2021/07/25 12:00

2019年のReborn-Art festivalで「石巻のキワマリ荘」を訪れたことがきっかけとなり、石巻で活動を始めたアーティスト・平野将麻。2019年夏に東北芸工大を中退し、同年12月から美術家・有馬かおると守章(双子のユニットで作家活動をしている)が運営しているギャラリー「ART DRUG CENTER」内で「メイドルーム。」というスペースを立ち上げて活動。グループ展・個展合わせて7回の展示を行った。2021年2月に独立し、若干20歳という若さで、5月からは「THE ROOMERS` GARDEN」というアートスペースを運営しながら、自身も絵画や写真、インスタレーション形式での作品などを発表している。

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-平野さんが石巻で活動することになった経緯を詳しく聞かせてください。


平野 2019年に開催されたReborn-Art festivalで「石巻のキワマリ荘」を訪れたことが始まりです。その時は普通に観客として来ていたので、見て回っただけだったんですが、帰ってから石巻に行った時に出会った美術家のミシオさん(「石巻のキワマリ荘」に所属していた作家。現在は地元である京都に帰り、作家活動を続けている。)に連絡をとって2,3度石巻に来ました。3回目に行った時に「ART DRUG CENTER」を運営している有馬かおるさんから「余っているスペースを使ってみないか?」と提案されて2019年12月に「メイドルーム。」と名付けたスペースでの活動を「ART DRUG CENTER」一階で始めました。


-石巻に引っ越してきたのはその時ですか?


平野 いや、引っ越してきたのは2020年の4月ですね。それまでは松島の実家に住んでいて、仙台でバイトをして、石巻でスペースを運営してっていう…。


-結構最近ですね。「メイドルーム。」と名付けた部屋にはどのような由来があるのでしょうか。


平野 スペースの名前の由来は「冥土」とお手伝いさんが住む部屋「メイド部屋」からきています。「冥土」は大学を中退した当時、今となっては大袈裟だなと思いますが「自分には何もなくなってしまった。死んだも同然だ。」と感じていて、スペースの運営が決まった時に真っ先に思い浮かんだイメージが死後の世界である「冥土」でした。また「メイド部屋」はギャラリーを間借りしている自分の状況と重ね合わせています。1回目の展示は2019年の12月に自身のドローイングを中心とした個展《生まれる》を開催しました。

2019 ヒラノショウマ個展《生まれる》 

-展示は個展・グループ展と合わせて何回開催したのでしょうか。


平野 ADCではこの後6回、グループ展と個展合わせて7回の展示をしています。


-約1年で7回の展示を開催するのはだいぶ大変だったかと思いますが、展示をする中で大変だったことはどのようなことですか。


平野 とにかく制作のペースをあげて展示をし、周りからは意見を聞いて改善していて、それを以って次回の展示をする、というのを約1ヶ月スパンで繰り返していたので、ペースを保っていくのが大変でした。
グループ展を開催するときは、芸工大(平野さんが在籍していた大学。東北芸術工科大学の略)にいる知人からいろいろな人を紹介してもらいながら同世代のメンバーを集め、集まったメンバーに僕が企画した展示の内容を伝えて、ミーティングを重ねていきました。「メイドルーム。」では2回グループでの展示を行いましたが、2回目の展示である《のこり化す》は特に「破壊と再構築」をテーマにした実験的な内容だった上に、狭い空間で僕を含めて5人が展示していたので展示を成立させられるようにかなり試行錯誤を繰り返しました。

2020 グループ展《のこり化す》
-「ART DRUG CENTER」に在籍していたのは約1年ほどでしたが、展示のスパンが短く頻度も高いですね。平野さんは2021年頭に「ART DRUG CENTER」を独立して、同年5月から自分のスペースを運営していらっしゃいますが、その新しいスペースについて教えてください。


