前たちの時代はもう直ぐそこ

だ。明日は嘉蔵の墓参りに行く」。

「はい」                                    

 嘉蔵の墓は本家の近くの寺に在った。

 嘉蔵と蔵之介に挟まれて与助と与作が眠る。瀧上与助と刻まれた墓は小ぶり。小ぶりと

云っても嘉蔵と蔵之介と比べてである。境内に建てられている他よりも遥かに立派で堂々

としていた。外柵が設けられ五輪塔も具えられていた。

 与一と親族は与助の墓の前に並んだ。

 蔵之介の隣にはひと際大きい大理石の墓標、『瀧上家代々之墓』が建つ。その裏側には

蔵之介長男の泰蔵からが刻まれていた。此処には本家を継いだ者しか入れない。

 海彦は水場を二往復して水桶を用意した。静と志乃が真新しい日本手拭を一本ずつ全員

に渡した。静がマリアに手渡す時に言った。

「日本では御先祖さまをこれで洗い清めるの」

 マリアは緊張している。静の動作をジーッと見つめている。それから静を真似た。

 清めが終わると志乃が花を添え、供え物を置いた。ローソクを立て、線香を焚いた。

 海之進が読経を始めた。海太郎も続く。厳かな唱和が境内に響いた。

 マリアは皆に倣って合掌。

 読経を終えた海太郎が嘉蔵の墓に一礼。袈裟を整え、振り返った。

「こんなに大勢が集まっての墓参りは初めてだ。墓参りに目出度いとは眠っている御先祖                                     

に申し訳ないが今日は許されると思う。私は『マリアが代わりに戻って来てくれた』と嘉

蔵に語りかけた。すると嘉蔵から『どうじゃ。よか娘子だろうて。これでワシも少しは安

心できる』と返ってきた。これで瀧上家は更に前を向いて進んでゆける。これが益々目出

度い。与一さんからもひと言お願いします」

 与一は与助の墓に深々と一礼。振り返って一礼。

「私の家は与助の代から本家と命運を共にしてきました。与助は嘉蔵と故里吾出瑠里緒に

残り散った。与作は蔵之介と船乗りになって励み財を成した。辛い時もあった。戊辰戦争

と太平洋戦争。このふたつの戦さに敗れ本家も分家も財のすべてを喪った。船が沈められ

残った船も取り上げられてしまった。それでも再起を遂げ今に至っている。瀧上一族の魂

は蔵之介から続く不屈。私はふっと想う。嘉蔵の孫が帰って来たと思うと同時にマリアは

与助の分身ではないかと。今日の墓参りは何時もと違った。隔絶された四百年が繋がった。

それが何よりも嬉しい。この気持ちは皆さんと同じと思う」   

 マリアが海太郎に「わたしもひと言喋って良いですか」と眼で訴えた。

「わたしは念願の嘉蔵のお墓参りを叶えました。わたしの裡でも四百年前と今がどんどん

縮まり繋がってゆきます。昨日海彦から嘉蔵と与助の家系図を見せてもらいました。わた

しの街のハポンの会に『私はヨスケの子孫』と言う方が居ります。わたしは帰ったら直ぐ

にその方に与助の墓参りと今の代は与一さんと伝えます」

 与一の眼が光った。驚きと喜びと涙が入り混じっていた。

 海彦は、興奮を抑えようにも抑えられず、抱き合っている与一の家の者たちを見つめた。

…与助もこれで浮かばれる。マリアは天使の使い人のようだ…

「私は故里吾出瑠里緒に行く。マリア。その時には宜しくお願いしたい」

 与一がマリアの両手を握りしめた。                                 

「ありがとう。来てくれて本当にありがとう」

 与一さんの家も与助不帰還の謎が今も続いている。俺は与助は嘉蔵に忠義を尽くして戻

らなかったとしか考えてこなかった。これで良いのだろうか。良いはずがない。与助は忠

義以外にも考えて決めたのに違いない。与助にも普通ではない何かが在ったのだ。



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