2021/09/19 11:18
「翠窯」さんとは?

翠窯」といえば、“カレー皿”が主力商品。親指がうまくかかり、持ちやすく、料理が美しく見え、とても使いやすいです。

イベント出店で圧倒的な売上をつくる体制を整え、都内の食のセレクトショップ「AKOMEYA TOKYO」や「LOFT」などにも卸すなど、独自の販売網を確立されています。


コラボするまでの経緯

僕たちが、急速に距離が近くなったのは、コロナウイルスが拡大し始めた2020年4月のこと。緊急事態宣言により「ますきち」は休業へ追い込まれ、「翠窯」はイベントが相次いで中止となり、年間約7000個も売っていましたが、売上は8割減という状況でした。

そんななか、ニュースで学校へ行けない学生を見て、陶芸関連の学校に通えなくなってしまった学生の臨時校「コネル陶芸大学 Zoom校」を開くことを決めるのです。

そのときに、一緒にやらないかと誘っていただき、4月17日から5月21日まで、平日の朝9時から9時40分まで、毎日授業を一緒に行うという怒涛の日々を過ごしたことが、はじまりでした。

詳しくは、『マイナビニュース』のこちらの記事に書かせていただいたので、よかったら、どうぞ。

コロナ禍の戦友となる

さらに、2020年6月になると、毎年9月に行われている、瀬戸でもっとも大きなお祭り「せともの祭」の中止が決定。約30万人が訪れ、戦前から続くお祭りのため、まちはどよめきました。

そこで、自分たちで立ち上がり、リアルでの企画ができないかと、舵を切ることにしたのです。

いつもは川沿いに出店者がずらりと並ぶ配置なのですが、市内の各店舗をめぐってもらうことで回避する「せとひとめぐり」を開催することに。

準備期間が約2ヶ月と圧倒的に少なく、スピード感が求められたため、クラファンで資金を集め、同時に出店者を募集をしました。当日は、感染防止にTwitterでの細かな発信なども活用し、なんとかやりとげることができました。

なお、今年も「せともの祭」が中止になってしまい、10月16日(土)、17日(日)に開催する予定です! 

そんなこんなで、この1年で「翠窯」さんとは、本当にたくさんの時間を共有し、戦友、仲間のような存在へとなっていったのです。

「翠窯」のすごさとは?

僕たちが感動するのは、まさにこの挑戦する姿勢です。窯元という枠組みを超え、チャレンジする。的確に目標を設定し、圧倒的なトライ&エラーを繰り返す。清々しいほどの全力投球ぶり。

穴山さんは、2004年に陶磁器とガラスの研修施設である「瀬戸市新世紀工芸館」へ入りたいと、瀬戸市へやってきました。

それから15年以上をかけて、地元の窯元、陶芸家、やきもの専門店などのみなさんと関係性づくり。

さらに、2018年から2019年の2年間には、東京に店舗出店などにも挑戦したことにより、1000年以上もやきものをつくり続けている産地、瀬戸でよそもので新参者ながら、独自ポジションを築いています。

どんなコーヒーカップをつくるのか?

「翠窯」さんとは、多くの時間をともに過ごし、偶然にも、互いに行きついた先は、アフターコロナを見据えた「大リニューアル」でした。

これまで、「翠窯」さんは瀬戸の窯元として、家紋のようなロゴもつくり、「古きよきものを現代の食卓に」と、どこか和のテイストを強く打ち出してきた。

「ロゴをつくって、10年近くも経ち、違和感が出てきたんですよね。和風っぽくしなきゃ、って。そこでイメージを一新して、ノイズを除去して、ものだけが見える状態にしてあげるように。

うちは歴史もないし、よそものです。瀬戸には技術がすごい人がいっぱいいる。自分たちが何に特化しているのか、言えるものがない。ただ、「物が良い」という自信はあります」(文香さん)

「単純にものだけで勝負したい。自分たちに価値をつくり、その価値に合わせて、つくっていく。

新参者でやってきたんだけど、いつの間にか足かせができてしまった。5年で、国内に頼った販売は終わりにします。イメージを一新して、世界へ出る後発としてやる。なによりも、つくりたいものをつくっていきます!」(大輔さん)

真っ白なコーヒーカップ「MUKU」

今回、お互いに新たな方向へと進むべく、イメージをまっさらに、決意を新たに出発する。そんな想いをのせて、「MUKU(無垢)」という名でつくります。

現在のカップは、試作の初期段階で、これから白の釉薬づくり、さらに、取っ手の形なども詰めていきます。

なお、「翠窯」さんでは、すべてを自分たちでつくるのではなく、市内の専門業者と協力しながら、完成へと向かいます。その工程がたいへんおもしろいので、お楽しみに!

応援コメントいただきました

先日、ますきちの2階で行われたほや子さん(南・未来のことです)の展示会を見てきました。

Uターンして戻ってきたほや子さんにとって、「瀬戸は宝の山だった」と記されていました。

実は僕も少し知っています。

変わった人、おかしな人、凄い技術を持った人、熱意に満ち溢れた人、地元では知られていないけど、世界で有名な人。

僕はその様な人達に助けられて来ましたが、南くんとほや子さんの2人は誰に頼まれたわけでもなく、自分たちの生業として、瀬戸の宝に光を当て、人と人を繋げてきました。

10年後、20年後の瀬戸ってどうなってると思いますか?

僕は想像すると、期待で胸が弾みます。きっと2人がやってる事が少しづつ大きく膨らみ、まさに瀬戸らしい唯一無二の新しい瀬戸が出来上がるのかなと。。。

是非、このコメントを読んでくれた皆様も将来の瀬戸と2人に大いに期待してご支援の程、よろしくお願いします。

南くん、ほや子さん、ラストスパート頑張れー!!!

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