平野 2020年の11月頃に独立することを決めました。「メイドルーム。」の運営を初めて約1年が経ち、「ART DRUG CENTER」と「メイドルーム。」が手狭に感じてきたため、もう少しやりたいと思ったことをより良い形で表現できる場所での展開を考え始めたのがきっかけでした。そして年が開けた2月頃にどのような展示をやるのか、誰が展示するのか、などを一気に決めていきました。スペースの名前である「THE ROOMERS` GARDEN」は「間借りしている人」という意味の「roomer」と、最もプライベートに近いけれど、開かれている場所という意味の「garden(庭)」を合わせました。自分のスペースに関しては、スペースのある場所から隔離されすぎないことを意識しています。(スペースが入っている)建物自体にも意味を持たせたいし、石巻という街でやっているということを意識させたい、という意図があって名付けました。僕はギャラリーと自分自身の距離が近すぎても「日常」的なものになってしまうし、ホワイトキューブのような外から隔絶されたスペースになるとその場所でやっている意味が薄れるのではないか、と考えていて、石巻にいるからには、ここでやれることをやりたいと思っています。

「THE ROOMERS` GARDEN」外観

room_A

room_B-東京というか、いわゆる都会ではなくなぜ石巻でスペースを持つことにしたのでしょうか。


平野 東京でやるのが悪いわけではないです。どこに行っても、自分がやるならその場所でやっている意味があるスペースや展示をしたいと思っていますし、展示をやっている場所自体に面白さがあってそれを感じて欲しいとも思います。石巻でやっているなら、自分のスペースの周辺のこと全部ひっくるめて展示しているものに意味を感じて欲しいです。あと、自分がやるなら突出しておもしろさがあるスペースを運営したいとも思います。


-平野さんは20歳で独立したわけですが、それについては不安に思いませんでしたか。「家賃払わなきゃいけないなあ」とか。


平野 自分はお金をたくさん持っているわけではないし、健康的な生活をしたいならスペースなんて借りずにたまに展示したり、グループ展に参加したり、っていうのが一番健康的な生活を送れるんだろうなあ、とは思います。でも、僕は自分の健康とかよりも「やりたい」と思ったことを最優先しがちなので、「リスクがあるから」とか「家賃払わなきゃ」とかはあまり考えずにスペースを始めました。今生きているけど、1ヶ月後には死んでいるかもしれないから。「今」やることを大事にしたいなと思っています。


-平野さん自身も「おもしろい」方を選んでいるということでしょうか。


平野 おもしろいっていうか、自らハードモードを選んで辛い状態でいい作品が作れてそれが評価されたら、より嬉しいんじゃないかなって思うんですよね。だからこっちを選んでいる、というのはあります。


-普段制作している時に特別意識しているテーマはありますか。


平野 僕はまだ制作のテーマがはっきりしているわけではないので、とにかく作って、作り続けてそれで出てきたもので見えてくるかな、と思っています。自分の美学っていうか、自分がいいなと思うことは人にはあんまり伝わらないと思っていて、だとしたらその「伝わらないこと」を(自分の中で)完璧に形にして人に見せたいなと。はっきりとしたテーマはありませんが、制作する作品には「風景」が要素に入っていることが多いです。人というよりは、風景。

撮影:平野将麻2020 ZINE《揺らぐ》に収録されている写真

-作品のモチーフに人を選ばないのは何か特別な理由があるのでしょうか。


平野 人を作品のモチーフとして組み込むと、新しいストーリーが入ってしまうので自分の作品ではあまり使いません。自分が新しいキャラクターを生み出すということは、偶像を生み出す、ということになってしまうのが自分にはできないと思うからです。新しいキャラクターをモチーフに入れると、その人物やキャラクターの設定(性格など)を作り出すことになると思うのですが、僕はそれに抵抗があって。だから逆に、誰もいない空虚な風景を描いていて、作品ではそこに主人公は作りません。写真を作品にする時は、ファッションスナップとかの人がいないバージョンというのを意識して撮ることもあります


-人がいない風景などをモチーフとして平野さんの作品は、とても静かな空気を感じます。どことなく寂しい、切ない気持ちにさせられるような…。


平野 前、僕の作品をみた人に「平野くんの作品って空虚な感じがする」って言われたことがあって、多分その人的には良くない意味で言ったんだと思うんですけど、僕は「よっしゃ」って思ったんですよね。「その通り」って。自分が制作する作品は、空虚なものであって欲しいというか、自分が「良いな」と思う景色は空虚さを感じるものが多いので。


