東京朝鮮中高級学校の英語教師をしています安德姫(アンドッキ・高級部31期卒業生)です。
今回、この事業にスタッフとして携われて、とても光栄に思っています。
トップの画像は送られてきた画像です。
懐かしい!!!と思っている方、いるはずですね。
みなさん、第1期と第2期の卒業式をなぜ同学年度に行ったと思いますか?
その頃、朝鮮高校ができたということで学齢に合わない生徒たち(なかには日本の高校を卒業した生徒もいたそうです)が、大勢入学したので、10月にその学年度の学齢に合わない生徒たちを第1期として先に卒業させ、翌年の3月に学齢にあう生徒たちを第2期として卒業させたとのことです。
第2期卒業生であるわたくしの父(安炳植)から聞いたこの話を証言したことから、この事業のスタッフとなり、父の残した2期卒業生名簿を頼りに草創期の資料などを収集し、宣伝広報兼年表作業を担当しています。
年表の作業は、毎年卒業生に配布されるアルバムに掲載した年表をもとに始めましたが、当初1980年-わたくしの第31期卒業年度には、掲載内容がありませんでした。
同級の31期生たちが沿革室に訪れたら…必ず探さなくてはいけないと責任を感じ、その年のことを一生懸命振り返りました。
ありました!高3の同級生が高校生で初めてサッカーの国家選手として外国に遠征にいったこと!
今日は、年代別に特徴をつかめるように画像をピックアップしました。が、難しい…
考えさせられることの多いこの事業ですが、昔の画像が送られてきたり(トップの画像)、昔の友に再会したりで驚きと感動が絶えません。
どのような沿革室になるのか…沿革室でお会いしましょう!