2022/11/21 19:43

こちらは区役所の情報編纂室です。
全部門に向けて、新たな有害超獣個体の簡易対応手順を発行しました。
このマニュアルは、全ての職員が閲覧可能です。


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◆PB-103簡易対応手順

◇名称

スイセイ

◇発見者
生活環境部門・自然防護課・超獣防護管理班
花見屋 小也(はなみや しょうや) 博士

◇危険度

有害認定

◇簡易対応手順

・対応時、偶数人のチームを編成しないでください
・対応主任者は、特別対応手順に記載されている「成長率」の項を熟読してください
・ステージIV以降への成長が確認された場合、伐採課への通知を徹底してください

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【酔生夢死の心地】

区内で植物を育てるためには、特別な許可が必要になる。
土壌より発現する彼らの因子は、時に居住区のド真ん中でさえ発芽するのだから。

私のような無頼者が、ほんのわずかな心の拠り所として持ち込む観葉植物でさえ、
過去の事例を鑑みて、厳格な検査を通す必要があるのだ。


しかし、そうしてバルコニーに置かれた、この一輪のアサガオは、どうだ。
朝露を受けて輝く、この静かな青さ。
登る日と共に顔を上げ、沈む日と共に眠りにつく。
区内を往来する人々と同じく、太陽を愛し、そして月に護られている。

平々凡々。リズムとしての生活。繰り返し、繰り返し。
変わる必要などないのだ、と言わんばかりに、ただ静かに、日々を流転する。
しかし、それでいながら美しい。

私は、このアサガオのように生きてきた。
区外にあって、まことただ一人で、特筆すべきことのない人生を送った。
それでいて、この青さによく似たような失敗だけは、人よりも多く積み重ねてきた。

しかし、何もなかった。
私の人生には何もなかったのだ。
味わった屈辱と、嚙み締めた後悔に勝るだけの結実を、ついぞ見なかった。
私は数多くの人々と出会い、別れ、故郷を離れ、流浪の果てに。
この区内へとたどり着き、そしてただ一人で、この仕事を続けている。

人と触れ合うこともない仕事だ。
ただの一人で不足のない仕事だ。
私がここにいる限り続き、そして私がここから去れば、代役が続ける。

そんな仕事だ。


だが…それが、このアサガオのようである、と。
思う都度、一抹の"救い"のようなものが、私の胸をすく。
元来、生物とはそれでいいのだ、と。

私もいずれ、このアサガオが種を付けるように、子を授かるだろうか。
その子は私の人生における、結実と呼べるものだろうか。
そうなれば、それはきっと素晴らしいことだろう。


その時にふと思いついたのだ。
このアサガオの隣に、もう一輪の連れ合いを植えてやろう、と。

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より詳細な対応手順へのアクセスには、レベルII以上のセキュリティ・クリアランスの提示、または当該クリアランスを持つ職員による認可が必要になります。