-その「空虚さ」みたいなものはある意味で平野さんの作品に流れている、一貫した雰囲気のような感じがしますね。


平野 最初に僕が作品にしたいと思ったのが「喪失」なんです。儚いものや、消えてなくなるものって美しいと感じるなと思ったことがきっかけで。なんでそういうものを美しいと感じるのだろう?という気持ちがあって、失うことやなくなるものはネガティブに捉えられがちだけど、僕はネガティブなだけではないはずだと思うので、ネガティブからポジティブへの変換っていうのが自分の作品で表現できたら良いなと思っています。これは作る作品や、使う素材が変わっても根本にあるテーマかもしれません。


-〇〇らしい、というと嫌がる方もいらっしゃるでしょうが、平野さんの作品には平野さんらしさがあるように感じます。まだ明確ではなくても、根底に流れるテーマがあるからかもしれないですね。


平野 自分はいろんな素材で作品を作っているので、その「ぽさ」みたいなものが出たらいいなとは思います。決まった技法にとらわれずに、インスタレーションや写真や絵画、パフォーマンス…様々な方法で作品を発表したいです。


-先日、パフォーマンスの作品をインスタライブで配信していました。初めてパフォーマンス作品を発表したかと思いますが、その時はどうでしたか?
※SURFACE OF THE WATER パフォーマンス動画:https://youtu.be/GCGJXHtUSro


平野 パフォーマンスをやる時はちょっと迷いました。自分っていう主人公がいるので。作者のロードムービー的な要素もあるけど、映像の中に自分が出てきてしまうと「人」の印象が強くなるな、と思い躊躇しました。今回発表したパフォーマンスは、カメラが存在していることを意識せず、鑑賞者が俯瞰して見ることのできるようなものを目指しました。


-「THE ROOMERS` GARDEN」では常設展も行っていますが、そこに選んだメンバーと平野さんにはどのようなつながりがあるのでしょうか。


平野 今まで関わった人の中から、自分のアートスペースで展示して欲しいなと思った人を選びました。自分は人脈をつなげていくことしかできないなと思っていて、外に出たからこそ大学にいる友達と外の人を接続することができるんじゃないかなと思っています。(大学を)中退してよかったポイントは大学の外からの視点を得られるということだなと、今感じています。


-大学の中にいると大学にいる先生や、同じ教室の同級生が師弟関係になったりライバル同士になったりすることが多い気がします。その点、平野さんは自分でスペースを運営しているから、全然畑の違う人にも意見を言われることがあると思います。そういう時に、その感想や意見をどのように捉えていますか。


平野 僕はまだ知らないことが多いので、言われたことは多めに受け取ろうと思っています。そうすることで「次はこういう風に改善しよう」とか「こういうことを試してみよう」と、作品にすぐ生かすように心がけています。自分のスペースだから、誰かに何か言われてすぐに改善するスピード感があるんじゃないかな。大学で制作していた時よりも、そのレスポンスの速さは格段に上がったし、たくさんの作品を短いスパンで制作したり改善して次につなげていくことができています。


-平野さんは写真やインスタレーション以外に、絵画作品も多く制作していると思いますが、絵を描くときはどんなことを考えていますか。


平野 どんなこと…。まず、画風を確立したいとは今の時点ではあんまり考えていません。描きたい線がたくさんあって、最終的に作品が並んだ時になんか統一感がある作品にしたいな、という思いで制作しています。マーケットに多く流通したい、とか売れっ子になりたい、という欲望は薄くて、それよりも「これを描きたい!」という気持ちの方が強いです。だからと言って、いわゆる“練習期間”だと捉えているわけではありませんし、力を抜いて制作をしているわけではないです。


-平野さんの作品では寒色、特に「青」が基調となった作品が多いと思いますが、これは意図的にそうなのでしょうか。


平野 なんで青を使うんだろう…。釣りばっかりやっているからですかね…。水を近い存在に感じているからかもしれません。あと、石巻は空が広いから目に入る風景も青が多い気がしています。先ほどお話ししたように、自分の作品は空虚な雰囲気を出したい、というのがあるので自然とそれを表現できる色を選んでいるのだと思います。2021 tidal river side Ⅰ

2021 tidal river side Ⅱ

2021 tidal river side Ⅲ-釣りが趣味で、釣りにまつわる作品も制作していますが、平野さんの中で「釣り」と「アート」はつながっているんでしょうか。


平野 全然そこは最初意識していませんでした。有馬さんに「そんなに釣りをしているんだから釣りで作品作れるんじゃない?」と言われた時もありましたが、当初の僕は「釣りは趣味で自分の作品には反映しない!」と考えていました。
僕が釣りを始めたのは幼稚園の時からで、はじめて釣りをした時に魚が好きになりました。釣りが好き、というよりどちらかといえば魚が好きなんです。小学校高学年からはルアーを使った釣りを始めるようになり、そこで今までは見えている魚しかいないと思っていたのですが、いざ釣りを初めてみると全然知らない魚とかも釣れて…。
やってみないと、こういう魚がいることに気づけなかったんだなと思うようになりました。そうしているうちに、ここにはどんな魚がいるのか想像することの楽しさを感じるようになったんです。見えていないものを想像して、実際に見えていなかった魚が釣れて自分の手に持って観察できる感動っていうのがすごくて…。「こいつが今まで水の中を泳いでいたんだ」という感動と、それを観察できることがうれしかったんですよね。その気持ちを感じたくて釣りをやっているのかもしれません。

そうやって僕は釣りが好きになったんですけど、最近、その釣りをすることと制作がだんだんとつながってきています。さっきも言ったように、元々は釣りと制作は接続するつもりはありませんでした。例えば、今の展示のテーマも釣りから着想を得ています。今回の展示(現在「THE ROOMERS` GARDEN」で開催している個展「SURFACE OF THE WATER」)は「境界」がテーマなんですが、それを水面のイメージと重ねています。人って境界を作ってしまいがちなんだけれど、僕はその境界の先が見てみたいと思うんですよね。
そこが釣りと似ていて、境界の先を想像することと、水面の下のルアーを想像すること。地形をルアーやおもりを手繰り寄せながら、手の感触や川の流れで想像するんです。そういう行為をしないと、魚がいるか分からない。境界の向こう側を見る、ということは想像するおもしろさがそこにあると思います。今まで見てこなかったものを僕はそれが良い、悪いに関わらずいったん見てみたい。でも僕が考えているようなことを人は結構避けがちで、自分がみたいものを選べる時代でみんな自分の見たいものしか見ないけど、僕は(境界の先を)見たいと思います。釣りをやっていたことが、そういうことにつながっているのかな、とは思いました。


-では平野さんの中では「釣り」は今後制作の一部になっていくのでしょうか。


平野 釣りが嫌いになる程、制作とは絡めたくないなと思っています。釣りは釣りで楽しむためにやっているから自然につながっていくなら作品にするのもいいかなって感じです。


-なるほど。釣りをやっていたことで蓄積されてきた経験はこれからも発揮されていきそうですね。釣りをやっているから、誰かに自分の作品について意見を言われても「次に繋げよう」とか「どう改善しようか」などという方向にいけるのかもしれないですね。


平野 そうですね。釣りをやっているとさっきも言ったように、釣れなかったら何が悪かったか改善したり、すぐできるのでそれもつながっているのかな。あと、1日釣れないこともあるけど、それはそれで次につながるな、とか思うので。結果としてそういう釣りで培った思考の蓄積が制作にもつながっているのかもしれないですね。

-これからも釣りはずっとやっていきながら、制作もしてって感じですかね?


平野 それは分からない…。けど、石巻は釣り場が近いし、シーバスが多いのが嬉しいですね笑


-スペースはこれからも長い間続けていこういこうと思っていますか。


平野 いつまで続けるとかは考えていなくて、もしかしたら突然やめるかもしれないし、分からないですね。ただ面白いことをやり続けたいとは思います。あと、人がとにかく来て欲しいというより、「面白いことをやっているな」と思ってもらえることをやっていきたいです。


-なるほど。ではまずは、「面白いことをやっていく」ということですね。


平野 そうですね。面白いことをやって、それに反応してくれる人が来てくれたら、と思います。


(2021年7月18日 収録)text:山田はるひ


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アーティスト・平野将麻

2000年、宮城県生まれ。2019年に東北芸工大を中退し、同年12月より石巻市 ART DRUG CENTERにてメイドルーム。の運営を始める。2021年1月、メイドルーム。での活動を終了し、同年5月、市内に新たなオルタナティブスペース THE ROOMERS' GARDEN を立ち上げる。現在はスペースの運営をしつつ、絵画や写真、インスタレーション形式での作品などを発表している。